最近朝5:30起きで保育士試験の勉強をしておりまして、
8科目を3年がかりで取る予定でいます。
今年は3科目の予定。

保育原理、社会福祉、児童社会福祉から始めたのですが、
これがかなり面白い。
福祉や社会保障についてあんまり知らなかった・知る機会がなかった私にとって
「なんだ、法律に書いてあるじゃん!」とか
「なんだ、本当はそこ目指したい旨を国も決めてるんじゃないか!」とか
「なんだ、案外セーフティネットあるじゃん日本!」とか
色々気付く機会となりました。

例えば児童福祉法第一章第一条。

「すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない」

そんなのあったりまえだのクラッカーだと言われてしまうかもしれませんが、
法律なんかちっとも勉強したこと無い私にとっては
「ほえー、なんか一応ちゃんと書いてあるじゃん、やってないけど。。」と
とても新鮮な一文でした。
「国が決めたことだしー、拘束力あんまりないしー」と思いがちですが
この国の経済水準を享受するなら負債や義務も甘受する…ものなんでしょ? うん。


まぁいいけど。


で、勉強を進めるうちに「合計特殊出生率」というのが出てきまして、
1人の女性が一生で産む子どもの数を示しているんだそう。
で、今の人口を維持するために必要な合計特殊出生率のことを
「人口置換水準」と呼ぶのだそうです。


で、日本の場合、H22年時点でその数値は2.07人。(国立社会保障・人口問題研究所)


つまり、今と同じ条件で国を運営し続ける場合
女性一人ひとりが2人以上は産まないと、
20年後の税金の払い手がどんどん減って税収も減る訳ですよね。


いやー、自分、何人産むんだろうか。
私自身は2人姉妹だったから、やっぱり2人以上は欲しいけど、
基本1人につき教育費1,000万円かかるしなぁ。
3人とか、かなり大変なんじゃないだろうか。

「結婚しない」という選択をする女性のことも考え合わせ、
更に男性はこの役割を肩代わりすることは全くできないことも鑑み、
子どもを産むと決めた女性が4人だ5人だってな勢いで産まないと、達成できないでしょ?
やっぱり人口は減るだろうなと、ここでやっとメディアで騒がれている事態を実感する訳です。
今まで立ててきた子ども・子育てに関する理念や政策を
「本当に実現する」ことで合計特殊出生率めっちゃ上げるか、
国の運営方針をめっちゃ変えて他からお金たくさん取ってくるか
諸々ばっさり切り捨てたり諦めたりしてちょっと小さな国になるか
しないといけないんだねぇ。。。。




そうやって色々危機感をやっと噛み締めていたら、
それならせめて電車の中で3人の子ども連れて大変そうなパパママに対して
例えおせっかいでも何もせずには居られないような気がしてきましたよ。
(1人でも大変そうなのに!)

バスケットに戻した子猫達が次々に這い出るのを再回収するがごとく
子どもにかかりきりなパパママたちを即サポートできるよう
鞄にぬいぐるみでも仕込んでおくことにしました。
何にしようかな。やっぱりアヒルだな。(常にアヒル推し)
先日の朝日新聞(6/26)に、ネット選挙活動解禁に関する
読者調査結果が出ていた。

ネット選挙活動解禁について、
その一番大きな理由として出ていたのは
「情報格差」で40%。これを挙げる人のうち50%は60代。
続く「なりすまし・中傷」が38%で、その60%は20代女性。

また、その解禁について
「よかった」と答えたのが55%。
「よくなかった」と答えたのが29%。

20代の「よかった」:「よくなかった」割合=78:15に対し、
70代のそれは31:46。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201306260010.html?ref=comkiji_redirect
(閲覧は多分会員のみ)


$なみぶろ


(なんかある意味分かりやすすぎて大丈夫か!と思った)


