卒業シーズンである。私たち3人姉弟の子どもたちの中では一番年下の甥っ子が、先日高校を卒業した。青春時代の象徴のような言葉「卒業」は、われわれにとって、もはや遠くになりにけり、である。

 

 さて、先日「なごり雪」を取り上げたばかりだが、この「卒業写真」もまたこの季節には外すことのできない名曲中の名曲である。説明無用と思われるが、荒井由実さんの作詞作曲で、ハイ・ファイ・セットのデビューシングル(1975)。同年すぐご本人ががアルバム『COBALT HOUR』でセルフカバーした。

 

 

 この歌は、なぜ多くの人の心を打つのであろう。単純に青春時代に愛した人を懐かしんでいるのではない。卒業写真の面影のままの「あなた」を見かけても、声をかけられなかった、世間擦れして変わってしまった私。「♪ あなたは私の 青春そのもの」という歌詞の通り、この歌は失われた自分の青春への懐旧の念に他ならない。「♪ 人ごみに流されて 」という言葉の使い方にも、いつもながらユーミンの才能を感じる。

 

 もちろん曲作りのセンスも発揮している。出だしの「♪ 悲しいことがあると」と、続く「♪ 開く皮の表紙」とは、メロディーラインは全く同じものが繰り返されている。だが、コード進行は、前半が F△7-F/G-C△7、後半は Am7-D7-G7と変わっている。ユーミンのコード使いの天才性は、すでに語り尽くされている感があるが、嘘か誠か「ひこうき雲」のサビのコード進行を聴いて、松任谷正隆さんが結婚を決意したというエピソードは興味深い。

 

 

 

 この名曲を、宏美さんは初の邦楽カバー集である『すみれ色の涙から…』でいち早く録音している。宏美さんご本人によるリクエストと聞いた。編曲は萩田光雄先生。このアルバム全体を通じ、セルフコーラスも聴きどころだし、ボーカルもオーソドックスに丁寧に歌われていて好印象である。この曲の魅力も、宏美さんの素直な歌唱によりストレートに伝わって来る。

 

 

 それから四半世紀を過ぎてから、『Dear Friends Ⅲ』ではヨシリンと息の合ったデュオを聴かせてくれた。キーは25年前より1音低いCメジャーで、ユーミンのキーと同じである。編曲・ピアノとピアニカソロは青柳誠さん。ホルンや木管もフィーチュアしたクラシカルなサウンドである。ライナーノーツによれば、ヨシリンのテイクを聴いてから、宏美さんのパートを吹き込み直したという意欲作*でもある。サビでは、宏美さんがヨシリンのメロディーの3度上をファルセットでハモるところが萌え、である。

 

 

 いずれも、リリース後間もなくテレビで披露された映像があるのでご紹介しておこう。

 

 

 

 当たり前だが、音楽の聴き方や聞こえ方というのは、人それぞれに違う。いつもたくさんコメントを寄せてくださる宏美ファンの方々も、少しずつ音楽への関心のあり方や興味・こだわりのベクトルが違っていると感じる。それがまた楽しいのだ。

 

 私は恐らく、音楽・音そのものに対する関心が高いのであろう。まずは宏美さんのリリカルな声、自然に曲の情感を表現する歌い方が何より好きである。次いでバックの演奏やコード進行等に耳が行く。例えばこの「卒業写真」一つとっても、ユーミンの楽曲自体の素晴らしさには感嘆するし、ソングライターとしての底知れぬ才能には驚くばかりである。だが、失礼ながらご本人歌唱のバージョンでは、この歌の情景が充分私には伝わって来ないのだ。逆に言えば、平凡な作品でも、宏美さんが歌うと名曲に聞こえてしまったりするのである。

 

 私の友人で、長年ユーミンの追っかけをしている女性がいる。彼女の音楽の聴き方もまた独特だ。ユーミンの楽曲にはもちろん精通しているのであるが、インストゥルメンタルで流れると何の曲か判らない、と言うのだ。歌詞を聞けば何でもわかると言う。ある意味私と真逆の音楽の聞こえ方をしているのだろう。

 

 読者の皆様のお耳には、この「卒業写真」はどのように聞こえていらっしゃるのだろうか。

 

(1981.11.5 アルバム『すみれ色の涙から…』収録)

 

*宏美さん・良美さん姉妹の声・歌唱の類似と相違については、別の機会にゆっくり触れてみたい。