先日、友人の何気ない一言にそそのかされ、
多分人生で初めてくらいの勢いで、
下着屋さんで自分の胸のサイズを測ってもらいました。



普段つけてるサイズよりも2段階上でした。



男性役の如く胸をつぶして人生を過ごしてきたことに気付かなかった
自分にびっくりしましたw
メーカーや素材によってサイズが違うらしいので、
「買う時は必ずフィッティングしてみてくださいね」
店員さんに笑顔で念を押されました。
み、みんな、わかった? ちゃんと試着するんだよ! (お前だ)

でもこれで今後は貧乳とは呼ばせないぜ!(キリッ)




さて、そんなブラですが、
ワコールがリサイクルプロジェクトをやるそうです。

$なみぶろ

「古くなったブラ・合わなくなったブラで地球に笑顔の花が咲く。」
ワコール ブラ・リサイクルキャンペーン


1. お店でブラを入れるバッグを受取り、
2. ブラを入れてしっかり封をして、
3. お店に持っていくと、
4. 可愛いオリジナル刺繍デザイン切手がもらえる!
5. 封をしたまま燃料化され、ブラが再生紙製造に使われる!

というプロセスだそう。
どれくらい効率的な燃料になるのかは分かりませんが、
ゴミ袋に詰めて捨てるよりも数倍きもちいいキャンペーンだと思いました~。


なにより刺繍切手が可愛いよ。
詳しくはサイトをどうぞ。
来月中旬から4月下旬までやってます。
体罰、という言葉を聞くと大抵の人はぎくっとすると思う。
形が分からない。何かやばそうな悪そうな響き。
でも時に必要なんじゃないかと、迷いを生じさせる響き。


体罰の是非を大人が論じるのは、あんまり意味ないと私は思う。
その意見の根本は、自分の体験にある。自分の体験から得たものを曲げるのは難しい。
そして人は大体、自分の過去をきれいな思い出にしないとやっていけないから、
自分の過去の中にあるものを否定するのは難しいと思う。
人は、物事を忘れて単純化できるからこそ強くて弱い。


体罰の是非を、子ども達に論じてほしい。
どんな気持ちになるか、教えてほしい。
会社で”出来の悪い”新入社員が上司に殴られることがあるのだとしたら、
その新入社員の感じることと、子どもが感じることはどう違うのだろう。
罰を与えた人間への気持ちは、態度は、どうなのだろう。
体罰を受ければ、周りや自分が望むゴールを達成する力が身に付くのか。
他にやり方はないのか。
体罰の本当の形や意味は、今、現場にいる人の心からしか、取り出せない。

教育現場だけじゃない。家庭でも同じこと。


今の日本で、20歳以下の若者は、政策提言に関わることが難しい。
名古屋で会った17歳の男の子が、自分の経験をもってそう教えてくれたことがある。
子どもの問題を考える市の委員会に参加しようにも、許可が下りない。
かろうじて「大学生」からが参加できるけれど、と彼は言う。


それが本当ならば尚更、政治を創る大人は置いてけぼりにしてはいけないのだ。
子どもの正直な気持ち、誤摩化しの無い現状を。
先日、友人に訊かれました。


並木さんは、どうして子どもの問題に興味を持つようになったんですか。



その時は自分の育ち方について色々話してみたんだけど、
今朝起きたとき、もっとシンプルな答えが出てきました。



それは、悔しいからだ。


自分の衝動もコントロール出来ず、
自分や人を傷つけたり命を奪ってしまったりする10代が日本にいる事態が。

そうやって、私の大事な、前途有望な若い友人の命が奪われたことが。

友人を轢いた19歳の男の子が、せめて親には自分を良い子に見せたくて、嘘をついたことが。
彼の裁判に、彼の両親は姿を現さなかったことが。




どうして、そんなことになってしまうんだろう。
どうして、自分の気持ちや衝動をコントロールできない人間に育ってしまったんだろう。
どうして、両親は裁判に来てくれなかったんだろう。




誰もが不完全な人間なのは分かってる。
でも、それは何とかならなかったんだろうか。
私たちはニュースを見て嘆くだけでなく、不良少年を見て眉を顰めるだけでなく、
何か他に出来ることはないんだろうか。




