さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。
「主の祈りから得られる教訓」2009年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
主はわたしたちの祈りの力を高める方法を教えてくださいました。例えば,主はこのように言っておられます。「義人の歌はわたしへの祈りである。それに対する答えとして,彼らの頭に祝福が注がれるであろう。」(教義と聖約25:12)
また,祈りの力は断食によって高められます。(使徒14:23;1コリント7:5;オムナイ1:26;アルマ5:46;6:6;17:3;17:9;28:6;45:1;3 ニーファイ27:1;4 ニーファイ1:12;モロナイ6:5参照)主はこう言っておられます。「わたしはあなたがたに一つの戒めを与える。あなたがたはこれから先,祈りと断食を続けなければならない。」(教義と聖約88:76)ジョセフ・F・スミス大管長は,断食における知恵を願い求め,次のように注意しています。「度を越すということがあります。ある人は命をなくすまで断食し,祈るかもしれません。そのようなことは必要ないし,賢明なことでもありません。……主は短い言葉であっても信仰あふれる簡潔な祈りを聞いてくださいます。また, 24時間に満たない断食も認めてくださいます。ちょうど何千という言葉を費やし1か月断食してささげる祈りにこたえるのと同じように快く,同じ力をもってこたえてくださいます。……主は,過度で不必要な祈りよりも,十分な祈りを,さらに大きな喜びと満足感をもって受け入れてくださいます。」(ジョセフ・F・スミス,Conference Report,1912年10月,133-134で引用)
