その祭司たちは神の御子の位に従って聖任されたが、人々はその聖任の仕方から、どのようにすれば神の御子を待ち望んで贖いを得られるかを知ることができた。
そして、祭司たちが聖任された方法は次のとおりである。すなわち、祭司たちは彼らの非常に深い信仰と善い行いのために、神の先見の明によって世の初めから召され、備えられていた。彼らは初めに善を選ぶのも悪を選ぶのも任されていた。そこで彼らは、善を選んで、非常に深い信仰を働かせたので、現在、聖なる召しを受けている。まことに、このような者のために前もって用意された贖いとともに備えられ、また贖いに応じて備えられた、その聖なる召しを受けている。
このように、祭司たちは彼らの信仰のゆえにこの聖なる召しを受けたのである。一方、ほかの者たちは、その心がかたくなで、思いをくらませているために、神の御霊を拒んだ。もしそうでなかったならば、彼らはその同胞と同じ大きな特権を得ることができたであろう。
この大神権は神の御子の位に従うものであり、その位は世の初めから存在していた。言い換えれば、それは日の初めもなく年の終わりもなく、すべての物事に対する神の先見の明によって、永遠から永遠にわたって備えられているのである。
さて、彼らは次のようにして聖任された。すなわち、彼らは聖なる召しによって召され、聖なる儀式によって聖任されて、聖なる位の大神権を受けた。この召しと儀式と大神権は、初めもなく終わりもない。
「わたしたちは皆、母親ではないでしょうか」2001年10月、シェリー・L・デュー、中央扶助協会会長会
母性の重要性を理解すると、預言者たちが女性の最も神聖な役割をそれほどまでに守ろうとしてきた理由が明らかになります。母性は単に母であること』と同じ意味であるとわたしたぢば考えがちですが、主が言われる母親という言葉には、もっと多くの異なった意味があります。母親の役割と本質を定義するために、あらゆる言葉の中から父なる神とアダムがエバに対して選んだのは「すべての命ある者の母」(モーセ4:26)という言葉でした。その名が与えられたのはエバが子どもを産む前でした。エバと同じように、わたしたちの母性はわたしたちが生まれる前から始まっています。ふさわしい男性がこの世で神権を受けるよう予任されたのと同じように、(アルマ13:2–4, 7–8) 義にかなった女性は前世で母性の特権を授けられました。(スペンサー・W・キンボール “The Role of Righteous Women,”Ensign1979年11月号、102参照) 子どもを産むことは、もちろん母性の一部ですが、母性はそれだけのものではありません。それはわたしたち女性の本質です。まさに女性の真髄であり、神聖な特質や特性であり、御父がわたしたちに与えられた比類ない性質です。
ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこのように述べています。「神は女性の内に神聖な特質を植え付けられました。」(Teachings of Gordon B. Hinckley (1997), 387) その特質が母性の賜物です。マシュー・カウリー長老はこのように教えています。「男性は人々を救う者となるために、〔この世で〕与えられるべきものがあるが、母親や女性には必要ない。人を救う者になるために、生来、固有の権利、権限が与えられているからである。……そして神の子どもたちの生活の中で、霊的な再生を及ぼす力か与えられているのである。」(Matthew Cowley Speaks (1954年)109)
