酒とホラの日々。 -73ページ目

仕事・遊び・すべての達人

『鎌倉通信』 横山 隆一 / 高知新聞社

鎌倉通信


フクちゃんで有名な漫画界の重鎮、横山氏については、かつてテレビで
自宅での毎年恒例の花見のプロデュースを見て、なんとエネルギッシュな
人なんだろうと感心したことがあり、ぜひその舞台裏に触れてみたいと
思っておりました。


なにせ、花見といっても120人はやってくる大屋外パーティーであり、
招待状やら看板、仕出の手配や会の演出すべてを手作りするのです。
(その当時横山氏80歳以上)


そんな氏の古今の私的な交流の日常を徒然に書いたエッセイですが、
なかなか交際の面々が面白い。


横山氏の再婚の宴席のこと、みんな酔っ払ってたくさん忘れ物をしていく。
そのときの忘れ物リストなんていうのもあります。
 小林秀雄は上着を忘れていった。
 田河水泡は定期券を忘れた。
 草野心平は帽子・眼鏡・手帳を忘れていった。
 玉川一郎は靴・ズボン・ズボン下(いったいどうやって帰ったのか?)。
 等等。


残念ながら(?)川端康成や高見順、大佛次郎らは忘れ物がないとあります。

(ちょっと以前までは、近所をステテコやサルマタで歩くオジサンなんか
別に普通だったのだから、ズボン忘れて行くくらいどうということなかった
のだろうけど)


横山氏の漫画だけでなく絵画は大変遊び心にも富み、味がありますが、
なるほどその道の達人は日常においても遊びにおいてもなかなか味のある
時間を過ごしていたのですね。


遊びだけでもなんとか見習わねば・・・

あらしのよるに

なんか台風シーズン到来でしょうかね。
そこで今日は、台風の晩に起きた奇跡のような本当の話をいたしましょう。

その昔、私の先輩F氏は、ひび割れと青ゴケの装飾も美しい、

都心の瀟洒な木賃マンションに住んでおりました。


ある台風の晩のことでした。彼女もおらず気楽なF氏は、いつものように
夕食後の勤行に励んでおりました。
F氏はいい年して任天堂教の熱心な信者でしたので、テレビ台風情報よりも
日々のテレビお勤めが大事だったのです。

その夜の勤行も佳境に入った頃のこと、呼び鈴がなったのに気付いて、
玄関をあけると、そこには隣に住む別に親しくもない女
立っていて、雨宿りさせてくれと云うのでした。

横なぶりの雨が玄関にも吹き付け、彼女もいいかげんずぶ濡れだったため
とりあえず中にいれて話を聞くと、
なんでも、台風で出かけられないので部屋を片付けていたらゴキブリが
出現したためバルサン炊いたのだが、部屋には入れなくなってしまった
のだとのことでありました。

とんでもない女もいたものだとあきれつつも、F氏は一宿一飯を

施してやったのであります。

彼女はその後、お礼にF氏に飯をくれるようになったのですが、
その女御が今のF氏の内儀であることは言うまでもありません。

神国ニッポンでは二百十日は神風の吹く日、
嫁さままで飛んでくるとはたいしたもんじゃて。

                           どんびんしゃんすけ

*********


実は、友達に進められた『荒川アンダーザブリッジ』 中村 光 を読んで

この話を思い出しました。

荒川アンダー

生まれながらに勝ち組の男、彼は家訓で決して誰にも借りを作ることはできないのだが、

不覚にも都内を流れる荒川で溺れかけたところを、金星人の美少女ニノに助けられ、

男はその大きな借りを返したい。

もちろん相手は金星人だから、かみ合わないのだが、

地球人の行動に興味のあったニノは言う

   「私に恋をさせてくれないか?」

こうして河川敷の橋の下で、恋愛が始まる・・・  (??)


この本のジャンルは何になるんでしょう、まあ電波マンガ?

