母から贈り物が 笑
母から贈り物が会社に届いた。
私は、ブランド物に全く興味がないし、外見を取り繕うことに全く興味がないので
服を買うことがない。おしゃれに興味がない。
捕まらん程度に体の各部が隠れていればいい。
そういう観点からいくと
冬は一杯服を着ないといけないから、面倒臭い。重いし。
シンガポールはその点、年中南国だから、私にとっては最高だな。
だから、いつも、両親から
「ちゃんとしたかっこしないさい」といわれる 笑
今回は、4月10日の誕生日プレゼントとして、ワイシャツとTシャツが届いた。
ありがたい。
母親は、私の周りの人が知る人ぞ知る、強烈なおかんだった。
なんかわるいことしたとき、いいわけをいう前に、北斗の拳のケンシロウより早く
鉄拳が飛んできた。だから、今でも言い訳をいわない人間になったような 笑
こんなエピソードがある。
小学生のころ、私は、よくけんかをしていた。今は、けんかごときで、ごちゃごちゃいうモンスターペアレントが
いるから驚きだ。
ある日、家で夜ご飯を食べていると
ピンポンと家ベルがなる。
昼間喧嘩した子供と母親が、クレームを言いに来た。
すると、俺のおかんは、玄関先で、私を座らせ
「本当にできの悪い子ですみません・・・・・」と泣きながら相手に謝りまくる。
そして、その親子が帰った後
「こら、力、あのガキ、告げ口できんぐらい、しばいたれ、おまえのけんかで、何回、泣かなあかんねん。」
と。笑
そう、おかんはこういうとき、亡き藤山寛美ばりの演技者だった。
いじめでないかぎり、同等の喧嘩ぐらい、ガキの時代はする。そうやって、成長する。それに、親が出てくるとは
何事ぞって感じやろう。
もっと、すばらしく、えげつないエピソードがあるのだが、このブログは母親も見ているので、後でクレームが来るのでやめておこう。
モンスターぺレント対おかん対決がみたいな~ 笑
魚の入国審査
日本もさることながら、シンガポールでも原発による風評被害がひどい。
そらそうやな。しゃあない。
俺だって、チェルノブイリ原発事故の時、ロシア産の何かをわざと食べようと思わへんからな。
が、シンガポールは、輸入で成り立っている国。審査も厳しい。
毎週魚を送っているが、ものすごく、審査が厳しい。
現在、店に並んでいる魚達は、ちゃんと検査通過したものだから大丈夫です。!
いや~ 天災にはなすすべがないな。
しかし、いろんな災難が続く。
でも、なんとかなる。生きてりゃな。
シンガポールへ
今日は今からシンガポールだ。
大震災前日に開店した。
こんな状況ということで、ブログにはあんまり触れなかった。
魚がずらっと並んだカウンター
日本でも少ないと思う
間違いなく、シンガポール一魚が並んでいる
天井には、ミラーがはってあり、それぞれの柱は
店内から見たテラス席。
テラス席。左横に見えるのがシンガポールリバー
何故か隣のワインバーの女の子達
何故か、慕ってくれている。
気持ちだけでは人は助けられん!
人助けには金がいる。今回物資もっていくにしても、レンタカー代やらガソリン代、物資購入代など金がいる。
今後、被災地を救うためには、たくさんの資金がいる。
俺も被災した時、国から家立て直すのに、助成金をもらった。正直うれしいよ。
阪神大震災よりも、巨大なエリアでの被災。もっと金がいる。
だから、もっと今こそ経済活動をするべきだ。
自粛だといって、何もしないとか変や。
中途半端におにぎり買って家で自粛するんやったら、被災地にボランティアいくか、それか、めっちゃ働いて
金稼ぐ。どっちかにしてほしいな。
1昨日、友だちとある店で外食していたら、こんなやりとりがあった。
「今、騒ぐときじゃないよね。被災者のことどう思ってんの」とある客
が、ちょっとまてよ、陰気に二人で飯食って、合計5000円
が、騒いで飯くってる客、11000円!
