「持っているとすれば、まぁ「夢」くらいであろうか。いずれにしろ、「夢」は、賭けなければ当たらないし、「夢」へのチケットは買わなければ到達出来ない。 それは自明の理である。」

東国原英夫さんの日記にあった一文ですが、ハイその通りです。夢を持っていても何もしなければまず何も起こりません。みんな大なり小なり持ってるとは思いますが、それを叶えようとする努力がなければ時間の無駄です。無駄死にしている人があとを絶ちません。
この土曜日、日曜日は24時間キルタンがカナダのトロントでありました。mayapur.tvで生中継されていたので見てましたが、ヴィシュバンヴァラさん、ゴウラマニさん、アジャミラさんに加えてナヴァヨゲンドラ・マハラージも歌ってました。この一生をマハーマントラを聞くこと、歌うことに費やすことは不可能ですが、年に1回や2回だけでも一日中マントラに包まれて過ごすのはとても心が洗われます。もしまだ体験してなければ是非試してほしいなあと思います。自分がヨーギーだと思うのであれば最善の瞑想法でしょう。

普通はユーチューブは一本15分までしかアップロードできませんが初期に登録した人たちは「無制限」!です。さっき見つけたこのビデオは56分、マーダヴァさんのキルタンが流れています。ごゆっくり堪能してみて下さい。



昔はマウスって中にボールが埋め込まれていたものですが、そのうちほとんど光学式に取って代わっていきました。設計も簡単だろうし部品点数も少なそうだし反応も早くていいことばかり、でもなくて、いきなり矢印があらぬところに飛んでクリックすべきでない時にクリックしてそれまでの作業が一瞬にして失ったことが何度あったか!。ときどき中のボールを取り出してロール上に溜まったホコリを取る時の快感?が楽しみだったり、というわけでボール式を捜しても普通のお店ではもう扱ってない。アマゾンでようやく$6ドルのを見つけて買ってしまいました。右手用には何の問題もなく完璧だったのですが、このマウスを認知するドライバーが見つからない。僕は左利きなので右クリックボタンと左クリックボタンを反対にしたいのですが、それが で き な い 。
カナダの24時間キルタン参加は断念したものの、E-mailで知ったバラジー寺院の催しに参加してきました。”Rig & Yajur UpAkarma”と言われても何のことかわからないまま朝5時に起きて6時半から始まるそれを見に行ったのです。寺院は開いていたものの中は
「誰もいない、、」
そして神像室の扉は閉まったままで、しばらくチャンティングしていたのですが外から何やらマントラの響きが聞こえてきました。外に出てみると10人近くのブラーマンが水、米、ゴマの入った小さなカップを前にしてみんなでマントラを唱えています。それが終わってから何をしてるのか聞いたら

「今日はブラーマンの糸を新しく取り替える年に一回の日なんだ。君も持ってるから参加できるよ」

その日の朝、60人近くのブラーマンが集まって4回か5回ぐらいに分けてそれぞれ新しいブラーマンの聖糸に取り替える儀式を行ったわけですが、来た人、見物人、み~んなインド人で白人、黒人、中国人は見たらない。一人だけジーパンをはいていたインド人がいましたけど、、、日本人がただ一人、浮いていた感じでした。
フロリダに住んでいる知り合いがフェイスブックに載せた「ニューヨークタイムス」の記事は、久しぶりに悲しみ、怒り、無力さを感じさせてくれました。

双子が生まれることが分かった母親の選択は

「そのうちの一人を殺すこと」

現代では「殺す」という表現を使いませんが、あえて僕は使いますよ。もちろん犯罪になりません。子宮に眠っている胎児の生命を絶つドクターはもちろん刑務所にいかず給料が出ます。日本では水子供養とかいって一見問題は消えるような風潮がありますがとんでもありません。そんな「力」のあるお坊さんは今の日本にはいないでしょう。グーグルで調べてみると2007年で約25万人?の胎児が殺害されています。人が本来持っている「優しさ」とか「慈しみ」、このカリユガではどんどん無くなっています。トイレで胎児を流しても全く平気な若い「悪魔」さん(こういう人には女性という言葉を使いたくない)はどんどん増殖しているのでしょうか。

