先月のブログエントリーでは証明書が何だかんだ鼻かんだと申しておりましたが、
おかげさまで無事に婚姻届の提出が完了しました on 12/13。
これで晴れて人妻になりました。

横浜市旭区役所で届出をして、彼のご両親のお店でお祝いしていただき、仕事先に向かい、
オフィスで更にお祝いのケーキをいただいて食べていた私に
彼から

「中国大使館の書類の日付が古くて受理されないかも…!」

と連絡が来ましたが、
もうとりあえず「バロスwww」と笑い飛ばして仕事してました。笑
結果的には市役所の担当のWさんがゴリ押しで通してくださったようでした。
ありがとうございます!! 栄華のお食事券を届けてあげたい…!



もう既に半年、先方のお家にお邪魔して一家5人生活を続けているので、
特に何かが劇的に変わった感覚は無いのですが、
これで保険金が受け取れる…!と一安心です。
嘘です。
相手が日本に戸籍を持たない外国人である分
色々と手続きが違ったり制限があることも多いでしょうが、
先ずはお互いを守るための法的な立場を得たことに安心しています。


大変なのは、これからこれから。
まだまだ未熟者な我々、今後もドタバタを繰り広げると思いますが、
笑いに昇華するこころを忘れず、ネタを集めつつ、
たくましく生きていきたいと思います!


そして、皆様にいただいたお祝いのメッセージ。
大事に大事にとっておきたいと思います。
ありがとうございます!!
明日(12/13)で28歳になる並木です、こんばんは!
今年は大分前から、誕生日プレゼントにお願いしていたのが
「婚姻届の提出」でした。
あとは健康と試練と縁があれば、他には何も望みません。


婚約したのが2011年の9月、
結婚式するする詐欺を経て、彼のうつ・休職に突入し、
振り返ればプロポーズから早1年ちょい。


「この(病気の)ままじゃ結婚できない。
 やっぱり届出は2013年の年末くらいまで待ってほしい」

と彼には言われ、
「うんうん、きみが納得するタイミングでいいよ、待つよ」
と顔では笑って、心は実はちょっと傷つき、
「いやいや、形式より中身が重要だから! 傷つくとこじゃないから、そこー!」
「いいじゃない、彼の家族も素敵だし、何不自由なく一緒に暮らしているだけで十分」
と自分に言い聞かせながら半年が過ぎました。


でも、ゴマカシには限界があるらしい。


「やっぱり、ちゃんと君と家族になりたいから、届出しよう」


と言われた時、顔には出さないようにして冷静さを装っていたけれども、
私がどれだけ嬉しかったか。
病気や薬の副作用でまた話がダメになっちゃうかもしれないから、
期待しすぎないようにしよう、プレッシャーかけちゃダメだ、と思いつつも、
やっぱり嬉しかったんです。
自分の好きな、家族になりたい人が、自分も大変な中で
「君とのこと、ちゃんと考えてるよ」って態度に出してくれたことが。
もう思い出すだけで白米数合食えそうなレベルで嬉しかったですよ。



で、私の誕生日(12/13)に出すべく準備を進めていたはずなのですが、



やっぱり病状のせいもあり、私が期待しすぎたせいもあり、
私が進めなければ物事が進まないように(勝手に)思えてしまう出来事が重なり、



「婚姻届、一緒に書こう」と言ってくれていた日の夜、
お医者さんに「就寝時間」と言い渡された時間を過ぎてヨレヨレで帰って来た彼に、
とうとうブチ切れてしまいました。
「もういいよ、届出は延期する」と。
心の中では真っ黒な言葉が渦巻いてました。
私とのこと、ちっとも考えてないんでしょ、
負担になってるんでしょ、口だけなんでしょ、
なんか「家族家族」って繰り返してるけどキミすぐ隣のこと見えてないじゃん、
そんなの共感できない、もういいよ、って。
病気が彼をそうさせるの、分かってるはずなのにねー。




結果、ちゃんと仲直りして昨日(!)撤回しましたが、
今思えばこれは一種のマリッジブルーだ。
自分で振り返ってびっくりした。私もちゃんと乙女だったんだ。笑
日頃のほほんと生きている反動なのか、負のエネルギーが我ながら凄かった。
ご心配とご迷惑をおかけした皆様、どうも申し訳ありませんでした…。
彼にもごめんなさい。




で、準備はできたのかって?




彼の婚姻要件具備証明書の翻訳だけができてません。爆



中国大使館から取り寄せたのは春頃だったんですけどね!笑
さすがにこれは彼にしかできない。
あーぁ、もうなるようになれぇ。

本人は「明朝一番にやる…」と呻きつつ倒れて寝ていますが、
届出できなかったら、一緒に酒飲んで慰めてやってください。笑
続報をお楽しみにー!
そして、こんな我々ですが今年もどうぞ宜しくお願いいたしまする!
本当はお一人お一人にメッセージでお返ししたいところなのですが、
この場を借りて、御礼とお詫びを申し上げさせていただければと思います。

昨日は本当にありがとうございました!
私たち運営側は、場所とシステムのみご提供させていただきました。
ですので、もし楽しんでいただけたのであれば、それは
ご参加された皆様自身の熱い思いだったり、豊かな経験だったり、
ひとへの関心だったり、温かさやユーモアや好奇心のために他なりません。
また、これだけの方が集まったのも、皆様が一緒に告知してくださったからこそです!
素敵な想いを持ち寄ってくださり、ありがとうございました。

