宏美さんの57thシングルで、作詞作曲は飛鳥涼さん。ASKA名義のアルバム『SCENE Ⅱ』(1991)のラストに収録されていたので、てっきりそれがオリジナルと思っていたら、今回調べたところそれ以前の90年3月に薬師丸ひろ子さんがシングルとしてリリースしていたと知った。
薬師丸さんのバージョンを聴いてみた。佐藤準さんの編曲は、意図的に無機的なサウンドを演出しているように感じるのは、「時計」を表現してのことだろうか。薬師丸さんは、いつもの女学生のような澄んだ歌声で、この切な過ぎる歌をご自分のものにしている。
ASKAさんの『SCENE Ⅱ』のバージョンは、イントロが極端に長く、アレンジ(これも佐藤準さん)は幻想的で捉えどころがない。『ASKA the BEST Selection 1988-1998』(1999)には、古川昌義さんのギター一本のリテイクバージョンが新たに収録された。
宏美さんはこのリテイク版が気に入り、2000年のライブハウスツアーのセットリストに取り入れている。それが2002年のシングル化に繋がる訳だが、さらにその翌年には『Dear Friends』に、二胡をフィーチュアしたアジアン・テイストなニュー・アレンジ(平野義久さん)を収録している。STB139で2000年2月に歌われた古川バージョンでどうぞ。
古川さんの繊細なギター一本で宏美さんが歌われると、詞のひとことひとことが直に心に響いてくる感じがする。それにしても何という胸が苦しくなるような歌だろう。別れた恋人同士の思いがけない再会を綴った歌は少なくない。宏美さんが歌ったものでもいくつか思い当たる。「卒業写真」「想い出の扉」「駅」などは、少し離れたところからあなたを見かけた、というもの。だがそれぞれ胸に去来するものは少しずつ違う。「もういちど…」では、お互いに新たなときめきを感じ、再び恋に堕ちる。
シチュエーションが似ているのは、バッタリ会ってしまった「再会」「20の恋」「哀しみの環状線」などか。「再会」は、あなたの目にはもう何も残っていないのに、私は今でもあなたを愛している、という歌。「20の恋」は若い時の恋で、飾り気のなかった頃の自分を憶えていて欲しい、という淡い想い。フィーリング的には「哀しみの環状線」が最も重なる部分を感じる。「振り向かない」というワードも共通している。だが、「止まった時計」の苦しいほどの切なさは群を抜いているのではないか。
偶然会った「あなた」に声をかけられたのだろう。歌の中では語られないが、「あなた」はいったい何を主人公に言ったのだろうか。
♪ どんな思いで さよなら告げたのか
忘れたわけじゃ まさか ないでしょうに
という言葉で歌い出される。「あなた」から軽い調子で復縁でも迫られたのだろうか。次いで主人公の今の気持ちが切々と語られる。
サビで、
♪ 振り向かないで 生きて行こうよ
きっと きっと 繰り返すばかりだもの
と想いが溢れ出るところの宏美さんの表現は、鬼気迫るものがある。前半で思い切り歌い上げ、後半「♪ 繰り返すばかり」でフッと抜く。そこが生だと何度聴いても鳥肌が立つような感じがするのだ。
2番で、さすがASKA!という秀逸な、私のお気に入りの歌詞が2箇所ある。まずは、
♪ 今の彼はね 少しあなたに似て
わがままだけど 側に居てくれる人
の部分。「少しあなたに似て」と、いい気分にさせておいて、「あなた」は「側に居てくれ」なかったでしょ、とチクリ。一矢報いた感じだ。
♪ 止まった時計 胸の隅で揺れた
手を添えながら 止めた
という部分は、主人公の想いが何と詩的に表現されていることか。「止まった時計」と言うが、主人公が必死で押し留めているのではないか。偶然再会した「あなた」のひとことや、黙っているだけの瞳で動き出してしまいそうなくらいの時計…。
「大切な人」であっても、「一番想い出の人」でも、振り向かずに生きて行く。誰でも似たような体験や想い出が心にあるのではないか。聴くたびに心が震える曲だ。
(2002.10.2 シングル)