「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -202ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ13:6

このように、祭司たちは人の子らに神の戒めを教えて、彼らも神の安息に入ることができるようにするため、この聖なる召しによって召され、神の聖なる位の大神権に聖任されたのである。

 

「信仰と神権の誓詞と聖約」2008年4月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会

神権の奉仕活動で出会う度に「おばあさんの具合はいかがですか」と声をかけてくれる一人の神権者がいます。皆さんもこの神権者のようになることができます。わたしの知っているかぎり,彼はわたしの義理の母に会ったことがないはずです。しかし,彼はどこからか,義理の母が病気で,高齢であることを聞いていました。神権者を通して神の御み手てが差し伸べられていることを知り,妻とともにどれほど慰めと安らぎを得ているか言葉に表せません。いつも聖約を心に留めて,垂れている手を上げ,重荷を背負う人々に手を差し伸べるなら,神権者として集まる度に,彼のように人々に良い影響を及ぼすことができるでしょう。そのようにして,永遠の家族の一員となるために必要とされる資質をはぐくむのです。

 

ほかにもできることがあります。神の御言葉を自分のためだけに学ぶのでなく,主イエス・キリストの使者として全世界に出て行くために学ぶのです。福音を教える力が増し加わると,御父の子らを集める僕となることができます。これによってもう一つの祝福がもたらされます。この世か来るべき世で万一自分の家族の中で失われた羊を連れ戻す必要が生じたとき,今思っているよりももっと大きな力を得られる,ということです。

 

主はアルマ書第13章6節の中でそのすばらしい祝福について述べておられます。「このように,祭司たちは人の子らに神の戒めを教えて,彼らも神の安息に入ることができるようにするため,この聖なる召しによって召され,神の聖なる位の大神権に聖任されたのである。」

 

皆さんは,次の約束に基づいて,神権の務めを立派に成し遂げられるという確信を持つことができます。

 

「そして彼らは,聖霊によって聖められ,衣を白くされ,神の御み前まえに清く,染みのない状態になったので,罪を見て忌み嫌うのを禁じることができなかった。このように清められて,主なる神の安息に入った人々は大勢おり,非常に多くの数に上った。

 

さて,わたしの同はら胞からよ,あなたがたもその安息に入れるように,神の御前にへりくだり,悔い改めにふさわしい実を結んでほしい。」アルマ13:12-13

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ13:2–4, 7–8

その祭司たちは神の御子の位に従って聖任されたが、人々はその聖任の仕方から、どのようにすれば神の御子を待ち望んで贖いを得られるかを知ることができた。

そして、祭司たちが聖任された方法は次のとおりである。すなわち、祭司たちは彼らの非常に深い信仰と善い行いのために、神の先見の明によって世の初めから召され、備えられていた。彼らは初めに善を選ぶのも悪を選ぶのも任されていた。そこで彼らは、善を選んで、非常に深い信仰を働かせたので、現在、聖なる召しを受けている。まことに、このような者のために前もって用意された贖いとともに備えられ、また贖いに応じて備えられた、その聖なる召しを受けている。

このように、祭司たちは彼らの信仰のゆえにこの聖なる召しを受けたのである。一方、ほかの者たちは、その心がかたくなで、思いをくらませているために、神の御霊を拒んだ。もしそうでなかったならば、彼らはその同胞と同じ大きな特権を得ることができたであろう。

この大神権は神の御子の位に従うものであり、その位は世の初めから存在していた。言い換えれば、それは日の初めもなく年の終わりもなく、すべての物事に対する神の先見の明によって、永遠から永遠にわたって備えられているのである。

さて、彼らは次のようにして聖任された。すなわち、彼らは聖なる召しによって召され、聖なる儀式によって聖任されて、聖なる位の大神権を受けた。この召しと儀式と大神権は、初めもなく終わりもない。

 

「わたしたちは皆、母親ではないでしょうか」2001年10月、シェリー・L・デュー、中央扶助協会会長会

母性の重要性を理解すると、預言者たちが女性の最も神聖な役割をそれほどまでに守ろうとしてきた理由が明らかになります。母性は単に母であること』と同じ意味であるとわたしたぢば考えがちですが、主が言われる母親という言葉には、もっと多くの異なった意味があります。母親の役割と本質を定義するために、あらゆる言葉の中から父なる神とアダムがエバに対して選んだのは「すべての命ある者の母」モーセ4:26という言葉でした。その名が与えられたのはエバが子どもを産む前でした。エバと同じように、わたしたちの母性はわたしたちが生まれる前から始まっています。ふさわしい男性がこの世で神権を受けるよう予任されたのと同じように、アルマ13:2–4, 7–8 義にかなった女性は前世で母性の特権を授けられました。(スペンサー・W・キンボール “The Role of Righteous Women,”Ensign1979年11月号、102参照) 子どもを産むことは、もちろん母性の一部ですが、母性はそれだけのものではありません。それはわたしたち女性の本質です。まさに女性の真髄であり、神聖な特質や特性であり、御父がわたしたちに与えられた比類ない性質です。

 

ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこのように述べています。「神は女性の内に神聖な特質を植え付けられました。」Teachings of Gordon B. Hinckley (1997), 387) その特質が母性の賜物です。マシュー・カウリー長老はこのように教えています。「男性は人々を救う者となるために、〔この世で〕与えられるべきものがあるが、母親や女性には必要ない。人を救う者になるために、生来、固有の権利、権限が与えられているからである。……そして神の子どもたちの生活の中で、霊的な再生を及ぼす力か与えられているのである。」(Matthew Cowley Speaks (1954年)109)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ13:2-3

その祭司たちは神の御子の位に従って聖任されたが、人々はその聖任の仕方から、どのようにすれば神の御子を待ち望んで贖いを得られるかを知ることができた。

そして、祭司たちが聖任された方法は次のとおりである。すなわち、祭司たちは彼らの非常に深い信仰と善い行いのために、神の先見の明によって世の初めから召され、備えられていた。彼らは初めに善を選ぶのも悪を選ぶのも任されていた。そこで彼らは、善を選んで、非常に深い信仰を働かせたので、現在、聖なる召しを受けている。まことに、このような者のために前もって用意された贖いとともに備えられ、また贖いに応じて備えられた、その聖なる召しを受けている。

 

「永遠のための決断」2013年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

天の御父は非常に長い期間あなたのことを御存じでした。御父の息子あるいは娘として,あなたはまさにこの時代にこの世に来て,地上における御父の偉大な業において指導者となるように御父によって選ばれました。アルマ13:2-3教義と聖約138:38-57参照) あなたは身体的特性のために選ばれたのではなく,雄々しさ,勇気,心の誠実さ,真理に対する渇き,知恵に対する飢え,ほかの人々に仕えたいという望みなど,霊的な特質のために選ばれたのです。