てつりんのブログ -91ページ目

DD51引退

「ありがとうDD51」 機関車引退、国鉄時代から活躍

 

 

高度経済成長期最中の昭和37年から製造されて以来、旧国鉄JRと特急列車、急行列車、普通の客車、貨物列車、入換用問わずさまざまな鉄路で大活躍してきたディーゼル機関車DD51型が引退した。以後はイベント列車や工事用用車両の牽引のみで使われるだけとなる。

元々、全国各地で活躍していたSLの置換え目的で約650両も大量生産され、スピードは当時の特急牽引用SLと同じくらい出せ、力も上回っていたので、前述のとおり、特急や急行寝台列車、一般の普通列車、重量級の貨物列車、イベント列車、入換用と多種多様な目的で、四国以外の日本全国で大活躍、たちまち大量のSLを引退&廃車に追い込んだ。
性能も安定しており、その後の時代による使用している機器の技術の進歩や、使用目的や配属先などで、多少の各々の機器の仕様の違いはあれど、見た目はどの機種もそんなに変わりはしなかった。

当然SLファンからは「文鎮(凸型車体なのでそう呼ばれた)」、「赤ブタ(車体が朱色だったので)」、「デラックスデゴイチ」、「ダメデゴイチ」などと忌み嫌われたが、私はSLファンだけど、それほど嫌悪感は持っておらず、むしろ「デゴイチのディーゼルバージョンだな!D51の名を冠するにふさわしい!」と好感を持っていた。

ところがだ、旧国鉄の路線は徐々に電化されて行き、されていない路線でも、”機関車が牽引する列車”ではなく、”自走出来るディーゼルカーや電車みたいな車両”が主流となって行ったので、徐々に活躍の場を失って行き、平成の中期頃には貨物列車の牽引や入換、北海道の寝台列車の牽引がメインとなった。
かつてSLを廃車に追い込んだ同機も、それらが進展すると次々と廃車になって行き、初期に造られた車両は保存されているものを除いて、殆ど残っていない。

あまった数量の車両はタイ王国やマレーシア、ミャンマーなどに譲渡され、現在も活躍中ではある。

私の鉄道、玄海灘交通クッピー線でも、”好きだから”ではなくて、”必携車両だから”で、以前から所有していたが、SLや私鉄列車の牽引がメインの私の鉄道では、余ってる貨物列車の牽引など、二番煎じみたいな役柄が多かった。
だが、ここ数年、かつて九州を走っていた寝台急行「雲仙3号」を再現しようと思い立ち、その牽引機でもあったので、私の鉄道でも運転会でも活躍させている。

建築途中

1か月前の日記で述べた、新築する商店、方眼ボール紙に書き込んだ壁を切断して組み上げ、屋根以外は形になった。まるでツーバイフォー住宅みたいだな!

紙だけあって、プラスチック板よりはカッターでの切断は容易だし、接着も木工用ボンドでは勿論だが、事務用のりでもくっつくので、製作は比較的たやすく捗る。

この他に、窓枠が印刷された塩ビ板と、以前の民家で使用した瓦屋根の余りなど、必要な素材は全て揃えてある!

窓ガラスは、30年も前に買った窓の桟や枠が印刷された塩ビ板を使う。
屋根瓦は7年前に製作した民家で使用した余りを使うが、所々かけてるので補修をせねばならない。

高校ん時に作った民家とは違い、1mmや2mmの角棒で裏から補強してあるので、比較的丈夫には出来ていると思う。

あとは羽目板の接着をして、サーフェーサー吹けば、下地は完了だな!

