事故があいつでいる米海兵隊の垂直離着陸機M22オスプレイが、7月末に山口県岩国基地に配備され、低空飛行等の訓練の後、沖縄の普天間基地へと配備されるという。沖縄では配備に反対する市民集会等が開かれ、反対の表明がなされている。沖縄県知事も反対を表明しているが、沖縄以外の本土においては目立った反対行動は起きていない。普天間基地を始めとして、沖縄の過重な基地負担についての無関心は、福島原発事故以前の電力消費地の都心部の原発への無関心と類似の構造だが、残念なことに人々の貧困な想像力は我が身に危険が迫らないと危機を危機として認識できないようである。
 そこで、岩国基地に配備されたオスプレイが訓練等の飛行で神奈川県厚木基地への飛来もありえるとしたらどうだろうか?そこで思い出してもらいたい。1977年の9月27日に厚木基地を飛び立った米軍のファントム戦闘機が横浜市荏田に墜落。兄弟2名が死亡。その後4年の歳月を経て母親もなくなるという痛ましい事故があったことを。
 沖縄では今日「慰霊の日」を迎え多くの人々が、沖縄戦の惨禍に思いを馳せていることであろう。少なくとも私たちは、貧困な想像力を駆使して、オスプレイの岩国基地、普天間基地への配備に反対してゆかなかればならないのではないか。それはそこに危機が迫っていることに対する人としての当たり前のことであり、大文字で書かれたイデオロギーの問題ではなく、日々を生きる生活者としての声なのである。
 毎日新聞の6月22日朝刊によると、内閣府原子力委員会は核燃料リサイクル政策について、使用済み核燃料を①全量直接処分②再処理と直接処分の併用③全量再処理の3つからなる選択肢をを示し、今後、政府が決定するエネルギー政策の参考にするとのことである。福島原発事故以前より、六ヶ所村の再処理施設の稼働の遅れ、高速増殖炉「もんじゅ」の冷却剤ナトリウム漏れなどで再処理後のプルトニウムの需要めどがない中で、使用後の燃料棒が各地の原発のプールで保管され、そのリスク(恒久的な保管方法の見通しがない中での保管プールの不足)が指摘されていた。再処理を国外に依頼した所で、キャスクによって移送される核物質はテロリズム等不測の事態への備えの不十分さも指摘されていた。では、MOX燃料として従来の軽水炉で燃やしてしまえと方針を変更した結果、福島第一原発3号炉での水素爆発によるプルトニウムの環境中への放出である。
 核燃料リサイクル政策の歴史的経過についてはNHKのETV特集が6月17日の放送した「不滅のプロジェクト~核燃料サイクル 半世紀の軌跡~」で詳しく描かれていたが、経済的なコストを勘案すると核燃料のリサイクルというものはすでに破綻している。にもかかわらず継続を模索する現状(推進派による秘密会議の開催など)は、突き詰めれば核の平和利用ではなく、安全保障上の問題として核技術の保持を担保しておきたいということにつきる。この問題に触れずに、エネルギー政策のみでの議論はおそらく不毛であろう。安全保障上の問題を見つめそれでもなお、核技術に依存しない国としてのありようを選択したときに始めて中長期的なエネルギー政策が決まってくるのではないか。放射能による環境汚染が致命的な結果をもたらすことがはっきりした現在、安全保障上の必要性から核技術を保持し続けることのリスクは「国破れて山河あり」どころか「国破れて山河もなし」という荒涼とした未来像に戦慄するのは妄想がすぎるのだろうか?
 NHKBSの世界のドキュメンタリー『5台のカメラが壊された』を観た。イスラエル占領下にあるヨルダン川西岸地域に住むパレスチナ人がイスラエルの入植地拡大やパレスチナ人居住区と入植地を隔てる壁の建設に抵抗するパレスチナ住民の姿をカメラに収めた作品である。イスラエルの占領地への暴力的行為に関しては数々のドキュメンタリーが撮られているが、この作品に関しては土地を愛し、オリーブを栽培しながら生活をしている市民が宗教やイデオロギー等による抵抗ではなく、ただ凡庸な自分たちの生活を守るために声を上げてゆく過程が描かれて行く。市民による平和的な抗議に対してイスラエルの兵士達は催涙弾だけでなく実弾の威嚇でない水平な発射や、夜間に市民の家を急襲し、子供達を拘束する等の容赦ない弾圧を行っている。この絶望的な状況にやがて占領下の人々も深い憂いと暗い絶望へと追い込まれて行く。中東問題はいまだに解決を見い出せない状況で、イランの核開発疑惑や「アラブの春」後のイスラム勢力の台頭等、不透明な状態が続いている。かつて日本の若者達がファナチックな教条を掲げてパレスチナの人々との「連帯」を掲げテロリズムを実行したけれども、そのような教条に捕われずに虐げられた人々への共感は持ち続けたいと思った。「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」(村上春樹)勿論、卵はパレスチナ側だけでなくイスラエル側にも存在する。今の所、パレスチナ占領地域産のオリーブオイルを購入することくらいしかできないのだけれど、悲しいことに...
 NHK教育のETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』は昨今まれに見る優れたドキュメンタリーシリーズであるが、その最新番組『ネットワークでつくる放射能汚染地図6 川で何が起きているのか』を見た。昨年の3月11日の福島第一原発事故以後、環境中に放出された放射性物質が空間から土壌そして河川へと移動している様を描いている。中でもかつて深刻な水俣病の汚染に見舞われた阿賀野川流域からも高濃度の汚染が見つかり、ドキュメンタリー映画『阿賀に生きる』を撮り、2006年に惜しくも自殺で亡くなった佐藤真氏が天国でこのことを知ったらきっとふがいないわれわれ後輩を憤怒の相で怒るのではないだろうか?そしてもう一人、レイチェル・カーソンも天国で自らの警告から学ばなかったわれわれをどのように思うのだろうか?カーソンが晩年、医療関係者向けに行った『環境の汚染』という講演で環境に放出された汚染物質は、「生体の生物学的反応のなかに容易にとりこまれ(中略)投棄された場所にとどまることはほとんどなく、そのままの形で残ることもめったにない」と指摘した後で放射性物質に触れ、それが環境中に偏在し「ホットスポット」を形成すること、」さらには生物的循環に取り込まれて希釈どころか濃縮をし、次世代へと終わることなく引き継がれていってしまうことを警告している。これは、まさに現在、大気中に放出された放射性物質が土壌を経て河川、そして海へと、しかもそれは直線的に移動するのではなく、環境要因や科学的な要因により濃淡のまだらな、「ホットスポット」を描きながら、あたかも宮崎駿が『ナウシカ』で描いたような意志を持った粘菌のように移動している。そして現在、阿賀野川や阿武隈川流域でセシウムに親和力のある粘土質の土壌でなおかつ水が滞留する場所にその面妖な粘菌はへばりついているようなのだ。おそらくその狭所の「除染」は可能であろう。土壌をはぎ取り保管すれば良い。ただ、ここでカーソンの指摘を思い出してもらいたい。それは生物的な循環のことである。単純に「米」のことだけではない。勿論、米は人間が直接食べるので心配なのだが、現在のホットスポットの河川敷の土壌はミミズが好きそうな場所であり、まずミミズをはじめとした土壌中の生物への濃縮、そしてそれらを食べる鳥や、魚類への汚染が気になる所だ。魚類については、かつて1969年アメリカの核実験に反対する「波を立てるな委員会(Don't Make a Wave Committee)」が元祖のグリーンピースがシルベクというサイトで独自の調査結果を発表しているので、ある程度のモニタリングは可能だが、人間が口にしないミミズやその他の生物の状態はどうなっているのだろうか?チェルノブイリの森では放射能にかなりの耐性のあるネズミも見つかっているそうだが、その影でひっそりと死に絶えたり、もしくは何らかの遺伝変化をおこしている生物がいるのではないだろか?目に見えない、人には直接的に関わりのないように見える生き物たちへの調査、研究が急務であるような気がする。
 カーソンも『環境の汚染』のなかで「人間は時として利口すぎて、かえって我が身を滅ぼそうとしているのではないか」と危惧している。このような危惧が現実のものとならないよう、また、このような惨禍を招いたことを真摯に見つめ同じことを繰り返ないよう、そして環境中の生物を可能な限り注視して行くこと。このことを怠ると、人類への希望は失われやがてそれはディープエコロジーとしてよりラディカルな環境保護活動が日本でも始まることになるであろう。
失われた森 レイチェル・カーソン遺稿集 (集英社文庫)/レイチェル・カーソン