記事の女性は一見、知的なコメントを載せていますが彼女の選択は人間以下、犬や猫より劣ります。もちろん神様なんて信じないでしょうが、次の世で今度は自分が子宮の中で殺されるでしょう。合掌
日本ではお盆を控えて電力がかなり消費される見込みですが、巷ではエアコンにポイントを置いてますけど、それと同じぐらいもしくはそれ以上に電気を使用する、冷蔵庫、テレビなどはあんまり騒がれない。エアコンを止めて死に至る人はいるかもしれないけど、テレビを消して命を落とす人はいません。一人住まいでそんなに食べる量はないのに、大型冷蔵庫の中はほぼ埋まっていてしかも半分以上は賞味期限切れ、、、もったいない。「テレビを見る時間を抑えよう!」って誰も言わないのかな?「その日に食べるものを買えば冷蔵庫も入りません」なんて言っても聞く人はいないだろうなあ。もう水戸黄門もブラウン管から姿が消えるし、ニュースなんて新聞とネットで十分、映画はコマーシャル抜きのDVDで好きな時に観られます。無駄な媒体は捨てましょう。

「もうデジタルテレビで、総工費650億円使って東京スカイツリー建てたんだから!」

早朝、6両編成の電車に8人、乗っています。その人たちのために一体どれだけの電気が使われているか試算してみると良いでしょう。それ以上に電力を使う新幹線で一両の中に数人しか乗ってない「こだま」、そして現在リニアモーターカーの計画が進められていますがその電力はどこから来るのでしょう?

そう僕らはお金が回らないと経済が成り立たない社会に住んでいます。
自分の家に至る砂利道が出来た時左右に溝がなく、その重要性に気付くこともないまま初めての大雨の迎えた時の事です。そう、雨が無造作に流れてかなりの砂利が流されていったのでした、、、。まだ8年前は少しは体力があったので、なんとか道の脇を掘り起こしながら雨が両側に流れるようにしたものの、いまだ完全ではありません。ときどきその溝というか「脇」を掃除して落ち葉などをきれいにとりのぞくわけですが、今日は手袋をしていたにも関わらず、左手の甲、右手の甲と2回も蜂に刺されて未だに

「い た い」

のでした。いったいどんな悪いカルマを持っていたのかわかりませんが、これで蜂に刺されたのは生まれて3度目です。そのうち2度も同じ日とは運がありません。まあ上から木の枝が落ちてきて頭にぶつかるよりはましですが、どこにいてももし危険が降りかかる運命であれば、防ぎようがないですね。
たぶん、僕のブログを含めて世の中にある文献をすべて読んだところでマハーバラトの足元にも及ばないのではと思います。ほとんどの人は「文を読みたい」という思いがあります。新聞、教科書、フェイスブック、小説、ライトノベルといろんな媒体があって、一生の間に何時間費やしているか様々でしょうが、そのうちの1時間だけでもいいからクリシュナのムードに触れたらよいなあと思うわけです。ただマーヤーの力、自分の感覚の衝動がかなり邪魔してます。カリユガの影響は広範囲にわたってますね。

「王は自分の領土と敵の領土から資金を調達して、国の富を充実させねばならぬ。国が豊かになれば、戒律も向上し領土の基盤も固まるのだ。国の収入を増やすことは、王に課せられた不変の義務なのだ。ところが王が無力であれば、どうして国の富を増やすことができようか?無一物の王のもとに、どうして軍隊がとどまりえようか?軍隊がいなくては、領土の保全は不可能だ。また、王のいない国に、富の女神ラクシュミーがいつくわけがない。」
横浜にいた時は、一歩外に出ると目に入ってくるものは広告ばかりで、「節電」「○○電気」「xx党」etc。 何年、何十年と眺め続けていれば、もちろん意識に影響してその人の人格の一部となっていくことでしょう。現代では誰でもコカコーラの存在を知っているけど、広告は止まることを知りません。いったい年間いくら広告費を使ってるか知る由もありません。

ヒルスボローにいる今はネット以外、広告を見ることはまずありません。車で外に出てもほとんど高速から看板をみることもなく、自分の思考が「看板」によって制御されることもなく、かなり緩やかな動きを見せている感じ。

知らない間に、「ポカリスエットが飲みたい」なんて思う余地はないわけで、思考の材料の多くを無意識に取り入れさせられる都会って、ちょっとこわいなあ。その恐ろしさを感じる余裕も与えてくれない。

だまってテレビの前に座ってインスタントラーメンを食べている人が一番あぶない。
「ユディシティラ!罪人どもは戒律は、まったく無用の長物だと思い込んでいるのだ。そのような人間を殺しても罪にはならない。嘘、盗み、殺生で生活する人間は、カラスや野犬と同じ状態になる。彼らは死後、そのような畜生の生を受ける。人はつねに、相手の立場に応じた対応をしなければならない。詐欺師には詐欺をもって対応し、正しい人には正しい行為をもって対応することを基本とすべきだ。戒律とはそういうことなのだ。」