仕事中にBBCラジオを聴いていたら、
シリアで「2.8万人の人々が消えた」というニュースが流れてきました。

混乱が続くこの1年半、誘拐事件が絶えないのだそうです。
誰かがこんな風に、BBCのインタビューに答えていました。



「誰かが怪我をしたんだったら、周りの人は治ることを祈ることができるでしょ?

 でも、突然消えてしまったら―—何もできないの。空っぽなのよ」






私は、
日本のひとは、この気持ちが痛いほど分かるのではないかと思いました。


「朝起きて、いつものように朝食をとって、
 いってきまーす、と声をかけて出かけた家族の行方が分からない」

ということに対する、
「痛み」と平坦に表現するのも憚られるような気持ちを。



1年半前、置き換えようも無いいのちが2万人分も奪われたといわれる中、
約3,000人分の行方は未だに分からない。


拉致問題だって、まだ解決されたとは言えない。
身近な誰かを奪われたひとじゃなくたって、
ニュースを見て胸騒ぎがしたり、ブルーリボンを身につけたりしたことは
あったかもしれない。




だから何だ、とか、
日本人は何をすべきだ、とか、
そんなことを言う気はさらさらありません。




ただ、
去年の3月11日の夜のように、それから続いた日々のように、
祈りたい、動きたいと思いました。
お願いだから、人災で未来を奪わないで。