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 梨木さんは何となくジェンダーフリーというか積極的な意味ではなく、そういったものを超えた、それも意識的にかつ相対的に、と思っていた。それはこんな文章に如実に表現されていたから......『晩秋から初冬に移り変わろうとしていたある日、私はある作家を訪ねるための支度をしていた。(中略)黒いフェルトのスペイン風の帽子を買っていたので、それに合わせて黒くて細い畝のコーデュロイの、まるで中世の宣教師のような服を着た。こういう服装を私は昔好んでいた、というよりこういう類いの、マニッシュでもなければフェミニンでもない(中略)いわば社会の帰属を明らかにしないような服より他には着ることができなかった』『こういう嗜好は私たちの中に確かにある、けれども私たちはお互いのそれぞれの思春期を通して、注意深くそれをコントロールしてきたよね、それがあくまでも趣味の領域をでないように、そうだったでしょう?こんなにも無防備に、それにーつまり無所属というよなことにー激しく感応するセンサーは、何か不吉な方向性を持っているのはない?』(『春になったら苺を摘みに』)ここで、梨木さんは昔イギリスでお世話になったウェスト夫人の下宿に現れたエイドリアンという盗癖のある青年に対してこう語りかける。その繊細さは息苦しいほどではあるが、このようにジェンダーに対してそれが顕在化しないように同時に公平であるように心がけているように思われる梨木さんが『雪と珊瑚』ではあえてそれを、顕在化するような書き方をしていることにすごく違和感を感じたのだが......それは意図されたものだったようです。『雪と珊瑚』についてはまた別の機会に触れたいと思います。しかし、毎日新聞の『雪と珊瑚』の書評はひどかったな。
春になったら苺を摘みに (新潮文庫)/梨木 香歩