そう、思ってる。
今日は大学にリビアの人が来ました。
セイフルイスラームの一声で在日リビア大使館に勤めるようになった元留学生の方で、
リビアで今流通しているお金を見せてくれました。

これだぁっ。


どーん。

photo:01



か、顔がwww

ガッダーフィーの顔を塗りつぶして使っているようです。
小中学生の歴史の教科書かYO!!(ズバッ)←突っ込む手の音
って感じでちょっと笑いましたが、
墨塗りの教科書と少々似たものを感じました。


リビア議会に立候補までした彼の講演はとても面白かったですが、
内容はまたの機会に~。
最寄駅まで徒歩30分かかる丘の上に住んでいる並木。
普段はバスで横浜駅まで出るのですが、
そのバスが本日は2時間待ちでした。びびった。
(昨日は7時間待ちだったらしいが)

近所では衝突事故が多発し、置き去りの車もそこかしこに見られる中、
バス待ちはアリエナイ長蛇の列。
その列の前で、バスの小さなロータリーに溜まった氷をスコップで搔き除ける
1人のおじさんがいました。


無言で勢い良くバス停前の氷をかち割り、すくい取って路肩に投げ、
バスが停まるべき場所への道を作っていくおじさん。
彼を前にして、ひたすら突っ立ってバスを待つ数十人。


何だか変な風景。腑に落ちない風景。


もしおじさんがバス会社の人だったら
このモヤモヤはストンと消えるのに、と思って聞いてみたら、
おじさんは隣のアパートに住む、本当にただのおじさんでした。

それじゃ私も、と思ってスコップを代わりましたが大して役に立たず、
私は結局バス停前に座り込んで、働くおじさんを眺めながら思いました。




私が家から通ってきた道の、氷がなくて安心して通れる飛び石のような場所も、
おじさんみたいな誰かが、汗水たらして雪を除けていてくれたんだ。



考えてみれば、当たり前のことです。
太陽が同じ時間だけ照らす場所なのに、
こっちは綺麗に融けてあっちは融けない、なんてことはない。
太陽のあたたかさだけじゃ、皆が通りやすい道は戻って来ないんです。



そう思ったら、薄灰色の雪と氷の中に浮かぶアスファルトの黒い小島たちが、
とてもあたたかく、愛しく見えました。
それは、感謝の言葉を期待するでもなく、なんやかんやと文句を言いながらも
身体を動かしてしまう、誰かのあたたかい心の証なのでした。
本日は横浜も大雪です。
坂が多い旭区、道路はツルツル滑りまくって車もまともに走れず、
「今日は車で出かけちゃだめよ!」と義母に釘を刺された私。笑

$なみぶろ

クーパーちゃんも車庫でお休み中。



雪の日は好きです。
音を吸収してくれる白い世界が未だに好きでいられるのは、
私がまともに雪のある生活の辛さを味わって生きてきたことがないためです。



雪かきを終えて家に入ってきたお義母さんが、
「そういえばねぇ…」と話しはじめました。





「昔、こんな雪の日は農作業ができないですからね、
 建物の中に集まって、ずっと縄をなっていましたよ。

 手に水をつけて、こうやって。
 細いのから太いのまで、いろいろ作りましたね。
 若い女の子達が集まって、みんな20歳くらいですかね、
 でももうどれだけ辛かったかなんて、忘れちゃいましたよ。笑」





雪の日がつなぐ、中国の文化大革命時代と日本の私。




私の母も今の私とは比べられない苦労をした人ですが、
義母は「政治に翻弄された人」です。


上海に居を構える良家のお嬢さんだったのに、
学生時代に文化大革命が始まり、お屋敷は勝手に分断され、
家の敷地は学校になり、18歳からは農場で集団労働。
夜が明ける頃に農場へと出て、雨の日も雪の日も働いて、
娯楽もプライベートもなしに年月を積み重ねて。
彼女が農場を抜け出して日本へやってきたのは、それから10年後のことでした。


中華街出身のお義父さんと結婚して、日本で食堂を切り盛りして。
政治に、国に翻弄されながらたくましく生き抜き、
ドラマのような奇跡のような人生を送ってきたひとです。
日本に初めて来たのも、日本語を学んだのも、30歳近くになってからです。





