横浜にいた時は、一歩外に出ると目に入ってくるものは広告ばかりで、「節電」「○○電気」「xx党」etc。 何年、何十年と眺め続けていれば、もちろん意識に影響してその人の人格の一部となっていくことでしょう。現代では誰でもコカコーラの存在を知っているけど、広告は止まることを知りません。いったい年間いくら広告費を使ってるか知る由もありません。
ヒルスボローにいる今はネット以外、広告を見ることはまずありません。車で外に出てもほとんど高速から看板をみることもなく、自分の思考が「看板」によって制御されることもなく、かなり緩やかな動きを見せている感じ。
知らない間に、「ポカリスエットが飲みたい」なんて思う余地はないわけで、思考の材料の多くを無意識に取り入れさせられる都会って、ちょっとこわいなあ。その恐ろしさを感じる余裕も与えてくれない。
だまってテレビの前に座ってインスタントラーメンを食べている人が一番あぶない。
ヒルスボローにいる今はネット以外、広告を見ることはまずありません。車で外に出てもほとんど高速から看板をみることもなく、自分の思考が「看板」によって制御されることもなく、かなり緩やかな動きを見せている感じ。
知らない間に、「ポカリスエットが飲みたい」なんて思う余地はないわけで、思考の材料の多くを無意識に取り入れさせられる都会って、ちょっとこわいなあ。その恐ろしさを感じる余裕も与えてくれない。
だまってテレビの前に座ってインスタントラーメンを食べている人が一番あぶない。