きっともうこれは他のオピニオン・リーダーな若手の皆さんが
既にたくさん口にされてきたことなのだろうと思うんだけど、

この「情報格差」という表現に
そもそも「?」と思う私。

考えてみれば、今までの状況に「情報格差」があったんじゃないかなぁ、
ネット選挙活動はアファーマティブ・アクションなのではないかと私は思う。


だってそうじゃん、20代は朝早くから夜遅くまで働いて
税金おさめるでしょ?
でも働くから、選挙広報とか演説とか聴けないし。
自由な時間に目に入ってきたり調べられたりしないと、選ぶものも選べない。
私正直、地元の選挙行ったときわかんなかったもん、
各候補者の具体的な主張。
党のに沿ってるんだろうな、くらいで。
私のリサーチ力と熱意が低かったのかもしれないが、これが若者のアベレージだと思う。


一方、街頭演説とかビラとかが手薄になることは
暫くはないんじゃなかろうか。
熱心な有権者が比較的年齢層高めの方々である現状に変わりはないから。


それから、解禁されたからには若手が若手に情報を共有して
どんどん選挙に巻き込んで成果あげないと、
「結局誹謗中傷が盛り上がっただけじゃないか」と
年齢層の高い方々に言われてしまいかねないなぁと危惧する。
(どんなに注意してもネットで中傷事件があったりすることは多分避けられないし、数が少なくても世論は過剰反応するはず。)


一説には、20、30代の9割が投票しないと、その意見が影響力をもてないんだって。
9割だよ。

すでに選挙ボードが貼ってあるのを先日目にして、
ちょっと身が引き締まった私。
これからが大変だ。
6月頭から5:30起きを始め、3週間が経とうとしています。
そろそろ「私ちょっと早起きしてるもんね(ドヤァ)」と言える気がします。
こんなに早いのは新入社員の頃ぶりである。
(あの頃は5時起きで吉祥寺から横浜へ通い、朝一でひとりオフィス掃除をしていた)


■何故早起きするか

そもそも私は「休みの日はいつまででも寝ていたい!!」というタイプで
疲労を貯めまくる怠惰でお布団大好きっ子なのですが、
早起きを始めた理由は
「仕事とだんなの相手以外のための時間を何とか捻出したい」
というのに尽きます。

保育士試験の勉強もしなきゃいけないし、
NPOでのプロジェクトはあるし、
Oarも編集を進めているし、
手紙も書きたいし、文章力が落ちないようブログも書きたい。

でも実際は、起きている時間はほぼ仕事と移動と連絡に充てているし、
だんなくんの話はできるだけ焦らない態度で聞きたい。
(ここで丁寧にできるかどうかで、今後の夫婦仲が決まると思う)


時間がない!(遠い目)


…と嘆いてないで工夫すべきでしょ、と思い、色々調べた結果、
やはり早起きすることにしました。



■で、やってみた

いまのところ17勝2敗です。土日も7時前には起きています。
(2敗はOar編集合宿で夜中まで作業していた日)

で、何となく、早起きのコツが分かってきました。


1. 目覚ましは遠いところに置く
我が家の場合はiPhoneが目覚ましですが、
とにかく起きないと止められないところに置きます。
面倒でもちゃんと起き上がります。


2. 布団は蹴る
目覚ましの音に気付いたら、布団を蹴り上げます。とりゃー!


3. 朝の儀式を決めておく
我が家の場合は、朝コーヒーを手挽きで淹れます。
起きた後のTODOイメージが明確だと、
「まだ寝ていいんじゃね?」という2度寝思考から解放されます。


4. 人を巻き込む
一人の時間が欲しくて始めた早起きですが、
何故かだんなくんがついてきました。
朝定時に起きた方が、彼の療養にも良いようです。
彼の方が早く目が覚めることもあり、早起きを手伝ってくれます。
一緒に頑張れる人がいるのは良いことですね。


5. 記録をつける
カレンダーに起きた時間を2人分毎日つけています。
ちょっと燃えます。(単純)


6. 早く寝る
一番肝心なのは、コレだと思いました…。
1時寝・5時半起きを繰り返していたら、私の場合は倒れました。
逆に11時に寝てしまえば、自然に5時に目が覚めるようになりました。
どうやら夜時間の過ごし方が、朝時間に大きく影響することが分かりました。