この本の登場人物の会話を読んだあと、あたりを見回すと

なんだか身近にも電波ばっかりいるような気分になります。

そして私はこういうの嫌いでありません。



秋の夜の憧酔峡

はや9月。 昼の蒸し暑さは相変わらずなものの、朝晩に秋の訪れを感じます。


白玉の歯にしみわたる秋の夜の
    酒は静かに飲むべかりけり   (W.牧水)


山に粗末な庵を結び、月を見上げ、葉ずれや虫の声に耳を傾けながら
独り酒を杯に注ぐ・・なんてことに意味なく憧れる季節に入ってきました。


しかし拙者、とんと静かに酒を飲む機会には恵まれません。
でも人前で言ったら、おまえがいつもうるさいヤツだからだ!
という突っ込みは覚悟せねばなりますまいが。
(話題豊富な賑やかな酒と言ってくれ>A君)


それにしても、酒の味の変化にも季節の推移が表れます。
昨冬に仕込んだ酒は夏を越して角が取れて、次第に口当たりが柔らかく
なってくるので酒飲みにはたまらない季節らしいのですが、


これはなにか元気でおきゃんな娘がしっとり落ち着いて成熟した女性に
変わっていくようでもあり、季節の巡り変わりとあいまってビミョウな感慨に
とらわれるのもまた確かでありますな。
(<ん?今日はテンションが低い? <本日大人の女性の会話に恵まれなかった?)


また、季節の推移の中でもとりわけこの秋とは、日本人にとって特別なものがあるのか、
上記のものをはじめ、秋の感慨を呼んだ詩歌は数多く思い浮かびます。
普段歌にも文学的なものにも縁遠い私の記憶内在庫にしてそうなんですから
秋の特質は何かきっと日本人の琴線をくすぐるものがあるのでしょう。

 
秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者  (by 与謝野.BUSON)


俳句よみの地質学教授に教わった句ですが、年月を経て秋が巡り来るたびわが身のこと
としてしみ出てきます。


秋風に吹かれて、酒を伴に句作の旅に出かけてしまおうか・・・

でもどうせ、酒を伴に酒飲みの旅になるから家にいても同じか。

本日飲み過ぎの晩。

幸福とは、不幸とは

「幸福とは、幸福の予感のこと」 という言葉がありました。

完成されてしまった事柄にはそれ以上の発展は無いが、完成に至る希望や期待感こそが、

最も人を高揚させるものである、ということなのでしょう。

してみると、誰もが将来に希望が持てずに漠然とした不安感を抱いた今の時代は

「不幸の時代」ということになるのかもしれません。

しかし、大抵の人というものはそう遠い将来を具体的に思い描くことはできないもの

ですから、ごく近い未来にごく小さな目標を置いてやるだけで不安をまきらわし、

当座の幸福感を得ることは可能な場合も実際多いのです。

というわけで、拙者はむしゃくしゃしたときは飲み食事会に行くわけなんだな。
気の合う連中と食事会というだけで十分、こうした場合、私は全く多くは望みませんが、
ただ、私に好意を寄せる知的好奇心に満ちた聡明で妙齢のお金持ち美人でもいればいい
言う程度のことであります(注<ここだけSF設定(^^;)。

いざ飲みに行くとなればワクワク感で一杯、とりあえず悩ましいことは脇へ寄せて

意気揚揚と出かけて行くわけですが、困ったことに

いざ店についたら、会社のイヤなやつ(上司・同僚)と一緒になってしまって、

知的でも面白くも無い話を延々聞かされて、悪酔いしたりしてしまう不幸も

あるってことなんですよね・・・。

冒頭の言葉と類似したどっかのことわざに曰く、
「前喜びにまさる喜びなし」

ネガティブに言えば、「一寸先は闇」、か。

人みな平等に年をとる、のだけれど

A氏とホテルの広いロビーで待ち合わせをしておりましたところ、フロアの反対側の窓際に、若いカップルが木漏れ日を背景に座っているのが見えました。

二人ともほとんど話さず、楚々として時々お互いを見やりながらはずかしそうに微笑を浮かべているのでした。


A氏「あ”~、わがい人はええなっ。まるであの世の景色みたいだ。」
私 「そこまで言うほど俺らは老け込んでないけど、
  さすがにあの場面に似合うのはせいぜい二十代初めまで
 だろうなー。」
A氏「だってよう、あっちの年寄り軍団見てろよ、みんなして
   ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、喫茶のおしぼりでもって
   脇の下から足の指まで拭いてるぜ。ン十年後、
   俺らがこれから向かって行くのはあっちの方で、
   決して向うの若いカップルの方じゃないと思うと、悲しくなるよな。」
私 絶句