 

刑事コロンボにハマっている

 

現在、NHK-BSで毎週水曜日放映中の「刑事コロンボ」を見ている。

このドラマは、普通の探偵ドラマや推理小説とは違って、最初に犯行が映し出されてその後コロンボが推理していく、という進行なので、だから予め犯人が誰で、どうやって被害者を殺めたかがわかっているのだが、それをコロンボが着々と解明していく過程が面白い。

自分は”少しでも英語を理解しよう”、”アメリカの雰囲気に慣れよう”との趣旨で、原作どおりの英語の会話+日本語字幕のバージョンで見ている。時々、「???」の時はそこん所だけ巻き戻して、日本語バージョンに変えて再度見るが。

日本語の吹き替えは、言わずと知れた故小池朝雄氏や故石田太郎氏で、やや紳士的に聞こえるが、実際の声は故荒井注氏のような下町おやぢっぽいダミ声である。
これは多分、(コロンボは)庶民的な雰囲気だけれども、あくまでも警部や刑事なんだから少しばかし品を持たせよう、箔付けしよう、という趣旨だったんじゃないか?

愛車は50年代のフランス車で、こんなん日本では絶対に車検に通らないボロボロの車、コスチュームは明るいすみれ色のスーツなんだけど、季節を問わずいつもヨレヨレのコートを羽織っているので、どう見ても有能でカッコイイ刑事や探偵には見えず、金田一耕助にも相通ずる庶民的な所がある。

事件の関係者は、セレブ、やたら才能があって金持ちになった人達、大マジシャン、世界的な料理人など多種多様だが、アメリカンドリームを実現したような人達が殆どで、我々日本の一般庶民のライフスタイルからは到底想像も出来そうにもないような人達。

また、警察関係者に対して身構えたり、及び腰になったり、丁重に接したりする日本とは違い、警部に対する態度や言動はやや横柄だったり、反抗的だったりするので、そこは文化の違いか?

私は途中から見はじめたが、おそらく1970年代中期の時代の、私含めた多くの日本人が憧れたアメリカのライフスタイルのねたで、今放映されてるシリーズは1989年に入ってからの新しいもので、犯人や被害者が若者だったり、当時流行り出したCGグラフィックねたが出て来たりしている。

ここ最近洋画どころかドラマさえも見てなかったので、また一つTVを見る楽しみができた!

 

山盛りつくし

例年よりも今年は早く春が来てるのか?、住んでるちょっとした芝生につくしが生え出した。それも一昨年や昨年以上に大量の!

写真のボウルに入れたの、コレで全部じゃない!あとこの2/3位の量のつくしがあるし、まだ引っこ抜いてないのも結構ある。

これだけ生えてるって事は、庭の芝生はスギナだらけであると考えられなくもないが、見る限り、そして昨年秋に草刈りした際にはそうでもないようだが。

ソレにしても、こんな大量のつくし、どうやって料理して行こうか?

 


 

東日本大震災から10年

10年前のこの日この時間、オレは実家の書斎におり、入口に吊るしてある飾りのれんが、風もないのに、人が通った後でもないのに少し揺れてるのを不思議に思い、”ひょっとして地震の前兆では?”とTVを点けた。

 

案の定、仙台か岩手の太平洋側の海岸壁で、大津波が襲わんとしているシーンが画面に出て来た。

「なんぢゃあ、コレわぁ~!」と驚き、あっと言う間に、件の悲劇が起こってしまった。

 

無風状態なのに、ココ大阪で飾りのれんがほんの少し揺れてたという事は、それだけ大規模な地震であったものと想像される。

 

なんでも、江戸時代にも同じような災害が起こったというハナシがあるし、日本列島は元々天災に苛まれやすい地形なんで、何百年か一度の周期で起こるのだろうか?

「コレはある極悪な組織が巨大な爆弾で貶めた人為災害である。」という陰謀論も耳にした事があるが、それはどうかな?

