「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -146ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル7:27

シュールの時代には、もはや戦争はなかった。そして彼は、主が自分の先祖のために数々の偉大なことを行って、大いなる深みを渡らせて先祖を約束の地に導いてくださったことを思い起こし、生涯義をもって裁きを行った。

 

「神の慈しみと偉大さを深く考える」2020年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

「父は,わたしが十字架に上げられるようにと,わたしを遣わされた。十字架に上げられた後で,わたしはすべての人をわたしのもとに引き寄せた。……

 

このために,わたしは上げられたのである。それで,父の力によってすべての人をわたしのもとに引き寄せ〔る〕。」3ニーファイ27:14-15ヨハネ12:322ニーファイ26:24も参照)

 

皆さんが救い主のもとに引き寄せられるためには,何が必要ですか。イエス・キリストが御父の御心に従い,死に打ち勝ち,皆さんの罪と過ちを負い,皆さんのために取りなしをする力を御父から受け,究極的に皆さんを贖ってくださったことについて,深く考えてください。モーサヤ15:7-9黙示21:4参照)皆さんがみもとに引き寄せられるために,これでは不十分ですか。わたしにとっては十分です。イエス・キリストは「両腕を広げて立ち,喜んで〔皆さんとわたしを〕癒し,赦し,汚れを取り,強め,清め,聖くし〔て〕」くださいます。(ラッセル・M・ネルソン「行いを改善し,より良くなれます」2019年4月)

 

これらの真理はわたしたちに新しい心を与え,天の御父とイエス・キリストに従おうという気持ちを起こさせてくれるはずです。しかし,新しい心ですら「さまよいやすく,……愛してくださる神を離れがち」になることがあります。(“Come, Thou Fount of Every Blessing,”Hymns(1948), no. 70)この性向に打ち勝つために,わたしたちは受けてきた賜物とそれに対する責任について日々思い巡らす必要があります。ベニヤミン王は言いました。「神​の​偉大さ​と​……​あなたがた​に​対する​神​の​​慈しみ​と​寛容,これら​を​覚えて,いつも​記憶​に​とどめて​おく​よう​に​して​ほしい。」モーサヤ 4:11アルマ36:2,28-29エテル7:2710:2モロナイ9:25も参照)そうするときに,天からの驚くべき祝福を受ける資格を得るのです。

 

 

 

 

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル6:12

そして、彼らは約束の地の海岸に上陸した。彼らは約束の地の海岸に足を踏み下ろすと、地の面にひれ伏して主の前にへりくだり、主が深い憐れみを豊かにかけてくださったことについて、主の前に喜びの涙を流した。

 

「約束された祝福にふさわしくある」2015年10月、リンダ・S・リーブズ、中央扶助協会会長会

無理もないことですが,多くの人が,特に試練が次から次へと押し寄せてくるときほど,御父の約束された祝福は「あまりにも遠い」ところにあると言います。しかし,アミュレクは「現世は……神にお会いする用意をする時期である」アルマ34:32 と教えています。全ての祝福を受ける時期ではないのです。パッカー会長は,このように説明しています。「第2幕では,『それからみんなずっと幸せに暮らしました』というせりふはありません。そのせりふは,謎が解け,全てが正される第3幕のものなのです。」(ボイド・K・パッカー,“The Play and the Plan” ヤングアダルト対象の教会教育システムファイヤサイド,1995年5月7日) とはいえ,御父が将来大いなる祝福を約束しておられることに,日々,焦点を定める必要があります。それはちょうど,「主が深い憐れみを豊かに」エテル6:12 下さっているのを毎日気づく必要があるのと同じです。

 

姉妹の皆さん,わたしたちがなぜこれほど多くの試練に遭うのか,わたしには分かりません。しかし,これは個人的な考えですが,報いがとても偉大で永遠で終わりがなく,報いを受ける日はとてもうれしくて理解を超えるほどなので,憐れみ深く愛にあふれた御父に「本当に試練はあれで 全部だったのですか」と尋ねたくなるのではないでしょうか。天の御父と救い主がわたしたちをどれだけ深く愛しておられるかを毎日思い起こすことができるなら,みもとへ戻り,永遠に御二方の愛に包まれるために求められることは喜んで何でもできるでしょう。愛する姉妹の皆さん,これらの試練が,まさに,最後に,御父や救い主とともに神の王国で永遠の命と昇栄を得る資格を与えてくれるものだとしたら,ここで苦しむことは一体どれほどのものでしょうか。

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル6:7,10

さて、彼らの船は深みに沈められても、皿のように透き間がなく、ノアの箱船のようにしっかりして水が漏らなかったので、彼らは少しも水による害を受けなかった。そこで彼らは、海の深みに沈むと、主に叫び求めた。すると、主は船を再び水面に引き戻された。

このようにして、彼らは進んで行き、海の怪物も彼らの船を裂くことができず、鯨も彼らの船を害することができなかった。また、海上にあるときも、海中にあるときも、いつも彼らには光があった。

 

「苦難の中で信仰により得る平安と喜び」2003年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

エホバはエリヤに言われました。「出て,山の上で主の前に,立ちなさい。」エリヤはそのとおりにしました。そして大きな強い風と地震と火の後に,「静かな細い声」による訪れを受けたのです。洞穴に隠れていたエリヤに主は言われました。「エリヤよ,あなたはここで何をしているのか。」エリヤは答えました。「イスラエルの人々はあなたの契約を捨て,あなたの祭壇をこわし,刀であなたの預言者たちを殺したからです。ただわたしだけ残りましたが,彼らはわたしの命を取ろうとしています。」しかし,主はエリヤが行うべき大切な務めを用意し,こう言われました。「あなたの道を帰って行〔きなさい。〕」列王上19:11-15参照)そしてエリヤは出て行きました。

 

わたしたちも安全な洞穴から出る必要があります。なすべき大切な務めがあるからです。主は御霊の静かな細い声を通して守り,助け,導いてくださいます。

 

主がヤレドの兄弟に,船を造る方法を教えられたことを思い出してください。家族が安全に大海を渡り,風や波から守られ,約束の地へたどり着くための船です。

 

船は不思議な形をしていましたが,この上なく安全でした。「さて,彼らの船は深みに沈められても,……彼らは少しも水による害を受けなかった。……海の怪物も彼らの船を裂くことができず,鯨も彼らの船を害することができなかった。」エテル6:7,10