またレポートしま~す。




おまけ:だんなくんに聞いてみた。

並木:「とうくん、早起きするコツってありますか?」

だんな:「気合い1:早寝9だね」

最近読んでいるのがアマルティア・センの「アイデンティティと暴力」です。
読みながら、中東やイスラームについての自分の立場の変化を
思い出しました。


「X: 中東って怖い! イスラーム教徒は怖い!」と言われがちなこの世の中に対し、

「A: 中東やイスラームって怖いものなの?」と思ったのが浪人1年目。
「B: 中東は優しい! イスラームは寛容だ!」と主張し始めたのが大学1年目。
「C: 中東にも、イスラーム教徒にも、いろんなのがいるよね。(遠い目)」と言い始めたのが
留学から帰ってきた後、大学4年目のことでした。


中東やイスラームを「危ないもの」として塗り潰す主張Xに対し、
私の過去の主張Bは浅はかだったと思いました。とりあえず熱いけどバカだった。
どうしてかって?
物事を白か黒かで塗り潰す視点において、
XもBも大して変わらないからです。
色が違うだけです。
同じことしてるんだから、BはXのやり方や視点を根本的には否定出来ない訳です。
乗り越えられないんです。


中東に行って、素晴らしいイスラーム教徒やどうしようもないイスラーム教徒を見ました。
日本に暮らす彼らを見ても、やっぱり素晴らしい人もどうしようもない人もいました。
しかし、どうしようもない人はどうしようもない人なりにチャーミングであり、
例えば父であり、息子であり、例えば日本における”ガイジン”として苦労をし、苦悩し、
一生懸命生きていました。輝く瞬間もありました。


そういうのを見たら、
「◎◎は悪い奴だ!」とかいう言葉と同様、
「イスラームは寛容だ!」とか、
「パレスチナ人はいい人だ!」とか、
批判の言葉をまるっきりひっくり返したような言葉は
口が裂けても言えなくなりました。
そんな私の今の立場が、C。
人は、物事は白黒では語れない。色鮮やかでディープで、その時々で色味が変わる。
もちろんその中には、白も黒も含まれているけれども。


思えば、Aの問いを投げかけてからCにたどり着くまで4、5年はかかった訳ですが、
抜本的な変化は現場の1年でもたらされています。
また、これから変わるかもしれません。希望をもったり絶望したりしながら。
しかし現時点の私は、良い言葉でも悪い言葉でも「◯◯は××だ」と言い切る人を見ると、
ちょっと現場に1年いってきなさい、悪いこたぁいわないから、
と説得してあげたくなります。


横浜の駅前でたまに大きな声で演説してる黒服の人達も、
そんなに危機感があるんだったら1年くらい敵情視察に行けばいいじゃないですか。
その勇気と根本を見る問題意識がないから、
酔っぱらって吠え続けているだけなんでしょうけどね、安全なところから。

それと同じことを、
「パレスチナ人はみんな良い人達だ!」と主張する人に対して
思います。昔の私も含めて。


「障害者」も、「パレスチナ人」も、「イスラーム教徒」も、「イスラエル人」も、
100%悪い奴らでも100%すごい人達でもない。
ひとです。不安定で不完全でチャーミングで可能性を秘めている、ひとです。
どうしてそれを、私たちは忘れてしまうんだろう。ね。


@湘南新宿ライン
中央線立川行きに乗っていたら、学校帰りの女子中学生2人の会話が耳に入ってきた。
Aちゃんは、漢字テストの出来を嘆いていた。

A:「漢字テスト、絶対追試だよ…昨日あんまり寝られなかったからな~」
B:「夜更かししたの?」
A:「うちさ、公文やってんじゃん? うちお金あるわけじゃないだろうし、学校の勉強と全然内容合わないから止めたいってお母さんに言ってるんだけど、”合わなくても英語は英語でしょ”って取り合ってくれなくてさ。漢字テストがあるからって、昨日の公文お休みしたんだよ。お母さんに留守電で断りを入れてからね。そしたらさ、夜中12時に叩き起こされて。”漢字テストのために公文休んだったら、寝る間も惜しんで漢字勉強しなさいよ!”って怒られてさ、うち泣きながらやったわけ。もう超眠かったけど、しょーがないからさ。まじ意味不明だし」
B:「ねー。それは最悪だわー」