そして、昨日は本当に申し訳ありませんでした!
電話がつながらず、寒空の下で何十分もお待たせしてしまったり、
ドリンクやお料理が足りなかったり、お一人で寂しい思いをさせてしまったり…。
ホスト役として、もっと万全の態勢で臨むべきでした。
申し訳ありませんでした。

そして、長くなってしまいますが、この場を借り、
幾つか当日お伝えできなかったことを書かせていただければと思います。
(裏事情も!^^)



■募金額、参加人数につきまして
募金額は、なんと目標の1.5倍で150,170円です!
参加者様は、目標の50人を大きく上回り、75人となりました。

こちらは、シリアの難民支援を行う国連組織・UNHCRに届けさせていただきます。
(国内窓口は国連UNHCR協会となります)



■募金をした後の、使われ方につきまして
イベントの前にご説明すべきだった!と悔やんでいることが1点あります。
それは、
「寄付金は、そっくりそのまま毛布やテントになったりはしない」
ということです。

電車が在っても、運転手や車掌さん、駅員さんがいなければ動かないように、
支援の品々は、現場で傷ついた人々に真摯に向き合いながら動き続ける人、
日本で一生懸命情報を発信し、寄付を集める人がいなければ
それらを必要とする人に届くことはありません。

そして、動き続ける人、発信する人たちは、プロの人たちです。
それを専門にし、それで食べている人たちです。
彼らを食べさせてあげなければ、NGO/NPOや国際機関は何もできないし、
NGO/NPOや国際機関が何もできなければ、援助は届かないんです。

ですから、もし仮に皆様のお気持ちで集まったお金が
そっくりそのまま毛布の形にならなかったとしても、
シリアの人たちのためになったということを、どうか信じていただければと思います。
イベントの後にお伝えするなんて、何だか騙しているみたいで恐縮ですが…
NGO/NPO、国際協力がきちんと「仕事」として認められ、成り立つ日を、
私は心から夢見ています。



■ダジャレなイベントタイトルにつきまして
私は、東京外国語大学でアラビア語を勉強し、「平和構築・紛争予防」を学びました。
専門はイスラエル・パレスチナ平和構築です。
伊勢崎賢治教授という、自称「紛争屋」のおじさんのゼミにいました。

伊勢崎先生が私たちの論文を見てくださる時、
必ず口にする言葉がありました。

「タイトルはセクシーじゃないとダメだぞー」

それは別に性的な何かを狙えということではなくて笑
思わず見たくなっちゃうような、そういうものをタイトルにしないと
幾ら論文の中身が意味あるものでも、人は読んでくれないよ、ということです。

そこで、シリアに留学していた私の先輩が
「シリアで知り合った」を多用していたのを思い出し、
響きが面白いよね、ということで採用させていただきました。
(E先輩、ごめんなさい!笑)

チャリティーなのにコンパ、という不真面目さも、
少しでも「セクシー」でありたかったからです。

震災の後、思いました。
募金、寄付、支援、ばかりを連発していると、正直疲れちゃうし、
もらう方も気が重くなっちゃうんじゃないか、って。

だったら、楽しい時間を過ごして、素敵なものを受け取って、
その結果に寄付が付いてくるのもいいんじゃないのかな、って思いました。
本当に見てほしいもの、知ってほしいことこそ、
セクシーな魅せ方を研究しなきゃいけないな、と思いました。

それで、去年は「中東女子合コン」というのをやりました。
支援先はリビアの医療支援です。50人のお客様と、7万円を集めました。
中東女子とお喋りしよっ♡ チャリティ合コン



■「コミュニティ・ファンドレイジング」
私が前回や今回開催させていただいたような企画は、
海外では「コミュニティ・ファンドレイジング」と呼ばれています。
自分で準備できるものを使って、自分の周りで寄付金を集める、
そういった試みです。

震災の後、アメリカでは、
自宅でパスタ・パーティーをして、1,000ドル近くを日本に送ってくれた
女の子がいたそうです。高校生か、大学生の。

私の職場では、スタッフが美味しい手作りのお菓子を持って来て、
それを食べたい人が気持ちだけ、ビンに寄付のお金を入れる、
そんなことが行われたりしています。

今回、素敵な笑顔でチャリティ整体をしてくれた上野さん、
透き通る歌で皆様に鳥肌の立つような瞬間をくれたみのりちゃん、
アラブグッズの売り上げを半分も寄付してくださったノスノスさん、
おいしい食でもてなしてくれたミヅキ、山崎さんは、フルに実践されたことになります。
日本でも、もっと身近な取り組みになるといいなぁ…と、私は思っています。
お気に入りのNGO/NPO、支援したい誰かが見つかったら、是非トライしてくださいませ!



