モコバスで行く茨城県道46号線「下川岸の渡し」跡・・・(1)/過去記事更新版 | ゆるポタで心リセット“おれ野_お散歩日記”by_✡CAMMIYA…ちょいマニアックで開運

モコバスで行く茨城県道46号線「下川岸の渡し」跡・・・(1)/過去記事更新版

街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-守谷r46終点

今回は、地図中の位置を目指します。。。
(茨城県龍ヶ崎土木事務所管内図に本ブログ管理者が加筆)

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守谷市営モコバス「大野小学校前」停留所/茨城県守谷市野木崎・・・↓地図中

(本ブログ管理者2010.1.18撮影)
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■本ブログ内関連記事/モコバスで行く茨城県道46号線「下川岸の渡し」跡・・・(1)

■本ブログ内関連記事/モコバスで行く茨城県道46号線「下川岸の渡し」跡・・・(2)
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道幅5.5mの道を進んでいきます・・・・・(↑地図中の位置)
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ちょこっと奥へ進んだところで、

道路右側に何やら怪しげな黄色い杭を発見。。。。。(↑地図中の位置)
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どうやら「1キロポスト」のようです・・・・(『1A』の「A」って、何の意味なのでしょう?)

県道46号線(茨城県管理区間)の起点より、1kmの地点を現地表示する杭です★♪
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明治乳業の工場前まで来て、振り返り撮影してみました。。。。。(↑地図中の位置)

後方に、スタジイを主とした照葉樹で構成された斜面林が台地縁に続いていて、

台地下の低地(明治乳業側)には田園地帯が広がっている様子を写しています・・・・・・
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利根川の土手に突き当たって、県道46号線は千葉県側に向かって途切れています。

ちょっこと古めの側溝の蓋に「茨城県」の『茨』の字が彫られていましたので、

ここまでは「確実に(?)」県道の指定になっていることがわかります。。。。。
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ですが、、、

残念ながら「起点標(0キロポスト)」の類は見当たりませんでした。

(写真左=電柱横は国交省の「河川境界杭」、右=制御版BOX横に意味不明の太石杭)

恐らく(もし0キロポストを置くのならば・・・・・)、

アスファルト舗装の切れ目が「県道46号(茨城県側)起点」に相当するものと思われます。
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街や交通網の盛衰を記録する....警「美」報 告 書 ☆彡   ▼CAMMIYA-守谷r46終点

堤防手前が端点として描かれている茨城県龍ヶ崎土木事務所発行の公式管内図

河川敷内における「県道」の扱いについて、、、、、

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堤防上より千葉県柏市船戸(県道46号の千葉県側分断点)を眺める・・・

下川岸の渡し跡

(茨城県守谷市野木崎下川岸・・・本ブログ管理者2010.1.18撮影)

鬼怒川・利根川の舟運により、早くから交通の要所として繁栄し、水茶屋が建ち並び

文化交流の拠点になっていたそうだ。。。。。

大正2年の鉄道運行までは大変な賑わいであったそうだが、現在では、

当時の賑わいを想像させる建造物や史跡などは残っていない。

(現在6戸の家屋が残っているのみ)

【出典】

□外部リンク/国土交通省資料(1)

□外部リンク/国土交通省資料(2)

昔、船着場で栄えた野木崎の河岸を「下の河岸」といいます。

明治23年(1890)に

利根運河が開通してから「下の河岸」は一層栄えました。

明治10年(1877)頃から船運が飛躍的に発展して、

脚光を浴びたのは「通運丸」です。

大きさは、長さ21メートル、幅3メートル、

深さ13メートル、20馬力の蒸気機関をつけ、

船の両腹の巨大な水車を、まきを燃料として回し、

時速は12キロだったそうです。。。。。
鉄道の普及によって、大正8年(1919)頃、姿を消しました・・・

【出典】

□外部リンク/守谷市役所HP「守谷の文化財 刊行物」

□外部リンク/守谷市役所の広報より、、、
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県道46号千葉県側の末端部/千葉県柏市船戸(↑地図中の位置)

千葉県側の様子、、、、、

■本ブログ内関連記事/千葉県柏市の利根川河川敷に消える県道46号編
■本ブログ内関連記事/千葉県道46号(柏市船戸)再踏査編

千葉県道・茨城県道46号野田牛久線

(ちばけんどう・いばらきけんどう46ごうのだうしくせん)は、

千葉県野田市野田の「野田市下町」交差点を起点とし、

茨城県牛久市田宮町の「田宮(たぐう)」交差点を終点とする主要地方道。

机上では1本の連続した道路だが、県境の利根川付近には道路がない

つくばエクスプレスに並行して整備されるいわゆる都市軸道路の一部

(柏市小青田~つくばみらい市陽光台)が、野田牛久線として整備されている。

このうち利根川橋梁と小貝川橋梁は鉄道と道路が橋脚を共有することとなる。

(利根川橋梁の「車道」が開通すれば、今回記事にて紹介区間は、いずれ廃止?)

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