伝わらない、分かり合えない親子の、この片思いは、なんなんだろう?
きっとお母さんは、子どもに何が何でも教育を受けさせたいんだろう。一生懸命働いてせっかく公文に通わせてるのに、この子なんで分かってくれないの、って、思ってるんだろう。他に感情を吐き出すところが無かったんだろう。
子どもは子どもで自分の意見と意志を持っていて、例えそれが多少社会経験に裏打ちされていなかったとしても、一番責任を負い皺寄せを受けるからこそ大事にしてあげなければならない当事者の声であることには変わりない。

会社も親子もそうだけれど、シニア(年上・上位)は自分が意識しているよりも権力が強い。年下・下位が何かを主張し、説明するのは、とても勇気とエネルギーと技術と経験が要る。お互い不完全な人間だし、色々方針はあるだろうけれど、シニアには最低限それを知っていてもらいたい。そう思う一方、実際の家庭のケースを見ると何をどこから始めたらいいのか分からなくなる。
$なみぶろ


2013年5月25日、150人の方に見届けられながら、
無事に横浜の山下公園で結婚式を挙げました。

「聞いてねぇよ!!」
という方が絶対にいらっしゃると思います…。申し訳ありません!!(土下座)
中華ご馳走させていただくので、横浜・鶴ヶ峰までお越しください。。。




さて、諸々最近の雑感です。

・我々、皆に愛されているなぁと思いました。こんなに迷惑かけまくっているのに。
 ありがたや~。。。。。
・これまで相手の体調や精神衛生を慮って手を付けずにきたことが多くあり、
 ここから本格スタートだなぁと思っています。家計とかお片づけとか。
 とりあえずお金の出納記録法から横についてトレーニングをしようと思っています。
 この時間の投資が将来の自分の手間を省き相手の自尊心を高めるのですが、しかし難しい。
 子育ての一部も、きっとこういうものの積み重ねなのだろう。
 そしてきっと料理に関して、相手も私に同じような苦労を感じているのだろう。
・彼の療養を考えてもう少し安定した仕事を探して転職した方がいいのかな…という想いと、
 自分自身の精神衛生が彼を支えるために優先順位トップでしょ、という想い、それから
 彼は放ってでも自分のプロジェクト一刻も早く済まさないとダメでしょ、という想いが
 最近せめぎ合いを起こしています。
 しかし誰が何と言おうと、自分自身が納得して生きることが一番大事です。悩みます。
・久々にアラビア語漬けになった日があり、語学力の急落を痛感しました。
 発音とガッツは褒めてもらえるので、取り戻すべく個人レッスンを付けようと思いました。
・足下に幾つもの分帰路が見えます。自分の30代が楽しみです。




ブログ、暫くサボると文章を組み立てられなくなるんだな~。
ちょこちょこ更新したい!


今日のBGM:夢見るシャンソン人形 by バカボンヌさん。
先日結婚祝いに駆けつけていただき、CDをいただきました!
一曲目からカッコ良さにノックアウト。
まだ彼らの生演奏の迫力を知らない私、なんと勿体ない。

パレスチナ、中東、紛争、子どもの権利、チャリティ、おせっかい、障害、と自分の興味がバラバラに散っていて、よく「何屋なの?」と訊かれる。悩まされたけど、自分では芯が通っていると思うようになった。「先入観をほどく人」でありたいのだと思う。暫くは、この落とし処に納得して生きてみて良いと思っている。

