待たせたな!
私のブログを見る人は結構な確率でこれを分かるはず。
それ以前に待ってないって?
実は水曜日までにブログはゴールまでは書き上げてたんですよ。
仕上げを木曜日に書こうとして下書きが開かなかったんですよね(T_T)
無駄なあがきでYAHOO!にメールで聞いたりしたけど、どうも治りそうにないので今日、いちから書き直しですよ。
ちなみにYAHOO!さんの対応は良かったですよ。
翌日には質問にメールくれてましたし、そのメールに質問したのも翌日に返してくれましたから。
ということで村岡で走った内容を思い出しながら書いた内容を更に思い出しながら書きます。
この前の日曜日、村岡ダブルフルウルトラランニングに参加してきました。
まずはいつもの如く前日のお話からです。
前日は準備が思ったより押してしまい昼寝と称してベッドに寝そべったのは16時半くらい。
まずは目覚ましを23時にセット。
普段寝付きが悪い私的にいつもと違う時間に寝れるかな?と思ったらのび太並みに意識が飛んで夢の国へいざなわれました。
ただ早くも18時半には起床。
すぐに2度寝を試みるものも全く寝着けず20時くらいに晩御飯をかっ食らいました。
そして食後すぐ寝ると牛になるというくらい眠くなることを利用してみるも超目が冴えて全く寝れず、23時のアラームが聞こえてノーサイド。
睡眠2時間。寝れないよりましだし、その後もほぼ横になっていたので疲れはかなりとれたはずだ。(と思うことにする)
後はのんびりとお風呂に入ったりして予定通り0時過ぎに自宅を出ました。
道中はランチパック、おにぎり3つ、三色団子(3串1セット)を食し、途中サービスエリアで休憩を挟み香美町入りをしました。
香美町入りしたら道に立っている誘導する方々にどっちに行っていいか聞きつつ無事駐車場に到着。
夜中3時前に光り輝く幻想的な中学校。
まるで不夜城です。
メールして到着を伝えるとしばらくしてある方から私の車のナンバーが返信されてきました。
疑問に思いながらあたりを見渡すと後ろの車にパティオさんを発見。
労せずして会うことが出来ました。
駐車場は少し早めに入れてくれましたが受付は予定通り3:30分とのことなのでその間にトイレへ行きました。
暗いのでランタン付はありがたいですね。
大きい方を追い出して減量に成功。
その後しばらく車中でスマホ片手に時を過ごし、フロントガラス越しに受付を負えたであろう人を見かけたので受付へ行きました。
並んでいると思いきや行列は勇者の道だけで私のエントリーした100kmはほぼノーストレスで受付完了。
流石勇者の道は受付から名前の通り道ができていましたね。
受付で頂いた参加賞のTシャツと乾燥いや完走しいたけです。
シイタケは完走と名付けて走る前に頂けるのはどうかと思いますが関係者の思いが入ったダジャレと受け止め完走に向けて頑張りたいと思いましたね。
受付後は更衣室である体育館へパティオさんと移動。

受付開始からまだ時間があまり経っていないので閑散としていますね。
まあ、徐々に人は増えていきましたが。
ここでは前日入りしていたパル彦さんがすぐ後ろにいて声を掛けて頂きました。
その後は3人で夜中なのか地なのかテンション高めな会話で準備を進めました。
彼等には普段の会話だったと思いますが初村岡の私には話を聞くだけでもかなりリラックスできましたね。
さて、準備終了して別用があるパル彦さんとはお別れしてパティオさんおすすめのトイレで用をたし、とりあえずスタート地点へ。
PHOTObyパティオ氏
記念に撮って頂きました(^^)
その後、この辺りをうろうろしてゲート前で待機。
するとパル彦さんやとっぷさんが網にかかり、更にお初でパル彦さんの恩人K○さんや私が最近ブログチェックを欠かせないやっ○さんなどにぎやかな感じとなりました。
私はそれをハスから眺めている感じでしたが。
その後、大会関係者のお話がありいよいよスタートの時刻となりました。
ちなみに前から4,5番目です。
フルマラソンでもこんな前は経験したことないですね。
で、スタート!
