時に、自分に制限を与えているものは、見えにくくわかりにくい。
限界は、突破してナンボ。
一度超えた限界であれば、次に超えるときにはもう限界ではなくなっています。
限界を作っていたのは、ほかならぬ自分自身。
月にいけなかったのは、過去の話。
空を飛べなかったのは、遠い昔の話。
限界とは、つまり自分に制限を与えているものの正体がわかっていない状態。
それらは、非常に見えにくく、わかりにくい。
特に、自分からは見えない。
「限界」の2文字を自分の背中に背負っているのかな。
時には、地に足ついていないことがある。
会社の経営とは、何ぞや?
なんていう、大それたことを語る つもりは毛頭ありませんが、
ビジョンを語ることが必要であれば、時には地に足がつかなくなってしまうのも事実。
来年は、自社ビルを建てるぞ!
世界でもっとも価値のあるソフトウェアを作るぞ!
みんなで、世界一周旅行に行くぞ!
大きなビジョンであればあるほど、現実との剥離が大きく、足が地面から浮いてきます。
なので、ビジョンを語る上では、多少、地に足がつかなくなってしまうのは、必要悪なんじゃないかなと思います。
でも、必要悪なんです。
「悪」なんです。
地に足がついていないことは、基本的には「悪い」ことなんだと思います。
理想を語ることは大事。
でも、現実を見ることは同じくらい、もしくはそれ以上に大事。
人に評価を付けるということは。
僕は、人の批評をする場合、出来るだけ、
「あなたは、○○だと、僕は思うから」
「○○の才能があると僕は思うよ」
という風に、「僕は思うよ」というように心がけています。
やはり、人の評価なんて、評価をする人が変われば、変わってくるもの。
自分の評価が絶対にあっていることなんてありえません。
逆に、評価を受けた人は、少なからず、私が下した評価から影響を受けてしまいます。
良い影響にしても、悪い影響にしても。
だから、「僕は思うよ」
という言葉に加えて、
「でも、他の人から見たら、また違う評価があると思うから、僕の評価は100%信じないほうがいいよ。最終的には、自分がどう判断するかだよ」
と付け加えるようにしています。
人に評価を付けるということは、大げさに言ってしまえば、その人の人生を左右するほど大きなこと。
全身全霊で挑まなければいけません。