海パンラン☆LSD~江ノ島へ
ここのところ膝の違和感も出ず5kmぐらいなら走れていたので
昨日は江ノ島までの40km以上をLSDで走るというごくうさん の
応援の意味も含め、自分の足の状態を確かめることもあり
戸塚~江ノ島までのLSDをしました![]()
戸塚駅8時30分過ぎに出発
前から一度やりたかった江ノ島までのLSD後に
海に入るため、この日は海パンを履いて走りましたが
全然違和感無し?
江ノ島~江ノ島水族館前でフィニッシュ
15km 1時間51分 km/7分20秒のLSDでした
ペースが遅かったこともあり膝には違和感が出ずに
一安心![]()
しかし昨日は雲一つない青空の下のラン
40km以上走ってくるというごくうさんが心配です
水族館の前ではいくつかのグループがフラダンスを披露
これは子供達のグループでしたが、真夏の雰囲気を更に
盛り上げてくれて、とっても可愛かったです![]()
その後は海の家に荷物を預け裸足で砂浜をジョグ
2km 18分14秒
砂浜を裸足で走るのって、思った以上に負荷がかかりますね
シューズを履いているよりも指先をしっかり使っている
感覚がありました
そう言えば一日違いで土曜日だったらここに、姫さん&猫ひろしさん
お会い出来ずに残念(ノ_-。)
その後波打ち際でクールダウン
思っていたより海水は温かかったです
しかし江ノ島で海に入ったのっていつ以来だろう
恐らく高校卒業後の19歳の時以来なので
実に29年ぶり???
私の知っていた夏の江ノ島とは全く様子が
変わっていました。
30年前の江ノ島は今よりも全国的な認知度は
低かったと思います
海の家も個人の出展が殆どで、その中に江ノ島
近くに住む高校の悪友の家が射的場を出していました
高校の時の夏休みの暇な時は、よくここに遊びに来ていました
そう言えば今のカミサンと知り合ったのも、私が19歳、
カミサンさんが18歳の真夏の江ノ島・西浜でした![]()
今の江ノ島の海の家は企業が大型の海の家を展開している
印象を受けました
また浜の端にはステージがあり、DJの人がアップテンポな
乗りのいい曲を大音量で流していました![]()
ステージの前では若者が踊っています
パラパラ?ラップ?
おっさんにはよくわかりません
しかし今の若い人は発育がよろしいいと言うか、水着が小さ過ぎ
というか、おやじも目のやり場に困ります(*゚.゚)ゞ
(ミラータイプのサングラスしてて良かった)
暫くするとごくうさんから、「無事に江ノ島に着いたどぉー」
のメールあり
合流してから私はシャワーを浴びて着替え、二人で
生しらす丼&刺身(本マグロ)を美味しく頂きました
(土曜日にチェリーさんが寄った店と同じ?)
乗ったのは始めてかも
向かうは稲村ガ崎です
アメブロランナーさん達を待ちます
程なくして皆さんは現れましたが、もうヘロヘロになって登場
すると思いきや、しっかり買出ししてビール・つまみ等を持参で
嬉しそうな笑顔で登場しました
写真で見える公園の下のの岩場の所に陣取り、
まずはビールで乾杯![]()
![]()
YAMAYAさん、アーチさん、ジュンペーさん、るーさん
mioさん、YAMAちゃんの友達ヨーコさん
(YAMAちゃんは自身のブログでも顔出ししているのでv(^-^)v
見てくださいこの嬉しそうな顔、まるで子供にかえったみたい![]()
皆さんはその後は海へ![]()
私は一度江ノ島で海に入りシャワーも浴び着替えていたので
この時は海には入りませんでしたが、次回はぜひトレラン&海へ
ドボンコースでまた湘南を訪れたいと思いました
しかし皆さん童心にかえったように本当に楽しそうに
海と戯れていましたよ~
昨日はLSDで膝の状態も確認できたし、ごくうさんも
無事に江ノ島まで走れたし、トレラン組みの皆さんとも
お会い出来てとても有意義な一日を過ごせました![]()
やっぱり夏っていいですね![]()
1983年 富士フレッシュマンレース第3戦
レースをやっていて何が一番楽しいか、どんな瞬間に
魅力を感じるかと聞かれれば、スタート前のダミーグリッドに
着いた時からタートし1コーナーを抜ける瞬間まで
と答えると思う。
ダミーグリッドへは弱小プライベートチームながら
応援してくれる友人が一緒に車を押してくれている
スタート3分前が表示されると、ピットクルーはコースの
外に出なくてはならない
次第に緊張感が増してくるが、ここからは誰にも頼ることが
出来ない自分だけの戦いが始まる
3分前 ピットクルーコース外へ・・・
1分前 エンジンスタート 緊張感が高まる・・・
シグナルがグリーンに変わりスタート![]()
うまくクラッチミートが出来、ホイルスピンを起こすことも無く
車は順調に加速する
富士のコースは1コーナーまでが割りと距離があるので、
ポールポジションとは言え、スタートをミスると
簡単に後続車に吸収されてしまう
レコードラインよりややインコースよりのラインをとり
グレーキングをギリギリまで遅らせて
、何とか1コーナーをトップで通過
しかしレースカーとは言え、改造範囲の殆どない
