てつりんのブログ -108ページ目

C55型蒸気機関車の改造完了

今月5日の日記で述べていた鉄道模型のC55型の軽加工と改造が完了した!
約11日での完了だが、そのうち1日は実家行ってたので、実質10日間か?

出来映えは写真のとおりで、やはり製品のままではややチャチっぽいので、SL現役時の写真などを参照にして加工と改造をして行った。

特に手こずったのは窓ガラスの装着で、模型のままだとガラスが入っておらず、いくらなんでもコレはまずいゆえ、電車キットで余った窓ガラスパーツを加工して作った。
透明プラスチックなゆえカッターや鋸刃を入れるのには神経を使い、切った後は1つ1つヤスリでこすりながら、現物合わせで作って行った。

 

 

 

 

また、別にやらんでもいいんだけれども、昔の製品ゆえヘッドライトが電球で点くタイプなんで、コイツをLEDに置き換えた。変えたLED電球は元のムギ電球と同じくらいの大きさなんだけど、抵抗を入れなければならないので、配線には苦労した。(抵抗入れないで電流流すと、たちまち壊れてしまう)

さあ、コレで、先に作った旧型客車を牽かせて、現役時のノスタルジーに浸るぞー!

自分の今年の漢字

“令和初”2019年今年の漢字は「令」に決まる 過去24年間分も紹介&解説【1995年~2018年】

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6345114

だそうです。


さて、オレ自身の今年の漢字は「振」

令和がはじまってすぐに伯父伯母が逝去、母親の要支援認定が下り、医院病院への付き添い、本業での取引先の担当の方の退職や仕事みて下さってる方の入院、理事会の委員に当たり、しかも副理事長までになり、その今までやった事のない活動に四苦八苦、等・・・、様々な出来事に振り回された年であった。

それゆえ、多忙な時を狙ってるかの如く妹からの電話がかかって来て、「うるさい!」的な応答になり、「電話したらすごく不機嫌になる・・・。」と言われてしまっている。
重要事項かも知れないがそれほど緊急でなく、幼児や小学生、チャラ男じゃあるまいし、そんな事言われんでもするワ的な要件を電話してくるからキレるというパターン。保険か株の勧誘電話のほうがかわいく感じる事もある。
次回からメールにしろと言っておいた。

だが、その合間を縫って、鉄道模型車両をどんどん改造や完成させて行ってるし、久しぶりにベースではなくギターの練習に励むようになり、まあそこそこ趣味ライフは充実している。

あすの理事会行事の餅つき大会が済めば、しばらくは安泰だろう。

クサいものには吹付けろ!

 

 

鉄道模型車両の製作などで、よくプラカラーを使用しているが、このうちラッカー系と称する塗料のシンナー臭が凄まじく臭い!
長時間嗅いでるとアタマが痛くなり、酷い時には中毒になるんで、悪用する奴もいるとか。

普段これらのプラカラーは収納に入れてるが、いつも扉を開けた途端、モワーッとシンナー臭が立ち込める!
永年この臭いで悩まされてて、度々換気をしているが、そんなの追っつかないし、部屋の臭いを消すという檜片のボロブロックの塊も使用したが、イマイチだった。

ところがつい最近、ある模型雑誌で、写真のエアクリーニングリキッドが新発売される広告を見つけ、発売日に買った。
この液体を手持ちの霧吹きに入れてスプレーすると、充満している臭いの元である溶剤に吸着して、下に落としてくれる。

早速使用してみると、あれだけ充満していた臭いが消えて、洗剤のほのかな香料みたいな香りに変わった。

みなさんも、部屋でシンナー臭が漂うペンキや塗料などを使う事あれば、作業後にこれを試してみて欲しい。
水溶性なんで、吹いた後は床を拭けばいいらしい。 



 

十三回忌に思う

12月8日の開戦記念日は親父の命日で、しかも今年は十三回忌であった。

供養も滞りなく終わった。但し、このお坊さんは、いつもよく来る八十代のお坊さんではなく、その人の義息で、親父とは面識がない人である。

何度もこの日記で述べてるように、親父には自分の多くの夢を潰されたし、意見に耳を傾ける事も殆どなかった。
ケンカをしても、妹が親父の味方になる事が多く、家族全員と戦わねばならない事も多かった。

就活に失敗して、伯父に縁故紹介を家族で頼みに行った折、両親のオレに対する言動を指摘注意されてからは、少しだけ聞くようになったが、転職の際には再度大喧嘩して、伯父には「お前は(親とは)別に住んだほうがいい!」とまで言われるようになった。

社会人になってからではなくて、難しいだろうが、高校ん時から離れて暮らしたほうが良かったとは思っているが。

で、勤務先でリストラの餌食になって、再び東京で活躍しようと思ってた所、またもや親父に家業を殆ど強制的に継がされて現在に至っている・・・。

そんな親父ももういないわけだが、”やめようやめよう、過去のそんな後ろ向きな思い・・・”と自身に言い聞かせても、それでも自然に思い出しては怒り狂う事もしばしある。

そんな風に思い返す事があるからだろうか、やはり東京で活躍してた時とは違ってやや暗い性格になってるし、飲み会やパーティーなどへ顔出す事が好きだった筈なのに、そういった場に行くのがやや億劫に感じてしまったり、口数が少なくなってヘタに戻りつつある・・・。

だから、これからの残りの人生、もっと明るく楽しく生きなければならないと感じている!