まずは周辺をぐるっと小回り1周して町の皆さんの声援を受けます。
まだ日の出前で暗い中たくさんの応援をうけ何ともありがたいことです。
ちなみに私がここに住んでいたなら熟睡中ですね。
さて応援を受けて気持ちよくなった1kmのラップは4:58。
予定より1分程早い。
そのスピード以上に最初はアップしていないことが気がかりとなる。
アップ込みでキロ6必須だったのにキロ5はどうなんだろう?と思いながらも周りに流される自主性のない私。
当然これから始まる上りも周りの皆さんと遅れることなくご一緒してしまいます。
村岡の中では緩やかな上りの序盤、走っていると雲海や日の出などビューティホーな景色が次々と現れ、普段まわりが山の大会に出ることない私としてはそれだけでも満足なのにプラスアルファされてスマホをもっていなかったことにちょっと後悔してしまいました。
そしてスマホを持たないことに後悔しても立てた計画よりキロ30~60秒くらい早いラップにはなんの後悔もせず進みます。
最初の上りを終え、急激な下りが出てくるもガンガン皆さんに付いて行き、ピロピロリーンっとなった腕時計を見てビックリの3:58。
何やってんだ俺?と流石に我に返り22.8km地点、第五大野エイドでトイレへGO!
冷静になるのもありますが、あまり暑くないのに毎度エイドで給水したのでトイレに行きたかったのもあります。
ただすでに先客ありで扉の前で待機です。
するとその後から美ジョガーさんが私の後ろで順番待ち。
見ると勇者ゼッケンだったのでそれを切り口にお話しタイム。
その中でペースの話になって私はこのままいくとサブ10らしい。
右腕に以前ブログで載せたペース表(縮小版)を貼っていたのだがあまりみていなかったのでちょっとびっくり!
それはやばい、11時間で走る予定なので超オーバーペースですね、はははははっ。
と言うと美ジョガーさんから愛想笑いを頂きました。
その瞬間扉が開いたので会話終了。
さくっとトイレを済まし、ラン再開。
トイレ休憩したので少しペースダウン。
意識的にペースダウンしたのですが、既に足裏と左ひざに痛みが。
これをいうとみなさんから嘘つけ!と言われますがアップダウンは苦手ですね。
すると程なくしてさっきのトイレ仲間が風のように私を抜き去っていきました。
彼女は結果として女子上位で勇者になられていましたね。
一方私は予定よりはまだ早いものの100kmという距離がなければよい感じなペースです。
上って下ってから村岡には珍しい平地を走っているとまたしてもトイレへ行きたくなりました。
もうとっくに日が上り暑くなったので小はおさまりましたが大が自己主張してきましたね。
ということで34.8km地点、第九エイド光陽へトイレへGO!
ここは建物があるので綺麗なトイレが存在しますが行くとお二人が既に並んでいたので中に一人いるものの並んでいない仮設へ。
しばらく待つも入ると即出でスッキリしてコースへ戻りました。
田舎の平地=田園風景を進んでいるとパティオさんに追いつかれ、パティオさんから前にとっぷさんがいるとの情報を頂く。
どうもトイレに行っているうちに抜かれたようです。
PHOTObyパティオ氏
見るからにしんどそうに走ってますね、私。
写真の完走はおいといて、しばらくはパティオさんとお話ししながら並走します。
これで少し足裏の痛みを忘れてきましたね。
ちなみに膝は下りを終えてしばらくすると沈静化するようです。
多分前を少し意識して走っていたと思うのですがそうするととっぷさんに追いつき、3名でお話しラン。
話をしながら走り進める。これがウルトラ!
