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日本売春史

【いつもの調子】 新潮選書 2007年

小谷野敦
日本売春史

強権と不安の超大国・ロシア

副題の「旧ソ連諸国から見た『光と影』」が本書の性格を表している。1972年生まれの女性が実に骨太で、盗聴・監視されながらアゼルバイジャンなど旧ソ連諸国を往き来して見聞きしたことを書いた実に骨太な新書。ページを進むごとに惹きつけられる。第二章の 「未承認国家」という名の火薬庫 が一応のハイライト。ロシアの支援を受けて分離独立(アゼルバイジャン共和国内のナゴルノ=カラバフ共和国、グルジア国内のアブハジア共和国、モルドヴァ共和国内の沿ドニエストル共和国 それぞれは自称である)を目指している。ここに反ソ連諸国内に親ソ連が内在することとなる。

旧ソ連諸国や東欧諸国ではロシアと民族問題・領土問題を抱えている国が多く、北方領土問題を抱える日本に対して同士の感情を持っているという。(175)

ジャーナリストを暗殺するようなロシアと対峙しながら各地を巡る著者の骨太さに感服するばかりで、広く読まれたい書物である。

【書物としてGOOD】 2008年
廣瀬 陽子
強権と不安の超大国・ロシア 旧ソ連諸国から見た「光と影」 (光文社新書)

水戦争

資源・穀物インフレで引っ張りだこの柴田明夫による。バーチャルウォーターから淡水化事業まで幅広く水を巡る事象を抑えてある。いかんせんこの著者のものは読みにくいが。

【通勤用にGOOD】 2007年
柴田 明夫
水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まった (角川SSC新書 19)

世界カジノぎりぎり漫遊記

元通信社で現大学教授による。そのため鹿島茂のように売春宿の入り口どまりの代物かと思いきや、ばりばりのプレイヤーで畏れ入る。年収の十分の一を軍資金にカジノに滞在し全部とられたらまた働けばいいというスタイル。決してギャンブラー気取りでもない。東欧にもミャンマーにもカジノがあり、驚くばかり。

【奇書】 2002年
黒野 十一
世界カジノぎりぎり漫遊記―ギャンブル記者、夢の宮殿を巡る (平凡社新書)

ヘッジファンドの真実

良書。野村総研・JPモルガン・みずほ証券のアナリストからヘッジファンドを開業した著者による。この手のものはかつてはジョージ・ソロスとアジアの通貨危機について書き、ケイマン籍などからヘッジファンドは謎が多いと書くものが多いが、本書は各種の手法・運用が手際よくまとまっている。

昨年8月の信用縮小の際は、通常150-200%のグロスポジションをとる米系HFが現金回避を一気に強め80%までポジションを下げたという。

一年中レポートを書きプレゼンし続けたアナリストだけあって、新書にまとめる手際、整理のされ方諸々感心するばかり。

【通勤用にGOOD】 洋泉社新書y 2007年

若林 秀樹
ヘッジファンドの真実 (新書y 185)

日本カジノ戦略

期待もせずに読んだが面白い。著者はネバダ州立大学大学院ホテル学部でカジノ経営学専攻。

【話のネタ本にGOOD】 2007年

中條 辰哉
日本カジノ戦略 (新潮新書 226)

新・戦争論

青学最終講義を元に。そんなに「新」な感じもせず。

現実主義から理想的・観念的的な平和主義を批判する場合には是非ともトルコやウクライナを
事例にしてもらいたい。ここが一番現実的に大国の思惑・経済の延長としての政治・文明の衝突
を具現しているのだから。

【そんなに「新」な感じもせず】 2007年
伊藤 憲一
新・戦争論―積極的平和主義への提言 (新潮新書 229)

心理諜報戦

A国がB国の偽札をつくっていると偽の情報を流せば、B国の国民は不安になる。

こういう心理・欺瞞工作についての書籍。あまりに突飛であってはならず、
しかし神話などを利用し民族感情に訴え…。政治軍事のみならず商業宣伝にも
通じるのが面白い。

AIDSの米軍兵器説(ソ連による)などの小出しのエピソードがあるが、痒いところ
に手が届いておらず。残念。

【話のネタ本にGOOD】 2008年

野田 敬生
心理諜報戦 (ちくま新書 704)

「中国問題」の内幕

東京新聞論説委員による現在の中国共産党の内幕。新聞社の人間が書いた割りに、企画性も構成力も感じられず、読みにくい。台湾に対する並々ならぬ野心があることがよくわかる。靖国神社は手段に過ぎず、目的はあくまで台湾である。

【読みにくい】 2008年
清水 美和
「中国問題」の内幕 (ちくま新書 706)

貧乏するにも程がある

つまり文化的資本の中核部分は、ある人々にとっては生まれながら備わっているが、他の人びとには、生涯、獲得するのが不可能なものである。当人の努力や心がけでは、どうすることもできないという意味で、「文化」は金にも増して、決定的に排他的であり差別的なのだ。実際、文化尊重の精神を鼓吹する人々は、言葉の端々に「おいつは金持ちかもしれないが、しょせん庶民だ」という文化貴族のエリート臭を漂わせている者が少なくない。」(41)

漱石にもあてはまれば、宮沢喜一にもあてはまろうか。

【まあまあ面白い。しかし読まなくたってどうということはない】 2008年
長山 靖生
貧乏するにも程がある 芸術とお金の“不幸"な関係 (光文社新書)