甘味処には男一人では入れません
ドリンク類の他、パンやお菓子、アイスクリームなどを売っている。
だが、ドリンク類とパンなどは問題ないのに、その他のお菓子の類は
オープンスペースで飲み食いするのに何かしか後ろめたさが伴う。
今日も、なんとなく人目を避けるように横を向いて焼きプリン食いながら
これはなぜなんだろうとぼんやり考えた。
会社でプリン食うのがなぜ後ろめたいのか?
社内だからプリンはいけない? 社内プリンだからかな?
甘通罪に問われるのを恐れているのかな。
会社での不思議な習性である。
われは天然怪人二十面相
電気量販店の売り場に立っていたら、
やはり年寄りがこの電話機の充電池が欲しいと、
財布を出して寄ってきた。
「私はどれだかわからん」と答えたが、
グレーのフライトジャケット姿が
店のユニフォームに見えたのかも。
スーパーの食品売り場で、棚の上の箱を物色していたら、
またしても年寄りが、ていねいにお辞儀をして
包みをかざして品物の返品窓口はどこかと聞いてきた。
「さあ、知らんね」と答えたが
白っぽいサファリジャケットが
店の作業着と年寄りには判別できなかったのかも。
デパートの貴金属腕時計売り場で電池交換を頼んでいたら
またまた年寄りがやってきて、指輪の台座の修理を聞いてきた。
「さあ、どうだかな」と答えたが
私は結婚式の二次会に行くところだったのだ。
金を引き出そうと、銀行のATMの列に並んでいたら、
年寄りが振込みの操作をやってくれるかと聞いてきた。
「さあ、私にはわからんな」と答えたが、
スーツ姿がその店の銀行員に見えたのかもしれぬ。
どいつもこいつも、私の立ち回り方次第では
金品を持ち逃げできたケースばかりである。
あんたら、そんなにだまして欲しいのか?
いろいろ間違われる私には、詐欺怪盗の素質あり?!
野ブット。をプロデュース
友人A氏は付き合いで某仏教系(?)自己啓発セミナーに参加したという
恥ずかしい過去があるのですが、
「願いはかなう」というテーマの例としてこんな話があったそうです。
講師の某先生は、山の中で自己を見つめる鍛錬を積んでいた時のこと。
あるとき食料がもうすぐ尽きてどうにも立ち行かなくなってしまいそうになった。
先生、必死に何か食べ物が手に入りますようにと昼夜祈っておったそうです。
すると、ある日どこからともなく野ブタが現れて、
先生は修行を続けることができたというのですね。
私などは祈ってるヒマがあったら、山菜取りにでも行けばいいのにと思うのですが、
先生が言うには、「真剣に願えば、人間の霊性が物質世界に影響を及ぼす」
その結果だとのこと。
こんな話を受講者は涙を流して拝聴していたそうです。
別に先生の主張は否定もしませんけれど
野ブタとって食うほどワイルドな先生は、さしずめ野仏徒ですかね。
ただし、この話には後日談というか裏でささやかれるウワサがあって、
野ブタの後も修行の成果か、先生は様々な食物を苦もなく手に入れることが
できるような境地に至ったそうで、修行地の近くを歩けば、芋やトウモロコシ、
野菜、野良ニワトリなんかがふっと手に入るのでした。
ところがどうしたことか、
修行の進展とともに先生と近隣の農家とにトラブルが頻発するようになり、
ついには先生は、修行地を石もて追われるはめになったのでした。
野ブタや野良ニワトリ、自生した芋や野菜なんてそうそう都合よくあるわけが
ないと思いますが、
センセー、「革新的な宗教家はいつの時代にも迫害されるものだ」と
説明するもんなのでしょうかね。??
まあ、野ブタや野良ニワトリの代わりがセミナー受講者ってことなんでしょうか?