人は誰しも年をとり
醜く身勝手、厚かましい
厄介者に育つのが
人みな定めであるならば
現代こそに必要は
老人学の早期教育

これは某マスコミ系カルチャー教室で、華麗なる加齢講座を主催していた枯枝仁世さんの講座パンフの文言です。

「何故年寄りはは嫌われるのか」
「嫌われない年寄りになるマニュアルはあるのか」
といった実践的な方法を掲げる枯枝さんの教室は
近い将来老人国となる日本社会の今後を展望する画期的な講座として注目を集めておりましたが、絶大なる不人気をかこってつい先日閉講となりました。職場の老害に悩む私としては残念です。


もっとも年寄りのカルチャー教室でに年寄りの心構え教えたってみんないやがるだけだと思うのですけれど。なにせ、年寄りは年寄りが嫌いだそうですしね。

やれやれ。

「着物アリ」    ---恐怖実話

その夜、携帯が鳴った。
なんでも電車のトラブルで、S君の到着が遅れると言うことだった。
S君曰く、「架線にキモノが付いて、安全確認をしているらしいんですよ。」


以下、S君の到着を待つA君、C嬢との会話


拙者 「キモノ?、架線に着物が巻き付いたって?」

A君 「そういえば花火大会でもあるのか、浴衣の女性が多かったですからね。」

拙者 「着物って浴衣のことか。 一体どういう状況で浴衣が架線に巻き付いたんだろう。」
A君 「物陰で無理やり剥ぎ取った浴衣が風にあおられて、あれーご無体な・・・って、
    でも架線にキモノが引っかかってしまったら、あとどうやって帰ったのかな。」

C嬢 「ちょっと、ちょっと、女物の着物とは限りませんよ。」

拙者 「そうか。 暑いから着物脱いでフンドシ一丁で涼んでいたところに風が吹いて、
    ああ~オレの浴衣が・・・ってわけかな。
    でもその兄ちゃんは裸で帰ったのかな。フンドシや締め込みならサマになるけど、
    白のブリーフだったりしたら、犯罪的だな。川俣軍司かよ。」

C嬢 「なんで、着てる着物になっちゃうのかしらね。干してあった洗濯物かも
    知れないじゃないの。」

A君・拙者 「ふーん」


そうこうしていると、駅の電光掲示板にテロップが流れた。
・・そこには「架線に着物あり、とあった・・・。


近くで笑いをかみ殺しているお父さんがいたが、あれは私たちの会話のせいだったのか・・。
おのれ、我々に余計な恥を掻かせたS君の着物こそ剥ぎ取られねばならない、
と我々は話し合った。


でもこの場合、会話を「恥」に至らせた罪が一番重いのは誰でしょう?


なお私、映画「着信アリ」はまだ見ていません。怖いらしいですな。

カンケーないけど


夏季ダイエット 決算報告


こないだまでahahaさんのところにこんな句がありました
「夏痩せも願いの中のひとつなり」   


夏痩せと言うくらいでダイエットするなら夏は好適期。
この期を逃してはイツダイエットができると言うのか。

同時に内臓デブの懸念からダイエットの必要に迫られた拙者もまた、

(注:外見アウトラインは全く太っておりませんのでより深刻とのこと)
一気念発真夏のダイエット作戦を発動したのでありました。


が、夏ももうそろそろ終わり、実施結果報告をせねばなりますまい。

で、見事玉砕した事をここに報告いたします。
  
 ・夏はうまいものが多い
 ・下手にカロリーセーブすると夏バテの恐れがある
 ・夏はビールをよく飲むが、ビールは食欲増進剤である


夏にはダイエットを妨害する要素が実に多いのです。
(夏だけかという突っ込みはご無用)


そこで
「夏痩せを 願ったことは 無いことに」 ・・・ (¬_¬);
ということに相成ったしだいでございます。


ダイエットがなんだっ、好きなものを食えなくてなんの
健康生活だ! ワハハハハハ。

でも・・・・本日、クローゼットに行った折、
これには下の句があることに気がつきました。


・・・「服に入るまで 秋ぞ待たなん」

やせて秋服に体が入るまで、涼しくなるのは
ちょっと待っといて下さい・・・!! (驚愕の事実!)


