宏美さんの堀越学園の同級生であり、スター誕生の先輩でもある伊藤咲子さんのデビュー曲である。作詞:阿久悠、作編曲: Shuki Levy。「♪ 誰のために咲いたの〜」の爽やかな歌い出し、正統派の歌唱ぶりは、私と同年輩の諸氏であれば大概ご記憶なのではないだろうか。

 

 

 宏美さんにとって親友と言ってよいサッコさんのこの曲を、『Dear Friends Ⅶ 阿久悠トリビュート』で取り上げたのだ。しかも、ジャズピアニスト・国府弘子さんとのレコーディングである。弘子姐さんとは、この後すっかり意気投合して2人だけでツアーを回り、アルバムまで作ってしまうことになる。どんなピアノでも弾きこなしてしまう彼女だが、この曲はホンキートンクピアノっぽいと言うのか、ラグタイム風と言うのか。とにかく、姐さんの多重録音のピアノがゴキゲン過ぎて宏美さんのボーカルものせられて弾けている。

 

 ホンキートンクピアノと言うと、私のイメージは映画の西部劇で出てくる酒場の片隅にある音程の狂ったオンボロピアノである。ちょっとググってみたら、調律がなされていないので、メロディーよりもリズム重視の演奏スタイルが生まれたとか。ラグタイムやブギ・ウギなどのジャズと相性が良いようだ。

 

 

 参考までに、「ラグタイム王」と言われたスコット・ジョプリンの作品「メイプル・リーフ・ラグ」、ラグタイムのプロ演奏家トム・ブライヤーの「スーパーマリオワールド」エンディングBGMの演奏動画を貼り付けておこう。

 

 

 

 「ひまわり娘」のワンコーラスの構成を見てみよう。私も今回ブログを書こうとして初めて気づいたのだが、下記の通り実に教科書的な組み立てになっている(カッコ内は小節数、歌詞のカッコはアウフタクト)。

 

A(8) ♪ (誰)のために咲いたの〜

A’(8) ♪ (恋)の夢を求めて〜

B(8) ♪ (なみ)だなんか知らない〜

A’(8) ♪ (もし)もいつかあなたが〜

 

 国府さんアレンジの「ひまわり娘」は、まずはメロディアスでテンポフリーな短い導入部から始まる。その後、すぐインテンポになり、躍動感溢れる演奏が始まる。歌い出しのAメロでは、ピアノの低音パートはベースランニングをしている。Bメロでちょっとマイナーに傾く部分は、サッコさんのオリジナルでは盛り上げているが、宏美・弘子バージョンは、歌・ピアノ共に音量は抑えめにし、緊張感を持たせることに成功している。そして、Aメロが戻るところでホンキートンク風のピアノが全開となり、親友・サッコさんへの想いと、相棒・弘子姐さんへのリスペクトが相まって、宏美さんのボーカルは本当にひまわりのように明るい輝きを放つのだ。

 

 間奏では、宏美さんのスキャットに寄り添うような国府さんのピアノ。同時録音ではないのだろうが、まるでお二人が視線を交わし合いながら演奏されているかのようだ。その後は、そのスキャットのモチーフを発展させるように国府さんが繋ぎ、再びBメロに入る。

 

 ラストの「♪ あなただけの花になりたいー」ではリズムが止まり、宏美さんのファルセットが心地よく伸びる。「♪ それが私の願いー」もリズムなしで歌われ、再びピアノがリズムを刻む後奏から、C69のコードで余韻を持って終わるのだ。

 

 

 2014年後半、宏美さんは阿久悠トリビュートアルバムを引っ下げて『Thank You !』ツアーを行なった。そのツアーが地元に来た時、私は若い頃職場の先輩だったKさんを誘ってコンサートに行った。Kさんは、それこそ「ひまわり娘」のようにいつも笑顔で職場を明るくしてくれる人だった。

 

 そのコンサートでは、残念ながら「ひまわり娘」は歌われなかったが、私は彼女にこのアルバムをプレゼントした。ファン仲間の打ち上げにも物怖じせず参加し、いつの間にか話題の中心にいるような、「ひまわり娘」ならぬ「ひまわりおばちゃん」だった。🌻😜

 

 若い頃から歌が素晴らしく上手な人だったが、定年までだいぶ余裕を残して退職。ジャズの勉強をして、定期的にライブを開くまでになる。Kさんのライブに私も足を運ぶようになった。彼女にはハンディのある息子さんがいることを、その頃初めて知った。息子さんの年齢を聞くと、同じ職場だった頃一番手のかかる時期だったはずだが、そんなことは全く感じさせない人だった。ライブ会場では、いつも彼女の最愛の夫が温かく見守っていた。

 

 ところが、一昨年から昨年にかけて1年以内に、Kさんは夫、義母、息子さんを立て続けに亡くしてしまう。われわれ友人も言葉を失ったが、彼女は相変わらず明るく振る舞っていた。しかし、歌を歌うのはやめてしまった。

 

「♪ もしもいつかあなたが/顔を見せなくなれば/きっと枯れてしまうのでしょう/そんなひまわりの花」

 

 彼女はこのまま枯れてしまうのだろうか。今のKさんだからこそ歌える歌があるのではないか。彼女にもうひと花咲かせて欲しい。酷なこととは知りながら、そう願うのだ。*

 

(2014.8.27 アルバム 『Dear Friends Ⅶ 阿久悠トリビュート』収録)

 

【2024.3.29 追記】Kさんは1年くらい前からぼちぼちライブ活動を再開した。昨年9月、大いなる感慨を持って久々に彼女のライブに参加した。🥰