■自己紹介の名札につきまして
あの「井」の字を書いたようなカードは、実は私のアイディアではなく、
私の双子の弟的な頼れる存在・田中絢也(@junya810)が私に教えてくれた
「自己紹介マンダラート」というアイスブレイキングの手法の一つです。
今回は「共通項を見つける」「自己紹介しやすくする」ために、
アレンジして使わせてもらいました。

本来は、1分(かな?)でキーワードを使って自分を紹介する!という使い方をします。
詳しい手法が気になる方がいらっしゃれば、是非ご一報くださいませ^^



■「次回はいつなんですか?」
…と、何度もご質問をいただきました…。笑
お楽しみいただけたのが伝わって来て、本当に嬉しいお言葉です。
ありがとうございます!

…でも、暫くは実施の予定はありません。。。ごめんなさい!
でももし次回を企画される方がいらっしゃれば、
是非お手伝いさせていただければと思います^^
チャリティー・アラビア語講座、できます!笑

本当はガザの状況がかなり気になっているのですが、
編集長として企画を進めている「国境知らずの音楽雑誌 Oar」が刷り上がり、
またNPO理事としての私がオレンジリボン様の助成をいただいている
「子ども以上・親未満の世代が親子を支えてあげられるきっかけをつくるワークショップ」
の企画が終わったら
また何か、楽しいことを企画したいと思っています。



■最後に、この企画が立ち上がった経緯
ミヅキ @mizuquick は、実はまだ数える程しか会ったことのないマブダチです!笑
「シリアの支援をしたいんだけど…」と相談したらノリノリで「やろうぜ!」と乗ってくれ、
10月くらいに日にちを決め、私が企画書を作り、二人で一度会ってメニューを決め、
ミヅキが場所を探してくれました。

企画書、ここに公開しておきます!笑
これを見て賛同してくださった方、シェアハウスと効利製作所の皆さま、
本当にありがとうございました。



長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
また、どこかでお会いできたら本当に嬉しいです^^
誰もが忙しい師走、どうかお体にお気をつけて、素敵な年末をお迎えください!



2012.12.3 横浜・鶴ヶ峰の自宅にて 並木麻衣 拝
50人で7万円寄付金を集めたリビアに続き、今年はシリアのために動きます!


以下、おなじみ並木の拙い文章が載ってしまった申込サイトから転記。
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こんにちは、自称中東系女子の @mainamiki こと並木麻衣です!
この度、遊牧民系女子 @mizuquick こと越出水月と共謀し、
シリア難民へのチャリティになるコンパを企画いたしました。


$なみぶろ
※イメージ画像



その名も!「”シリア”で知り合う中東コンパ★」!
(ちょっとダジャレ風味)



シリアに住んでたひと、いつかシリアに行きたいひと、
旅したシリアが忘れられないひと、シリアの情勢が気になっているひと、
大事な誰かがシリアにいるひと、シリアのために何かしたいひと、
シリアってなに美味しいの?って思ってるひとたちが和気藹々と集い、
美味しい中東ご飯をいただきつつシリア話に花を咲かせ、募金を集める会でございます~。


中東ご飯食べ放題、ドリンク飲み放題で、参加費は2,500円。
経費を除き、収益は全額シリア難民の支援機関(UNHCR)に送ります!
目指せ、10万円の寄付。つまり、目標は50人の参加です!


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日時:2012年12月2日(日)13:00-18:00
場所:COURI016-R(両国のシェアハウス)
 ※都営大江戸線 両国駅 徒歩5分 or JR総武本線 両国駅 徒歩9分
  場所は参加者様のみメールいたします! 飛び入りの方は駅からお電話くださいませ!
  (メール:ATNDのメッセージサービスを使ってご連絡いたします!
   電話番号:050-5534-2216 並木 )
参加費:食べ放題飲み放題まったりし放題で2,500円
 (小学生以下は無料)※差し入れ大歓迎です!
参加方法:本ページで参加をクリック! 参加料は当日受付にて♪
出来るだけ赤字は避けたいので、キャンセルの場合は後日カンパをいただけると嬉しいです…。

持ち物:
 ・シリアに行った方、シリアのとっておき写真を1枚持って来てくださると嬉しいです!


プログラム予定
 ・仲良くなる★自己紹介アイスブレーキング
 ・私が撮ってきました!みんなの「こんなシリアあんなシリア写真展」
 ・今日から使える?!旅の一発アラビア語~シリア編~
 ・歌う旅人によるオペラライブ
 ・イケメンがチャリティ整体します。(キリッ)
 ・中東料理を一緒に作ろう!
 ・シリアについて一言!オープンマイク  などなど


※プログラムは参加者の様子を見つつ、フロアの一部で散発的に行われる予定です。
 歓談に花を咲かせるもよし、プログラムに参加するもよし、
 ご自由に楽しくお過ごしくださいませ!
※「自分もコレで協力したい!」というプログラム持ち込み大歓迎です!笑
 得意なことで、是非募金作りにご協力くださいませ。
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~「面白そうじゃん!参加するよ!」という方にお願いしたいこと3つ~

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1. お友達を誘ってみる!
2. イベントを周りに伝えまくる!
3. 当日は「シリア」でSNSをジャックする!
ハッシュタグ:#シリアコンパ
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「参加者、集まるかなぁ…」「募金目標、達成できるかしら>_<」と不安な運営陣。
共感してくださった方のアクション&サポート一つ一つが、とてもとても励みになります。