同一車種によるイコールコンディションの車では
後続をぶっちぎる事は出来ない
100R、ヘアピン、300R、最終コーナーと後ろの
車が左右に進路を変え、虎視眈々と狙ってくる
ストレートに戻ってくると、2番手の車が私のスリップ
に着こうとするが、私も進路を変え逃げる
オープニングラップは何とかトップで帰ってこれたが、
後続の車がすぐ後ろから数台迫ってくる
2番手がFさん、3番手が長野の暴れん坊土屋圭市だ![]()
3周目か4周目だったと思うが、最終コーナーで土屋圭市が
私のスリップに入ってきた
進路を変えて逃げたいところだが、最終コーナーの脱出速度が
明らかに土屋選手の方が高い
ストレートを半分きた所でスリップから抜けた土屋選手に
抜かされた
私も直ぐにスリップに入り後を追うが、明らかに相手の
方の速度が速く追い越すことは出来ない
1コーナーでのブレーキング競争で勝負だ
このレースで使ってい車両は改造範囲が狭く、
ノーマルに毛が生えた程度の馬力しかない
このレースカーを速く走らせる為には、スムーズな
グリップ走行が要求される
1コーナーへは土屋選手の真後ろで侵入
しかしコーナーの奥で一瞬土屋選手の車が
横を向きかけた、私は一瞬
「オーバースピードで入りスピンするぞ
」
と思った
私はアクセルを少しだけ緩め、前の車がスピンした時に
備え回避行動の準備をした
その瞬間後続の車2台に抜かれてしまい、土屋選手の
車は何事も無かったように立ち上がって
加速を始めている・・・
「あれは故意に車をドリフトさせたのか・・・・」
今でこそD1グランプリが盛んで、車を敢えてドリフトさせて
コーナーを攻めるのが流行っているが、何せ26年前は
ドリフトはダートかラリーの世界での話しだった
土屋選手はこの頃からコーナーの侵入で、故意にリアーを
ドリフトさせてコーナーを抜けていくテクニックを
持っていたようだ
一気に4番手まで落ちたが、トップとの差はまだ僅か
スリップを使えばまだまだトップに返り咲くチャンスは
充分に残っている
後は各周回毎にお互いがスリップを使いあいトップ
グループを形成しているが、どうやら5台に絞られた
ようだ
トップはピット寄りを走っている土屋選手
2番手はその隣、黒い車のFさん
そしてFさんのスリップに入っているのが、おやじランナーだ
これは9周目あたりの最終コーナー出口だと思う
トップ争いは完全にこの5台に絞られた
しかしどの車もこの集団から抜け出し独走
というわけいにはいかない
勝負は最終周のヘアピンを立ち上がってからだ
私は前の車を敢えて追い越す事はせずに、最終コーナーを
スリップに入った状態で立ち上がり、ストレートで
前に出て順位を上げる作戦を考えた
最後は先頭の5台が並ぶようにしてフィニッシュラインを駆け抜け
チェッカーを受けた![]()
結果は・・・・
今でもJAFの公式サイトにその時の結果が残っている
1位土屋選手
2位Fさん
3位 Kさん
4位おやじランナー
富士のフレッシュマンシリーズの中でも、まれにみる
激戦でほぼ同時に5台が横一線でフィニッシュラインを
抜け、公式タイムはなんと同タイムである
こうして私の富士フレッシュマンシリーズへの参戦は
幕を閉じたのである
その時にもらった楯はは今でも大事に取ってあり
、若い時のいい思い出として残っている
ここで使った写真は東京在住の安川肇さんという
人が撮ってくれた写真である
この方は完全なアマチュアカメラマンなのだが、
1960年代から富士スピードウェイにレースがあるたびに
実に40年以上にわたり通い多くの写真を趣味で
撮ってきた方である
私はこの方の存在を知らなかったが、ここ10年ぐらいで
知り合いになった車の仲間が、レースの年月日、
ゼッケンナンバーから割り出し、私の映っている
写真を注文し、私にプレゼントしてくれたのである
20年の歳月を経て、自分がレースをしていた時の
写真が手に入るとは夢にも思っていなかったが、
安川さんにも友人にも感謝してもしきれない
ほどの気持ちでいっぱいで、
とても嬉しかったものである
写真を安川さんに注文した時は、もう20年前の
レースなのに安川さんもこのレースの事を
はっきりと覚えていたという
私は1983年でこのレースを止めてしまったが、
翌年の1984年の富士フレッシュマンシリーズ
第3戦のプログラムの表紙にこのレースの
写真が使われていた
2番手 Fさん
3番手 土屋圭市
おやじランナー22歳の時に
『輝いていた一瞬
』の写真である
そしてこのレースから20年後、私も40歳を越え
少し余裕が出てきた時に、昔を懐かしんでまた
スターレットのKP61が欲しくなり購入した
そして懐かしい富士スピードウェイを走ってきた
コースは改修されていて一部は昔と違っていたが、
富士は富士だった
とても懐かしかった
出た時の写真である
おやじランナーまだ髭が無いし太っている(*^.^*)
2日連続でカテゴリー違いの記事にお付き合い
頂き、ありがとうございました![]()





















