「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -256ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ31:6-7

そこで、わたしの愛する同胞よ、神の小羊は水でバプテスマをお受けになることによって、どのようにあらゆる義を満たされたのか、わたしはあなたがたに尋ねたい。あなたがたは小羊が聖くあられたことを知らないのか。しかし小羊は、聖いにもかかわらず、肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。そして、御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを、御父に証明されるのである。

 

 

「なぜ聖約の道なのか」2021年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

第一に挙げるのは,わたしたちの神への従順の本質です。わたしたちは,ただ善意を持つだけではなく,神の口から出る一つ一つの言葉に従って生きると厳粛に決意します。バプテスマを受けることによって「聖いにもかかわらず,肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。 そして,御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを,御父に証明される」イエス・キリストの模範に従うのです。2ニーファイ31:6-7参照)

 

聖約を交わしているわたしたちは,単に間違いを犯さないように常に注意したり,賢明な判断を下すよう心がけたりするだけではなく,自分の選択と生き方について神に対して責任を感じています。わたしたちはキリストの御名を受けます。キリストに心を向けて,イエスの証に雄々しくあり,キリストの特質を育んでいます。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ31:3

わたしは、分かりやすいことを喜びとする。主なる神は分かりやすい方法で、人の子らの中で業を行われるからである。主なる神は理解力に光をお与えになる。主なる神は、人々が理解できるように彼らの言葉に倣って語られる。

 

 

「喜んでよい理由はないだろうか」2007年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、十二使徒定員会

福音は明確で分かりやすい教えです。人生の最も複雑な疑問にも答え,幼い子供たちでも理解し,応用することができます。ニーファイもこう言っています。「わたしは,分かりやすいことを喜びとする。主なる神は分かりやすい方法で,人の子らの中で業を行われるからである。主なる神は理解力に光をお与えになる。主なる神は,人々が理解できるように彼らの言葉に倣ならって語られる。」2ニーファイ31:3

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

2ニーファイ28:21

また、悪魔はほかの人々をなだめ、彼らを欺いて現世での安全を確信させるので、彼らは、「シオンの中では、すべてが良い。まことに、シオンは栄えており、すべてが良い」と言う。悪魔はこのようにして人々をだまし、巧みに地獄に誘い落とすのである。

 

 

「霊性と守りの砦を築く」2019年4月、ロナルド・A・ラズバンド、十二使徒定員会

サタンは狡猾な蛇であって,わたしたちが防御の手を下ろしたり,失意に直面したり,希望を失ったりすると,わたしたちの思いや心に忍び込もうとします。サタンは浮ついた言葉や簡単な約束,慰めにより,また落ち込んでいるときには一時的な高揚感によってわたしたちを誘い込もうとしています。サタンは,高慢,不親切,不正直,不満,そして不道徳といったものを正当化し,時にわたしたちも「心が鈍」くなることがあります。1ニーファイ17:45御霊がわたしたちを離れることもあります。「悪魔はこのようにして人々をだまし,巧みに地獄に誘い落すのである。」2ニーファイ28:21

 

これと対照的に,わたしたちが次のような言葉で神に賛美をささげると,力強く御霊を感じることがよくあります。

 

神はわが砦

破れることなし

強き助け手ぞ

悪には打ち勝つ(「神はわが砦」 『賛美歌』36番)

 

わたしたちが霊的な強さという砦を築くとき,敵の侵入を食い止め,きっぱりと拒絶して,御霊の平安を感じることができます。荒れ野で誘惑に遭われたとき,「サタンよ,退け」と言われた,わたしたちの主であり救い主であられる御方の模範に従うことができます。ルカ4:8わたしたち一人一人も,どのようにサタンを退けるのか,人生の経験を通じて学んでいかなければなりません。