この辺りでパル彦さんともエール交換しましたね。
正確にどの辺だったかは覚えていませんが私と比べて元気いっぱいだったのが印象的でした。
しばらく並走するも流しそうめんエイドを超えたあたりでパティオさんが先行。
程なくとっぷさんも前に行き、足色の悪い私は取り残された格好です。
少なくともこの時の私はお二人についていくことも出来ませんでしたね。
ペーサー失格です。
ちなみにペーサーは上から目線ではなくお二人が120kmに対して私は100kmなのでそれならペーサー出来るかもという下から目線のペーサーです。
とある場所を折り返して行き道でパティオさん一押しの綺麗なトイレ、猿尾滝エイドで二度目の大へ。
自分的には前回の残りを絞り出した感じです。
さて、再び比較的平坦な道を進むと抜かれたランナーさんのゼッケンを見て思わず声を掛けます。
「すいません、トニさんはパル彦さんのブロ友さんですか?」
との問いにそうですということでお初でしたがしばらくお話ししながらランさせて頂きました。
なるほど、人とのふれあい、これがウルトラ2。
しかし出会いあれば別れあり。
これより続く900mの上りにてトニさんのペースに付いて行けず自然にお別れとなってしました。
再び単独走となりましたじゃがっちですが、なんとか44.5km第12耀山エイドに到着。
まずは冷やしたタオルを配っていたのでいただいて首から上を拭きまくって疲れを癒しました。
次に水分補給からのスペシャルドリンク(以降SPD)をちょっと探しまくりましたが無事探し当て、ドリンクを飲み、エネルギージェルを食らい、最後に股へワセリンを塗ってリスタート。
ここはダラダラ上るのを少しでも和らげるための大会側の配慮かランナー一人一人に対しての名前を書いた立て札が刺さっています。
ここでとっぷさんに再開。
上りだけあって中々苦戦中のようです。
文面は上から目線ですが当然私も苦戦中です。
ただ私のがペースが少しだけ早かったのでここは先行させて頂きました。
そしてしばらく行くと今度はパティオさんに再開。
ただ少し調子が悪いようなので少し会話をして先に進ませて頂きました。
PHOTObyパティオ氏
上りは辛いですが上りの最中に2つエイドがあり、ここで休憩が出来ることもあり何とか頂上までコマを進めることが出来ました。
さて上り前に50kmのチェックポイントがありまして、そこを通過した時のタイムが4:57。
まだ平均するとキロ6でしたね。
もうヘロヘロなのでこれから先のキロ6は無理でしょうけど。
その時に後ろにいたランナーさんから声を掛けて頂きました。
勇者の方でしたが、100km初めてだと告げると完走は問題ないと言われましたね。
ちなみにその勇者様は上りは走らない主義とのことでしたが、会話中は私に合わせてくれてジョグってくれてました。
自然に声掛け、これがウルトラ3。
その方とはその後のエイド及び大仏でのすれ違いなど2度もお会いし、エール交換しましたよ。
そのエイド(51.5km第15蘇武展望台エイド)ですが、まずは水分2カップ(スポドリ、コーラだったかな?)からそうめんを食してトイレへ。
実はおならがしたかったのですが実が出そうで我慢してました。
そして入っている人を待ってからのトイレは・・・液体が出てきましたね。
まさかのお腹ブロークンですよ。
まあ、思い当たる原因がなくはないです。
箇条書きにすると、
1.晩御飯を食べてから時間的には普段食べない夜食を食す。
2.夜食のおにぎりが賞味期限から3時間後に食す。
3.20km地点で吸収したジェルが先月までの賞味期限。
4.SPDに使った水に溶かす粉末の賞味期限が2年8ヵ月前。
5.10km毎に食していた塩タブレットの賞味期限が9ヶ月前。
本命4、対抗1かな。
今回はシューズ2足新調にポーチ及びそのボトル、更に靴下購入と色々お金をかけてきて、多分数百円をけちっただけ。
ここの貧乏性は治さないといけないと思いましたね。
ただ、思った時は既に遅しですけど。
仕方ないのでこれからは水分以外は手持ちのジェルを食して走ろう思いました。
水分の中でも炭酸が入っているコーラはおならを促進しそうなので除外としました。
コーラはエイドでも結構冷えているので美味しかっただけに残念。
ちなみに給水は常に2つ(水、スポドリ、カルピス、コーラから2つ)にたまにヤクルトを頂いていましたが、上記トイレ以外はこの後も寄ることなかったので日中はかなり暑かったと予想でき、自分的にも直射日光にあたると暑かったです。
さあ、気を取り直してラン再開です。
しばらく走って並走した二人のランナーとおしゃべり。
内容は残り距離の多さについてでしたが、他の二人は88kmと66kmだったので100km私にまだ長いですねと言われてしまいました。
ここに勇者がいたら間違えなくその方に同情が行ったと思いますけど、まあ勇者の道の方なら同情は不要といったかもしれませんね。
私はそうなんですよと残り距離を恨み節口調で返しましたけど(^-^;
色んな距離の方と親睦を深め合える、これがウルトラ・・・いや村岡か!
