東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

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世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

ホルムズ海峡の封鎖により石油の輸入が滞ったため、ナフサ由来の製品が品不足となり、日本経済に大きな影響を与えています。今回の事の始まりはアメリカとイスラエルがイランに対し大規模な軍事攻撃を仕掛けたためで、その影響を日本やアジアの他国がもろに受けている状態です。

 

先日、アメリカとイランがホルムズ海峡の封鎖を解除すると発表しましたが、以前も同じように発表してすぐにまた封鎖されているので、世の中では冷めた目でそれを見ているようです。そして、日本では先のオイルショックから学んで石油備蓄がかなりありましたが、それでもナフサの供給が足りないと言う理由で、価格高騰や製品の調達不足が発生しています。そしてそれは年末まで続くだろうとも言われています。

 

ここで改めて感じたのが、日本は資源が少ない国なのだと言うことです。ホルムズ海峡に関する件では石油資源に限られますが、それ以外にもレアアースや超硬合金に使われるタングステンなども中国の輸出規制によって制限され、影響が出ています。

 

ところが、実は日本は資源大国になれる可能性があります。それは海洋資源です。ただし、現時点では技術的・経済的な高いハードルと環境・外交的なリスクが存在するためになかなか商業化に至っていないのが現状です。

 

日本の海洋資源の多くは、水深1,000m〜6,000mという超深海にあります。光も届かず、凄まじい水圧がかかる海底から、ガスや重い鉱物泥を安全かつ安定して引き上げる技術は、世界的に見ても未踏の領域です。

 

また、中東の油田のように「掘れば自噴する」ものとは違い、深海から資源を回収するには莫大な設備投資とエネルギー(コスト)が必要です。そのため、海外から輸入した方が圧倒的に安いという状態が続いていたため、民間企業がビジネスとして参入しにくい状況でした。

 

さらに、深海の独自の生態系を破壊する懸念や、採掘時の事故による海洋汚染リスクがあります。また、日本のEEZ内であっても、隣国との境界付近では外交的な摩擦が生じるリスクもあります。

 

では、今後もずっと宝の持ち腐れなのかというと、状況は大きく変わりつつあります。日本が資源大国(または資源自給国)になれるかどうかは、これからの10年の動きにかかっています。経済安全保障の重要性が高まり、地政学リスク(ウクライナ情勢や台湾有事のリスクなど)により、「高くても自国でエネルギーを確保する」ことの価値が跳ね上がりました。さらに脱炭素(クリーンエネルギー)への移行が進む中、EVや風力発電には大量のレアメタル(コバルト、ニッケル、リチウム)が必要です。これらを中国などの特定国に依存しないため、南鳥島沖のレアアース泥などの開発が国家プロジェクトとして急ピッチで進んでいます。

 

国が本気を出して、国家予算をつぎ込んでエネルギー政策を行えば、日本がある種の資源大国になれる可能性は十分にあるのです。

 

我々が所属する関連業界団体には、(一社)日本溶接協会と(一社)溶接学会があります。そして我々の専門とする「ろう付」と言うとても狭い分野ではありますが、協会と学会どちらにも「ろう付」に関する委員会があります。協会では「先端材料接合委員会」、学会では「界面接合研究委員会」があり、我々はどちらにも所属して幹事を務めています。

 

先日、初めて日本溶接協会の定時総会に参加して来ました。普段お世話になっている、先輩であり、友人であり、一緒にろう付業界を盛り上げてきた戦友である先生が、栄誉ある「功労賞」を受賞したので、その授賞式に参加するのが一番の目的でした。

 

そこで、定時総会での報告を聞いていたのですが、来年2027年に協会と学会の統合に関する説明がありました。この話は事前に聞いていましたし、正式にアナウンスもされていましたので驚くことではありませんでしたが、その内容を始めて知ることができました。

 

要は日本溶接協会が溶接学会を吸収合併する形になります。それは運営資金的な部分が大きな理由であると考えられます。具体的な数値も示されましたが、協会と学会では会員社数がほぼ同じなのに対し、事業収益の差はなんと約43倍もありました。それの理由は、協会は資格認証などで一定の収益を上げることができるのに対し、学会は会員からの会費だけが収入源です。そのため運営内容も全く異なり、職員数も約20倍も違うことを初めて知りました。

 

