宏美さんに限らず、歌手のキーをめぐる問題はあちこちで論じられている。まずは、5年前に私が書いたブログから読んでいただこう。
あれから5年。この間、宏美さんの転機となる野口五郎さんとのコラボレーション(2021〜22年)があった。当時、宏美さんは口にはしなかったものの、五郎さんが宏美さんの悩みを言い当てたという。キーや歌声の変化。アルバム『Eternal Voices』では、五郎さんが様々なディレクションを行なっている。こと宏美さんの声に関しても、当時いくつかのエピソードが紹介されていた。五郎さんは宏美さんに、「まずその低い声で笑うのやめなさい」と指摘、日常生活からの改善を求めた。「ワインレッドの心」では、「宏美ちゃんの声帯が見えるような声」を期待した。さらに、「You raise me up」では、打ち合わせも音合わせもすることなく、五郎さんがキーを決定してしまったという。宏美さんの音域ギリギリいっぱいの上のEまで使ったこのバージョンは、私の妻が「これ誰?」と言ったほど、「これまで聞いたことがない」ような宏美さんのお声を引き出すことに成功していると言えよう。
これ以降、宏美さんは歌声の変化について、ある意味吹っ切れたような言動が増えた。今年のコンサートのメドレー歌唱のMCでは、「あ、一つ言っとくけど、昔のようには歌えないからね。当たり前でしょ?『あー、こうなったんだなー』と思いながら聴いてください。そしたら私も気が楽だから」と笑いを誘ったりする。「私たち」の振りの練習の際には、ピアノ一本で美声を披露してくださるが、「高いでしょ?キーがギリギリなんです。命削って歌ってるんだから、少しは感謝してよ(笑)」と言った調子だ。「聖母たちのララバイ」も、ファルセットを使用する箇所を一気に増やし、ムダな力みがなくなった。
そこで、今回はBlu-rayとCDの完全版がリリースされた50周年コンサートの音源を元に、オリジナル曲のキー変更・ファルセット使用にスポットを当てながら私なりの感想を述べてみたい。もちろん、完全ネタバレになるので、まだツアー未体験で、これから参戦のご予定がある方はご注意くださいね。
表記については、オリジナルから変更なしが[±0]、下げている場合にはカラオケと同じように、半音幾つ分下げているかで表した。半音下げた場合には[-1]、1音下げていれば[-2]、という具合である。それでは、コンサートの曲順にご紹介していこう。
●五線紙の上 [±0]
●いのちの理由 [±0]
●残したい花について [±0]
オープニングに披露された3曲は、比較的近年の楽曲であり、キー変更はなされていない。高音部分は、ファルセット使用が増えた。レコーディング当時(2012年)は全て地声で歌っていた「いのちの理由」は、かなりの部分をファルセットに切り替えている。声を張り上げるより、現在のソフトな歌唱が曲想にも合っている。一つだけ私の個人的感想を言えば、「♪誰もが生まれて来たんだよ〜」は最後の「よ」だけをファルセットにしているが、そのためその前の「だ」が強過ぎて聞こえる。「だ」もファルセット使用、もしくは柔らかな発声にした方がスムーズに聞こえると思うのだが。
●素敵な気持ち [-1]
〜決心 [-1]
〜好きにならずにいられない [±0]
〜ぼくのベストフレンドへ [±0]
〜銀河伝説 [-2]
〜シアワセノカケラ [±0]
最初のメドレーでは、新旧の珠玉の名曲が取り上げられる。親衛隊がペンライトのカラーを切り替えながら振っているところだ。まず「素敵な気持ち」を半音下げている。前回のブログ以前のバンド演奏の音源はない。初めて半音下げているのが確認できるのが、2020年の『45TH ANNIVERSARY CONCERT BOX 残したい花について』である。興味深いのは、昨年(2024年)の音源『Live Selection ACCOUSTIC』の青柳さん・古川さんの演奏では、オリジナルキーのまま演奏されていることだ。アコースティックライブでは、フルコーラス歌われるこの曲。2コーラス後の大サビ、「♪ I know you love me, You know I love you/さりげなく いつも〜」の部分では、「You raise me up」と同じ、上のEまで使用している音域の広い曲である。青柳さん・古川さんの演奏のキーがそのままだったのは、時間の関係か、上杉くんと違って遠慮のある人間関係のせいか、はたまたギャラの関係か。われわれ素人にははかり知れないところである。