そして当日、本イベントについてのつぶやきや発信を是非お願いします!
twitterのトレンドに「シリアコンパ」が出そうなくらいの勢いでお願いします。笑

「楽しみながらシリアのための募金を集める」のも目的なのですが、
シリアのことを知らない人に、少しでも興味を持っていただくのも大きな目的。
皆さまの知っているシリアのいいところ、人の体温、笑えるところ、
好きなところ、どうしようもなく嫌なところなど、
等身大のシリアを沢山の方が伝えあい、広めてくださったらなぁと思っています。





首謀者プロフィール

■並木麻衣(なみきまい) @mainamiki
東京都出身、大阪・宮城・千葉を経て横浜在住。東外大アラビア語科を2009年に卒業後、ITベンチャーで募金サイト運営に携わる。その後スーダン支援NGOを経て、現在は母校の大学院にて勤務、南アジア英語と格闘中。在学中には中東を旅し、パレスチナ/イスラエルに1年留学した、もうすぐ28歳の小娘。勢いだけが売り。
キーワード: アラビア語/平和構築・紛争予防/84ism不良ライター/元模擬国連サークル/障がい/虐待/CSR/NGO、NPO/在日外国人


■越出水月(こしでみづき) @mizuquick
大学卒業後、イスラエル・パレスチナの大学へ留学したはずが、料理を習ったり、各宗教のお祭りに参加して食べたり、オリーブの収穫に行ったりと何故か食文化三昧になってしまった食いしん坊。
帰国後、フードコーディネーターに師事。大使館HPでも紹介されているイスラエル料理パーティーを定期的に主催。ケータリング、ヘブライ語家庭教師もしています。パレスチナイベントもやりたい。更に現在ガーナ・ビジネスを目論見中。現地のスパイス輸入を通じて、現地の農業教育・生活改善の仕組みを作り、日本と文化交流するNPOの立ち上げを準備しています。旅と美味しいものが好き。勢いは並木には負けない。



よくあるQ&A

■どうしてシリアなの?
――ずばり、首謀者がシリア好きだからです! でもシリアでは現在武力衝突が起こっていて、今年の末までには合計で70万人、東京都練馬区民人口くらいの人たちが難民化するといわれています。私が好きだったアレッポの旧市街も焼かれてしまい、日々を過ごしたダマスカスの旧市街付近でも車爆弾事件が起こる中、「私が現地で出会った人たちは一体どうしているだろう…?」と、私は日常の中でたまに思います。素敵な時間をくれた現地の人たちのために何かしないと、いつか平安が戻ったシリアの人々を訪ねる時、彼らに合わせる顔がないと思っています。

■シリアのために何かするのはいいんだけど、僕は人見知りなんです…。
――そんな方は、是非1時間前に来てください! 首謀者も寂しがりやの人見知りですが、一つだけ体得していることがあります――それは、「どんな集団の中に投げ出されても、自分の役割さえ見つけてしまえば寂しくならない!」ということ。人見知りさんにこそ、是非イベントを手伝っていただければ嬉しいです!笑 (実際、受付、食卓の準備、道に迷った方の電話対応などなど、やることは山積みで首謀者だけでは対応し切れないです…。)

■10万円を寄付して、一体何になるんですか?
――うーん、難しい質問です。詳しくはUNHCRのサイトを見ていただければ、◯◯円の募金で◯◯を誰々に贈ることができます、という風に書いてあります。これらの支援は、あればあるだけ助かります。必要な資金は10月末時点で残り50億円。例え10万円分が雀の涙だったとしても、それで助かる人は必ずいると私は信じます。国際機関は、必要なところに最低限の援助を届けるノウハウを持っています。個人で何か届けるよりもずっと効率的なノウハウを。
そして、今回のイベントの裏ミッションは「シリアのことをもっと沢山の人に伝えること」。「お願いしたいこと」の3番目に挙げましたが、facebookやtwitterをシリアまみれにする勢いで、12/2をシリアデーにしてしまいたいんです。シリアのファンが自由に発言し、誰かがそれに興味をもってくれたら、そこからまた新しいアクションが生まれるかもしれない。このコンパは、その場だけで終わるものにしたくないと思っています。
え、できるのかって? やってみないと、分からないですね~。笑 まず、やってみるところから!

■私、シリアのご飯でお腹壊したんですけど…。
――首謀者もかかりましたよー、ケバブを食べてお腹を壊し、調子が戻るのに帰国後1ヶ月かかりました!笑 当日は何かノリが外国人みたいだけど国籍は日本人のフードコーディネーター @mizuquick が腕によりをかけて美味しいシリア料理を清潔な環境で作りますので、ご安心ください!

