人みな平等に年をとる、のだけれど
A氏とホテルの広いロビーで待ち合わせをしておりましたところ、フロアの反対側の窓際に、若いカップルが木漏れ日を背景に座っているのが見えました。
二人ともほとんど話さず、楚々として時々お互いを見やりながらはずかしそうに微笑を浮かべているのでした。
A氏「あ”~、わがい人はええなっ。まるであの世の景色みたいだ。」
私 「そこまで言うほど俺らは老け込んでないけど、
さすがにあの場面に似合うのはせいぜい二十代初めまで
だろうなー。」
A氏「だってよう、あっちの年寄り軍団見てろよ、みんなして
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、喫茶のおしぼりでもって
脇の下から足の指まで拭いてるぜ。ン十年後、
俺らがこれから向かって行くのはあっちの方で、
決して向うの若いカップルの方じゃないと思うと、悲しくなるよな。」
私 絶句
人は誰しも年をとり
醜く身勝手、厚かましい
厄介者に育つのが
人みな定めであるならば
現代こそに必要は
老人学の早期教育
これは某マスコミ系カルチャー教室で、華麗なる加齢講座を主催していた枯枝仁世さんの講座パンフの文言です。
「何故年寄りはは嫌われるのか」
「嫌われない年寄りになるマニュアルはあるのか」
といった実践的な方法を掲げる枯枝さんの教室は
近い将来老人国となる日本社会の今後を展望する画期的な講座として注目を集めておりましたが、絶大なる不人気をかこってつい先日閉講となりました。職場の老害に悩む私としては残念です。
もっとも年寄りのカルチャー教室でに年寄りの心構え教えたってみんないやがるだけだと思うのですけれど。なにせ、年寄りは年寄りが嫌いだそうですしね。
やれやれ。