東寺へ
土曜日の朝突然誘われた京都朝から髪の毛ボサボサで行ってきましたあ~あ~www東寺は、桓武天皇による平安京遷都の2年後、796年に東寺として創建されました。皇居から南へ延びる朱雀大路の南の端に都への入り口として羅城門がありその東側に東寺、西側に西寺の官立寺院が建立されました。そして嵯峨天皇が823年に東寺を弘法大師に賜ったのです。東寺は左京と東日本の守り寺として1200年になります。(西寺は現在存在しません)1994年にはユネスコの世界遺産に登録されました。密教美術の宝庫で、講堂には立体曼荼羅が安置されています。弘法大師は教えを真言宗と名付けられ、東寺は教王護国寺と名乗りました。人間も自然もそのまま仏様と同じであると教えられ、誰でもやれば出来ることを示されました!生はこれ楽にあらず衆苦のあつまるところなり 疲れて帰ってきて片付けが待っているというまさかの出来事それが子を育てると言うことであり親を看取るというコトなのかな・・・ 生きていることは重い。宿業は自分の思いの自由にならないものである。自分が起こしたわけではないが、自分の身に起こったという責任だけは引き受けなければならない。その出来事に出逢ってみて初めて人間の重さを思い知るのである。一生かかっても尽くせない。令和5年7月 東寺 はじめあれば終わりあり生ある者は死あり 私は同じ終わりなら終わり良ければすべてよしが好きアハハハハオホホホホ♬ 誰もが思い通りに生きることは出来ない。死ぬまでに、何にぶつかるか分からない人生である。しかし、直ぐに悲観するその正体は煩悩である。 目の前の人に不満を持ったり、怒りを持ったとき「私はあなたであり、あなたの姿は私なんだ」という境地に戻れるかどうかが大事だそうです。深い・・・そうと氣づけば、どんな悲しみや苦しみが来ても裸でぶつかって、それを転じて新しい人生を展開していけるはずである。人生には、結論はない。令和5年8月 東寺Every beginning has its end.All who live must face death.None of us live exactly as we wish.We do not know what challenges we will encounterduring our lives.When weconfront these challenges,our earthly desires often leadto disappointment.However,once we recognize this connection,wecan be certain that regardless ofthe sorrows and hardships we may encounter,we have the strength to tackle them with all our might,using them as stepping stones todevelop a new life.In our lives,there is no final conclusion.