「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -182ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ45:1

さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。

 

「断食の律法」2001年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

断食と祈りは家族の中で、日常の仕事において助けになります。教会の召しを尊んで大いなるものとするための力を与えます。エズラ・タフト・ベンソン大管長はこのように教えています。「あなたが定員会の新しい会長として、新任の高等評議員として、新しい監督として、〔また扶助協会の会長にも言えると思いますが、)自分の職と召しにどのような姿勢で取り組むべきか知りたいと思うならば、一定の期間断食してみてください。1食を抜いて、次の食事で2倍の食物を取る断食ではありません。わたしが言うのは、断食の間祈りをささげる、ほんとうの断食です。これによって、あなたは、職と召しに対する正しい姿勢を知り、御霊があなたを通して働きかける環境を作り出すことでしょう。これ以上の方法をわたしは知りません。」(Teachings of Ezra Taft Benson(1988年)33]-332)

 

預言者ジョセフ・スミスはこのように教えました。「あらゆる聖徒の〔模範〕としようではありませんか。そうすればパンに事欠くようなことは決してないでしょう。貧しい人が飢えていたら、食物を持っている人々に、1日断食し、食べるつもりであったものを貧しい人に与えるために監督に差し出すようにしてもらってください。そうすればすべての人が長い間満ち足りることでしょう。……すべての聖徒が楽しげな心と表情をもってこの原則に従うならば、彼らは常に満ち足りることでしょう。」(History of the Church、第7巻、413)

 

モルモン書の預言者たちは断食の律法について教えています。「さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。」アルマ45:1

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ45:1

さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。

 

「主の祈りから得られる教訓」2009年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

主はわたしたちの祈りの力を高める方法を教えてくださいました。例えば,主はこのように言っておられます。「義人の歌はわたしへの祈りである。それに対する答えとして,彼らの頭に祝福が注がれるであろう。」教義と聖約25:12

 

また,祈りの力は断食によって高められます。使徒14:231コリント7:5オムナイ1:26アルマ5:466:617:317:928:645:13 ニーファイ27:14 ニーファイ1:12モロナイ6:5参照)主はこう言っておられます。「わたしはあなたがたに一つの戒めを与える。あなたがたはこれから先,祈りと断食を続けなければならない。」教義と聖約88:76ジョセフ・F・スミス大管長は,断食における知恵を願い求め,次のように注意しています。「度を越すということがあります。ある人は命をなくすまで断食し,祈るかもしれません。そのようなことは必要ないし,賢明なことでもありません。……主は短い言葉であっても信仰あふれる簡潔な祈りを聞いてくださいます。また, 24時間に満たない断食も認めてくださいます。ちょうど何千という言葉を費やし1か月断食してささげる祈りにこたえるのと同じように快く,同じ力をもってこたえてくださいます。……主は,過度で不必要な祈りよりも,十分な祈りを,さらに大きな喜びと満足感をもって受け入れてくださいます。」(ジョセフ・F・スミス,Conference Report,1912年10月,133-134で引用)

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ43:45-47

しかし、ニーファイ人はもっと良い動機に励まされていた。彼らは君主制のために戦ったのではなく、権力のためでもなく、自分たちの家と自由と、妻子と、自分たちのすべてのもののために、特に礼拝の儀式と教会のために戦っていた。

彼らは、神に義務を負っていると感じていたことを行っていたのである。主は彼らに、また彼らの先祖に、「あなたがたは最初の攻撃についても、二度目の攻撃についても、罪を犯していないかぎり、敵の手によって殺されるに任せてはならない」と言われたからである。

主はまた、「あなたがたは血を流してでも自分たちの家族を守りなさい」とも言われた。したがって、ニーファイ人は自分自身と家族、土地、国、権利、宗教を守るためにレーマン人と戦っていたのである。

 

「モルモン書―イエス・キリストについてのもう一つの証―分かりやすくて貴いこと」2005年4月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

モルモン書を初めて読んだときには気づかなかった分かりやすくて貴い教えをもう一つ紹介しましょう。わたしは18歳のときに徴兵されました。そのときになって初めて,戦争に行くのがわたしにとって正しいことなのだろうかと大いに悩みました。やがて,モルモン書から答えを見つけました。

 

「彼ら〔ニーファイ人〕は君主制のために戦ったのではなく,権力のためでもなく,自分たちの家と自由と,妻子と,自分たちのすべてのもののために,特に礼拝の儀式と教会のために戦っていた。

 

彼らは,神に義務を負っていると感じていたことを行っていたのである。主は彼らに,また彼らの先祖に,『あなたがたは最初の攻撃についても,2度目の攻撃についても,罪を犯していないかぎり,敵の手によって殺されるに任せてはならない』と言われたからである。

 

主はまた,『あなたがたは血を流してでも自分たちの家族を守りなさい』とも言われた。したがって,ニーファイ人は自分自身と家族,土地,国,権利,宗教を守るためにレーマン人と戦っていたのである。」アルマ43:45-47

 

この聖句のおかげで,進んで,また誉れをもって出征することができました。

 

もう一つの例です。わたしたちはあるとき大きな決断を迫られていました。祈っても不安だったので,ハロルド・B・リー長老のもとに行き,尋ねてみました。すると,決断したとおりに実行しなさいと言われました。それでもためらっているわたしに,リー長老はこう言いました。「始めから結果を見ようとするからいけないのです。」そしてモルモン書の一節を引用してくれました。「自分が見ていないからということで疑ってはならない。信仰が試されてからでなければ,証は得られないからである。」エテル12:6

 

リー長老はこうも言いました。「暗闇に2,3歩足を踏み入れてみなさい。そうすれば,光が現れてその先を照らしてくれるでしょう。」モルモン書の一節に端を発したこの経験は,わたしの人生を変えました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)