首都圏で大停電
世間はお盆休みののどかな朝
会社に着いたら大規模停電の連絡
おおっ、これからいったい何が・・・
身構えて待ったものの
電気怪獣エレキング本日は出現せず。
夏休みお盆特別企画だったのかな。
*****帰宅後追記*****
あちこちのブログにも相変わらず、緊急時の体制の整備充実をまくし立てるような
論調が多い。
まあ一番簡単で安い文は、何かを批判することだからねえ。。。
緊急時の活動計画(コンティンジェンシープラン)を整備改定するのなど
あたり前だが、万一の際に何から何まで全部誰かにやってもらうような
態度でいるように見えて、ある意味無責任でもある。
自分でナントカする、という部分は絶対無くならないのだから
個人はどうすんだ、という自分活動継続コンティンジェンシープランを考える
今日は良い機会でもありましたかね。。。
呪いのインターネット殺人事件 (ホラーファイル№005)
蒸し暑い夜だった。
「なんだかアメブロって夜になるとすごく遅いのよねー」
「サーバーの能力以上に会員増やしすぎてるんだろ?」
・・・レスポンスの悪いWEB画面を眺めて二人は苛立っていた。
「こんなのろいんじゃねー、
ねえ、これって呪いなんじゃない?」
「・・・・のろいからって、インターネットののろいとか言ったら、ブツよ・・・。 (-_-#;)」
「・・・・・・・・・呪いの、インターネット・・・~(m- -)m」
バキっ! 「あうっ!」
インターネットの呪いはこうして現実のものとなった。
あれは呪いのせいだったんだ、おれのせいじゃない、と犯人は話した。
亜熱帯
本日午後、雷雨に遭遇。
近所の路上を徒歩で移動中、
雲行きが怪しいと思うほどなく、吹き降ろすような風とともに
叩きつけるような雨。
バケツの底が抜けたような勢いに用意していた傘も役に立たず
たちまち全身ずぶ濡れになったのですが、
困ったのは、ズボンが水を吸ってやたら重くなったこと。
歩き難い上に、今にもずり落ちそうで、
昔、海でついサルマタ一枚で泳いだのはいいけれど
遊泳中にその布をさらわれてしまったことを思い出してしまったほどでした。
(トランクスは運良く回収できました。必死です)
今日は雷も鳴っていましたから急いでズボンを引き上げつつ帰ってきたのですが、
途中あった、たくさんの赤い花房をつけた百日紅が雨に打たれて揺れているさまが
思いがけず見かけた花火のようでもあり、
濃いピンクの花と緑の葉がスコールに打たれて南国の光景のようでもあり、
思わず見とれてしまいました。
やがて雷雲去って雨が上がれば、
蒸し暑さが抜けて引き締まった空気と
洗い上がった樹木がまた心地よく、
きわめて日本的なの夕立の風情を実感。
(写真 : うちの棕櫚竹も洗う手間が省けた。
やる気のないガーデナーにこれも恵みの雨。)
黄菊の面影に月の照る秋野を思い酒を酌む
暦の立秋を過ぎても、
この辺りではまだまだ夏の地平が広がって
秋へと下る入り口は見えてきません。
でもきっと山の上などでは実りきった夏草がすでに
ほのかな秋色をたたえていることでしょう。
週末の今日、十七夜の月の晩、
暑かったり台風が来たりで大変だった一週間に
お疲れ様の一杯は、菊の花に日本酒で、
こちらも遠くほのかに秋の色を伺うような気分です。
奈良時代に日本にやってきたといわれる食用菊は
伝統のエディブルフラワーですが、
子供のころやごく若い頃はあまり好きではありませんでした。
しゃきしゃきとした食感だけで
かすかに苦味のあるような淡白な味の良さがわかるようになったのは
それなりに大人になって味覚の熟成が進んだからでしょうか。
若い頃は単純な味や刺激の強いものにひかれがちですが
歳をとってわかるこんな良いこともある。
歳をとることは単純に若さを失うことではなく、祝福されるべき成熟への
変化であることの一つの例証でもありましょう。
ふと思い出した陶淵明の詩の一節に、
酒は能く百慮を払い、
菊は解きて頽齢(たいれい)を制す 、、、というのがありました。
(訳 : 酒は多くの憂いを忘れさせ、菊の花はデトックスでアンチエイジング効果がある、