さてこの後は小刻みなアップダウンと65kmからの上りは標高にして200mくらいだったのでまあ大丈夫だろうと思っていたら疲労もあってか思っていた以上にキツイ上りとなりました。
後半は上りが一段とキツく感じますね。
上記を何とかクリアしてドロップバックのある73.3km第20射添エイドに到着。
エイドに到着するやいなやゼッケン確認が行われ男子学生(中学or高校)が小走りで荷物を持って来てくれました。
ちょっと感動。
袋からゴールまでに食べるジェル2つとここで食べるジェルをだし、SPDはおなかを壊す可能性があるので飲まず、特に返却しなくても良いものしか入っていませんが一応返却場所に荷物をお渡し~。
そしてそのエイドの裏手にあるコースへ。
そしてその坂を見て・・・歩いちゃいましたね。
エイドの直前とかエイドから離れる時に少々歩くのは人の混雑だったり走り始めは胃にやさしく的なものはありとしていましたが、ここにきて坂が理由でがっつり歩いていしましました。
走る前は目標たてたりしてましたが実は歩かないことが一番の目標でしたがここでついえてしまいました。
ユリカモメで歩いたのが私的に悔しかったのにまたしても歩き。
う~ん、敗北感。
今ブログで書くとですけど、当時は周り全てが歩いていたので敗北感どころかこれっぽちの罪悪感すら感じませんでしたね。
歩いたことへの不満なし(当時)、多分これがウルトラ4。
ただ、歩くと同時によいこともありました。
それはおならを出せたことです。
盲腸か!ではなく実が出るかもという不安がなくなり自然におならを出せるこの満足感を得たことが収穫です。
ということで食べ物は胃の調子もあるので引き続きNGとしてこれからのエイドで冷えている確率の高いコーラをOKとしました。
そして大仏エイドへ。
過去ブロ友さんの村岡で出てくる大仏はいかなるものかと思っていましたが想像以上に立派なものでした。
まずはめっちゃでかい屋内にある大仏3体のまわりを走って出口前にあるおはぎエイド。
お腹の関係上おはぎは頂きませんでしたが冷たいお茶を頂きました。
ここまでマラソンに協力するお寺、凄すぎです。
いやぁ、大仏といい、多分1年に今回だけであろう神社内を走れる特権、いいものを見、体感させて頂きました。
その後、そこそこな上りは歩き、他はジョグりながら進めて2つの上りを何とか超えるところで、
「上り後100m」それから「上り後50m」
という手書きパネルが貼ってありました。
村岡HPでも最後は下り一辺倒となっていたのでここは必要ないかもしれませんが残り4kmをとりあえずスパート!
といっても下りながらキロ4:50~30くらいですけどね。
でもこの時はずっと痛かった足裏の痛みが麻痺してましたね。
実は気持ち的なものだったりして・・・違うか
そしてそのままゴール!