また、もし、親父が天からオレを見ているのならば、「自分はこうしたかったし、今してるんだ!」というのを見せつけてやりたい。

今年は止むを得ず

毎年出場している音楽教室の発表会なんだが、今年は不参加となった。
言わずもがな、親父の十三回忌の日だからである。
 
今年は命日が日曜日に当たっているので、7月下旬頃から、”もしや、今年の冬の発表会はこの日になるやも知れん。ヤバイ!”と危惧していたんだが、その時季にはもう既にこの日に決定していたようなんで、前々から欠席するとは伝えていた。
 
それに追い打ちを掛けるかの如く、今年度の理事会の副理事長に当たり、今まで経験した事のない活動と、母親の医院への行き帰りに度々付き添うなど、振り回されるような多忙さで、ここ2カ月くらい楽器を手にしていない状態が続いている。
 
いずれにせよ今は、出てまともな演奏が出来るような状態ではないので、良かったんだろうか悪かったんだろうか・・・?
 
(写真:3年前のパンフレット)

今度は改造

先の旧型客車の完成から間髪入れず、この蒸気機関車C55型の改造に手を付け始めた。
 
このC55は昭和10年の初製造で、水かきが付いてるかのような美しい車輪がトレードマークで、62両と少数派であったけど安定した性能であったので、主に旅客列車の牽引に比較的長く使用された。

流線形で製造されたものもあったが、空気抵抗軽減の効果がほとんどないばかりか、保守点検に不便ゆえ、戦後は普通の形に戻された。

で、このC55の模型、製品のままではまるで製造したてのような状態なので、実物の現役時の写真を参考に改造して行く事にする。

 
写真にあるストックしてあるパーツや新たに買い求めたパーツ、そして自作部品を使用して、実物のようにステキな?機関車に仕上げよう!
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新潟漆器制作体験 沈金技法

これは、先日の取引先からの招待旅行で、北方文化博物館へ行った時に行なった、新潟漆器制作体験の沈金技法の絵付け。

この龍の絵はオレが描いたオリジナルではなく、あらかじめ用意された何枚かある下絵のうち自分の出来そうなものを選んで、漆器との間にカーボン紙挟み、下絵をなぞって、その後鉄筆で削って行く。
それが終われば、職人さんに漆で純金を入れてもらって完成となる。

一人旅ならば、自身のオリジナル絵をやりたいところだけど、団体旅行ゆえの限られた時間内なんで、それは仕方がない。

また、この鉄筆が細すぎて、こんな細い線状でしか描けなかった。太いものもあれば、金粉もたくさん入ってもっといい感じに仕上がっていただろう。

約7カ月かかって完成!

今年の春から製作し始めた、G社の旧型荷物車と旧型客車キット計3両がようやく完成いたしましたー!
約1週間前の日記には、”6月から仕掛け始めた”と書いてたけど、以前の日記見返したら4月からだったんだな!記憶力の低下か?

1両目の荷物車は、結構古い製品で、実車は非常に形態のバリエーションが多く、このキットもいったいどの形態をモチーフにしているのかが曖昧でしかも、組立説明書も結構間違っているので少々手こずり、マニアックな鉄道資料を参考に製作しました。

もうあと2両の旧型客車は、このG社の技術が少々上達した頃の製品だが、それでもメチャクチャ細密というワケでもない。組立説明書は元からないので、既に持っているK社の同一形式の完成品車両を参考に製作しました。

 


組立ては基本、板を箱にすればいいだけなのだが、普通のプラモデルみたく、部品と部品を合わせる際にはめ込むポッチなどがなく、板の物を立体にキチンと四角形にしなければいけないので、クルマや飛行機などのプラモデルよりも神経を使います。

また、屋根上にある通風器の位置決めも、何の刻印もされてないので、資料や他社の完成品車両を参考にしないとわかりづらかったです。

塗装は単色なんでどうって事ないけど、窓ガラスは透明の成型部品があるわけではなく、うすい透明塩ビのシートを自分で切って、細く切った両面テープで貼って行くという方法で、コイツもめんどくさくて神経をすり減らします。

ついでに、インレタナンバーの貼り付けも小さい文字なんで、貼り辛くて難儀しました。
水に浸して貼るデカールだといいのだが・・・。

約7カ月かかってようやく完成させましたが、この客車は蒸気機関車、電気機関車、ディーゼル機関車問わず、いろんな機関車、形式が牽いていたので、大いに遊べる。
特にローカル線風景のジオラマ、レイアウトなどで走らせるのには打ってつけです。

この客車荷物車を繋げた列車を走らせて、昭和時代のローカル線シーンに思いを起こしたいものです。

さがしものは何ですか?

よくこんな事ありませんか?

何かさがしものをしている時や、片付けや掃除をしている時に、昔撮った写真や愛読していた本がひょっこり出て来て、なつかしく感じると同時に、ふとソレを取って見たり読んだりして、肝心のさがしものや片付け掃除はそっちのけ、あるいは忘れんこしてしまうような事。

かく言う私もそのクチでして、大晦日や引越し、さがしものをしている時なんかには、時々そうなってしまうケースがある。

20台の頃にも、所属していたサークルで、先輩の下宿に保管していた書籍類を同輩の家に移転する作業で、珍しい鉄道本を発見して、ついつい読んでしまい、先輩に怒鳴られた事もあった。(アタリマエ!)

確か、TVのササエさんの大晦日の片づけの巻でも、そんなシーンがあったような気がするが?

 

モノクロームにしてみました

今年の上野の森美術館・日本の自然を描く展に出品した絵「猪名川町春景色」なんだが、講評会ん時に審査員の先生から、「明暗の関係もいいし、モノトーンにしても映えるだろう。」 と言われたので、試しに白黒にしてみました。

なるほど、コイツはコレでかなりいいな!

しかれどもオレは、モノトーンや白黒で絵を制作するなんて事はやらないだろうけどね。