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東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

先日、娘にピアノを買いました。

と言っても、アコースティックピアノ

(本物のピアノ?)ではなく電子ピアノです。

ハイブリッドピアノと言う、鍵盤の動きは

本物と同じで、音を出すところが電子ピアノと

同じものです。

 

このハイブリッドピアノ、かなり良いです。

素人の自分にはアコースティックピアノの音と

全く違いが分かりません。鍵盤のタッチも

本物と同じ様に感じます。

 

娘は喜んでくれていますし、自分もちょっと

練習してみようかな?って思いました。

ピアノが弾けるってかっこいいですよね。

しかし、これがものすごく難しいです。

当たり前ですが、全然弾けません。特に

左手がまったく動かないんです。

 

YouTubeでストリートピアノを弾いている人の

動画をたまに見ますが、どうやってるんだろうと

思いました。同時に、クラシック音楽を作曲して

演奏していた昔の人はすごいな、と。

 

そこで、ピアノっていつ出来たんだろうと

ふと思い調べると、ちゃんと歴史がはっきり

していました。

 

現在のピアノの原型を作ったといわれているのは、

バッハと同じ時代のイタリアの楽器制作家である

バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)です。

クリストフォリは、爪で弦を弾いて音を鳴らす

チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、

ハンマー仕掛けで弦を打って音を鳴らす

現在のピアノ・メカニズムを1700年代頃に

発明したといわれています。

 

発明当初クリストフォリは、このメカニズムを

備えた楽器のことを「クラヴィチェンバロ・コル・

ピアノ・エ・フォルテ(イタリア語で、弱音も強音も

出せるチェンバロ)」と名付けました。

これがピアノの誕生です。

しかしクリストフォリが発明したこのピアノは、

現在のピアノと大きく異なりチェンバロに

近い音色だったといいます。

その後、ドイツのオルガン制作家である

ジルバーマンが改良を重ねて、

新しいピアノを作りました。

 

調べていて面白かったのは、バッハがいた時代に

現在のピアノはなかったと言うのです。

バッハはたくさんの名曲を残していて、現在では

ピアノで演奏されることも多いのですが、

実はバッハはピアノで演奏したことがないのですね。

 

自分は音楽に、特にクラシック音楽に

まったく興味を持ったことがありませんでしたが、

これから娘に教えてもらいながら少しずつ

ピアノの練習をしてみようと思います。

 

先日さかなクンの映画「さかなのこ」を見ました。

ここから先はネタバレになるのでご注意を。

 

この映画はお魚が大好きな子供が

たくさんの人に出会って、見守られて、

さかなクンになったと言うお話です。

さかなクンの半生と重なっていると

思いますが、物語はフィクションです。

 

しかし、その子はお勉強が

まったく得意ではありませんでした。

ある日の三者面談で、先生が「このままでは

進学が難しいからもっと勉強を頑張りなさい」と

言われてしまいます。

 

しかし、お母さんは

「あの子は魚が好きで、絵を描くことが

大好きなんです。だからそれでいいんです。

成績が優秀な子がいればそうでない子もいて、

だからいいんじゃないですか。

みんながみんないっしょっだったら先生、

ロボットになっちゃいますよ。」

 

お母さん、すごいですよね。子供を信じる強さ。

これはさかなクンの実話のようです。

 

「それでは大人になってから苦労するぞ」

先生の言うこともわかりますね。

でも、実際に勉強ができる子がすべて

社会に出て苦労しないわけではないですよね。

 

今回自分の子育てについて考えました。

言葉では言います「自分は自分でいい、

他人と比べる必要なんかないよ」と。

 

しかし現実社会では競争があります。

競争とは他人と比べることですよね。

やっぱり人と比べて同じように

勉強は頑張って欲しいと思います。

完全に矛盾していますね。

 

「好きこそものの上手なれ」とは言いますが、

子供のころの好きをずっと好きで居続けるのは

本当に大変だと思います。おそらく、大人が

周りの人間がそうさせないのだと思います。

だって、心配だから。

 

自分も子供に対してそうなってるのかな?

今一度、子供の「好き」を見つけ尊重し

子供の可能性を100%信じて見ようと

思います。

 

私事で恐縮ですが、

2020年にこのブログを始めてから

100回目の投稿になります。

 

「まだたったの100回じゃないか」、

まぁ、そう言わないで下さい。

飽きっぽい性格の自分なりには

良く続いているなと思います。

 

当初は不定期になんとなく書こうと

思っていましたが、なんかすぐに辞めて

しまいそうな気がしたので

途中から毎週木曜日に投稿しようと

決めて続けてきました。

 

たまにさぼったり、追加であげたりも

しましたが、2年近く続けられたことは

自分でも少し驚きです。

正直そんなに書くことあるのかな?

とも思っていました。

 

実際、読んでくれる人も少ない(汗)ですし

普段何の反応もないのですが、これからも

根気よく続けて行こうと思います。

 

ただ、自分の会社のHPにリンクもあるので

お客さんや就活生、社員もたまに見て

くれているようです。時々、お客さんに

「ブログ見てますよ」って言われるのは

すごく励みになっています。

 

これからもゆるく気長に続けて行きますので

よろしくお願い致します。

 

モノは安ければいいのか?

なぜ人は高級ブランドに惹かれるのか。

 

グッチは青年期に都会で一旗揚げようと

階級社会で最下級労働者ではあったが

最高級ホテルの皿洗いの職を得ます。

地道に信用を得て、皿洗いからウェイターになり、

王族や貴族の振る舞い、持ち物、

物に対する価値観などを見て

原価は何も意味を持たないと学びます。

むしろ商品が高ければ高いほど

それを所有することの価値が高くなると

見出しました。

この経験はのちに彼のブランドでの

ビジネスに大いに活かされることとなります。

 

その後彼は第一次世界大戦に徴収され

大戦後自分の名前を付けたお店を開きます。

最初はバッグを修理することをしていましたが

それにより、バッグのどこが壊れやすいか

どう作ればよいかなどを研究し

丈夫な鞄の作り方を学んでいきます。

 

この吸収した技術力とホテルでの高級品への

価値観、ブランドの本質を掛け合わせ

最下級労働者から世界有数の

エレガントなブランドを確立しました。

 

ブランドの元祖とされ、世界で初めて

品質保証のために自分の名前を商品にいれ、

ブランドそのものに自分の名前を

入れたのも彼がグッチオ・グッチでした。

 

彼は言いました。

“価格は忘れるが、品質は生涯残る”

 

今のビジネスを振り返ってみたいと思います。

 

 

想像して見て下さい。

あなたに自由、お金、時間があったら

あなたは何をしますか?

何がしたいですか?

 

今人生において縛られているものを

取り除いて考えて見て下さい。

 

やりたいことがない、

夢や希望がない、

どうしたらいいかわからない。

 

自分の将来を想像したときに

何も浮かばない人は

学生、社会人、年齢問わず

たくさんいると思います。

 

そして、それに悩んでいる人。

想像したときに頭に浮かんだこと、

妄想したことがあなたのやりたいこと

夢にできることかも知れません。

 

その想像したことをゴールとして

今の自分に何が必要か

何が足りないかを考え

ゴールまでの道を作って行く

それが大切な人生設計なのでは

ないでしょうか。

 

そして、夢に大きさは関係なく

何個でも持っていてもいいと思います。

一つ叶えたら、また次へ進む。

人生で夢をたくさん叶えて行きましょう。

 

世界はあなたの見え方、とらえ方で

変わる鏡みたいなものです。

 

みんなが夢を見つけて

それに向かって生きていく。

そんな幸せな人生を送って

もらいたいですね。