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 昨今、スカイツリー人気がかしましいが、私は仕事であえて横浜マリンタワーにいった。イヤー今までさけてきたこともあり、どうしてもとの接待で中華街プラスマリンタワーコース。足取り重く、限りなくローテンションでご案内。エレベータの中のBGMがクレージーケンバンド。思わず嬉しくなり。『イイネッ』とひとりごつも誰も分かってくれない。こうなったら昼食はパンアメリカンコーナーのホットドックだ力入るが、さすがにそこは仕事。手堅くまずい中華を食べました。そーいやパンアメリカンって閉店したんだ。おじさんに「跡つがない?」っていわれてたのに......また横浜が寂しくなった。「シーオーエフエフイーイーCOFFEE~ブーガールーっつ」と。


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 本の中の食べる場面というのは、想像力とともに食欲をかき立てるので二度おいしい。池波正太郎先生の正統派の由緒正しいのも良いのだけれど、食べたいなと思った所でおいそれとは食べられないのでかえって憤懣やるかたない。その点、椎名誠などのB級グルメは思い立ったら食べに行けそうなのでそうそうストレスをためることもないかと思いきや、意外と凝っていて麺類でも同じようなものは近所では食べられそうにない。じゃあ自作だと思い立ってショージ君の丸かじりシリーズを読んでみるも、大衆食とはいえど意外といい具材を使っているんですよこれが。
 てわけで、丁度良いのは平安寿子。『恋はさじ加減』のポテサラ、蛤塩焼き。イモリの姿焼きは無理だけと、小説の中に出てくる料理はどれも地に足の着いたものばかり。等身大の人のまっとうな生き方を書かせたら平さんはすごいね。平さんの小説で『くうねるところすむところ』ってのがあったけど、くうねるは書ききっているのであといっこだけなんてマジで考えてしまいます。平さんならさらりと素敵にかける気がするけど.....本当に。
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 梨木香歩の『冬虫夏草 続・家森奇譚』の連載が新潮社のPR誌『波』6月号からいよいよ始まった。『家守奇譚』については以前もこのブログで触れたが旧家に住む主人公が植物や動物たち、はたまた魑魅魍魎の類いとの交感を通じてアニミズム的世界観と四季に応じたシンプルな生活が程よい具合に混ざり合った何ともいえない素敵な日々を過ごす物語である。この本を読んでからというもの我が家では家屋内に侵入した虫はそれがたとえゴキブリであろうとも殺生することは禁じている。さらには窓を開け放ち小さな生き物たち~クモ、アリ、芋虫~の出入りは自由にしている。おかげで数匹のヤモリが住みつき北側の窓の内ではサナギから蝶が羽化し、クモとゴキブリの喧嘩が見られる。家人は気持ちが悪いといっているが......
連載第1回、早速あのゴローも出てきて、さわやかな初夏、繁茂する植物たちに似て私の胸もあの素敵な物語の再来にわくわく弾けそうです。

家守綺譚 (新潮文庫)/梨木 香歩

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月夜の晩に 拾ったボタン
それを月に向かって ほうってしまい
それを浪に向かって ほうってしまい
お母さん 僕は本当は孝行息子
僕は本当は孝行息子だったんですとの
中也の言葉を思い出し
だったんですとの言葉を思い出し
月夜の晩に 嗤って踊れ
さあみなさん テムポよく
月夜の晩に 嗤って踊れ
妻に子に 父と母
僕は本当は  です
おしなべてみなに僕は本当は
くるくるまわって本当は
それは歓喜の舞に見えまして
それは悲嘆の乱舞に見えまして
ぱたぱたとシャツを打つ砂の音
くるくると舞う男
本当は君は誰なんだ
月夜の晩に嗤って踊れ

中也を読みながらこんな詩を作ってみました。
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 ①金環日食で空を見上げて②米軍機の轟音に空を見上げて③わたり鳥の行方に空を見上げて。
どのパターンがお好みでしょうか?昨今の金環日食の日は気づかない間に終わってしまっていた。修繕のためにドック入りした空母から飛び立った米軍機は、市民の再三な申し入れにも関わらず夜間発着訓練を行った。早朝、草花に水をやっていると鋭い声がして見てみると声の主はがんか鴨のような渡り鳥だった。一羽、一羽と東に向かってゆく。その行く末が気になり空を見上げた。
 日食騒ぎの時に妻が一言。「何かイベントがないと空を見上げなくなったなんて」。至極名言だと思った。普段から、何もなくても空を見上げると、それだけでただそれだけて何か嬉しくなるものである。なんだか『梅ちゃん先生』でSMAPが歌っている歌詞のようだが、ただ空を見上げるのものも悪くない。
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