苦もなく食い扶持が手に入るセミナーなら私も自分で開講しようかなあ。。。
*
「野ブタ。をプロデュース」関連記事を期待された方、すみません、
今のところ読む予定ありません。
司書に恵まれないあなたに
先日某書店でのこと・・・
「電話で取り置きを頼んでたんですけど、これありますかね」
そう言って見せたHPのプリントには「沖縄軽便鉄道は死せず」とあったのだが
レジの兄ちゃん、見るなり奥へ向って大声で叫んだ。
「おきなわ、かるべんてつどうって、ありますかー!?」
か、かるべんって・・・
本屋の実名公表しようと思ったが、バイト学生だろうから今日は勘弁してやろう。
それにしても世の中、かかりつけの医者を持つように、
何でも相談するいきつけの本屋を持つ人も多いらしいが
なかなか図書館に行けなくて、良い司書さんに巡り会えないような
場合の本屋は古書店が良い。
昔ながらの骨のある新刊書店は、次々姿を消して、
いまや大規模チェーン店では、冒頭の話のように、漢字もロクに読めないバイトが
店番をしている程度だからという理由だけではない。
なぜなら、新刊書の本屋の場合、店に並んだ本はほとんどが流通業者の割り当てによる
委託販売品だが、古本屋の本は基本的に店主の蔵書である。
そのため本への精通度がまるで違うのである。
また、大規模資本にも系列にも寄りかからず、自らの蔵書と知識を足がかりにして、
世の中の荒波に向けて書店を開こうとしたくらいの店主ばかりなので、
本自体や内容はもちろん、出版物、古書流通の事情に通じていること半端ではない。
店主はそのまま書籍に関する鍛え抜かれた人間データベースなのである。
私もそんな古書店にお世話になっているのだが、たいていネットすら通じない
頑固一徹零細店舗ばかりであるところ、唯一オンラインで利用しているのが
香澄堂書店
だけなので、左にバナーを貼り付けているのである。
オフでは会社帰りの道によく立ち寄る二件の個性の違う爺さんの古書店があるが、
良い古書店の存在は味気ない会社と家の往復に文化的彩りを添えてくれている。
(これでもう少し愛想がいいとか色気があるかすれば言うことないのだが、まあ
偏屈そうな親父と古本屋はセットのようなものだから仕方がない)
室内ジャングル化計画
「植木いじり」という年寄りじみた言い回しを「ガーデニング」と言い換えただけで
若い家族にもおしゃれな趣味となったのはいつからなのだろう。
言い方がおしゃれだろうと、やることの中身は変わらないので、
それで植物に親しむ愛好者が増えたのだとしたら、
言葉による成功例としてまったくもって慶賀の至りである。
お調子者の拙者の場合も、
若くして植木いじりにはまり、
若くしてガーデニングに飽きてしまい、
いまはもっぱら惰性で植木の世話をしているだけなので、
いずれ年寄りになったときの植木の始末が不安である。
それでも、このところめっきり寒くなって
最低気温も10度を下回るようになってきたので
いくら怠惰なガーデナーとはいえ
南方系の植物は屋内に取り込みせねばならない。
これを私は「室内ジャングル化プロジェクト」と呼んでいる。
取り込まれた樹木や草花の傍らで昼寝する眺めが出現し
私はジャングルのナマケモノとなる。
二月堂通信
私の和机である。普通の机だが、足が畳めて45cm×90cmの物は
「二月堂」と呼ばれることもある。
二月堂とは寺の舎屋のような名前だが、僧房の学僧たちが使っていたことから
二月堂という名前になったという説もある。
そんな由来はともかく、僧房で使われていたというのは本当で、
勉強の時は文机として、飯時には食卓として使い、横につなげれば会議用の机にもなり、
二つあわせれば真四角な卓となるので、重宝されたらしい。
私は神楽坂の某漆器店で見かけて、例によって衝動買いしたのだけれど、
そもそも家には机もテーブルも十分あるので、
時折気分を変えて読み書きする時に、あちこちに持ち出して使っている。
まさに私にとっては、「どこでも書斎」の趣がある。 (家庭内モバイル机)
しばらく前から若い人を中心に、和家具や和雑貨が人気だというのだけれど、
まさか私も、「木目の美しい文机を前に座っていると落ち着く」、などという心境に
なることがあるとは、すこし前には思ってもみなかった。
また、座れば何か読み書きしたくなるので、これはまさに、物事を行なうには気分が大事で、
そんな気分を演出する小道具もまた、同じく大事だということなのだろう。
このブログタイトルだって、「酒とホラ」にしなければ
たぶん「二月堂通信」になっていたくらいお気に入りの文机である。
机の前の眺めとともに、和机に、本やノートPC、筆と紙、酒と盃などという組み合わせで気分を変えてみたい人がいれば、軽く場所も取らない二月堂スタイルの和机は超オススメ。
(なかでも特に酒と盃で「どこでも居酒屋」はたまらない。>結局ソレかい!)
