さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。
「断食の律法」2001年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会
断食と祈りは家族の中で、日常の仕事において助けになります。教会の召しを尊んで大いなるものとするための力を与えます。エズラ・タフト・ベンソン大管長はこのように教えています。「あなたが定員会の新しい会長として、新任の高等評議員として、新しい監督として、〔また扶助協会の会長にも言えると思いますが、)自分の職と召しにどのような姿勢で取り組むべきか知りたいと思うならば、一定の期間断食してみてください。1食を抜いて、次の食事で2倍の食物を取る断食ではありません。わたしが言うのは、断食の間祈りをささげる、ほんとうの断食です。これによって、あなたは、職と召しに対する正しい姿勢を知り、御霊があなたを通して働きかける環境を作り出すことでしょう。これ以上の方法をわたしは知りません。」(Teachings of Ezra Taft Benson(1988年)33]-332)
預言者ジョセフ・スミスはこのように教えました。「あらゆる聖徒の〔模範〕としようではありませんか。そうすればパンに事欠くようなことは決してないでしょう。貧しい人が飢えていたら、食物を持っている人々に、1日断食し、食べるつもりであったものを貧しい人に与えるために監督に差し出すようにしてもらってください。そうすればすべての人が長い間満ち足りることでしょう。……すべての聖徒が楽しげな心と表情をもってこの原則に従うならば、彼らは常に満ち足りることでしょう。」(History of the Church、第7巻、413)
モルモン書の預言者たちは断食の律法について教えています。「さて見よ、主が再び敵の手から救ってくださったので、ニーファイの民は非常に喜び、主なる神に感謝をささげた。そして、彼らは大いに断食し、大いに祈り、非常に大きな喜びをもって神を礼拝した。」(アルマ45:1)