■中東料理ってどんなんが出るんですか?
――ひよこ豆で作ったクリーミーなペースト「ホンモス」、なすのペースト「ムタッバル」、スパイシーな炊き込みご飯「マクルーベ」、中東の豆コロッケ「ファラーフェル」、そしてアラブ風サラダがピタパンと共に出ます! ちなみに首謀者2人共、中東留学中に10キロ体重が増えましたからね。中東料理、美味しいですよ~。

■参加すると、僕自身はどうなりますかね?
――首謀者、実はとりあえず名刺を渡して共通の話題を探って笑顔で別れて後日fb友達になる、でも多分もう会わないだろうな、みたいな「交流会」が苦手なんです。疲れちゃう。ですので、今回のコンパは皆が温かい雰囲気を味わえて、なんだか楽しかったし安心したぜ、みたいな方向性を目指したいと思っています。というわけで、参加すると…
 ・また是非会いたい、飲みに行きたい友達が増える。
 ・シリア、中東について、ちょっとだけ詳しくなる。
 ・皆で募金と話題を集める達成感を味わえる。
 ・「何か面白そうなことしてたね!」と後日twitterやfbの友人に言われる。
という感じを目指しています。手作りチャリティーパーティーですので、もてなし合う雰囲気作りに、是非お力をお貸しください!!m(_ _)m

■上の写真のお兄さん、一体誰ですか?
――ダマスカスにある、知るひとぞ知る高級菓子屋さん「セミラミス」のキメキメなお兄さん達です。キメすぎです。


申込はこちらっ★
オチなしです。
仕事が煮詰まってきたので、息抜きに回想録を。

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2006年の12月末なので、もう6年近く前の話です。
私はその頃、パレスチナ自治区の小さなキリスト教の街、ビールゼイトに住んでいました。


ビールゼイト大学に通ってはいたものの、
私の語学の先生は、大学の講師ではありませんでした。
一番たくさんのことを教えてくれたのは、前のアパートに住む5人兄弟の中の3人。
小学校高学年くらいの、兄アブドゥッサラーム、弟のアフマド、妹のアリージュです。


新聞を読めば、知らない単語について3人で一生懸命説明してくれるし、
双子の弱気なアフマド・強気なアリージュはしょっちゅう言い争いをして、
ケンカ用語をたくさん教えてくれました。笑
アブドゥッサラームはお調子者で、しょっちゅう木の上から驚かせてきたり、
我が家で飛んだり跳ねたり太鼓を叩いたりしていました。
一人暮らしだった私が風邪で寝込んだ時も、
一番に助けに来てくれたのはこの3兄弟でした。



自治区の中心都市ラーマッラーには、外国人コミュニティがあります。
ビールが飲めるバーもあって、ジャズの演奏会も開かれていて、
私は毎週末、外国人の友達と、お気に入りのバーに通っていました。


常連の中にはシャーディーという、イギリス人のお兄さんがいました。
いつも調子がよくて明るく声をかけてくれる彼は皆の人気者で、
仕事は「サーカス団長」。
パレスチナで、子ども向けのサーカスを主宰していました。


その彼が、バーで会うなり声をかけてくれた日がありました。
「マイ、12月の末にサーカスをやるんだよ! 無料だから、子ども達を誘っておいで!」



「子ども」。
最初に思い浮かべたのは、もちろんあの3人でした。







サーカスの日。
子ども達のお母さんから3人をお預かりして、
ビールゼイトからラーマッラーの小劇場に向かいました。

シャーディーのネットワークだけあって、会場には外国人がいっぱいで。
「外国人だ!」「何言ってるの、マイだって外国人よ」
なんて突っ込み合ったり、椅子で飛び跳ねてふざけてみたりしていた3人も
サーカスが始まった瞬間、ぴたりと動くのをやめました。


サーカスには、火の輪くぐりも空中ブランコも無かったけれど、
身体を使う子ども達のエネルギーが溢れていて、華やぎと温かみがありました。
一番、食い入るように見ていたのは、アブドゥッサラーム。


プログラムが終わる時、
「私たちは団員を募集しています!」というアナウンスがかかりました。
それを聞くや否や、「俺、ちょっと聞いてくる!」と
スタッフらしき人のところに向かって行ったのも、アブドゥッサラームでした。





「僕も入りたいな~」「なに言ってるの、あんたには無理無理」
なんて言い合う残りの2人を連れて、出口で彼を待っていた私。
しばらくの後、出て来た彼は、力のない声でこう言いました。


「入団料に、まず100ドルかかるんだって。」



100ドル。
そりゃ、そうです。NGOだって、稼がなきゃいけない。


100ドル。この金額が、彼らにとってどれだけ大きかったか。

彼ら3人(5人兄弟)のお父さんは、もうかなり年老いていて、
大学の掃除夫をして、月に350ドルかそこらを稼いでいるという話を
彼らの隣人から聞いたことがありました。
よく晩ご飯に誘われていた私も、
彼らの食卓に肉があまり出ないことを知っていました。

彼らのほうも、私が「お金持ち」であることを知っていたはずでした。





私には、彼に掛ける声がありませんでした。

100ドル。
私が日本で1日バイトすれば稼げる金額で、
私がたまにイスラエル側に旅するのを1回我慢すれば浮くお金。
それで、この飛んだり跳ねたりするのが大好きな彼の将来が拓けるかもしれなくて。


