今日はちょっとした備忘録です。

みなさん、スーパーサイエンスハイスクールってご存知でしょうか?


スーパーサイエンススクール とは文部科学省 が科学技術や理科数学 教育を重点的に行う高校 を指定する制度のことである。SSHと略記される。2002年(平成14年)度に構造改革特別要求として約7億円の予算が配分され、開始された。2007年(平成19年)度予算では約14億4443万円が配分されている。(Wikipediaより)


SSH指定校一覧

ちなみに東京都内では現在9校指定されています。

国立

筑波大付属駒場高等学校

東京工業大学付属科学技術高等学校

公立

都立科学技術高等学校

都立日比谷高等学校

都立戸山高等学校

都立小石川中等教育学校

私立

東海大付属高輪台高等学校

玉川学園高等部・中等部

早稲田大学高等学院


~関連ニュース~

スーパーサイエンスハイスクール ~国際的な人材育成への挑戦~

平成23年8月11日と12日。全国のスーパーサイエンスハイスクールの生徒が日頃の課題研究の成果を発表する平成23年度生徒研究発表会が行なわれました。今年は、海外の理数重点校の生徒を迎えて実施されました。初めて外国からの参加者を迎えるスーパーサイエンスハイスクールの取り組みはどのようなものなのでしょうか。

ScienceNews より)


はじめての英語による発表、頑張ったようですね。 


動画はニュースのタイトルをクリックするか、こちらでも見られます。

→http://www.youtube.com/watch?v=0LdVL77CU4k


スーパーイングリッシュランゲージハイスクール

というのもありましたが、こちらの制度は平成21年度で終了したようです。詳しくは→スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)について


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私もブログで何度か紹介してきました

中部大学、武田邦彦教授のブログ、


うーん、これは読む人によっては煽られてしまうだろうなという印象を受けながらも、参考になることも多いので、全面批判するつもりはないのですが、ずっと疑問に思っていたことがありました。


現実的に非常時と考えざるえない状況なのに、

彼が、ここまで平常時の放射線被曝年間1mSV基準に頑なにこだわるのは何故か?


この記事を読むことでかなり納得しました。

「善良な国民」になろう・・・「善良な専門家」の論理

(平成23年10月17日)


下の記事から引用した図をご覧ください。

武田教授は2段目の研究者としての地位を降り、今は3段目の教師(啓蒙家)として発言しているため、自らは判断せず、年間1mSVの法律を紹介しているにすぎない。


ということなんですね。


それにしても、彼のブログは、


更新が頻繁で真摯な姿勢がうかがえる

文章が簡潔でわかりやすい


ネット時代の優秀な啓蒙家だと思います。

失礼を承知で、単純に読みやすさだけで、国連大学副学長である

安井至名誉教授のブログと比較してみますが、


ICRPはなぜ信頼できるのか (平成23年10月9日)

↑この記事の内容は別として(非常に重要な内容だと思うのですが、このボリュームから考えて)、毎日忙しい時間の合間にブログをチェックする一般市民の感覚では、武田教授のブログの方に軍配が上がりそうです。


ですが・・・

 「善良な国民」になろう・・・放射線  から引用

知識人、マスコミをを中心に「正しく怖がる」という奇妙な言葉があり、「正しく」とは何かと思って今日、ある新聞社の社説を読んだら、「自分が正しいと思う数値」のことを言っていることがわかりました。つまり「俺は殿様だから、俺が正しいと決めたことは正しい。法律などは無視する」ということです。(引用終わり)


あらら、そうではないでしょう。(;^_^A

法律を無視すると言っているのではなく、法律だってその基準を決めた状況や背景があるわけで、どういう科学的根拠で決められた法律であるのかを知り、知った上で怖がろうということなんじゃないでしょうか?

これ以外でも、ツッコミを入れたくなるところが多々あるのですが、

私にとっては、科学コミュニケーションの技術をいろいろ学べるブログ、という意味で愛読しています。


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先日、世田谷の歩道で計測された高放射線量は、原発とは関係のないことがわかりましたね。

その民家の床下から見つかった瓶に入ったラジウム226 (以下ラジウム)。国に届け出もなく、住んでいた人も知らなかったそうです。


このニュースを聞いて思ったのは、

もしかしたら、私たちの身近には、このような原発関連以外の古い放射性物質がまだまだどこかに隠れて存在しているのかもしれない、ということです。

今回の件、今のように一般市民が、あちこちの放射線量を意識するような状況でなかったらば、気づかないままになっていたでしょうし、たとえ家が解体されるときに見つかったとしても、一般の人が目にするようなニュースにはならなかったでしょう。


【世田谷放射線】ラジウムはがん治療、夜光塗料にも利用

(msn産経ニュース10月14日)


こういう出来事は、今までだって珍しくはないようです。

こんなのもあるし→管理下にない放射性同位元素等の発見について(コニカミノルタエムジー株式会社)


日本では放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律 が昭和32年6月10日制定されるまで、こういった放射性物質の所有は、何の規制もなかったそうですから。


