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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ10:6

それでもわたしは、心をかたくなにした。幾度となく呼ばれたが、わたしは聞こうとしなかった。だからわたしは、これらのことについて知っていながら、知りたいと思わなかった。そこでわたしは、悪い心のまま、さばきつかさの統治第十年のこの七月の四日まで、神に背き続けた。

 

「祈りと促し」(英文)2006年10月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

皆さんがたとえかつてのアルマのように若く強情であっても,あるいは「これらのことについて知っていながら,知りたいと思わなかった」アミュレクのように心を閉ざしていても,祈ってくださいアルマ10:6

 

祈ることを学んでください。しばしば祈ってください。思いと心を込めて祈ってください。ひざまずいて祈ってください。祈りは天の扉を開ける自分自身の鍵です。鍵は幕のこちら側に付いています。また,わたしはすべての祈りを「みこころが……行われますように」という言葉で結ぶことを学んできましたマタイ6:10ルカ11:23ニーファイ13:10も参照)

 

困難や落胆,苦痛や失望がまったくなくなることを期待してはなりません。なぜなら,これらに耐えるために,わたしたちは地上へ送られたからです。

 

ある人がこう書いています。

 

 主が作ってくださった計画も

 思慮と忍耐力のない手の中では

 もつれてしまう。

 苦しい叫び声を上げるわたしたちに,

 主はこう言われる。

 「わたしがもつれをほどいる間、静かにしていなさい」

(作者不詳, ジャック・M・リオン他編,Best-Loved Poems of the LDS People (1996年), 304)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ10:2-6

「わたしはアミュレクである。わたしはギドーナの子であり、ギドーナはイシマエルの子、イシマエルはアミナダイの子孫である。このアミナダイは、神殿の壁に神の指で書き記された言葉を解き明かした、あのアミナダイである。

そして、アミナダイはニーファイの子孫であり、ニーファイはエルサレムの地から来たリーハイの子、リーハイはマナセの子孫、マナセは兄たちの手によってエジプトに売られたヨセフの子である。

そして見よ、わたしも、わたしを知っているすべての人の中では少なからず信望を得ている者であり、まことに見よ、わたしには多くの親族と友人がいる。わたしはまた勤勉に働いて大きな富も得た。

それでもわたしは、主の道と、主の奥義と、驚くべき力については、まだ多くのことを知らない。いや、わたしはこれらのことについて多くを知らないと言ったが、しかし見よ、それは間違いである。わたしはすでに、主の奥義と、まことにこの民の命を守るために現された主の驚くべき力を、多く見てきたからである。

それでもわたしは、心をかたくなにした。幾度となく呼ばれたが、わたしは聞こうとしなかった。だからわたしは、これらのことについて知っていながら、知りたいと思わなかった。そこでわたしは、悪い心のまま、さばきつかさの統治第十年のこの七月の四日まで、神に背き続けた。

 

「アルマとアミュレクから学ぶ」2016年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

アミュレクは,アモナイハの人々によく知られた裕福な人でした。彼は由緒ある教会員の子孫でしたが,自分自身の信仰は弱くなっていました。後に彼はこのように告白しています。「わたしは幾度となく呼ばれたが,わたしは聞こうとしなかった。だからわたしは,これらのことについて知っていながら,〔信じ〕たいと思わなかった。そこでわたしは,……神に背き続けた。」アルマ10:2-6参照)

 

しかし神はアミュレクを備えてくださいました。アミュレクはアルマに会うと,主の僕を自分の家に歓迎し,アルマはそこで何日も滞在しました。(アルマ8:27 参照)その間に,アミュレクはアルマのメッセージに心を開き,すばらしい変化が彼にもたらされました。それ以来,アミュレクはただ信じたのではなく,真理の擁護者となったのです。

 

アルマが再びアモナイハの人々に教えるために出て行ったとき,アモナイハの地元の人であるアミュレクが,アルマの傍らで証する第二の証人となりました。

 

その後の出来事は,すべての聖典の中でも,最も悲喜こもごもの話の一つです。そのことについては,アルマ書第8章から第16章で読むことができます。

 

今日,皆さんに次の二つの質問について考えてほしいと思います。

 

「わたしはアルマから何を学べるだろうか。」

 

「わたしのどこがアミュレクに似ているだろうか」

 

 

……

 

アミュレクを探すべき人もいれば,「わたしのどこがアミュレクに似ているだろうか」と問うべき人もいます。

 

長年の間に,主の弟子としての熱意が薄れている人もいるでしょう。証の炎が弱まっている人もいるでしょう。キリストの体から,自分を遠ざけている人もいるでしょう。幻滅したり,怒りを感じたりした人もいるでしょう。古代エペソの教会にいた一部の人々のように,「初めの愛」黙示2:4参照,すなわちイエス・キリストの福音の崇高で永遠の真理から離れている人がいるかもしれません。

 

または,アミュレクのように,主が「幾度となく呼ばれ」ていることを知っていながら,「聞こうとしな〔い〕」人がいるかもしれません。

 