実は、溶接の世界でこの様に協会と学会が分かれているのは日本くらいで、欧米や中国ではもともと学協会が一体となって活動しています。日本でのこれら学協会の成り立ちは詳しく知りませんが、日本溶接協会は経済産業省、溶接学会は文部科学省と、省庁が異なるのです。そのため、長い間同じような活動が別々に行われてきました。

 

ところが、日本の人口減少と少子高齢化によって、両者の活動がままならなくなってきました。特に溶接学会は人口の減少が学生数の減少につながり、つまり会員数の減少、収入の減少となっているのです。日本溶接協会でも人口の減少は大きな問題です。資格認証で収益を上げられていますが、最近では外国人の資格認証に力を入れて収益が維持できているそうです。

 

今回の協会による説明では、学会の吸収合併によりシナジー効果が生まれると言っていますが、個人的な見立てとして要は人口減少による両者生き残りのための合併です。しかし、世界的に見ると日本もやっと普通の状態になるので良いのではないかと思いますが、長い間このような状態が続いていたですから、他の分野でも同じことが起きているのではないでしょうか。人口減少と言う現実が長年変われなかった体制の変化のきっかけになったと言うことだと思います。

 

 

最近の女の子で自分のことを「ボク」と呼ぶ子が増えていると言います。実際に自分の下の娘も小学校低学年の時に自分のことを「ボク」と呼んでいました。最近では「うち」に変わってきています。

 

言語学の先生曰く、男の子が名前呼びから「ボク」になり「オレ」「わたし」になっていくのに対して、女の子は名前呼びから一足飛びに「わたし」に飛躍する感覚があるらしいので、少女らしい自分を表現するにはどうするか、という問いの答えとして「ボク」や「うち」を使うそうなのです。

 

自分を表す言葉を「自称詞」と言いますが、大人が思う以上に子どもにとって自称詞は自分を表現する大切な言葉です。現代では「女子はわたしで、男子はボク」が学校教育の規範になっていて子どもは小学校に入ると認識しますが、「わたし」は大人でも使うし、フォーマルな場面では男性も使うので、少年性の強い「ボク」に比べて子どもらしさがありません。

 

男の子が名前呼びから「ボク」になり「オレ」「わたし」になっていくのに対して、女の子は名前呼びから一足飛びに「わたし」に飛躍する感覚があるのだと思います。では少女らしい自分を表現するにはどうするか、という問いの答えとして、「ボク」や関西圏の「うち」を借りてくるわけです。

 

しかも、日本人の自己は絶対的でなく相対的。英語の一人称が「I」一つなのに対して、日本語にはたくさんの人称詞があります。日本の子どもは5歳児ですでに男女とも、話す相手、話題、場面で人称詞を使い分けています。親に「〇〇(名前)ちゃん」を使っていても友達には「ボク」を使っているのが典型例ですね。

 

また、子どもはとても敏感なので、アニメやSNSで表されているアイデンティティに共感して、その自称詞を自分も使ってみたいと考え、それが流行を生むこともよくあります。あるいはグループメンバーシップといって、自分が友人のグループに属しているという印のようなものとして自称詞を合わせることもあります。

 

娘が自分をボクと言うのを「ボク」と言うのを聞いていて、最初は何か違和感がありましたが自然に直るだろうと深く考えていませんでした。ところが、どうやらそうでもないそうです。「わたし」を使うことに対して「どうしても言いたくない」と強い違和感や嫌悪感がある人もいるのだそうです。

 

現実には社会規範があるのが難しいところです。現実的には、年齢を経ると「大人なのに」と批判されやすくなり、「わたし」に変える人が多いというのが実情でしょう。

 

たかが呼び名、されど呼び名。まさか子どものこんなことにまで気を使わなければならないとは思ってもいませんでした。子どもがその自称詞で何を表現しているのかよく観察してみて、使い分けるよう促すべきかをよく考えてあげないと行けませんね。

 

ドイツの友人と付き合っていて、前から思っていたことがあります。ドイツの友人達は、夏休みにバケーションで2~3週間の連続休暇を取るのが普通です。正直、なんでそんなに休めるのかな、大企業に勤めているからなのかな、と思ってしまいます。

 

2023年の名目GDP(ドル建て)で日本はドイツに抜かれ世界4位に転落しました。その主な要因は、大幅な円安、ドイツの深刻なインフレ(物価上昇)、そして日本の長期的な低成長と言われています。そして、日本は世界的にも労働生産性が低いと言われています。

 