自業自得・・・、ヒーン。

月夜のランデブー


会社帰り、月齢14日の月に照らされる明るい夜道を
歩いていたときのこと、家ももう近い公園の横を通る道に差し掛かりますと
前方を黒いものが移動しているのが目に入りましたので
急ぎ追いついてよく見ると、これがゴリブリさんでありました。


別にゴキブリを見かけるのはそう珍しいことではありませんが、
家の台所などならともかく
戸外でこんなに近くでお目にかかることはめったにありませんので
私はすぐに歩む速度を落として後ろから付いていきました。


するとゴキブリさんは、横にそれて物陰に逃げ込むでもなく、
飛んで逃げるでもなく、車も通る人間さまの作った舗装道路を
鹿爪らしい顔をしてひたすらせっせと、道に沿って歩いて行くのでありました。


よく見ると大きく色ツヤよくて、行儀よく紳士然として道を歩くゴキブリさんの、
印象を人に例えるなら、さしずめ
「山本宗吉62歳 先月長女が嫁ぎ、現在は配偶者と二人暮らし、趣味は読書と散歩」

というところでしたでしょうか。  


私はしばらく後をついて普通に道を歩いて行きましたが、
ゴキブリさんは途中で左折してマンションの方に向かうようでしたので
直進する私とはそこでお別れとなりました。


それにしても、あれはゴキブリさんの引越しだったのでしょうか。
私には明るい月夜に誘われて、ちょっと近所を散歩に出かけた
風流なゴキブリさんに見受けられましたけれど。


暮す距離が適切ならゴキブリさんも悪いヤツではないのかもしれません。

距離を置いてたまにつき合えばいい関係だけど、近づきすぎるとぎくしゃくする、

人間関係もまた同じケースがありますよね。

夏の終わりの長い雨   (台風シーズン到来?)

路上のセミ、色づいた草の実、勢いの失せた百日紅・・・。
お盆も過ぎてそこはかとなく漂い始めた秋の気配には、
世の無常と言うものを感じずにはおられません。


夏は好きですが、実際、暑さを耐えるのは大変で、いったいこれから何回
こんな夏を越すことができるのだろうと、毎年考えてしまいます。


これはひとつには、楕円軌道を描いて公転する地球が、一年のうち最も
あの世に近づく時期が8月だからでもあります。 (USO)


誰しもひょっとしたらこれが最後の夏かもしれません。
あるいは、それこそまだまだまだ何十回も夏があって、
やがて毎年夏を過ぎた敬老の日には、テレビ局がやって来て、
シワシワ歯抜けでオムツとヨダレかけに通訳付きでテレビ出演するかも
しれない、という可能性だってありますが。


アナウンサーが「captain-jackさん、長寿の秘訣はなんですか?」なんて訊いて、
拙者が「はがふにゃまらうにいい」とか答えるのを、
脇にいた介護士かなんかが「まだまだ長生きするつもりです」なんて通訳して、
それをアナウンサーに「前向きに生きる意欲を持つことですね」なんて
解説されてしまって・・・ああ。


でも死期を選べるのだったら拙者は如何なる死を選ぶのか。

体を拭いて白装束に着替え、数珠を握って正座し、
「ではこれより仏門に入る」とか言って亡くなったのは山岡鉄斎だったかな。


毒入りふぐの卵巣を腹いっぱい食って、といったのは杉原明平。


「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もちづきの下」

というのは西行法師。


うーん、食い気も風流もいいけど、それ以前に死ぬなら楽で苦痛ないことを保証されるのがいいかな。もちろん、痛み止めのモルヒネ打ってなんてのじゃなくて、自然に。

何でも聞くところによれば凍死は眠るように気持ちイイなんて話だけれど本当でしょうか。


・・・冬の夜、ちょっとわけありの美人女将のいる路地裏の小料理屋。
飲み始めた頃はちらほらだった雪が、いつの間にかしんしんと降り積もっている。
「ああ、おれもう帰るワ。」
「あら、車を呼ぶから、もう少しお待ちなさいよ。」
酩酊した私は、いいからいいからと、引き止める女将の手を振り切って
千鳥足で雪を踏んで帰っていく。
「ははは、酔い覚ましにはいい具合だよ。」