そっちのほうがよっぽど、貢献してると思うよ。
(あくまで例です。おなかが一杯やっただけかもしれません。)
文句いうんやったら、被災地いって完璧にボランティアするか、経済活動活性化に加担するか、どっちにかにしたらええ。
中途半端が一番あかん。
大きなことをやるには、大局観でものごとみないと。
日本のあらゆる会社は、㈱日本という大きな会社の一部署でしかない。今㈱日本は、大きな投資というか、お金を投下しないといけない。それは、被災地復興のための莫大な資金だ。そう考えると、一部署達が一杯稼がな、投下することすら
できない。
これを考えれば、簡単で、もっと、助かった人が金使うなり、働いたりせな、いつまでたっても、復興なんて
できないと思う。
石巻の水産会社もいってた。
「復興してから、一杯魚売れる市場をアジアに開拓して下さいね」と
これが命助かった後の本音やと思う。復興しても、低迷したマーケットであれば・・・・。
これはあくまで私の意見ですが。まあ、まずは気持ちあって、次のステージというかなんというか。
生命のエネルギー
人の生死は、天によるもの、人の力ではどうすることもできない。
が、天によって残された人は、その意味を考え、そして、その天命を受け
魂を燃やし、それを生命力というエネルギーに変え、それを結集させた時
日本のこの惨劇を克服できる。
http://www.youtube.com/watch?v=Or9eH_eY594
祈り
http://www.youtube.com/watch?v=-fissRZIw4c
生命力
被災地へ物資輸送8
人の生死は、天によるもの。人の力ではどうすることもできないのか。
以下、福島県 原釜の写真
セリ場の前の漁船が魚を下ろす場所。
ダンプカーほどのコンクリートの塊が
原釜漁港すぐ近くにある松川湾
車の中から、道路に打ち上げられた船を
陥没し、そして、その上を津波が家をさらった
被災地へ物資輸送7
とてもとても短い2日間、そして、たったの2か所しかいけなかったが、二人の心の中は空っぽだ。
「なあ、ひろ、背負わなあかんもん、やらなかんこと一杯増えたな~」と私
「そうですね。」と
このブログに、八巻さんとの思い出のやり取りを、残します。江嶋はE 八巻社長はY(敬称略)
はじめて、会ったとき
「社長、めっちゃグシケンヨウコウに似てますね。ちょっちね~って言って下さいよ」E
「そんな似てるか、笑」
セリ場で、セリ人に私が怒られた時
「気にせんとって、気があらいだけやから。でもあんまり、セリ中に入っていったらあかんで」Y
「すんません~」E
セリ場で社長とセリ前に並べられた魚達を目の前に
「江嶋さん、今日は、どれ買おか」Y
「これとこれいいですね~」E
「こんなもん、買うんか。」Y
「これが、受けるんですよ」E
「なるほどね。ここにいるとわからんな~」Y
セリ場で
「八巻さん、これいくらぐらいで落ちますかね~僕は、㌔800円ぐらいかなっと」E
「そうやな、いいとこつくね、そしたら、750円でセリ札いれよっか」Y
セリ後、魚を詰め合わせすることろで
「おーい、これ全部持って帰るんか~?」Y
「もちろん、車の運転には自信がありますからね」E
「気をつけろよ、もしまだ乗るようであれば、これもってけよ。こっちでよく食べるサメのハラモや」Y
セリ後、魚を詰め合わせるところで
「こんな生きた魚一杯持って帰るんか。」Y
「はい、小さいほど、よく生きて買えるし、店舗内の水槽でお客様が見てくれますから」
「なるほどね~」
こんなやり取りがこの5年間たくさん。
有限会社 八巻水産 代表取締役 八巻正人様
5年間、魚のこと一杯教えてくれてありがとう。
そしてさようなら。
天でゆっくりして下さい。
そして、私のすること、そして弊社の社員を天からお守り下さい。
帰路、社員と車の中で沈黙状態が続く。
被災地へ物資輸送6
その3人に方が乗る車に、誘導され、奥さんが工場の片づけをしているところに向かう。
車を止め、奥さんに会う
かける言葉がなく、
抱き合う。
「もう、流す涙は無くなりました。とりあえず今できることをやるしかありません。いつから再開できるのか
そして再開するのか今は何もわかりません。」と
周りには、陸上にあるはずのない漁船が横たわっている。そんな状況の中、そらそうや。
「こんなことしかできませんが、受け取って下さい。」と私。
そして周りには、従業員さんたちもいた。
その中に、いつも私を「おっ 東京のプリンス来たか。おばちゃんが珈琲いれたるわ」といつも孫のように
戯れてくれたおばんちゃんもそばにいた。
「遠いとこ、よう来てくれたね。ありがとう」とおばちゃん。
こんなときにでも、自分のことより、我々のことを心配してくれる奥ゆかき心。
その後、原発の話や、風評被害のことなど、いろいろ話をする。
「奥さん、また電話するね。がんばってね。」と私。
それぐらいの言葉しかでない。そして、原釜を後にする。
次は、小名浜や。が、ガソリンが足りない。くそ~。どうしようもない。
午後2時、東京に向かう。後ろに一杯あった、物資は、今の惨状からいうと、微々たるもんだが、社員を始めとした、みんなの愛が詰まったもんは、空っぽになった。
ただ、一つだけ、物資として買っていった、赤いドンベイだけを一つ持ち帰る。
亡き、お世話になった八巻社長のご冥福を祈りながら、兄の仏壇に置きたくなった。なんでかわからんけど。










