それでも,主はアミュレクに見いだされたものを皆さんにも見いだされます。それは重要な業を託され,証を分かち合う雄々しい僕となる可能性です。ほかの人ではまったく同じ働きをすることができない召しがあります。主は,人々を祝福し高める神聖な力を秘めた御自身の聖なる神権を,皆さんに託しておられます。心の声を聞き,御霊の促しに従ってください。

 

 

 

Alma and Amulek in glory by Jorge Cocco Studio

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ9:26

今から多くの日が過ぎないうちに、神の御子が栄光のうちに来られる。神の御子の栄光は御父の独り子の栄光であり、その独り子は恵みと公平と真理に満ち、忍耐と憐れみと寛容に富み、御自分の民の嘆願を聞くのも、また彼らの祈りにこたえるのも早い御方である。

 

「神の命に従って生きよ」  (英文)1993年10月、ジェフリー・R・ホランド 、七十人 

アルマも息子ヒラマンに神を信頼するよう言い聞かせた時、この真理を教えました。アルマはこう語りました。「〔神は〕すみやかにその民の嘆願をききとどけ、その祈りに〔すみやかに〕答えたもう…。」そして自分の体験を通してこのように証しました。「私はあらゆる試み苦しみ悩みに迫られたときに助けを得てこれを忍ぶことができた。神は…私を救いたもうた。…私は今も神を信じて頼っている。神はこれからも私を救って下さるに違いない。」アルマ9:26; 36:27

 

今朝私が伝えたい証は、主は私たちが「神聖な物を保護〔し〕神の命に従って生き」るならすべての人を、つまり全人類を救い出してくださるということです。

 

今までに世に与えられた約束の中で、最も偉大で確かなものは、神の完全で尊い独り子が贈り物となられたことです。それは世をとがめるための贈り物ではなく、世を静め、救い、平和を作り出すための贈り物です。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16

 

近所にケイティー・ルイスという女の子がいます。父親のランディーは私の監督であり、母親のメラニーは立派な女性です。そして、ケイティーの兄ジミーは、現在白血病と闘っています。

 

最近、ルイス姉妹はジミーの病名が判明した時に家族を襲った、言葉にならない恐怖と悲しみについて話してくれました。彼女はジミーのような深刻な病の経過を案ずる母親ならだれしもが味わう悲しみと涙について語ってくれました。しかし信仰深い末日聖徒がそうであるように、ルイス家族は熱心に信仰と希望をもって神に助けを求めました。そして、断食をし祈りを繰り返しました。また何度も何度も神殿に参入しました。

 

ある日ルイス姉妹は神殿から帰宅しました。彼女は疲れ切ってとても悩んでいました。彼女はその疲れと悩みは、不滅の信仰によってのみ消し去ることができる恐怖の日々が日夜続いた結果であると感じていました。

 

家の中に入ると、4歳のケイティーが母親への愛で目を輝かせながら走り寄ってきました。その手には、丸めたしわだらけの紙を持っていました。ケイティーはその紙をお母さんに渡しながら、一生懸命言いました。「ママこれ、何かわかる?」

 

ルイス姉妹が率直に話してくれたことによると、まず感じたのは、ケイティーの気をそらせて、「また後でね。今、相手をしてあげる気分じゃないの」と言うことでした。でもルイス姉妹は自分の子供たち一人一人のことを考えました。そして子供たちと一緒に過ごす機会をなくしたときに味わうであろう悲しみについて、また、瞬く間に成長していく小さな子供たちの人生についても考えました。そこで彼女は悲しみをこらえ、ほほえみながらケイティーに答えました。「ケイティー、ママには何なのかわからないわ。教えてちょうだい。」

 

ケイティーは笑いながら「聖句よ。何て言ってるかわかる?」と言いました。ルイス姉妹は笑うのをやめて、ケイティーと同じ高さになるようにひざまずきこの幼い子供をじっと見詰め、尋ねました。「教えてちょうだい、ケイティー。その聖句は何て言ってるの。」

 

「『イエスを信頼しなさい』って。」そう言うと立ち去って行きました。

 

ルイス姉妹はこう語っています。「4歳の子供のたどたどしい文字が書かれた紙切れを手に持って立ち上がった時、私は今にも手で触れることができそうな安らぎの腕が私の疲れ果てた心を包み、神々しい静けさが千々に乱れた心を静めてくれるのを感じました。」

 

ケイティー・ルイス、あなたはまさに「天使、御恵みの御使い」です。私もあなたと同じ気持ちです。失意と悲しみの存在する世、罪のはびこる世界にあって、恐怖や絶望が押し寄せてくるようなとき、また人間性がゆがめられながらも、それを癒すものが見つからないとき、私もこう申し上げます。「イエスを信頼しなさい」と。主にあらしを静めていただきましょう。主は人類を苦しみの床から、この世と永遠にわたって立ち上がらせる力を有しておられるお方であることを信じてください。

 

「おお、主の愛深し、

 救いの血を

 思い主を愛し、

 み業をなさん」(賛美歌110番)

 

イエス・キリストの御名によって申し上げます。アーメン。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)