でも、「それ、私が出資するわ!」とは言えませんでした。



次の日会ったアブドゥッサラームは、いつものように明るくて、
相変わらず飛んだり跳ねたり逆立ちしたりしていました。

今頃は、あの時のことなんか忘れてしまって、
17、8歳の青年として、レストランなんかで働いているのかもしれません。






でも、未だに私は答えが見つからない。
一体、何をしたら「自分の正解だ」と思えたのか、自信がありません。




責任を取るというのがどういうことなのか、自分にできることなのか、
自分の答えを言い切る自信がありません。



でも、
こんなに心に留めるくらいだったら、出してあげれば良かったかもしれません。
だんなくんのfacebook上の発言を無許可でコピペしときます。


--------------
ご存知の方もいるとは思いますが、今年の5月より、うつ病の診断をうけ、ずっと休職しています。

そんな中で、家族をはじめ、多くの人に助けられ、支えてもらいながらなんとか今日までやってこれました。

 最初はうつである事を周囲に言う事が怖かったですし、社会に適応出来ない人間だと思われると勝手に判断していました。

 闘病生活の中、僕の周囲にいる少なくない人達が同じような状態、または僕と同じような事になりそうな状態だと言う事が分かりました。みんなとても悩み苦しんでいます。

気力が出ない、やる気が出ない、体が動かない、原因は分からないけど、何も出来ない、前向きになれない。
 
 それを自分自身のせいだと思っています。もしかたらうつの可能性があるかもしれないのに。

だから僕のことを少し書きたいです。同じように思い悩むあなたのために。

 今、思い返してみたら僕の症状が出始めたのは、去年からだったのかもしれません。
 仕事が終わってあとは家に帰るだけなのに、立ち上がって、歩く事が出来ないんです。そのまま、1~2時間たってしまうこともよくありました。電車の中ですごく気持ちが悪くなって、吐いてしまう事や、心臓がバクバクいってそのまま倒れてしまう事も何度かありました。全く頭がまわらないのに、意識だけはあるような状態で仕事をしてミスを連発するような事が多かったです。

疲れているはずなのに夜は眠る事が出来ず、そんな状態で半年ほど仕事をしていました。当時はただ単に疲れているだけだ、とか自分が仕事をうまくできないから、と言い聞かせ、どこかでうつである事を認めたくなかったのだと思います。

その事で家族やパートナー、友人たちにとても心配をかけてしまう事が多かったのですが、それでも自分を休ませる事、病院で診察を受ける事をしませんでした。

 僕の頑張りがたりないだけだ、と言い聞かせ。

でも体はついて来ません。5月の連休でぷっつりと糸が切れてしまったかのように、何もできなくなりました。

その時になって初めて心療内科への受診をきめました。一人で出歩く事が出来ないので、並木につれらて行ったのを覚えています。

いざ、心療内科に行くとなったときも、心療内科は精神を病んでしまった「僕とは違う人達」が行くところだと認識していたのだと思います。だってものすごく抵抗がありました。

 最初にくだった診断はうつを伴う適応障害でした。

診断書を書いてもらい、6月から休職しました。

 うつで休職する直前から7月頃までの間、あまり記憶がありません。

正確には記憶するような事がほとんど出来なかった、と言った方が正しいのかもしれません。

そのころは、一日の境界がないんです。

朝に起きて夜に寝る、ことができません。意識があるか、無いか、です。あっても動けない事がほとんどです。気がついたら時間が流れていっている。分かる事は今が昼なのか、夜なのか、という事だけ。

暗いから電気をつけようと腕をのばしてつけることも出来ない

3食食事をとる事も満足に出来ないです。初診の時にした血液検査で栄養状態が悪い、と言われるくらいです。

トイレに行く、歯を磨く、風呂に入る、事もものすごくエネルギーが必要でした。そんなことすらできないです。

この頃は動けるときであっても外に出歩くのも怖かったのを覚えています。

出先でうつの波がくると、本当にどうしょうもないんです。ネカフェに倒れ込んで、そのまま、意識を失って行方不明騒動になったこともありました


7月になりやっと少し動けるようになり、それでも週のうち1~2日程度。

「朝に起きて夜に寝る、昼夜逆転しないこと」この生活のペースを守る事が「仕事」でした。それがうつを直すために必要な事だと言われています。


8月には少しづつペースがつかめるようになり、3~4日かければ自分の意志で予定をこなす事も少しは出来るようになってきたと思います。


9月になる頃には週の半分は動けるようになってきました。このころに病院をかえました。うつの治療をする飢えで先生との相性はとても大事なことです。信頼出来る人から紹介をしてもらい、新しい先生のもとで治療を受けています。

ここでくだった診断は「うつ、適応障害、自律神経の失調、不眠」でした。


10月、季節の変わり目を迎えると僕の場合はうつの症状が出やすい。しんどかったのですが、なんとか乗り越えられそうです。

今、僕は一日3回の精神安定剤と頭痛薬、2種類の抗うつ剤をあわせて5錠、睡眠薬を服用しています。

これでも減ったのですが、見事に薬漬けですね!
最多のときは安定剤をもっと飲んでました。ほんのり甘くておいしい。

基本的にうつの治療は適切な投薬としっかり休むことです。それと昼夜逆転しないこと。できれば適度な運動をすること。

精神安定剤と睡眠薬でリズムを整えながら、抗うつ剤でうつの症状を抑えます。でもこれらはうつを治す薬ではないので早めに服用をやめられれば良いものです。いきなり減らすのも危険なので徐々に減薬するのですが、まだそこまでできていません