素敵な悪趣味
子供のころ駄菓子屋で悪友に誘われて食べた
毒々しい色のゼリー菓子
焼け付くような後を引く甘さを残して
のどへ流れ込むあの感触。
もちろん親には禁じられていたし
とても美味いとも美しいとも思えないのに
どうしようもなく惹かれてしまう物。
俗悪なものや異形のもの、意表をつく組み合わせなど
「悪趣味」はいつも「低俗」と隣り合わせだが
時に私たちは異様なものに魅了されてしまい、
俗悪ながら社会的歴史的評価を獲得して
芸術作品となるものもある。
つまり、俗悪や悪趣味の美学的価値はその存在自体と同時に
私たちの鑑賞姿勢の問題でもある。
そこで思い出したのが東京郊外にあった家具美術骨董品の店。
楽しいショッピングワンダーランドでもあるかな。
これすべて美術工芸品として売り物である。まさにキッチュだ。
台座を入れて7mくらいの金色の仏さまたち
どっからもぎ取ってきたの?ナポレオン?
これってこんなことして売っていいものなんですか?!
ワシントン条約は??
この店、変な美術館みたいで好きだったのに、会社更生法の適用を受け、
今は昔日の面影はありません。残念、合唱合掌。
大統領、一名様ご案内!
その昔日本がまだ西洋人を唐人だの夷敵だの
バテレンだのと言っていたころのこと。
外国の使者が贈答品にもってきた珍しい鳥獣の類のなかの
オランウータンを、日本側では西洋人の一種だと思って、
山海の珍味を膳に据えて丁重にもてなしたことがあったらしい。
饗応役を仰せつかった役人の様子はどんなだったのだろう。
「これ文左衛門、異人殿は裸のようだが」
「は、なにせ南蛮異人でございますから」
「これ文左衛門、異人殿は箸も使えぬようだな」
「は、なにせ西洋人でございますから」
「これ文左衛門、異人殿はなにやら奇声を発しておるが」
「は、唐人はあのような物言いをいたしまする」
「これ文左衛門、異人殿はあれこれ要求すること礼をわきまえぬようだが」
「は、かくのごときが毛唐の習いでございますから」
ブッシュ大統領が来日していたが、知らないうちに離日していた。
今回はなにやらたいした話題にもならなかったというか、
前回は町の居酒屋行ったり、今回は金閣寺だのなんだのと
本題以外の饗応パフォーマンスばかり話題になるのはいつものことではある。
ま、外国要人のもてなしは今も昔も大変なんですな。
鳥インフルエンザ、恐れるに足らず
インフルエンザの予防ワクチン接種を予約した。
来週は注射で痛い思いをしなければならないが、
今年の型に効果があるのかはわからないし、
少なくとも鳥インフルエンザには効かないのだろう。
世界中で戦々恐々として、連日マスコミを賑わす鳥インフルエンザだが
一方で実のところ、何がどうしたということは意外に知らないことを
いまさらながら気がついた。
鳥インフルエンザは狂牛病より怖いと言われているが、
万一かかったらどうなるのか、と問われても、よくわからない。
狂牛病は確か脳味噌が海綿のようにスカスカになるのだったから、
「鳥」インフルエンザって言うくらいだから、
一たび罹患すれば、三歩歩けばすべてが放念されるのではないか?
そんな有力な説があったような気がする。
それなら今とたいして変わらないではないか、拙者の場合。
なんだ、ある種の人類は戦わずして鳥インフルエンザに勝利したようなものだな。
怖くなんかないんだ、鳥インフルエンザ。
ははははは、
これはなんとめでたいことか、同士と一緒に勝利の祝杯を挙げるとするか・・・
続編を読む ~『ぞうくんのさんぽ』
優れた絵本は多いが、版数を重ねて現役で出版が続けられる絵本は少ない。
気に入った絵本は迷わずその場で手に入れなくてはならない。
「ぞうくんのさんぽ」は数少ない絵本のロングセラーであり
初版は1968年で、今もずっと版を重ねている。
子供のころに読んだ記憶を持つ人も多いだろう。
この傑作絵本には続編がある。続編「ぞうくんのあめふりさんぽ」が出たのは
2004年のこと。実に36年ぶりのことなのである。
弟が絵と文を作った本を出版するにあたり、兄が文字を手書きでレタリングしていた。
だが、この36年の間に文字レタリングを担当した兄は他界し、
出版には様々な苦労があったと聞く。
もっとも、私個人の場合には36年もインターバルがあったわけではないし、
ほとんどの読者はこんな裏話に関係なく、正編・続編を買っていくのだろうけれど、
初めの本を読んだとき、続編が出たら買おうとずっと覚えていた読者もいるのだ。
本読みは執念深いのである。




