そこで、わたしの愛する同胞よ、神の小羊は水でバプテスマをお受けになることによって、どのようにあらゆる義を満たされたのか、わたしはあなたがたに尋ねたい。あなたがたは小羊が聖くあられたことを知らないのか。しかし小羊は、聖いにもかかわらず、肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。そして、御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを、御父に証明されるのである。
「なぜ聖約の道なのか」2021年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
第一に挙げるのは,わたしたちの神への従順の本質です。わたしたちは,ただ善意を持つだけではなく,神の口から出る一つ一つの言葉に従って生きると厳粛に決意します。バプテスマを受けることによって「聖いにもかかわらず,肉においては御父の前にへりくだることを人の子らに示される。 そして,御父の戒めを守ることについて御父に従順であることを,御父に証明される」イエス・キリストの模範に従うのです。(2ニーファイ31:6-7参照)
聖約を交わしているわたしたちは,単に間違いを犯さないように常に注意したり,賢明な判断を下すよう心がけたりするだけではなく,自分の選択と生き方について神に対して責任を感じています。わたしたちはキリストの御名を受けます。キリストに心を向けて,イエスの証に雄々しくあり,キリストの特質を育んでいます。
