「人に真の幸せをもたらすもの、それが解脱だ。ところが財産や穀物の蓄積に熱中して子供や家畜に執着するために、解脱の方へ心が向かないのだ。煩悩に縛られる者の心は不安定である。煩悩を治療するのは困難だ。煩悩に束縛される人間に解脱はありえない。煩悩の呪縛について話をするから、よく聞け。正常な判断で欲望の本質を見極めて、欲望から離れて喜びをもって生きることが肝要だ。子供がいようといまいと、それに心を煩わせてはならぬ。器官の求める快楽を排除し、心を解放し、神意に基づいて、俗世で得られるものに平等の気持ちを持ち、特別な愛着や嫌悪を抱くべきではない。煩悩から解放された人は、心の憂いがなく恐れを知らずに生きるが、心が欲望に縛られるものは、アリや蜂のようにせっせと食料を蓄えながら死んでいく。欲望を離れたものは幸せになり、欲望に執着する者は破滅する」

義父アリシトネミがサガル王に語っていたことをビーシュマがユディシティルに伝えてますが、まだまだ延々と続いてます。一回だけ読み通しても味わえない、、、マハーバラトはいつになったら日本人の心に浸透するのでしょう?
どこから聞いたか思い出せないですけど、、最近はゲームセンターでもお座敷仕様があるそうで、おじいさん、おばあさんのたまり場になってるそうです。今の世の中、井戸端会議をする場所もなくなってきてるんでしょうか?公園とか庭先とかならわかりますが、病院もたまり場になってそのうちマクドナルドもそのうち高齢化が進むかもしれない。本来、おじいさん、おばあさんの時期はなんのしがらみもなくなって来世のための準備に費やすのが最もふさわしいんだけど、そのことを誰も教えません。誰も興味がありません。誰も知りません。八方塞がりです。

この世がすべてなら、悪事も善事も全く意味をなさない。自分の感覚に任せて好きなことをすればよいわけです。(もちろんお巡りさんにお咎めを受けない範囲で)でもこの世が全てでなく、天国もあれば地獄もある。人間だけでなく牛や豚、アリやみみずにまで、魂があることを理解できれば、ゲームセンターにいってる暇はありません。
「マンネリ」

「油断」

「驕り」

「妥協」

「怠慢」

「諦め」

後の三つに陥ったらお終いだそうです。まぐまぐ「人間力メルマガ」の記事からですが、耳が痛い。この前の号では「無財の施」について書いてました。七項目ありましたが、気に入ったのは


「優しいまなざし」


「笑顔で人に接する」


「あたたかい言葉」


「思いやりの心」


別にクリシュナ意識にならなくてもこの社会で生きていくにはそれなりの礼儀があった方がいいと思うけど、困ったことにネット社会では、まなざしも笑顔も心も通じにくいデスネ。

このメルマガは雑誌「到知」のアンテナ的な感じ、書店にはなくて注文定期購読、もう33年続いているそうです。一度読んでみたいものです。
初めて神様に「恋人」がいると聞いてかなり衝撃だったことを覚えてますが、その上、主に8人の恋人、そして奥さんたち総勢一万人以上というのはちょっと理解しがたかったし、ひたすら「至上の神」の偉大さを受け入れるしかないという道しか、希望がない。僕らは音楽に踊らされ看板に引付けられ舌に翻弄されている無力な魂です。いつかこの感覚の虜から自由になりたいと思う人は、クリシュナにすべてを投げ出せるよう今から訓練しとかないと、まったく出口はありません。ブラフマー、シヴァではダメです。ヴィシュヌの根源、バガヴァーン・クリシュナに身を委ねましょう。

そのクリシュナの永遠の恋人の名前がラーダーラーニー。たぶん僕らの物質的な脳ミソでは理解せよ、という方が無理かもしれません。いつもクリシュナのそばに寄り添っています。彼女がこの世に降りる時、「あなた以外、何も見たくない」と言って、盲目の状態で生まれたことはとても深い深い。この世で本当に大切なもの、見るに値するものなんて、究極的に神様しかないのでしょう。


不幸中の幸い、というべきか、幸い中の不幸というべきか、いまだに仕事がないので今週は毎日、ドイツからの生中継キルタンを見ることが出来ました。今回は相変わらずマーダヴァさん、インドラデュムナ・マハラージ、BVゴーヴィンダ・マハラージ、ロカナタ・マハラージがすごいキルタンを見せてくれました。そしてアディティ・ドゥカハさん!初めて聞きましたけど、かなりグッとくる声でハレークリシュナを唱えてくれて、、、今年のベスト3に入るんじゃないかと思うぐらいの感じでした。さっそくユーチューブで検索したら、何本かありましたのでみなさんどうぞお時間をつくってご覧下さい。このタイトルの日付は2011年6月9日で良いのかな?