続いての半音下げは「決心」である。2015年の『40周年感謝祭 光の軌跡』ではオリジナルキーで演奏されているので、この10年のどこかで変更がなされた訳だ。宏美さんの意思か、上杉クンの忖度か。
目立つのは「銀河伝説」の全音下げである。この曲は、今世紀に入ってから三度目のセットリスト入りである(と思う)。ライブで聴いた時から「下げてるな」とは思ったが、今回の音源化でハッキリした。このキーだとかなりゆったりと聞こえ、私は好きである。石破さん、大好きな「銀河伝説」が聴けますよ!総理の重責から解き放たれた今、是非またコンサート会場にお出かけくださいね。😉
●家路 [±0]
〜橋 [-1]
〜夜のてのひら [±0]
〜愛という名の勇気 [±0]
続いては、『火曜サスペンス劇場』メドレーである。宏美さんもMCでおっしゃっているが、
音域の広い難曲が続く。「橋」は半音下げたため、地声/ファルセットの切り替えがオリジナルとほぼ同様で、違和感なく聴くことができる。絶妙なキー設定である。
後半2曲は、キーはそのままに高音域にファルセットを使用。とてもスムーズで大変聴きやすい。
課題があるとすれば「家路」であろう。サビの後段「♪ あなたは誰かに 寄り道をしただけ〜」からは、高音域での歌い上げが印象的なパートである。オリジナルキーだと、この部分が地声で歌い切れずにファルセットとの切り替えが頻回になる。全てファルセットにするか、もしくは半音か1音下げた方がベターではないかと思うのは私だけだろうか?ちなみに、25周年の『Reversion』の折りには半音下げていた。
●小さな旅 [±0]
●すみれ色の涙 [±0]
フルコーラス歌われたこの2曲は、キー変更はない。「小さな旅」では、もちろんサビの高音はファルセットに頼っている。だがこの曲はミドルからスローなテンポのため、ロングトーンも多く、若干余裕なく聞こえる。ブレスもレコーディング当時より多い。半音くらい下げてもよかったかも知れない。
「すみれ色の涙」は、オリジナルキーのままである。国府弘子バージョンでは、2014年のコラボ結成当初からずっと半音下のAマイナーだったし、青柳・古川のアコースティックバージョンも同様であることが昨年(2024年)の『Live Selection ACCOUSTIC』で確認できた。今回のツアーでは、「レコーディング当時を思い出して、ほとんど声を使わずに歌ってみたい」ということで、最高音域まで上がる「♪ 淋しかったから あなたにさよならを〜」の「あなた」の部分がとても自然体で良くなったと感じる。
●永遠のありがとう [±0]
最新曲であるから、もちろんキーの変更はない。だが、面白いことに気づいた。宏美さんのシングルは、五郎さんとのデュエット「好きだなんて言えなかった」を除けば、2017年の「絆」を最後に出ていない。それ以降は、「残したい花について」(2018)、「太陽が笑ってる」(2020)、そしてこの「永遠のありがとう」(2025)の3曲が、ツアータイトルになったり、テレビ番組で歌われたりと、準シングルのような扱いを受けている。ところがこの3曲共、同じキーのBメジャーであり、レンジも下のF#から真ん中のA#またはBとほぼ同じなのである。もちろん単なる偶然ではあるのだが、この#が5つ付くこの柔らかく温かみのある調性が、近年の宏美さんに何となく合っていると思う私である。
●あざやかな場面 [±0]
2部オープニング、アニバーサリーイヤーのセットリストには欠かせないこの「あざやかな場面」。10年前の『40周年感謝祭』でもオリジナルキーであり、今の宏美さんには若干高めではある。しかし、今回のツアーでも時折り上のCまで地声で歌われていて、若々しさや思い切りの良さを感じさせてくれた。ちなみに20年前の30周年の際には、逆に[-2]で歌われていて、むしろこちらの方がグッと大人びた「あざやかな場面」である。🥰
●二重唱 [-1]
〜ロマンス [±0]
〜センチメンタル [-1]
〜ファンタジー [±0]
〜未来 [-1]
〜霧のめぐり逢い [±0]
〜ドリーム [-1]
〜想い出の樹の下で [-1]