「パレスチナって危ない」

「中東は怖いところ」

「◯◯人は怖い」

「子どもは未熟」

「チャリティは”可哀想な人を助ける”行為」

「声かけたら、きっと迷惑になる」

「障害者は”弱くて可哀想”な人」

そういう一つ一つの声を聴いて悔しいと思う原点には、自分自身が先入観で苦しめられたり、恥ずかしい思いをした体験が刺さってる。原点を正視すると痛いのだけれど、何故か時々そうすることを止められないのは、自分がドSでドMだからなのだと思う。



今こうやって、「先入観」をキーワードに気の向くままつまみ食いをしているけれど、近い将来に選択肢を突きつけられて、どれかに特化する道を選ぶ機会が来るような気がしている。今年でもう29だもんね。30代の自分がとても楽しみ。
横浜駅西口の前では、たまに拡声器で何か叫んでる勇ましい感じの黒いおっさんがいます。
朝鮮民族は帰れとか、在日特権が何だとか、
そういうことをまき散らしていらっしゃいます。

以前、◯×◯現党の看板立てた大学生くらいの若い女の子が
「このままでは、日本は中国に侵略されてしまいます!」
と必死の形相で叫んでいたのも横浜駅西口です。
あれを見たときは正直「日本すごいなー!」と思いました。
そうかー。侵略されるかー。
政権も国民も経済界も文化も、外交に失敗しているんだね。

私のだんなくんは在日中国人であるため、
駅前を通ってこういう言葉のシャワーを浴びる度に、
毛が逆立っているような雰囲気を醸しています。
ですが最近は悟りを開いたらしく、爽やかな笑顔でこう言いました。

「こう考えることにしたんだ!
 あの人たちはね、
 労働の合間の貴重な土日をつぶして、大衆の目にさらされながら、
 日本には言論の自由があることを、身を以て証明しているんだよ。
 献身的な人たちなんだ。
 中国であんなことしたら、取っ捕まるからね!」



……うむ、良いのではないでしょうか!
日本はすごい国なのです。



話は変わり、私は本日「マガ9学校」なるものに参加してまいりました。
私のボスである伊勢崎先生とそのゼミ生達に誘われて行ったのですが、
先生と、池田香代子さんの対談で面白い問題提起がされていました。


池田さん:「ドイツでヘイト・スピーチすると、反ナチス法で逮捕されるんですよ。
  言論の自由が一部制限されているんです」

先生:「その制限は、日本に導入できる?
  平和共存のために言論の自由に足かせをすることは、どう考えたらいいんでしょうか」



ヘイト・スピーチ。
つまり、◯◯人は劣っているとか、出て行けとか、死ねとか、
ドイツの場合はナチスの主張に戻れとか、
そういったことを口に出す事です。
社会の中の、特定の構成員を嫌いである、憎いという感情を、露に表現することです。


新大久保でたまに起こる右翼のデモなんかでも、
たまに「朝鮮人は死ね」とかいう過激な言葉が出るようです。
その言葉が周りをドン引きさせることに本人達が気付いているかどうかは分かりませんが、
そういったデモも、特に制限されていないのが日本の現状です。
ドイツは欧州で生き延びるためとはいえ、思い切ったことをしたものです。


過激な言葉の翼に乗った感情は、
相手側の感情も煽り、火をつけます。
時に、自分たちのコミュニティにいる人たちの気持ちも煽ります。
人の気持ちが煽られれば、世論に支えられる政府も、
衝突を避ける外交を展開しにくくなります。


平和、共存、ということを重視するならば、
確かにヘイト・スピーチは無い方がいいのです。
一方、強制的に無くす、法律で禁止する、ということは、
言論の自由を制限することでもあります。

でも、国家権力に「言論の自由の制限権」を与えるということは、
他のスピーチに関しても未来のどこかで制限させてしまうかもしれない、ということです。



自分の言葉に翼が生え、人として同じように生きるどこかの誰かを傷つけていること、
巡り巡って自分の大切な人たちを傷つけるかもしれないことを想像できないような
無責任な人は、是非とも減ってほしいと思いますが、


