紙々の黄昏 | 酒とホラの日々。

紙々の黄昏


夏休み・・・

楽しくあるべき夏休みの思い出に、どこか心が萎縮するような影がさすことを
覚えることがある。もちろんこれは夏休みには「宿題」があって、この宿題に
苦しめられた記憶がトラウマとなっているためなのだろう。

特に嫌いだった悪の権化のような読書感想文については去年書いたが、
とんでもなく嫌いなのになぜか学校の代表になどなってしまうこともしばしばあって、
そのためさらに書かされる作文では親や教師の期待に応えるべく、大人にへつらって
大人の期待するトーンや論調を察して書くという、実にいやらしい作文をすることで
ずいぶん人格がねじ曲がったような気もする。

今もってこれは恨めしい記憶である。

だいたい、国語の点数がいい生徒などというのは、たいてい大人の顔色を伺うのに
長けたかわいくないヤツなのである。これについてはいずれまた書いてみたい。

さて、私の幼少の時分は短期の集中コースを除いては学習塾などというものに行く生徒も
まれで、やろうと思えば夏休みスタートダッシュで宿題を早めに片付けることも
できたはずで、私も毎年やろうとは・・・していた。

まず、自分の机の上に機械的に片付ければいいドリルの類を広げ

教科書や参考書を配置するのだが、普段ロクに勉強などしないから、

このものものしい着手作業自体に満腹になって、

初日は宿題に着手までには至らないのが常だった。


こうなると二日目以降も、物々しい机の上の要塞を見ただけで満足し、

これほどの臨戦態勢をとっているのだから、

いつでも取り掛かりさえすれば宿題なんてひとひねりなのだ!
というような気分で、三日目、四日目と過ぎていくことになるのだ。

そしていつか、机の上に広げられたヤツらは日に焼けて黄色に変色しているのに気付き、
夏休みは余命いくばくもないことをないことを思い知らされることになるのだった・・。

・・・日暮れ道遠し。。。

短い夏も、人生もまたしかり。今やらねばいつやるのだ、と思いつつ
世事に追われたくさんの言い訳をして無為に日を過ごす。

子供の頃は宿題よりも大事な自分の心についてのことを
優先していたのだと思いたいところだが、
さて、 大人になった今の毎日はどうなのだろう。。。



(なお、ご参考までに去年の記事夏休みのダークサイドはこちら 。。)