 

あれから10年。被災された多くの方々が困難に立ち向かい、前向きに人生を歩まれて行っているのは喜ばしい事だ。6年前に、取引先から招待された東北地方への招待旅行で、被災地へも行き、肉親を失いながらも健気に前向きに頑張られてる様子、次なる天災が起こった際へのインフラなども見学して、勇気付けられた。

反対に、未だに震災の痛手に苦しんでいる人達も多いと聞く。

 

 

生憎、今日の午後2時46分は黙祷できなかったが、亡くなられた方々のご冥福を祈りたい。

 

 

(写真:1996年当時のJR女川駅。震災で破壊され、現在はもっと内陸部に移設され、かさ上げされた土地の上に駅がある。)

 

watch the clock

本業のデスクん上にちょこんと乗ってた目覚まし時計、事務所に時計がないので、コイツを復活させようと電池入れたが、全く動かない・・・。
電池との接触部分が錆びてるワケでも、接触不良でもないのに。

当然の如く、近所で時計修理を行なっている時計店やヨドバシに持って行ったが、修理できないと言われ、愕然とし、家帰って、メーカーのネットで調べてみても、完全なる生産中止で交換部品もないと出て来た。

この時計、これからは事務所のオーナメントとなるのか?



 

走井うどんの赤飯膳

失恋記念日行事の後、いつも昼してる食堂が定休日だった為、やむを得ず名物走井餅を売っている向かい側のお店で、写真の「走井うどんの赤飯膳」を食べて昼食とした。¥1,300。

うどんは、ごらんのとおり、うす味のだしつゆにお餅やとろろ昆布、花形の麩が入ってて、うどん自体は少しコシが入っている。濃いめやこってり系の味が好きな人にはちょっと物足りないかも知れない。

横の赤飯はなぜか、おこわ然とした固さで、コイツに別皿の塩昆布かけて食べるとうまい!
なんかうどんよりも、コッチのほうがおいしいような気もするが。

スイーツに該当する走井餅も、あんこを羽二重餅でくるんだ餅で、抑えた甘さで、食後のデザートにはちょうど良い。

「これだけじゃ、腹には足りないだろう・・・。」と思いきや、意外にそうでもなく、午後7時の夜めしまでは持っていた。

 



 

自分に影響を与えたベースマンの逝去

東京横浜に住んでた時、同じ音楽サークルで一緒に音出していた、ベースマンのSさんがなくなられました。享年60歳。

本業はミュージシャンではなかったが、背が高くて大柄な体躯、白髪混じりのセミロングヘアー、髭を生やした風貌で使い込まれたベースギターを弾く姿は、どう見てもプロミュージシャンにしか見えなかったです。
その容姿とは逆に、すごく温和な方で、どんな人とでもすぐに打ち解けておられました。

うねるようなベースプレイで、ハードロックの楽曲でも、ギタリストはまるでSさんの手のひらの上で弾いているような感じに聞こえる存在感で、プロのミュージシャンからさえも「すごく上手!」と言われていました。歌も好きだったが、バンドではベース弾きながらコーラスを入れる程度でした。

上記音楽サークルが解散後は、たまたま別の音楽サークルで一緒になったが、その部内で彼はハードロックやヘビメタを演るバンドに、私は邦楽ヒット曲を演るバンドに加入したので、このサークルで一緒に音を出す事はなかったです。
約1年後、私はこのサークルの主催者と反りが合わずに退会するが、彼はうまくいってたようで、そのまま続けられ、そして部内で新たに結成されたオリジナルハードロックバンドにも参加されました。
それとは別に、最初のサークル時代の仲間ともバンドを組まれて活躍されてたようで、それから間もなく私は大阪へ戻ったので、それ以降は、昔のサークル仲間から近況を少し聞く程度であった・・・。

私もベース弾いてるとはゆえ、本格的に弾き出したのは大阪に戻ってからなんで、直接手ほどきや指導を受けたワケではなかったが、曲全体をうねらせるようなベースプレイは記憶してて、”どうやったらあんな音が出せるのか?”を、弾きながら研究したものであります。

