東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

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世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

現代社会では誰にとってもワークライフバランスが重要視されています。新卒の学生に限らず、サラリーマンは職場でのワークライブバランスを重視していて、それにより転職することも増えています。

 

少し前にドイツのワークライフバランスの考え方について紹介しましたが、最近のアメリカではワークライフバランスの価値観に大きな変化が起きているそうです。昇給か休暇か!アメリカの最新調査から見るワークライブバランスによる幸せの価値観と老後への影響はどうなるのでしょうか。

 

まず、最新の意識調査では、世代によって求めるものが驚くほど明確に分かれていることが判明しました。20代から40代前半にあたるZ世代やミレニアル世代の多くは、単なる高給よりも燃え尽きない働き方を重視しています。彼らにとって、メンタルヘルスの維持や趣味の時間は、昇給よりも価値があるものと見なされています。お金のために自分を削る時代から、自分自身の時間を守る時代へとシフトしているようです。

 

一方で、45歳以降のX世代やベビーブーマー世代は、依然として現実的な現金を優先する傾向にあります。これは近年のインフレによる生活費の高騰に加え、目前に迫った老後の安心を確保したいという切実な背景があります。若年層が「今」を大切にするのに対し、年長層は「未来」の備えに重きを置いているという構図が見えてきます。

 

では、生活の質を守るために給与カットを受け入れてでも休暇を増やすという選択をした場合、老後資金にどのような影響が出るのでしょうか。ここで注意したいのが、時間を味方にした資産形成のチャンスを逃すリスクです。少額の積立であっても、長期で運用すれば大きな利益を生みます。給与が減ることで毎月の積立額を少しでも削ってしまうと、数十年後に手にするはずだった資産額には、想像以上の大きな差が生まれてしまいます。

 

さらに、会社が提供する福利厚生の面でも見えない損失が発生します。例えば確定拠出年金などは、会社側が拠出してくれる金額が給与額に比例することが一般的です。つまり、給与が下がれば、会社から本来もらえるはずだった積立金まで自動的に減ってしまうことになります。これは自分の財布からお金が出ていくだけでなく、受け取れるはずの報酬を放棄しているとも言えるのです。

 

また、意外と見落としがちなのが、休みが増えるとお金を使う機会も増えるという皮肉な現実です。収入が減っている状況で、趣味や旅行などのレジャー支出が増えてしまえば、老後資金の準備は二重に困難になります。ワークライフバランスとは、単に休みを増やすことだけではありません。もし休暇を優先するなら、減った収入分をどう運用でカバーするかや増えた時間を活用してお金をかけずに人生を豊かにできるかという戦略的な視点が不可欠です。

 

これはアメリカ人だけの事でしょうか。基本的には日本人だって同じだと思います。日本人は農耕民族だからなのか、お金を貯めることには積極的です。しかし、お金を増やすことが苦手な人が多いかも知れません。最近は政府も民間投資に積極的ですから、NISAなどの制度も利用して、生活費以外の収入を貯蓄だけでなく投資に回すことが、将来のワークライフバランスに重要なのかも知れません。一方で、日本人はお金を使うことがとても下手だと言われています。「死ぬ時が一番お金持ち」なんてことも言われています。せっかく貯蓄を増やしても人生の中で上手に使わないともったいないですよね。

 

各国でのワークライフバランスの考え方は国民性や国家の背景などで異なると思いますが、一番大切なのはどうやって幸せな人生を送ったか、その時が来る前にちゃんと考えて行動することなのではないでしょうか。

 

先日地下鉄日比谷線に乗っていて、ふと車内広告を見ると「早川徳次」という名前を見つけました。「早川徳次」という名前を聞いて、みなさんは誰を思い浮かべるでしょうか。自分は直感的に“シャープの創業者だな”と思いましたが、なぜか地下鉄博物館の広告でした。

 

恥ずかしながら知りませんでしたが、実は近代日本の歴史には、まったく同じ漢字を書きながら、異なる分野で時代を切り拓いた2人の偉人が存在したのです。一人はシャープの創業者、もう一人は東洋初の地下鉄を開通させ「地下鉄の父」と呼ばれた実業家です。

 

自分の知っていた一人目は、モノづくりで世界を驚かせた発明家で家電メーカー「シャープ」の創業者の早川徳次(はやかわとくじ:1890〜1980)です。彼は弱冠21歳で金属加工業を創業しました。彼の名を一躍有名にしたのが、金属製繰出鉛筆、つまり「早川式繰出鉛筆(のちのシャープペンシル)」の発明です。

 

関東大震災で工場と愛する家族を失うという絶望的な悲劇に見舞われながらも、彼は諦めませんでした。大阪へと移り住むと、今度は国産初のラジオやテレビの開発に成功。不屈の精神で数々の革新的な製品を世に送り出し、現代に続く大企業「シャープ」の礎を築き上げたのです。