僕が服用している抗うつ剤は飲み始めて2~4週間で効果がではじめ、4~6週間ほどで効いてきます。うつの症状が治まってから、半年から1年かけて薬をたつそうです。

これは個人的な意見ですが「うつの症状」「薬の作用、副作用」を自分で理解し把握することがすごく大切だと感じています。体が動かない、イライラする、とか気持ちが落ち着かない。自分で理解できていれば自分のせいではなく、病気と薬のせい。自分と切り離して考えられるようになります。「風邪をひいたら熱が出て、せきがとまらない」のと「うつになったら無気力になること」は同じです。だって病気ですから。開き直りとも言いますが笑

あとは記録を残す事。僕は今、12時に就寝し、7時に起きる事を目標にしています。だから毎日の就寝と起床時間を記録してます。

自分を客観的にみれる視点とその材料(記録や知識等)が僕にとってはとても大きい力になっています。治るんだという希望になっています。

だから、僕と同じような状態になってしまった人、僕と同じようになりそうな人は抵抗しないで、自分のことを大切にしてあげて下さい。心療内科を受診してください。

すぐに受診出来ない人はネットで出来る簡易検査もあります。

http://www.ohhori.com/depression/bdi_check.htm

簡単な質問に答えるだけで簡易検査ができます。

0~50点でのあいだで結果が出ます。

17点以上は治療が必要だそうです。僕は診断直後にやったときは43点でした笑

そして自分のことを客観視するために「認知行動療法」をもとにしてつくられた「U2plus」を利用しています。

http://u2plus.jp/

このサービスは鬱病で仕事を退職してしまった、東藤さんが立ち上げたものです。

東藤さんは僕よりもひどいうつで大変だったのに闘病しながらつくった。それが希望にもなっています。

うつは自分で治すしかない、でも家族やパートナーのサポート、専門医の適切な治療、それらに準ずる「U2plus」ようなサービスは絶対に必要です。

調子が悪いと思ったら利用して下さい。

自分も闘病する中で、専門家ではなく患者の視点からの話はできます。良い先生の選び方とか、闘病生活をする
うえでの心構えとかは伝えられると思います。

だから、あなたは一人じゃない。
髪を切ることについて、
ここ数ヶ月、脳内カンファレンスが開かれていました。



賛成派委員達の意見:
・恐らく自分に一番似合うのはショートである。
・洗うのと乾かすのが楽である。

反対派委員達の意見:
・寝坊した時に寝癖を直すのが大変である。
・長いととりあえず結べば格好はつく。
・首回りがスカスカするとこれからの時期は寒い。人毛マフラーも捨て難い。



会議は難航し、決定の延期が何度も行われ、
誰もが「現状維持かな...」と諦め掛けたその時、


MY直感様が、ご宣託を下されました。


「切るがよい。」


そうですよね!と湧く賛成派達。
あーぁ、宣託が下っちゃしょうがねぇ...と諦め顔の反対派。



という訳でその一時間後には吉祥寺のサロンに飛び込み、
髪をバッサリやってやりました。20cm切りました。おかっぱちゃんです。


満足度ですか?
250点!




で、さっぱりした自分の頭を鏡で見ながら、
「このプロセスはとても私らしいなぁ」
と思いました。



考えてみれば、
自分が「尋常でなく」「ひとりでに」さっぱりスッパリ幸せな時は、
大体「理論を吹っ切って何かやっちゃった時」です。
計算ばかりしたって、やって失敗してみないとしょうがないじゃん、
大体もう一通り計算してみたでしょ、
自分で選んだら例え失敗したって納得がいくでしょ、
どっちに転んでも私なら何とかできるさきっと、えいやっ、
と開き直ったケースです。



一方、他人の理論に乗って何かをする/しない時はいつも決まって、後で燻る訳です。
自分の選択でそうなる訳ですが、直感が足りない。
筋が通っていても、つまんないのです。



更に言えば、私の直感は単体では本当にアテにならない。
特に即答が求められるコミュニケーションにおいて、私はさっぱり空気が読めないのです。
脳内に何かの障害があるんじゃないかと思うくらい。
ちなみに地図も読めなくて、目星をつけて進めば大体いっつも真逆の方向。
ある意味才能的です。



そう考えると、私の場合、
「直感が介在するとモノゴトは案外何でも色鮮やかな正解になる」のであり、
「理論で磨かれない直感はデクノボー」
なのであります。




今も、脳内では複数の会議が進行中です。
もうちょっと理論を投げ込んだら、理論を吹っ切って何だかおっぱじめるかも知れません。
人生たのしいね。



iPhoneからの投稿
仕事中にBBCラジオを聴いていたら、
シリアで「2.8万人の人々が消えた」というニュースが流れてきました。

混乱が続くこの1年半、誘拐事件が絶えないのだそうです。
誰かがこんな風に、BBCのインタビューに答えていました。



「誰かが怪我をしたんだったら、周りの人は治ることを祈ることができるでしょ?