・・・次の日の朝、道路わきで行き倒れの凍死体が発見される。
酔っ払って路肩を踏み外し、そのまま寝入ってしまったらしいが、
その顔はひどく穏やかで、どこかしか笑みをたたえているようだった。
「降る雪の 野に死なばわれも 雪ぼとけ」---常世田長翠

雪仏(ゆきぼとけ)とは雪だるまのことでありますが、
雪中の地蔵尊のようでもあります。
こんなにうまくはいかないかな。

涼を求める夏の夜の妄想でありました。





ロックフェスティバルとロック者の末路

土曜の午後、京橋の画廊に出かけた折、F画廊の前で犬を抱いたO君に会った。
この暑いのに毛皮着た肉抱えて町中を歩くとは、ご苦労なことだと思っていると、
O君は私を見つけてニコニコ話し掛けてきた。

「こないだ日本最大のロック・フェスティバルに行ってきたんですけど、ひひ。
サザンも出たんですよ、よかったですよー、ふはは。」


(ドッグ・フェスティバル? サザンって何の犬だ?)
「ふーん、すると、たくさん人出もあって、大変だったろうね。
そこで、いろいろ芸をやるわけだ。」

「・・そうなんですよ、サザンも年なのによく動いてました。みんなアレを
見に来てるんですからねえ」


「はー、動物虐待にならんといいけど、サザンてそんなに人気犬なの?」


どうやらどこかでロックフェスティバルがあったらしいのだが、そこに
サザンオールスターズも出たということだったらしい。


今時ロックフェスティバルっていう時代がかったイベントがあるのも驚きだが
なんとサザンオールスターズって、ロックバンドに分類されてたのかぁ、
歌謡コミックバンドじゃなくて。


かつてのロックと言ったら、ひたすら現状否定を突き詰めた表現で、
否定の彼方に、今でない、ここでないどこかの共同幻想を抱かせるが故に
一定の支持をえていたものだったけれど、
いまやかくのごとく歌謡ショー以上の期待をするのは無粋と言うもの。


そりゃ、まあ、いまや現状を否定したところでその向うにあるのは単なる社会の
落ちこぼれと言う図式が見え見えで、世の中の選択肢は経済的な勝ち負けの
二つしかないと、みんなうすうす納得している中では、マジな現状否定表現のロック
なんて、居場所が無い。


今やロックは純粋な歌謡ショーとなって市場経済体制の市民権を得、
良い子とオヤジの娯楽となってしまっているから、
かつて期待された「反抗的」という役回りを演じることなどできようもない。


「反抗的なニーズ」は、より直接的な「犯罪」の方に行ってしまったのだ。


してみると、増加する、動機も良くわからない無軌道な犯罪って、
現状否認の追い詰められた今風の「表現」であるとも言えるかもしれない。
即ち、
不条理「犯罪」は実に反体制なアート表現であり、
今日的イデオロギーの問題
である。


これは既存のアートやイデオロギーにパワーがなくなったのか
困民がアートやイデオロギーに希望や気晴らしすら託せないほど
世の中煮詰まってきたのか・・・、
・・なんてこと、良い子でもオヤジでもないワシは知らん。



私の先輩F氏のアイドルは、イギ-・ポップスターリン(ソ連でなくてバンドの方)で、
かつて会社宴会の余興で、遠藤ミチロー(スターリンのリーダー)のリアルな物まねをして
途中制止されたことがあるらしいのだが、
今や当時以上にストレスも不満も大きくなったというのに、得意の出し物は、
「ミック・ジャガーの物まねをするデビッド・ボウイの物まねの物まね」(TT)
であり、これがウケているらしい。


・・・これが世の中に合わせた普通の大人の対応ってことなんだよね。(TT)(TT)



(補注:ミック・ジャガーの物まねの好きな芸人は多く、D・ボウイの他、
    ピーター・ウルフなんかが有名)