彼女の背中を見ていると、私の背筋も伸びるような気がします。
一つ屋根の下、彼女の思い出を聞かせてもらえることを幸せに思います。
年末年始で本やら音楽やらを仕入れたので、
ちょこちょこレビューを書いてみる。

まずはCD。インド系イギリス人Nitin Sawhney(ニティン・ソーニー)の
「London Undersound」というアルバムから。

このアルバムはロンドンで2005年に起きた同時爆破事件をきっかけに
ロンドン在住のアーティスト達へNitinが呼びかけて創られたアルバムだとか。
私が好きなImogen Heapや、ポール・マッカートニーも楽曲を提供しているけれど、
色々な国の言葉や文化、音楽ジャンルが綺麗に詰まった印象。

とある私の師匠(!)のお家で聞いて、
その雰囲気が一度で好きになってしまったCD。
ちょっと暗い気分になった時はこの曲を聴く。
歌うのはレゲエシンガーのNatty(多分同い年)。

Nitin Sawhney "Days of Fire" Feat.Natty



爆破の起こった日のロンドン、それから後のロンドンを表現した歌詞は
リズミカルに、それでいて呟くみたいに耳に届く。
淡々と歌詞が乗った明るい旋律が、聞いていてとても悲しい。

「そして全て、全てがスローモーションになった
 はじめは閃光、そして爆発の音
 僕らはまだ、今でもスローモーションで動いている

 僕が遊んだ通りにも、僕が乗る電車にも、火が見えた

 でも今、僕はこの街が変わっていくところを見ている
 様々な形で変わっていく
 あの日、あの爆発の日から」 
 

(拙訳)


ロンドンはこの事件の後、誤認逮捕や射殺、移民への嫌がらせが起こったそう。
そんな中、アーティストが行動を起こした訳です。
ロンドン、そしてイギリスを豊かにしてきた異文化と多言語を詰め込んだ、
スタイリッシュな作品を示すために。


私の国にも、こういう試みがあるんだろうか。
尖閣やら何やらの問題に、文学でいえば村上春樹みたいな、
さらりとガツンと発表しちゃうような試みがあったんだろうか。
あったとしたら、もっと増えればいい。もっとカッコ良くなればいい。



Amazonにもありますが、節約家さんはジャニス等でどうぞ。
先日ある友人が、
「きみは考えが足りない人だ」
とパートナーに言われた、とぼやいていました。


そういえば私も、
似たような言葉を突きつけられたことがあるなぁ。
と、ぼんやり考えてしまいました。


でもさぁ、

ある人の性質Aが存在していたとして、
Aがプラスに活きる(A+)か、マイナスに映る(A-)かは、
相手の性質Bとどう化学反応を起こすか、によりけりじゃないですか。

Bと”主観的な”比較を行った結果、
Aは「実際にやって確かめる行動力」というA+に感じられるかもしれないし、
「ちっとも考えず走り出す思考の欠如」というA-になってしまうかもしれない。
この分かれ道はあくまで相手の性質Bに基づく「主観」だし、
環境や状況によって、大体の性質は+にも-にもなるものじゃないのかしら。
(私は「障害」についてもほぼ論理は同じだと思っている)

私はそう信じて疑わないので、
仮に「きみは思慮が足りない!」とパートナーに言われたら

「そうかぁ、そう見えるかぁ。ありがとう~。
 でもこれでもそれなりに生きていけるし、私自身困らないからさ、
 そんなに君は気にしなくていいよ。
 どうしても気になっちゃうなら、ちょっと一緒に生きるのは大変かもね~」


と笑顔で答えるし、本当に大変だったら離れると思います。笑
それは、どちらかが悪いということではなくて、
AとBの化学反応がうまくいかない、環境が合ってない、それだけのことです。



大体、人はそんなに簡単には変わらないもん。
自分自身で状況を咀嚼して、本当に変わりたいと自ら願わない限り。

変わってもらうために相手を否定したり、
変わってもらうために自分を犠牲にしたりしたって、
結局お互い傷つくだけ。大の大人だったら尚更です。

否定する人は、気付いてもいいと思う。
相手を否定した瞬間、相手が自分を否定する口実を自ら創っていることを。
自分を犠牲にする人は、知っているべきです。
本当のところ、自分が自分のために自分を犠牲にしていることを。

まぁ、私もたまにやっちゃうから、
後になって「やばい、恥ずかしい!!アホだ!!」と悶えることになるんだけど。w



友人は自分に突きつけられた言葉をさらりと笑い飛ばしていました。
大丈夫、そのままでお互い無理なく一緒になってくれる誰かが、きっといるよ。
2012年のテーマは
「夫婦円満」
「おもしろい所に就職する」
「毎日語学」
でした。
最後の1つだけ達成できず…。語学と楽器は難しい!

