「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -235ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ2:30

あなたがたに語っている今でさえ、わたしの全身はひどく震えている。しかし、主なる神がわたしを支えてくださっている。そして、主なる神はあなたがたに語れるようにしてくださり、息子モーサヤがあなたがたを治める王であり統治者であることを、今日宣言するようにわたしに命じられた。

 

 

「証人」2011年10月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会

マリオン・G・ロムニー管長はこのような人たちについて次のように述べました。「真に改心した人の心からは,イエス・キリストの福音に〔反する〕ものへの欲望は完全に消えうせます。代わりに,神の戒めを守る確固とした決意と神の愛が心を満たすのです。」(マリオン・G・ロムニー,Conference Report,1963年10月)

 

それは,イエス・キリストの円熟した弟子によく見られる確固とした決意です。娘たちを抱き締めてくれたあの姉妹や,新品の靴を履き,起きて,主のために前進する用意をしていたあの男性のように,彼らは最後まで救い主の命令に従います。皆さんのだれもがそのような人を見てきたことでしょう。

 

モルモン書に戻りましょう。そのような人にまた出会うことができます。ある年老いてなお決意の固い忠実な神の僕の次の言葉を読むと,やはり敬服します。「あなたがたに語っている今でさえ,わたしの全身はひどく震えている。しかし,主なる神がわたしを支えてくださっている。そして,……あなたがたに語れるようにしてくださ〔っている〕の次の言葉を読むと,やはり敬服します。「あなたがたに語っている今でさえ,わたしの全身はひどく震えている。しかし,主なる神がわたしを支えてくださっている。そして,……あなたがたに語れるようにしてくださ〔っている〕」モーサヤ2:30

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ2:22,24

見よ、神があなたがたに要求しておられるのは、神の戒めを守ることだけである。そして神は、戒めを守るならばこの地で栄えると約束してくださっている。神は一度言われたことは決して変更されないので、あなたがたが神の戒めを守れば、神はあなたがたを祝福し、栄えさせてくださる。

そして第二に、神はあなたがたが神から命じられたとおりに行うことを要求しておられる。そして、あなたがたが命じられたとおりに行うならば、神はすぐに祝福を授けてくださる。また現にこれまで、あなたがたに報いてくださった。そのためにあなたがたは、今も神に恩を受けているし、これからもとこしえにいつまでも恩を受けるであろう。だから、あなたがたに何か自慢できるものがあるだろうか。

 

 

「わたしたちと神との関係」2022年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

一部の人々は,神の約束とは,神に従えば特定の結果が定められた時にもたらされるという意味であると,誤解しています。彼らはこう考えているかもしれません。「熱心に宣教師として奉仕したら,神は幸せな結婚や子供たちを祝福してくださるだろう」とか,「安息日に学校の勉強をしなければ,神は良い成績を祝福してくださるだろう」,あるいは「什分の一を納めれば,神はわたしが望んでいる仕事を祝福してくださるだろう」という具合です。人生がきっちりとこのとおりに,あるいは期待した時刻表どおりに運ばなければ,彼らは神に裏切られたと思うかもしれません。しかし,神の摂理では物事はそれほど機械的ではありません。神の計画を,(1)望む祝福を選んで,(2)求められる量の善い行いを入れれば,(3)即座に注文どおりのものが出てくる,という宇宙自動販売機だと考えてはなりません。※

 

神は間違いなく,わたしたち一人一人への御自身の聖約と約束を守ってくださいます。この点を心配するには及びません。教義と聖約82:10参照)万物の下に身を落とし,その後高い所に昇られ,教義と聖約88:6参照)天においても地においても一切の権威をお持ちになったマタイ28:18参照)イエス・キリストの贖いの力があるので,神は御自分の約束を果たすことができ,約束を果たされるのです。主の律法を尊び,律法に従うことは必要不可欠ですが,律法に従うことに基づくあらゆる祝福が,わたしたちの期待どおりに生じ,形成され,予定されるわけではありません。教義と聖約130:20-21参照)わたしたちは最善を尽くしますが,祝福の扱いについては,この世的なものも霊的なものも神にお任せしなければなりません。

 

 

※ベニヤミン王は,神がわたしたちに要求しておられるのは,神から命じられたとおりに行うことだけであり,「そのとおりに行うならば,神はすぐに〔訳注:英語で“immediately”。“immedeiately”には「速やかに」という意味と「直接に」という意味がある〕祝福を授けてくださる」と教えましたモーサヤ2:22,24参照)。ただし,これは,あらゆる祝福が速やかに与えられる,という意味ではありません。神の祝福は,神の戒め自体が報いをもたらすという意味で,immediate(「直接に」)なのです。それはまた,主の戒めに対する従順は,聖なる御霊を伴侶とすることによって,主とともに生活するという祝福をもたらすことでもありますアルマ36:30参照)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ2:20-21

わたしの同胞よ、わたしはあなたがたに言う。あなたがたを造り、あなたがたを守り、あなたがたに喜びを得させ、互いに平和に暮らせるようにしてくださった神に、たとえあなたがたが全身全霊の力を尽くして一切の感謝と賛美をささげたとしても、

さらに言うが、あなたがたがまた、たとえ世の初めからあなたがたを造り、あなたがたが自分の意のままに生きて動き、行動できるようにあなたがたに息を与えて日々守り、いかなる瞬間にもあなたがたを支えてくださっている御方に、たとえ全身全霊を尽くして仕えたとしても、それでもなお、あなたがたはふつつかな僕である。

 

 

「この世の負債と天の負債」2004年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

救い主に対する負債はどのようにして返済することができるでしょうか。救い主は,決して支払うことのできない負債からわたしたちを解放するために,御自分に関係のない負債を支払ってくださいました。救い主のおかげでわたしたちは永遠に生きるのです。主の無限の贖罪のおかげでわたしたちの罪はぬぐい去られ,神のすべての賜物のうち最も大いなる永遠の命にあずかることができます。教義と聖約14:7参照)

 

そのような賜物に代価はあるのでしょうか。その賜物に対して代償を支払うことができるのでしょうか。モルモン書の預言者であるベニヤミン王はこう教えました。「たとえあなたがたが全身全霊の力を尽くして一切の感謝と賛美をささげたとしても,……たとえ全身全霊を尽くして仕えたとしても,それでもなお,あなたがたはふつつかな僕である。」モーサヤ2:20-21

 

わたしたちにはこの世の負債と天の負債があります。知恵を使ってそれら一つ一つに対応するとともに,救い主の次の言葉を常に心に留めていようではありませんか。聖文はこう告げています。「あなたがたは自分のために,虫が食い,さびがつき,また,盗人らが押し入って盗み出すような地上に,宝をたくわえてはならない。むしろ……天に,宝をたくわえなさい。」マタイ6:19-20天の御父の家で忠実な者たちを待ち受ける宝と比較すれば,この世の富はちりのようなものです。さびつき,消えてなくなるものを追求して生涯を過ごす人は何と愚かなことでしょうか。永遠の命を求めて生涯をささげる人は何と賢いことでしょうか。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)