言論の自由に足かせをはめることも、私は嫌です。
未来の政府を信用していません。
次から次へと、制限をかけてくるかもしれない。
権力とは、そういうものです。




難しい問い。
平和共存のために言論の自由に足かせをすること。
平和・共存は、個人の権利を制限するに値する価値をもつだろうか。
ちょっとドイツの例を勉強してみたいと思った、春の一日でした。

今は大親友となった某イタリア人のお姉さん夫婦が、
日本にやってきたときのことを思い出しました。



ウェーブのかかった黒髪、日焼けした肌のラテンなお姉さんと、
ジャン・レノに激似なのにちょっと抜けた感じのだんなさん。

私たち二人と、お姉さん夫婦一緒に、京都へ観光に行きました。



何線だったか忘れましたが、地元の人も乗る電車に乗って、移動していたときのこと。
座っていたお姉さん夫婦の前に、ふと年配の男性が現れました。

私から見ると、「おじさん」と「おじいさん」の間の方でした。
すると、お姉さん夫婦は笑顔で、その方に席を譲ったのです。

男性も笑顔で席に座りました。
日本語を話さないイタリア人夫婦と、車内の日本人の間に、
なんだか温かいものが交わされたのを見た気がしました。




今、思います。
言葉は分からなくても、たとえ風のように走り去る観光客でも、
あの夫婦は自分の判断で人に働きかけ、

その結果、刹那的だったとしても京都に「自分の痕」を、
自分が結ばれた小さな人の輪を残していたなぁ、と。




年齢とか、言葉とか、そういったものを悩み抜かなくても、
「おせっかい」は気軽に実行していいのではないかと思いました。
どう転ぶか分からないけれど、その時はその時。
自らほんの少し働きかけてみることから、自分の場所ができるのかもしれません。
68年前、一人の女性が空襲の中で機転を利かせなかったら、
私は多分この世にいませんでした。


父方の祖母は、68年前の今日、足立区に住んでいました。
1945年3月10日のことだと思うのですが、東京大空襲があったとき、
足立区も焼け野原になったと聞いています。


暗闇の中で焼け出された人たちは、一斉に荒川や隅田川に向かって飛び込んだのだそうです。
私のおばあちゃん、当時は今の私よりずっと若かった彼女は、
後輩の女の子達を連れて、必死で皆と反対方向、千葉の方面へ逃げました。
皆と逆の方向です。何か、感じるものがあったのでしょうか。

千葉の知り合いの家に着いて休ませてもらい、おにぎりを食べさせてもらって、
翌日、東京へ戻ったのだそうです。
川へ逃げ込んだ人たちには、凍死・溺死した人が多くいました。



いつだったか、その時のことを少しだけ話してくれた祖母が口にした言葉が、
私の胸にずっと残っています。




「道を歩くと、人がみんな焼けててねぇ、みんなチョコレート色なの。
 あれを見たらねぇ、おばあちゃん、もう何も怖くなくなっちゃったヨ 笑」





そういってカラカラと笑う祖母。
彼女はその後も、沢山の、本当に沢山の苦労をして家族を守ってきたはずですが、
怖い思いをしたときはいつも、遥かに怖い「あれ」を思い出していたのでしょうか。





飛び散る焼夷弾に体を貫かれて燃え上がり、
ガソリンの詰まったナパーム弾に巻き込まれたりした人達、
川を遺体が累々と流れていく光景、昨日までの町が嘘のような黒い炭の焼け野原、



私が幾ら想像を巡らせても
モノクロームの絵物語でしかないその風景、その心地を、
頭と体の中に保存し続けてきた彼女も、もう90歳を超えています。



たまに会いにいき、浮腫んだ彼女の手を握るたび、
「おばあちゃんの見たものをデータとして私に移せたらどんなにいいだろう」
と、無茶なことを思うのです。
私たちは、どんどん忘れていってしまうから。
政治の失敗、偉い人の指図ひとつで、いとも簡単に人間が炭になる悲劇のことを。