というところ)
こうして千六百年ほど前の偉大な詩人と、ともに時空を超えて
菊の花を肴に酒を酌み交わす今日の晩。
これを酒と詩の喜びと言わずしてなんと言えましょうか。
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おお!、まるで憧れの老境に至ったようなブログになったな。
ハハハ、満足。
萎え系の美女 (ホラーファイル№004)
美人である。明るく健康で、性格もおっとりしていてスタイルもいい。
よく気配りもでき、おまけに頭もよい。
で、独身。
男友達も多いが、浮いた話は聞かない。
私とも長年の友達だが、歴然と友達でしかなく、
面と向って好きだといわれたことはあったが
手を握ったこともなく(ないな、たぶん)、彼女が結婚するまでは
たぶんこのまま希薄な間の友達なのだろう。
彼女自身に結婚願望だってあるし、家に借金があるとか、
宗教上の制約があるとかいうわけでもない。
彼女がいい年まで独身なのは七不思議の一つでもある。
一緒に歩けばすれ違う男たちの視線がビシバシ飛んで来るのを感じるし
仲間内の会合になど同伴すれば、羨望を浴びること間違いない。
でも浮いた話は全くない。
一緒にいても間違いが起きないという意味で安心なのだけれど
ここまで来ると、一緒にいても心に波風一つ立たないというのが
安心を通り越して、彼女のこの先が余計心配になる。
気を使いすぎなのだな、たぶん。
彼女は頭が良い上に勘も鋭く、一般人の10倍くらい気を回す。
私が二言三言話しただけで、今日行きたい店をそれとなく言い当てて
助言をするし、私が口の端を持ち上げるだけで、
次の話題がわかって受ける構えに入ったり
先手を打って話を振ったりするのだ。
霊感も鋭いらしく、近くにいる人の死ぬ時期が近づくとわかるというのだ。
(これは本当で、アカの他人でもわかってしまって落ち込んでいたりする)
拙者にも、「わかったらそれとなく教えてあげますね」、と言ってくれるだが
それって、ありがとうと言っていいものやら、なんだか・・・。
たいていこれでドン引きになるかな。
(フルホント)
二人だけの海
私は浜辺のベッドに寝そべり
潮の香のする熱い湿った風に身をさらして
カクテルの炭酸がのどにあたる感覚を楽しんでいた。
目の前の泡立つ海にはじける彼女の肩がまぶしい。。。
私は日差しを避けるような振りをして半分目を閉じたけれど
実は彼女の肌のまぶしさを惜しんでいただけなのかもしれない。
ふふっオレの・・・、そう、二人だけの時間はまだたっぷりあるのだ・・・
すると目を閉じた私に彼女が声をかけてきた。
「ちょっと、起きてください。・・・まだ会議中ですよ。」
んん、ええっ? みんなの視線が痛い。 ここは会社?
ううっ、しかも主催者は私なのだった・・・。
*****
夜も寝苦しく睡眠の質の低下する夏の寝不足は健康に悪い。
クールビズのもう一歩踏み込んだ昼寝時間の提唱をぜひ期待したい。。
トホホ・・・
生きながら葬られる人の群れ (ホラーファイル№003)
このところ毎晩寝苦く、睡眠不足気味だとは思っていたのだが、
今日も電車で座って移動中に寝込んでしまった。
どれほど眠ったのかわからないが、目を開けると、
電車の行き先が『あの世行き』に変わっていた。
やがて駅に着いたので、わけもわからず人の波について電車を降りると
駅前を亡者どもが群れをなして歩いていた。
亡者どもは生きているときと同じような身なりをしていたが、
中年以上の亡者は無表情・不機嫌そうに虚ろな目をしてひたすら歩き、
比較的若い亡者は空虚な笑いのうちに仲間とふざけあったり
道端に座り込んだりしているのだった。
いずれにしても皆なんとなく生気なく、話し方も身のこなしも
周囲に無頓着で投げやりなのだったが、
まあ亡者だからねえ・・・などと思いつつ
私もなんとなく群れに従ってだらだらと歩いた。
歩いているうちにまた駅が見えてきたのでふと見ると、
なんとその看板には「渋谷」とあった。
いつかまた、この世に戻ってきたのだろうか?。
すると雑踏で見てきたあの人の群れは本当に死んでしまったのだろうか?