だから、ポール・マッカートニーやロジャー・グローヴァー、矢沢永吉と並んで、Sさんは私に多大な影響を受けたベーシストであると言えるでしょう。

現在でも私もベースをやっているので、拙いながらSさんに、自分のベース&ボーカルプレイをお聞かせしたかった・・・。

R.I.P

普通だった失恋記念の日

今回もこの日がやって来た。
もう遥か30年以上も前の出来事なんで、さすがにリアル感が薄れてきているようだ。

さて今年も、”最後のデート場所であった石清水八幡宮へ行く”、”
爆弾花火秘密🛀なお店へ行く”、”最後に一緒に食べたケンタッキーフライドチキンを食べる”、”気合入れる為、お気に入りロックバンドのライブビデオを観る”を励行した。
あとの三点は特に述べる事はないけど、午後8時以降飲食店が閉まっているので少し早めに出発した。

今年も昇殿してキチンとご祈祷していただく事とした。昨年のご祈祷願意は「心願成就」だったが、今年は「良縁祈願」とした。失恋の事もあるが、趣味や芸術家、意志を同じくする人達と繋がりたいという思いも込めてそうしたのである。

私だけだったので、20分ほどで終わり、何度も頭を床に突いてお祈りした。
その後、お下がりを渡されて本殿を降り、最後に、参拝前に渡された襷に願い事書き込んで、所定の場所に掲げた。
その所定の場所は男女別々になってるのに気づかず、間違えて女性のほうに掲げてしまったので、慌てて男性のほうへ掲げ直した。まさか同性から言い寄られたりなんて?(苦笑)

そしてあらためて、表で例年如く参拝。いつもどおり、3〇数年前に失恋し、それ以来全く恋人に恵まれていない事、それと前後して沢山の不幸な出来事が起こり、そこから抜け出すのにかなりの年数がかかった事、反抗的な女子と出会い傷ついた事、モテなくても、真摯に真面目に友好的に向き合う事、残りの人生顔晴って生きていく事を誓った。

その後はいつもどおりに摂社、末社を拝み、清水の湧き出る石清水社へ行った。
男山を下山した後は、ふもとの2つの神社に参拝、その後はいつも昼する食堂が定休日の為向かい側の走井餅を売っているお店で、写真の走井うどんの赤飯膳を食べて昼食とした。

残念ながら今年度は、事務的機械的に行事を遂行したという感じで、当然神様の使いやヒーラーどころか、オーラも感じる事はなかったが、本殿に昇殿して参拝していただいたので、神前にて誓った言葉を胸に歩いて行こうと感じた。

 

SUN GLASS STUDIO KYOTO「お雛さまと春の器」展

またもやSUN GLASS STUDIO KYOTOさんの展示会へ行って来た。

今回は、地元である石清水八幡宮前駅の駅前ギャラリーにて3日間開催され、昨日が最終日だった。

ご存じのとおり、石清水八幡宮前には数日後の24日にも失恋記念日行事で来るので、「1カ月に2回も、しかも1週間も開けずにこの地へ行くのか!」という思いと、21日の日曜日が何か別の用事が入りそうだったので、やや躊躇していたが、特に別の用件は入らず、ついでに記念日当日帰りに立ち寄る予定だったお寺にも、先にお詣りする予定を入れて、結局行く事とした。

 

昨年秋、伊賀市で拝見した作品もあったが、ひな祭りを意識して今回はお雛様関連のオブジェ作品が多かった。

ミルク色や濃い色したガラスに銀箔金箔を施し、さらに透明ガラスを塗りつけたひな人形のオブジェはすごく美しい。

 

その他、数枚の小皿や、生け花に使いそうなお皿、壁に掛ける一輪挿し、お香立て、ぐい飲みなどもあり、使いもしないのに”欲しい!集めたい!”という気分にさせるものばっかりだ!

無色透明なガラスはもちろん、赤やうすいブルー、桃色などのクリヤー色したガラスに金箔銀箔散りばめた作品は、非常に凝った造りで見応えがある。

 

因みに今回は、下のペンダントと箸置きを買った。梅の花の形をした小皿も欲しかったが、懐具合がないのでまた次回、という事で・・・。(苦笑)

5月下旬か6月に、デパートにて展示会&販売をなされるとの事なんで、当然次回の新作に期待しているが、1度コチラの工房でガラス製作体験してみたいもんだ!