昨日、僕が運転する車で当社のホールディングスの社長と役員と一緒に接客の案件で新杉田の商品センターに向かった際の話です。
ホールディングスの社長は僕が25才の時にお世話になったパソコンソフトの卸の社長でして、車で移動する時などは当時の時の話に花が咲きます。(とはいえ当時はぼくは1社員の営業なので立場は全く違う状況ですが…。)
その会社に入社する前は21才の時から4年間パソコンショップのチェーン店で仕事をしていました。
今やパソコンは家電量販やメーカーの通販で手軽に購入できるものですが、26〜27年前ぐらいはパソコン本体とモニターとプリンターと周辺機器をいくつか揃えるとワンセットで50万円ぐらいする時代でして、パソコンショップと呼ばれるお店でNECのPC9801とよばれる当時の人気機種のシリーズを販売していました。
当時は今よりもさらに生意気でおそらく周りの人たちにも相当迷惑をかけながら根拠のない自信だけで背伸びをして、23才ぐらいの時から小さい店舗の店長を任せてもらったりしていました。
日本国内はPC98などのMS-DOSと呼ばれる言語を使う機種が全盛の中で、僕はたまたま新規事業的に取り扱いはじめたappleのMacintoshを専門で扱うチームに配属になり、池袋の店舗を任せれることになりました。それも23才から24才ぐらいの頃です。
Macintoshといっても、今のようなiPhoneやMacBookなどではなく、デザイナーを中心に音楽関係や病院関係の方などかなりマニアックなカテゴリーで商売をしていた時代です。それでも当時の僕にとってはすべてが斬新で楽しい仕事でした。
本体やモニターなどワンセットで販売して50万円ぐらい。さらにイラストレーターやフォトショップなどもセットで販売すればたちまち100万円ぐらいの販売価格になる時代です。今思えば二十歳そこそこの若造が販売するにはかなりハードルが高い仕事でしたが、その頃は無我夢中で当時販売していたMac対応のソフトウエアのほとんどのタイトルの特性の説明からメモリの取り付けや修理まで自分である程度できるぐらいの知識と技術は持っていたような記憶があります。
特にメモリの取り付けに関しては店舗のサービスで行なっていました。
お店が閉店して残務処理を行なってからがメモリの取り付けの時間です。毎日平均で10台前後の受注を受けていましたので、Macintosh本体のカバーを開けてメモリを入れ替える作業は日常のルーティーンの仕事です。
それ以上に修理に関しても本来は専門の業者に出さなければならないのですが、当時のMacintoshは現在ほど環境が整備されていたわけでもなく、仲のよい常連さんあたりから調子の悪い本体を持ち込まれると自身で修理したりしたものでした。
当時のMacは本体の調子が悪くなると「爆弾マーク」や「泣いた顔のMacのイラスト(sad mac)」のアイコンが表示されます。
このアイコンがでるとほぼ使用は諦めるぐらい末期の状態です。
そのころの自分はそこからが本番で、本体を解体して部品を掃除したり、メモリを交換したり、ソフトから起動していろいろいじったりして、全てが成功した記憶ではありませんが、2〜3時間ぐらい夢中になって本体と向き合って、あらためて起動した時は本当に嬉しかったものです。
そういう昔の記憶の引き出しを開くような話を新杉田の倉庫に向かう車の中でしていた時に、あの頃の熱量はいったいなんだったんだろうと考えてしましました。
1台のトラブルのパソコン本体を修理するために2〜3時間もかける熱量と余裕がどこにあったのかなとあらためて考えました。
当時もおそらくそれなりに忙しかったと思うのですが、ひとつの出来事に集中して夢中になれる時間というものをしばらく忘れていた気がします。
今は来客や事業の打ち合わせなどで最低でも1日4件〜8件ぐらいのミーティングが入ります。
ひとつのミーティングが1時間と考えれば1日の半分以上はミーティングで終わってしまいます。
その合間に社内の報告が入り、自分の席に座る時間は1日の中でもほとんどありません。
やっと座れてメールの対応をしていても継続的に報告などで声をかけられるので、この数年は自分自身の仕事に夢中になって向かう時間はほぼほぼ持てていないことに改めて気づきました。
僕の周りにはクリエイティブな仕事などを行う友人や知人もたくさんいます。
時に自分自身で携わりたい仕事もありますが、やはり熱中する時間が取れずに入口から断念することばかりです。
あらためて当時の自分はどうしてあんなにひとつのことに熱中して夢中になれたのか今も答えを見つけ出せない感じもあります。
おそらくその熱量や夢中になれることを僕の周りにいるスタッフたちが代弁してくれているかもしれません。
今は通常業務の時間以外に何かに熱中する時間は残業に接触しなかなか自由に与えることもできなくなりました。
ワークバランスとモチベーションというバランスの取り方自体が時代が変わってしまったかもしれません。
ただ自身の経験値というのは「血」ようなものですので、やはり若い時からいろいろ体験できてよかったと思っています。
昭和から令和に代わり、遠い目をして昔を振り返るような話を書いてしまいました。