それとも毎日を死にながら生きるような普通の人たちだったのだろうか。
もっとも、私たちとは今この瞬間も日々死につつあるものなので、
どっちにしてもたいした違いはないのかもしれない。
最後の「死」とは人生のずっと先にあるわけではない。
死亡確認の瞬間とは、日々「生」を失っていった果てに、ついに全部の死が成立して、
死亡完成承認印を押す区切りというだけのことなのだろう。
ただ、全死が完成するまでをお迎え待ちの亡者予備軍で暮らすか、
他律的でない自己の生を自覚して過ごすかくらいは自分で選ぶことが
できるだろう。
そして私は居心地悪く、急いで雑踏を離れたのだった。
紙々の黄昏
夏休み・・・
楽しくあるべき夏休みの思い出に、どこか心が萎縮するような影がさすことを
覚えることがある。もちろんこれは夏休みには「宿題」があって、この宿題に
苦しめられた記憶がトラウマとなっているためなのだろう。
特に嫌いだった悪の権化のような読書感想文については去年書いたが、
とんでもなく嫌いなのになぜか学校の代表になどなってしまうこともしばしばあって、
そのためさらに書かされる作文では親や教師の期待に応えるべく、大人にへつらって
大人の期待するトーンや論調を察して書くという、実にいやらしい作文をすることで
ずいぶん人格がねじ曲がったような気もする。
今もってこれは恨めしい記憶である。
だいたい、国語の点数がいい生徒などというのは、たいてい大人の顔色を伺うのに
長けたかわいくないヤツなのである。これについてはいずれまた書いてみたい。
さて、私の幼少の時分は短期の集中コースを除いては学習塾などというものに行く生徒も
まれで、やろうと思えば夏休みスタートダッシュで宿題を早めに片付けることも
できたはずで、私も毎年やろうとは・・・していた。
まず、自分の机の上に機械的に片付ければいいドリルの類を広げ
教科書や参考書を配置するのだが、普段ロクに勉強などしないから、
このものものしい着手作業自体に満腹になって、
初日は宿題に着手までには至らないのが常だった。
こうなると二日目以降も、物々しい机の上の要塞を見ただけで満足し、
これほどの臨戦態勢をとっているのだから、
いつでも取り掛かりさえすれば宿題なんてひとひねりなのだ!
というような気分で、三日目、四日目と過ぎていくことになるのだ。
そしていつか、机の上に広げられたヤツらは日に焼けて黄色に変色しているのに気付き、
夏休みは余命いくばくもないことをないことを思い知らされることになるのだった・・。
・・・日暮れ道遠し。。。
短い夏も、人生もまたしかり。今やらねばいつやるのだ、と思いつつ
世事に追われたくさんの言い訳をして無為に日を過ごす。
子供の頃は宿題よりも大事な自分の心についてのことを
優先していたのだと思いたいところだが、
さて、 大人になった今の毎日はどうなのだろう。。。
(なお、ご参考までに去年の記事夏休みのダークサイドはこちら 。。)
耐え難く暑い夏の日には
夏は好きなのですが、今日の暑さなどはちょっと耐え難いものが。。。
ベランダの植物を見に行っただけで熱中症を予感するほど。
こんな日に取り出すのはこれ。
これは小樽のガラス工芸店で衝動買いしたもの(私には衝動買い以外の買い物はない?)。
キャンドルベースとしても使えるとあったのですが、すすのつくキャンドルベースには使い難く
もっぱら観賞用のグラスとしてあります。
写真では微妙な色調が再現できていないようですが、
雪景色の上にそっと忍び寄る夕映えの光を、グラスの透過光として手の中にもてあそぶことが
できるようです。
こんな日には、涼感溢れるグラスで透明な酒のロックを一杯。
これは大人の夏の楽しみ。
着信アリ (ホラーファイルNo.002)
あるときふと思いついて、女友達(複数)に携帯メールを打った。
「1ま~い」
深夜のちょうど12時頃のことだった。
相次いで届いた返信メールを無視し、
翌晩、12時にまたメールを打った。
「2ま~い」
その翌晩も夜中の12時に
「3ま~い」
だが、混乱した返信が次々届き、苦情のトーンが上がってきたため
深夜のホラー・メール・デリバリーは中止となった。
これだけである。
オチをどうしようかいろいろ考えて私は楽しかったのだが、
深夜に届く意味有りげななさげなメールに
受け側が耐えられなかったらしい。
今やないことなど想像もできない便利な携帯メールだが、
接続の向こうが必ずしも見えないためか
どこかしら闇につながる不気味さも内包しているようだ。
だから、着信ありなどというホラーも支持されるのだろうか。
そういえば、去年captain-jack流『着信アリ』を書いたが、これも実話ですので、
おひまがあればごついでにご笑覧ください。。。
captain-jack式着信アリ(実話)はこちら