 

もう一人は、東京の地下に夢を掘った「地下鉄の父」の早川徳次(はやかわのりつぐ:1881〜1942)です。彼は日本初の地下鉄を開通させた人物です。シャープの創業者と同じ感じですが読み方が違います。

 

欧米視察でロンドンやニューヨークの地下鉄を目の当たりにした彼は、「これからの東京の交通問題を解決するには地下鉄しかない」と確信します。周囲から「東京の地盤では不可能だ」「水浸しになる」と猛反対を受けながらも奔走し、1927(昭和2)年、浅草〜上野間に東洋初の地下鉄(現在の東京メトロ銀座線)を開通させました。

 

一人は「手元のモノづくり」から家庭の暮らしを豊かにし、もう一人は「都市のインフラ」から人々の移動を劇的に変えました。二人の「早川徳次」に共通していたのは、活躍した分野こそ違いますが、「周囲の反対や困難に屈せず、誰も見たことがない未来を信じて形にした」という強い情熱だと思います。

 

今私たちが日常的に使っているシャープペンシルや家電製品、そして当たり前のように利用している地下鉄。その背景には、明治から昭和を駆け抜けた二人の「早川徳次」という偉人の功績があったのですね。

 

キャサリン・ジョンソンという人物をご存じでしょうか。先の3連休中にアマプラで「ドリーム」という映画を見ました。1960年代、国家の威信をかけた宇宙開発競争の渦中にあったNASAで、影の立役者として活躍した3人のアフリカ系女性数学者たちの実話を描いた作品です。その主人公がキャサリン・ジョンソンです。以下はネタバレですのでご注意を。

 

当時のアメリカ南部には厳しい人種隔離政策が存在し、NASA内部でさえオフィスやトイレ、コーヒーメーカーまで白人と黒人で分かれていました。そんな過酷な環境下で、天才的な数学の才能を持つ主人公キャサリン・ジョンソンは、持ち前の正確な計算力と論理的な思考で、立ちはだかる差別や偏見の壁を打ち破っていきます。

 

最も印象的だったのが、アメリカ初の地球周回有人飛行に挑んだ宇宙飛行士のジョン・グレンとのエピソードです。当時最新鋭だった電子計算機(IBM)の導入期、システムの計算結果に不安を感じたグレンは、こう言い放ちます。「あの賢い女性(キャサリン)に計算させろ。彼女が正しいと言えば、出撃する」と。

 

命を預ける土壇場で彼が信頼したのは、人種や性別といった肩書ではなく、彼女が積み上げてきた「圧倒的な仕事の精度」と「真摯な姿勢」でした。

 

久しぶりに感動する映画を見ました。もともと宇宙開発の映画は好きで、「ライトスタッフ」や「アポロ13」、「ファースト・マン」などの映画が大好きです。これらの映画ではパイロットや技術者たちが注目され世に知られていますが、こんな黒人の女性たちが人種差別のある中、影で大活躍していたのだと知り衝撃を受けました。

 

彼女たちの成し遂げたことは、現代ではもちろん当時では信じられないくらい困難なことだったはずです。しかし彼女たちは、強い心を持って周囲の偏見を言い訳にせず、自らの専門性と強みを愚直に磨き続け、巨大な組織や社会を動かす揺るぎない信頼を勝ち取ったのです。

 

ところで、この映画の原題は「Hidden Figures」と言います。ここにはダブルミーニングが込められています。「Figure」という言葉が持つ「数値」と「人物」の双方の意味を重ね、「誰も導き出せなかった隠された計算結果」と、「人種や性別の壁によって歴史の影に隠されてきた偉大な人物たち」の両方を表現しているのです。素晴らしい原題ですので、邦題で変えて欲しくなかったなと思いました。

 

邦題の分かりやすさも良いですが、原題を知ることで作品の本質がより深く心に響きます。自らの強みを愚直に磨き、時代を動かした彼女たちから勇気をもらえる素晴らしい名作でした。まだ観ていない方には、心からおすすめしたい名作です。

 

ふと気付いたのですが、日本の伝統的な動作は「左から」が多い気がします。中学・高校生の時に柔道をやっていましたが、必ず左足から前に出ます。先日神社で「夏越の祓(なごしのはらえ)」の際にも、左足から前に出るように書いてありました。

 

そこで調べてみましたが、日本の伝統的な動作や礼法において「左から動く」原則が多いのは、古代より「左上位(左が格上)」とする文化が根付いているからなのだそうです。なぜなら、日本では太陽が昇る方角である「東(左)」を上位とする考え方(中国の陰陽五行説に由来)が重んじられてきたためで、これが武道や茶道などの所作をはじめ、現代の生活や伝統芸能などにも息づいているのです。

 