 でも、突然消えてしまったら―—何もできないの。空っぽなのよ」






私は、
日本のひとは、この気持ちが痛いほど分かるのではないかと思いました。


「朝起きて、いつものように朝食をとって、
 いってきまーす、と声をかけて出かけた家族の行方が分からない」

ということに対する、
「痛み」と平坦に表現するのも憚られるような気持ちを。



1年半前、置き換えようも無いいのちが2万人分も奪われたといわれる中、
約3,000人分の行方は未だに分からない。


拉致問題だって、まだ解決されたとは言えない。
身近な誰かを奪われたひとじゃなくたって、
ニュースを見て胸騒ぎがしたり、ブルーリボンを身につけたりしたことは
あったかもしれない。




だから何だ、とか、
日本人は何をすべきだ、とか、
そんなことを言う気はさらさらありません。




ただ、
去年の3月11日の夜のように、それから続いた日々のように、
祈りたい、動きたいと思いました。
お願いだから、人災で未来を奪わないで。
2006年春、大学2年目を終えようとしていた私は
友人と一緒に、シリアのアレッポにいました。


ダマスカスからおんぼろバスに揺られてたどり着いた先には、
こぢんまりした、トンネルみたいなアレッポのスーク(市場)。
トンネルを通り抜ける私たち2人が日本人と見るやいなや、
かわええシリア少年たちが無邪気に歌を披露してくれました。


「ターンターンターヌキーノ◯ーンターマワー♪」



誰だよ、
子どもにそんなもの教えたの!! 
Σ(°△°|||)




しかも複数の子どもらが次々と歌ってくれるわけです。
タドモル(パルミラ)ではラクダ乗りの兄さんが
「フォー!!!」(レイザーラモンHG)を披露して後ろでカクカクしてくるし、
ほんと日本人観光客しょーもない。笑
ついでに痴漢に遭いました。
しょーがないね、女性に触れるなんて君たちにはアバンチュールだもんなぁ。
そしてこの頃の私はウブだった。話し言葉のアラビア語も全く分からなかった。



$なみぶろ
城の前でのんびりするおじさまがた。たばことナッツで一服。

$なみぶろ
弟を乗せてチャリをこぐ少年。いいチャリ乗ってるね。

$なみぶろ
幼い妹に旗を持たせたがる兄ちゃん。結局彼女が笑顔で旗を握ることはなかった。笑

$なみぶろ
夜、アレッポせっけんのお店の前で。日本では高いせっけんも、ここでは数十円。







でね、
この人たちが住んでる、アレッポの市場が、

燃えたんです。
つい昨晩のことです。




ニュース:シリアでの戦闘でアレッポの歴史的地区が炎上





信じたくない現状。
私に衝撃を与えてくれたタヌキの少年達、
もう高校か大学生くらいになってるだろうけれど、
家族ともども無事なんだろうか。学校は開いてるの?



そして、先日アイルランド人の友人にかけられた言葉を思い出しました。



「君のアラビア語を研ぎ直しておきなよ。
 今日だって、シリアやリビアで事件が起こってる。
 君のその語学が、必要になるんだ」



うん。分かってる。
でも、一体どう使えるっていうの?





悩みながら、細々と企みを始めました。
紛争をなんとかできるほどには、私は高いところには居ない。
けれど、何かしなきゃやってられない。
…と、義母から何気なく訊かれました。
中華料理屋さんの仕入れの帰り、
食料をたくさん積み込んだ車でドライブ中のことです。


「うーん。。。。。」
と唸ってしまいました。
私は「死ね」とかいう手紙を何通か受け取った程度で、それも無視して、
大していじめられた経験がないと思っているし、
いじめられた子がどうして欲しいと思うものなのか、
実感を伴って知っている訳ではないのです。


でも、
と続けました。


「先ずは、”社会が学校だけで出来てはいない”ことを、知ってほしいです。
 社会の中では学校なんてホントはちっぽけなところで、
 いじめる人だってちっぽけな存在なんだってことを。
 その後どうするかは、状況と、本人次第なんだと思います。」




ひとつのコミュニティにいると、
「絶対ここにいないと、自分は生きていくことができない」
と思ってしまうことがある。
会社から蹴り出されてしまったら、自分は生きていくことができない。
学校で居場所をなくしてしまったら、自分は生きていくことができない。


私だって、そう思っていたと思います。
例えば、自分の意志で会社を辞めたはずなのに、やっぱり心のどこかで怖かった。
先へと続いて行くレールから足を踏み外して、ひとりぼっちになって、
深い淵へと踏み出して行くような気持ちで。



でも、そのコミュニティから出て、暫くして分かりました。
自分で選び、踏み出し、道を創り、考え、コミュニティを育てることが、
会社にいたときよりも「生きてる」実感をくれることを。

確かに当時の私には毎月定額のお給料なんてありませんし、
有給休暇もありませんし、年金は厚生年金じゃなくなったし、
会社の仕事辛いね的飲み会トークの雰囲気に着いて行けないこともありました。
さらに言えば、世間から見た私は、ただの「フリーター」だったでしょう。

それでも、価値がお金で測れないようなものを、沢山得られたと思いました。
それらがなければ、私は足を前に進めることができなかったと思います。
今の幸せをかみしめて、将来の幸せを掴もうとする力を養えなかったと思います。



いじめも、もしかしたら、そうやって対処できるものなのかもしれません。
レールから降りて、冷静に、レールの意味を、歩いてる人の表情を考えてみればいい。
逃げたければ、文字通りどこかに逃げて、旅にでも出てしまえばいい。
どこかに行くのが面倒だったら、漫画喫茶辺りで手塚治虫でも読んでればいい。
インドが気になったら、親の友人のところに暫く転がり込んでしまえばいい。



さて、10年後の私は、ちゃんと覚えているんでしょうかねぇ。
自分の考えたこと。