元気よくゴールしたつもりでしたがテープを切る瞬間は疲れ切っていましたね。
大会:第20回 村岡ダブルフルウルトラランニング
距離:100km 時間:10時間42分58秒(グロス)
:10時間42分54秒(ネット)
後半歩きまくった割には想定タイムより25分程早かったのでいかに前半飛ばし過ぎたのかということですね。
初心者の至りですかね。
ついでに上記記録証を頂いた後に香住・残酷に今回村岡完走でかみランナーの表彰をうけました。
村岡の完走証を頂いたテントの横で一段上った台に乗って大会関係者が賞状を読んで、偉いさんと思われる人から上記を頂きました。
ゴールした時はかみランナーのことはすっかり忘れていて完走証を頂いた時にかみランナーと言われても何かわからなかったくらい思考が鈍ってましたが、当初の目標のひとつでしたから貰えてよかったです。
無理して笑顔を作ったつもりでしたが疲労が色濃くでてますね。
さてなんとかゴールはしましたが、私には当初のミッションがあります。
それは知り合いの勇者の道の方々を100km地点で応援するで、パティオさんにエールを送りました。
ちょっと無理したようで120kmへの挑戦はやめましたが100km、ナイスランでした。
後、44kmに出場していたてっさんにも会えました。
そしてすでに私服に着替えたパル彦さんにもお会い出来ました。
パル彦さんとは座りながら色々お話ししましたね。
その中でスタートでは見ていただけでした○ゃほいさんと挨拶をかわしました。
長い距離の大会ばかり出ている彼とは今日以外出会う機会がなかったと思うので会えてよかったです。
パル彦さんから聞いた彼のタイムは私の100kmのゴールタイムより彼が走った120kmのタイムのが上だったので超びっくりでしたね。
パル彦さん曰く、若さだと言ってましたが私からするとパル彦さんの年齢でも私が走り始めた年齢より1歳若いので若さって無限で偉大だなって思いましたね。
byおっさん
再びパティオさん、そしてパティコさんと合流。
その後、無料の豚汁やコーヒーなどを頂きましたよ。
豚汁は見た目汁だけに見えますが実は具沢山で美味しかったです。
その後、とっぷさんも無事100kmを完走しました。
120kmは残念でしたが昨年リタイアのリベンジ、おめでとうございました。
その時くらいに撮影した現場です。
すべてのランナーさんが走り終わってから花火でフィナーレ。
最初から最後まで演出含め素晴らしいですね。
ということで初の100kmが終了しました。
反省的には、
1.下りの走り方をもっと練習。
2.足裏を考えてもう少しクッション性のあるシューズも考慮にいれる。
3.金をケチってお腹を壊さないようにする。
所感
100kmはやはり長いですね。
ペースが終始分からないまま終えてしまいました。
走り終えてユリカモメで歩いたリベンジとして村岡では歩かないようにと思っていましたがまたまた歩いてしまいました。
後、お腹を壊したこともありおもてなしを十分に体感できなかったのが心残りですが、お腹が弱い私的には結果として今回のようなランのが良かったかも。
途中で話しながら走ったり、エイドで話をしたりとウルトラは記録を残す以外にも色々あり、それは今回出て体感して初めて知ったのでそれだけでも出たかいがありました。
夜からのスタート、帰宅すれば夜おそおそと中々普段の生活に弊害を受ける大会でしたが、出るだけの価値を得たと思います。
そしてその間中頑張ってくれた大会関係者やボランティア、香美町の中高生には頭が下がる思いです。
応援する方々も長時間の応援、大変力になりました。
ウルトラは開催する側も参加する側も大変ですね。
最後に自宅出発前と帰宅後に体重を測定しましたが、59.1kg→57.1kgと2kgダウンで思ったより体重変化はありませんでしたね。
ほぼすべてのエイドでコップ2杯(計100mlくらいかな)は最低でも摂っていたのでその辺が効いていたのかもしれませんね。