ドイツってそんなに労働生産性が高くて日本は本当に低いのか。しかし、実際に労働現場を見ていても日本人だって真面目に頑張って働くし、生産性だって決して低くは見えません。

 

しかし、働くことに対する考え方に大きな違いがあることに気付きました。ドイツの働き方は、少ない労働時間で高い生産性を上げる「休むために働く」スタイルです。そして労働生産性の向上は「付加価値」の向上だと理解しています。そのためドイツ人は常に効率を追求し、仕事は時間内に終わらせてプライベートを重視します。そして休日はリフレッシュに注力し、成果を出すための基盤としています。

 

また、ドイツで残業するというイメージは日本よりもはるかに悪く、残業時間が多い社員は無能と見なされることもあります。仕事の能率が悪く、むだやミスが多いので、労働時間が長くなると考えられるのです。つまり、ドイツの企業で優秀と見なされるのは、残業をせずに短い労働時間で、具体的な成果を生み出す社員なのです。

 

かつての日本では、夜遅くまで残業をしている社員は、上司が「熱心でやる気のある社員だ」と前向きに評価することもありました。しかしドイツには、そのような上司は滅多にいません。残業時間が多いことを会社への忠誠心の証と考える人はほぼいないのです。

 

そのため、ドイツ人にとっては長期休暇や有給休暇を取ることは、しっかり働いて成果を出した対価として当たり前の権利になります。結果、有給休暇は一般的に年間30日(週5日勤務の場合)あり、ほぼ全員が消化します。夏には2〜3週間の連続休暇を取るのが普通です。

 

国民性の違いもあり歴史も違うので、ドイツのすべてが優れているとは思いませんが、日本もドイツをお手本にすることはたくさんあると思います。それは、会社側もそうですが、労働者側の意識改革も必要だと思います。

 

弊社は残念ながらそれほど休日数も多くないですし、有給休暇取得率もまだまだです。でも、将来的にはドイツに負けないくらい労働生産性を上げ、社員にはたっぷりと休暇を取ってもらえるようにしたいと思います。

 

おかげさまで、今回でこのブログが300回目の投稿を迎えることができました。200回目が2024年6月で、一年は52週ですから毎週1回書くと約2年で100回を数えることになります。つまり、計算通りと言うことはちゃんと毎週書いていたことになります。

 

200回目の記事を読み返してみましたが、過去にも全く同じことを思っていました。それは自分なりによく続けてきているなと言うことです。飽きっぽい性格の自分がなぜ続けられているのか、それはなによりも読んでくれる、そしてたまに感想を言ってくれる人がいるからなのです。それでも他のブロガーの方々と比べるとまだまだたったの300回で、読者数も圧倒的に少ないのですが、自分にとって大きなモチベーションになっています。

 

改めてこのブログはなぜ始めて、そもそも誰に読んでもらいたかったのか。それは自社の社員さん達にでした。社長になる前、工場に勤務していた頃はまだまだ社員数も少なく、毎日朝礼で現場の皆さんの顔をみて何かを話していました。そして、それがとても大切だと感じていました。

 

ところがある時、社長が毎日つまらない話(汗)をしていても仕方ないなと気付きました。そして、工場の管理職たちは、仕事の伝達しかしていないと分かりました。その原因は自分にあったのです。自分が皆さんの時間を使い、時には(ほとんど)仕事に関係のないことを話していたので、他の社員は何かを話す時間も、そのような人としての話をすることができなくなっていたのです。

 

それから、徐々に自分は工場を任せて朝礼にも出なくなりました。それでも、やはり社員さん達とは何かの形でつながりたいです。社長が何を考えているのか伝えたいです。それで始めたのがこのブログでした。でも、実際はほとんどの社員さんは私のブログを見ていません。それでも、あきらめないで続けようと決めたのを覚えています。

 

そんな中、世の中の技術やツールはどんどん進化しています。当社でも情報伝達や共有にLineWorksを使うようになりました。これは社員さんに全てアカウントが割り振られ、皆さんいつもチェックしているはずです。そこで実は、昨年からこのブログ以外に社内のSNSで毎日つぶやきを投稿しています。そこが今では自分の朝礼でのあいさつ代わりになっているのです。もう、ほとんど執念ですね(笑)。

 

じゃあ、ブログはやめてもいいかなって一時思いましたが、これはこれで続けようと思いました。それは少なくても継続的に見てくれている読者さんがいるからです。今後も何かしらをゆるく発信して行きたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

 

「ありがとう」のイラスト・メッセージ