さて、2013年のテーマは
「夫婦円満」
「想いを形にして届ける」
「おもしろくする」

です。


1. 夫婦円満 
お互いのために時間を割く、これは毎日の積み重ね。
具体的にいえば「1日1時間は触れ合う・聴き合う」なのですが、
週末にまとめても構わないです。ケアし合う夫婦でありたいです。


2. 想いを形にして届ける
家族への想い。友人への想い。社会問題に対する想い。亡き人への想い。
まだ会ったことのない、誰かへの想い。未来の自分への想い。
これを形にして届けることを、今より習慣づける・達成することです。
具体的にいえば
「Oarを仕上げて発行する」
「手紙を書く」
「日記をつける」
「おせっかい学会を年2回開く」
「子どもワークショップ冊子を完成させる」
「ポジティブ・ディシプリン等の勉強会を年4回開く」
辺りです。
できれば某ドキュメンタリー映画の翻訳もしたい!


3. おもしろくする
どうして寄付や支援を求める時、悲しそうな子どもや人の写真を使うんだろう。
そうすることで、相手を「可哀想」と一段下げた目線で見てしまいやしないだろうか?
目一杯楽しんでチャリティーするプロジェクトは、どうして少ないんだろう?
支援を楽しむって、いけないことなの?
と思い続けて早5年。
今年は「チャリティーをめちゃくちゃ面白くする」ための研究所(という名の寄り合い)を
ひっそりと立ち上げたいと思っています。おもしろ分かりやすい屋号を考え中。
また、カタイものをおもしろくする心を忘れずに生きたいと思います。




4半期に一度、レビューをしよう。次は4月頭です。ふぁいとー。
今年の6月に、ストレングス・ファインダーを試したので
貼っておきます。
ある意味言い当てているような気もします。
強い習性順です。

ま、たまに人見知りですけどね!笑


-----
社交性

あなたは知らない人と出会い、彼らにあなたを好きにさせることに挑戦するのが大好きです。あなたは見知らぬ人を怖がることがめったにありません。むしろ、 あなたは見知らぬ人に元気付けられます。あなたは彼らに惹かれるのです。あなたは彼らの名前を知り、質問をし、共通に関心のあることを見つけ出し、それに よって会話を始め、関係を築きたいのです。話題が尽きることを心配して、会話を始めることを嫌がる人がいます。でもあなたは違います。あなたは何を話せば 良いかを常に心得ているだけでなく、知らない人に近づくことを本当は楽しんでいます。なぜなら、一歩を踏み出して人との関係を作ることから、あなたは大き な満足を得るからです。そして一度そのような関係ができ上がると、あなたはそこでそれを終わりにしてまた次の人へ進みます。これから出会う人は大勢いま す。新しい関係を築く新たな機会があります。これから交流を持つ新しい人の群れがいます。あなたにとって友達でない人はいません。ただ、まだ会っていない だけなのです。沢山の友達が。

最上志向

優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要し、あなたはそこに全く意味を見 出しません。平均以上の何かを最高のものに高めるのも、同じように多大な努力を必要としますが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他の人のものかに関 わらず、強みはあなたを魅了します。真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな徴候を探し求めます。生まれついての優秀さ、飲み込み の速さ、一気に上達した技能――これらがわずかでも見えることは、強みがあるかもしれないことを示す手がかりになります。そして一旦強みを発見すると、あ なたはそれを伸ばし、磨きをかけ、優秀さへ高めずにはいられません。あなたは真珠を光り輝くまで磨くのです。このように、この自然に長所を見分ける力は、 他の人から人を区別していると見られるかもしれません。あなたはあなたの強みを高く評価してくれる人たちと一緒に過ごすことを選びます。同じように、自分 の強みを発見しそれを伸ばしてきたと思われる人たちに惹かれます。あなたは、あなたを型にはめて、弱点を克服させようとする人々を避ける傾向があります。 あなたは自分の弱みを嘆きながら人生を送りたくありません。それよりも、持って生まれた天賦の才能を最大限に利用したいと考えます。その方が楽しく、実り も多いのです。そして意外なことに、その方がもっと大変なのです。