ところで、

私が、今回このニュースで思い出したことは、3か月ほど前に見つけて、いつかブログで紹介しようと思い温めていた(?)この現代ビジネスの記事です。

キュリーとベクレル、その呪われし運命

なかなか読み応えがあるので、ぜひ全文を読んでいただきたいですが、一部を書き出します。


 光り輝く放射性物質は、人類に幸せをもたらす魔法の物質、夢の新薬のように喧伝され、さまざまな商品がつくられることになる。

 その狂騒ぶりを記す『被曝の世紀』(キャサリン・コーフィールド著、友清氏訳)には、数々の実例が挙がっている。コロンビア大学の薬学部長は、ラジウムを肥料にすれば『味の良い穀物を大量につくれる』と主張したという。薬剤師はウラン薬やラジウム薬を薬局の棚に並べ、また医師たちもラジウム注射のような放射性物質を使った治療法を次々と開発、糖尿病、胃潰瘍、結核、がんなど、あらゆる病に活用しようとした。

 ほかにも、膨大なラジウム関連商品が欧米で販売されている。放射性歯磨き、放射性クリーム、放射性ヘアトニック、ラジウム・ウォーター、ラジウム入りチョコバーなどなど。「ラジウムはまったく毒性を持たない。天体が太陽光と調和するように、ラジウムは人体組織によく調和する」—これは当時の医学雑誌『ラジウム』(1916年)の一節だ。当然のことかもしれないが、放射性物質の危険性に対する意識は、まったくのゼロだったのである。


19世紀から20世紀にかけての時代は、ラジウムがもてはやされ、ラジウム入りチョコバーまであったということですから、驚きですよね。(@_@)


(科学というのは、時代をさかのぼってみると、ウソばっかり! ってなことが多いです。未来の人たちが見ると、今の私たちが信じてやってることも、ウソばっかり!ってことにもなるでしょう。)


話を戻して、

ラジウム226 は処理費用も高額だったために、不法投棄されている可能性もあるとのこと。今後も意外な場所で見つかるかもしれませんね。


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理系家族 会話その1

情報は多ければ良いってもんじゃない(理系家族 会話その2)

理系家族 会話その3

その感性は理学系?工学系? (理系家族 会話その3のつづき)


理系家族の会話シリーズ、今までの記事を揃えてみました。

今日は、中学生の娘が面白いことを言ったので記録します。



母 「放射性物質って自然にも存在するのは知ってるよね?」


娘 「知ってるよ」


母 「福島原発からは、自然にはない放射性物質も出ているのが気になるわね」


娘 「ねぇ、人間って自然の一部なんでしょう?」


母 「そうね、東洋では、そういう自然観があるようね」


娘 「人間が自然の一部なんだったら、その人間が作り出した原発や放射性物質だって、自然だってことにならない?」


母 「ふうむ・・・そういう考え方もできるね」

 

娘 「学校からの帰り道、そういうことを考えてたんだ」

 (へ~意外(^_^))


夜遅く帰宅した父親に、この話をしたら・・・


父 「その通りだよ。そんなこと考えるなんて偉いね。ほめてあげた?」


母 「あっほめてないかも、でも、ちょっと感心したってところを見せた」


で、この記事を書いているわけですが、

その横で、キリスト教系の学校に通うもう一人の娘が異論を唱えたい様子です。


つづきは、また~


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ふうむ・・・何事も度が過ぎると危険であるということなのかな・・・

放射線の害など、確率的に小さなリスクに対して必要以上に心配する人が多いと感じる今日この頃ですが、その原因の一つとして、

ネガティブ・バイアス「人間には、ネガティブなものにより強く反応するバイアスがあって、それは、自分の身を守るために脳がそのように進化してきた結果だから自然なこと」

と、納得してきた私です。

そうか・・・この記事にあるように、人間には楽観的であろうという

ポジティブ・バイアスもあり、(ここからは、私の考え方ですが)人によって両者バランスの支点が違うという考え方の方がたしかに理にかなっていますね。多くの人の傾向から、普通はいくらかネガティブよりの支点なのではないかと想像します。

ただ、私が訴えてきたのは、単に「楽観的でいよう!」というのではなく、

「難しいことではあるけれど必要な分だけ心配するように努力しよう!」ということなので、バランスの支点は変わらず、そのことでリスクを見過ごす危険性が高まるとは考えられません。(精神疾患の発生を防ぐという意味では、むしろ危険性が下がると思います)


しかし、バランスがポジティブに偏り過ぎていることで楽観的になっている人の場合は、この記事の通り危険を見過ごす危険性が高まる可能性がありますね。

どちらに偏り過ぎても危険ということなのかもしれませんね。

ネガティブ・バイアスについて関連記事

        ↓

人の脳はネガティブなことに反応しやすい

アメーバニュースは期限切れのようなので、

元記事です。
http://www.psychologytoday.com/articles/200306/our-brains-negative-bias



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