柔道、弓道、剣道、合気道などの多くの武道には、「左進右退(さしんうたい)」という基本動作があります。進むときは左足から一歩踏み出し、下がるときは右足から引きます。体の中心(正中線)や重心を安定させ、いつでも次の動作や相手の攻撃に対応できるようにするための合理的な身体操作です。

 

お寺や神社での歩き方において、日本の伝統作法では神仏に敬意を示すために足の出し方や敷居のまたぎ方にルールがあります。鳥居や山門をくぐるときは、鳥居の「中央」は神様の通り道(正中)とされているため、左右どちらかの端を歩きます。その際、右側なら右足、左側なら左足から踏み出します。そして、敷居をまたぐときは山門やお堂の敷居は踏まないように、左から入る場合は左足から高くまたぎ、出る時は右足を先に出します。

 

日常の生活にも、実は「左が上位」という日本文化のルールが息づいています。ご飯とお味噌汁の配置も、日本人にとって最も大切な「お米(ご飯)」を左に置きます。お菓子とお茶では、主役である「お菓子」を左に、お茶を右に配置します。

 

着物を着るときは「右前(右の身頃を先に合わせて、その上に左の身頃を重ねる)」が基本です。これは左側を上(上位)に重ねるという作法に由来します。着る人の左手側(左前)が上に重なるのは、大切な左側を外に見せるためです。

 

飾り物やひな人形にも決まりがあり、京都御所の伝統により、伝統的な雛人形の並び順(男雛と女雛)は、向かって右が女雛、向かって左が男雛となります。

 

日常の「よきもの」を正しく左上位で配置する。このルールさえ覚えておけば、おもてなしの席でも迷うことはありません。日本人でも知らないことばかりですね。

 

私たちが普段、無意識のうちに行っている動作や配置の中に、これほど深い文化的意味が隠されているとは驚きでした。皆さんも次に神社を訪れるとき、あるいは今夜の食卓に向かうとき、ぜひご自身の「左側」を意識してみてください。何気ない日常の中に、先人から受け継いだ日本人の美しい美徳を感じることができるかも知れません。

 

皆さんはカスピ海をご存じでしょうか。ヨーグルトやキャビアの原料となるチョウザメの生息地としても有名です。現在そのカスピ海の水位低下が加速していて、危機的な状況になりつつあります。

 

カスピ海は地球最大の内海であり湖で、その大きさはなんと日本の国土面積とほぼ同じ大きさです。湾曲した海岸線は約6400キロにもなり、カザフスタン、イラン、アゼルバイジャン、ロシア、トルクメニスタンの5ヶ国にまたがっています。

 

これらの国々では、漁業、農業、観光、飲料水、そして石油とガスの埋蔵量をカスピ海に依存しています。またカスピ海はこの乾燥地域の気候を調整し、中央アジアに降雨と湿気をもたらす役割も担っています。

 

ところがカスピ海は、気候変動による気温上昇と、流入河川へのダム建設や過剰取水などの人為的要因により、1990年代半ばから急速に縮小・干上がりが進行しているのだそうです。一部の専門家は、2100年までに水位が最大約21メートル低下し、浅瀬が完全に消滅すると予測していて、カスピ海が取り返しのつかないところまで追い込まれているとの懸念を示しています。

 

カスピ海の未来がどうなるかは、近くのアラル海を見ればすぐに分かると言います。カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海(大アラル海と小アラル海があります)は、かつて世界最大規模の湖でした。ところが旧ソ連時代の1960年代以降、綿花栽培のための大規模な灌漑で川の水が激減し、一時期は元の面積の10分の1以下にまで干上がりました。このような人間の活動と深刻化する気候危機によってアラル海の自然環境バランスは壊滅し、現在では大アラル海はほぼ消滅してしまいました。そして生態系の破綻や漁業の壊滅、塩混じりの砂嵐による健康被害を引き起こし、「20世紀最大の環境破壊」と呼ばれています。

 

しかし人間も黙っているだけではありません。小アラル海はカザフスタン政府などが建設した コクアラル・ダム によって水位が回復し、魚類も戻って漁業が復活しています。干上がった湖底からの塩分の飛散を防ぐため、塩害に強い植物(サクサウールなど)の植林活動も行われており、水を大量に消費する綿花栽培から、環境負荷の少ない作物への転換や、効率的な灌漑(かんがい)システムへの設備投資が進められています。

 

カスピ海の未来は今まさに岐路に立たされています。人間の活動が環境を破壊する原因になる一方で、小アラル海のように正しい選択と技術投資によって自然を蘇らせることも可能です。一国の利益を超え、カスピ海周辺国そして国際社会全体が地球規模の気候危機に本気で向き合えば、カスピ海が歩むべき道は決して絶望だけではありません。地球環境をどうするのか、アラル海での経験を再生への知恵として活かすのかどうかは私たちの行動にかかっているのです。