着想

あなたは着想に魅力を感じます。では、着想とは何でしょうか? 着想とは、ほとんどの出来事を最もうまく説明できる考え方です。あなたは複雑に見える表面 の下に、なぜ物事はそうなっているかを説明する、的確で簡潔な考え方を発見すると嬉しくなります。着想とは結びつきです。あなたのような考え方を持つ人 は、いつも結びつきを探しています。見た目には共通点のない現象が、何となく繋がりがありそうだと、あなたは好奇心をかき立てられるのです。着想とは、皆 がなかなか解決できずにいる日常的な問題に対して、新しい見方をすることです。あなたは誰でも知っている世の中の事柄を取り上げ、それをひっくり返すこと に非常に喜びを感じます。それによって人々は、その事柄を、変わっているけれど意外な角度から眺めることができます。あなたはこのような着想すべてが大好 きです。なぜなら、それらは深い意味があるからです。なぜなら、それらは目新しいからです。それらは明瞭であり、逆説的であり、奇抜だからです。これらす べての理由で、あなたは新しい着想が生まれるたびに、エネルギーが電流のように走ります。他の人たちはあなたのことを、創造的とか独創的とか、あるいは概 念的とか、知的とさえ名付けるかもしれません。おそらく、どれもあてはまるかもしれません。どれもあてはまらないかもしれません。確実なのは、着想はあな たにとってスリルがあるということです。そしてほとんど毎日そうであれば、あなたは幸せなのです。

収集心

あなたは知りたがり屋です。あなたは物を収集します。あなたが収集するのは情報――言葉、事実、書籍、引用文――かもしれません。あるいは形のあるもの、 例えば切手、野球カード、ぬいぐるみ、包装紙などかもしれません。集めるものが何であれ、あなたはそれに興味を引かれるから集めるのです。そしてあなたの ような考え方の人は、いろいろなものに好奇心を覚えるのです。世界は限りなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとした ら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初め て訪れる場所それぞれが、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。これらは手に入れた後、保管しておくことができます。なぜそれらは保管する価値 があるのでしょうか? 保管する時点では、何時または何故あなたがそれらを必要とするかを正確に言うのは難しい場合が多いでしょう。でも、それがいつか役 に立つようになるかどうか誰が知っているでしょう。あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、モノを捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物 や情報を手に入れ、集め、整理して保管し続けます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に生き生きとさせるのです。そしておそらくある日、その中に 役に立つものが出てくることでしょう。

ポジティブ

あなたは人をよく誉め、すぐに微笑みかけ、どんな状況においても常にポジティブな面を探します。あなたのことを陽気と言う人もいます。あなたのように楽天 的になりたいと思う人もいます。しかし、いずれにしても、人々はあなたの周りにいたいと思います。あなたの熱意は人に伝染するので、あなたの近くにいると 彼らには世界がより良いもののように見えてくるのです。あなたの活力と楽天性がないと、人は、自分の毎日は同じ事の繰り返しばかりで単調であるとか、最悪 の場合、プレッシャーを重く感じてしまいます。あなたは、彼らの気持ちを明るくする方法を必ず見つけます。あなたはどんなプロジェクトにも情熱を吹き込み ます。あなたはどんな進歩も祝福します。あなたはどんなことでも、よりエキサイティングで、より生き生きとしたものにする方法をたくさん考え出します。一 部の懐疑的な人たちは、あなたの活発さを否定するかもしれませんが、あなたはめったにそれに引きずられることはありません。あなたの積極性がそれを許さな いのです。あなたは、生きていることは素晴らしいという信念、仕事は楽しいものにできるという信念、どのような障害があろうと人は決してユーモアの精神を 失ってはならないという信念から、どうしても逃れられないのです。