普段は行かないのですが、今日は久しぶりに毎週チャペルヒルというちかくの町で毎週、金曜日にやってるキルタンに行ってきました。6時半と聞いてたのですが、誰もいない、、、こない、、、。7時を過ぎて、あきらめて帰ろうかなあと歩道を歩き出したら、車道からクラクションの音に気付き振り返ると、、、いました。

今、イギリスからジャヤデーヴァさんと奥さんのシャチマタさんが遊びに来てまして、そのキルタンがお目当てだったんですが、、、行ってよかったです。歩道を歩いてる人も巻き込んでハレークリシュナを唱えること1時間以上、レストランにも入り込んで、「大丈夫かなあ?」

たぶん道を行き来するほとんどの人は、そこにいる人がルベッツのジョン・リチャードソンなんて知らないだろうけど。

大昔、お釈迦様やキリストが現れた頃でもすべての人が「聖者」と認識できたわけでもありません。人間の見る力なんて、かなりいい加減なのでしょうね。恩恵は誰にでも降り注がれているのに、それを受け止められない不完全な僕たちは、やっぱり完全な世界に行く資格はないのでしょうか。
いつも楽しく読んでる”激しくウォルマートなアメリカン小売業ブログ”から抜粋


社員を海外に連れて行くと「自分は会社に大切にされている」とロイヤリティが高まります。自社で海外研修を行うと、社員は会社にプライドをもちます。頑張っているスタッフを参加させることで、会社の意志に報いようとさらにやる気がでるのです。また、海外で協力しながら学習するので、コミュニケーション力も高まり、社員がひとつにまとまるのです。


どんなことでも長年続けるのは大変です。最近ではモチベーションというカタカナが広がってますが、日本語だと熱意、もしくはやる気という感じでしょうか。ようやく2本足で立てるようになった幼児に「なんというひどい歩き方をしてるんだ!」と竹刀を手にしてビシビシやる人間はいないでしょうが、現代社会ではときどきそういう雰囲気の記事が社会を賑わせます。そういう会社なり団体から遠ざかれば良いけど、そうならない状況では、、、思い余って「自殺」すると周りだけではなく自分自身にも悪影響が及びます。かといって自ずから熱意を灯し続けるのもむずかしい。物質的には「感謝」「賞状」「昇給」など外部から来る作用でなんとか継続しようとするわけですが、そういうのが全く無い場合はかなり過酷な状況といえるでしょうし、ほとんどの場合、続けられないでしょう。もし自分の心の中から幸せの感情が湧き出していられるようになれば、、、

ハレークリシュナ・マントラを聞き続けて、唱え続けて、  みませんか?
日本から戻ってきてから、毎日”craigslist”というサイトをチェックしてます。ここで車の売り買い、ビジネスのお知らせ、不用品の売買、そして仕事の求人などいろいろ市民レベルでの情報がもりだくさんなのです。僕の場合は、仕事探し!です。ただほとんど僕に合いそうなのがない、、、。大型トラックの運転手急募とか、ケーブルテレビの設置業務、倉庫での物品管理、、、なんか出来そうだなあと思うのに履歴書を送っていましたが、記録してないので(すみません、めんどくさいんです。やってもあんまり意味なさそうだし)いつどこに送ったかさっぱりわからない。ほとんどの場合、「ノー」の返事もありませんから、どうも闇の中で手当たり次第、鉄砲を撃っている感じで全然手ごたえ無し。かといって止めるわけにいかず、、、、。
とくすぶっていたこの頃、昨日
「まだ仕事探してますか?」と見知らぬところから電話がかかってきました。いったいどこで何の仕事か全然思い出せないながらも面接のアポが今日の11時となりました。運よくとなりに家内がいたので、住所も電話番号もなんとか理解できて行ってきました。どうやらチャペルヒルの学生寮(といってもホテル並みのハイクオリティのような感じ)のフロア清掃のお仕事、タイトルは「ポーター」だったのでなんか荷物運びかなあと思ってましたがまあ時給10ドル!で週25時間で悪くありません。週末、2回目の面接に呼ばれるかも知れないということで、期待しないで待とうと思います。マイケル?週10時間で7ドル90セント、勤務時間はバラバラというのは、できることなら勘弁です。
今週は毎日、ドイツで12時間キルタンを催しています。日本時間で午後5時から午前5時まで、今回のは、いつもより”スワミ”の方々が多いです。インドラデュムナ・スワミ、BVゴーヴィンダ・スワミ、ニランジャナ・スワミ、そして久しぶりにロカナタ・スワミの歌声も聴けそうです。先週は日本にいたカヴィチャンドラ・スワミも日本時間で今日の午後2時頃に見られるかもしれない!アメリカ時間では午前1時頃になるので、僕はちょっと無理ですが、興味のある方はどうぞwww.mayapur.tvをご覧下さい。赤字で”LIVE NOW”という項目が何箇所か見られるはずですがそのうちの、、、名前忘れた、、、”○○ kirtan”というのをクリックすれば生中継を見られるでしょう。ここのサイトでは、インド・マヤプール寺院、アメリカのロサンゼルス寺院、ニューヴリンダーバン寺院、ダラス寺院を24時間見られます。
朝日新聞ネットには、「どらく」というネットがときどき紹介されています。そのネットは、縦書き!で読める記事もあります。ときどき、横書きと縦書きの意義について考えることがあるわけですが、個人的には横書きは、とてもフレンドリーで軽く読み始められる、縦書きは読む側が心を正して読みたいなあと今のところ思ってます。昔は横書きの本なんてほとんど見受けられませんでしたが、最近は少しずつ市民権を獲得しだしているようです。ネットではほぼ100パーセント横書きなんで、ときどき縦書きの文面を目にすると「ハッ」とさせられる気分、この初めのインパクトを大事にしたいなあと。と大幅に話がそれましたが、本題はそのどらくの記事で加賀まりこのインタビューがありましてその中で印象に残った文がこれです。


「世間体っていうものを物差しにしてどうするの?」というのが母の教えだったのですが、その価値観を私も貫いているのが、、、、、


どうして世間体を物差しにするようにほとんどの人々が誘導?されているかはまた別問題として、そういう風潮から抜け出せる運、努力を持てる人は幸運だと思います。もちろんその後も苦難は待ち受けてますが、、、。