〜女優 [±0]
2部最初のメドレーは、筒美京平作品集だ。「二重唱」「センチメンタル」「未来」の半音下げは、25周年の『Reversion』以降ずっと定着している。「想い出の樹の下で」「ドリーム」については、リリース当時から生演奏では半音下げていた。
●二十才前 [±0]
〜悲恋白書 [±0]
〜熱帯魚 [±0]
〜夏に抱かれて [-1]
〜万華鏡 [±0]
〜シンデレラ・ハネムーン [±0]
〜パピヨン [±0]
〜私たち [-1]
2つ目のメドレーは、レコードと同じキーの曲が多い。久々に歌われた「悲恋白書」は上のDまで出てくる高い曲だが、ファルセットを織り交ぜ上手く歌いこなして、自然な歌唱である。「夏に抱かれて」は、『40周年感謝祭』から半音下のD♭メジャーで変わりはない。
ここで特筆すべきは「私たち」である。35周年記念コンサートで封印が解かれて以来、ずっと[-2]のB♭だったのであるが、2021年4月に行われたルネこだいらでのコンサートに於いて、突如半音上げてBメジャーで歌われたのである。この時、「月見草」もキーが上がっており、仲間数人で「『私たち』と『月見草』、キー上げたよね?」と終演後に驚きと共に語ったことを思い出す。今年リリースされた2枚組CD『永遠のありがとう』でそれが確認できる。敢えて半音上げた理由については、アンコールの「月見草」の項で改めて触れる。このCDでも「私たち」のアコースティックバージョンは[-2]のまま。「素敵な気持ち」と同じく「大人の事情」によるものか。
●思秋期 [±0]
●聖母たちのララバイ [-1]
「聖母〜」についてはたびたび触れている通り、発売当初から生演奏では現在と同じこのキーである。先日BSの番組で「聖母〜」の映像が流れたが、「あれ?ずいぶん元気に地声張り上げてるな」と思ってよく見たら、ビジュアルからも少し前の宏美さんと判明した。現在のファルセットを主体としたソフトな歌唱こそ、今の年齢に合った慈愛に満ちたマドンナの歌唱に似つかわしいと私は思う。
●月見草 [-1]
●虹〜Singer [±0]
先ほど少し触れたが、2020年12月の『45TH ANNIVERSARY CONCERT BOX 残したい花について』の宗次郎さんのオカリナバージョンまでは、『Never Again〜許さない』(1999)の島健アレンジ以降の[-3]、Aマイナーだった。だが、1音上げてBマイナーとなると、われわれ素人の聴衆でも、すぐその変化に気づくほどである。先の「私たち」と併せて、宏美さんが突如このデビュー当時の大切な2曲のキーを何故上げたのか。私の推論は以下の通りである。
キーを2つ、3つと下げるとゆったりとした大人の雰囲気が感じられ聴きやすくなるが、その分高音の緊張感や若々しさ、可憐さといったものは失われる。宏美さんはこの2曲は、少しでもデビュー当時のキラキラしたイメージのままで歌いたかったのではないか。だが、オリジナルキーでは高過ぎていかにも苦しく聞こえてしまう。熟慮の末選択されたキーが、ギリギリ今の[-1]だったのではないか。実際、「月見草」のファルセットに切り替わる寸前の中高音では、デビュー当時の宏美さんの瑞々しいお声に戻った感じがして鳥肌モノなのである。😍
2021年と言えば、ご自身の音域や歌声の変化に悩み、試行錯誤していた時期だ。そこで野口五郎さんとの出会い、コラボがあり、ひと皮むけた宏美さんとなって50周年を迎えた…私はそんな風に捉えている。
もう4日後に迫ったNHK紅白歌合戦。昨晩、わが家の食卓で宏美さんの紅白復帰、「聖母たちのララバイ」歌唱の話題になり、義父が「37年ぶりじゃ、女性はすっかり容貌が変わっちまってるだろう」とトンチンカンなことを言って、皆で大笑いした。「おじいちゃん、37年ぶりに公衆の面前に姿を現す訳じゃないんだよ。ずっとコンサートなんかで歌い続けて来た訳だし、テレビもよく出てるよ。それに容貌が変わるのは男性だって同じでしょ!」と。そうなのだ。50周年、「聖母〜」発表からでも43年。この間様々なことがあり、それを乗り越えて個人史を重ねて来た宏美さん。29日にはちょうど『ファミリーヒストリー』の再放送もあるようだ。歌声や声質、音域の変化も含めて、50年の重み。大晦日、宏美さんの深く温かな歌声が、一人でも多くの方に届きますように。

