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東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

人生の折り返し地点は19歳。このような話を聞いたことがありますか?19歳で人生の半分が終わると言う話。人は寿命が見えないからこそ時間が無限の様に行動しますが、思ったより人生は短いのかも知れません。

 

誰もが生きていると時間の不思議を感じることがあると思います。例えば、楽しいことをしているときは時間が過ぎるのが早く、嫌なことをしているときは時間が過ぎるのが遅い。

 

人生を振り返って、学生の時の1年と今の1年を比べでどうでしょう。多くの人は早くなっていると感じるはずです。19世紀のフランスの哲学者、ポール・ジャネーは、「主観的に記憶される年月の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短く感じられる」という現象を、心理学的に説明しました。要するに、ジャネーいわく、「歳を重ねるにつれて、自分の人生における1年の比率が小さくなるため、体感として1年が短く、時間が早く過ぎると感じる…」ということです。1歳の時に感じた1年を1/1とすると、2歳の時の1年は1/2となり、1歳の時の2倍速く感じるようになるということです。歳を取れば取るほど時間の経過は早くなって行き、さらには新しい経験が少なくなると時間の経過が早くなるのです。

 

そして5歳と50歳では体感時間が10倍も違うといい、それを踏まえると人生の折り返し時点は19歳なのだそう。「えー、そんなの嫌だー」と思う人も多いでしょう。でも安心して下さい、その現実に対抗できる方法もあるのです。

 

多くの人は、今まで経験したことがないことをやっているときは、それが強く意識に残り時間が長く感じます。反対にやり慣れていることばかりをしていると時間の長さが気にならなくなり、アッという間に時が過ぎたように感じるものです。

 

子どもの頃は、見るもの聞くものが初めてのことばかりで毎日が新鮮で、新しい出会いや新しい発見が多々あります。しかし、大人になるにしたがって新しい経験をする機会が徐々に失われていってしまいます。そう、大人になると「時間がアッという間に過ぎ去ってしまった」と感じるのは、日々の生活に新鮮味がなくなるからなのです。

 

つまり、時間が早く過ぎるのを止めるためには、1年が早く過ぎ去ってしまうのを止めるためには、何か新しいことをすればいいのです。そう、あなた自身が何か新しいことに挑戦すればいいのです。あなたも時間が早く過ぎ去るのを食い止めたいのであれば、何か新しいことにチャレンジするべきです。そうすれば時間の流れは、子どもの頃のようにゆったりとしたものになります。逆に毎日同じことの繰り返しをしていると1年がアッという間に過ぎます。

 

あなたは1年を長く感じていたい人ですか?それともあなたは1年を短く感じていたい人ですか?歳を取ってからは何か新しいことにチャレンジするのって億劫になってきますよね。でも、あなた自身で時間を伸び縮みさせることができるのであれば、重い腰を上げて何か新しいことにチャレンジして見て下さいね。あっ、これって自分自身に言っているかも(笑)

 

 

今日本は少子高齢化が進み、各業界では未曽有の人手不足に悩んでいます。そこで政府は外国人労働者の受け入れを進めようとしています。ところが、昨今の円安によりこれまで日本で働いていた海外の労働者が日本以外の国に出稼ぎに行く傾向が出てきています。それどころか、日本人が海外で働いた方が給与が高いと出稼ぎに出て行ってしまっている業界もあります。

 

しかし、そんな中でも最近日本への出稼ぎが増えてきている国があります。それはネパールです。あまりなじみがないかも知れませんが、日本で働く外国人労働者のランキングでは第5位で、今後さらに増えて行くそうです。

 

ある旅館では数年前からネパール人の従業員を雇っており、お客様の夕食に本場のネパールカレーを出し始めたところこれが評判となり、今では人気の旅館になっているところもあります。ネパールの人たちにとっても日本で働くのは国民性の相性や安全性など、賃金以外のところで日本を選んでいるのだそう。確かに給与が高い国へ行っても生活費も高くなるので決して良いことばかりではないですよね。

 

ところで自分たちの身近なところでネパール産の何かが使われていることを知っていますか?それは何とお札です。日本で使用されている1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)の原料に用いられる樹木「ミツマタ」は、多くがヒマラヤの山岳国ネパールから輸入されています。2024年度には紙幣の全面刷新を控えていますが、ミツマタの国内調達は難しくなっており、ネパール産が日本の紙幣発行を支えることになります。

 

昨年度日本の紙幣を製造する国立印刷局は、外国産のミツマタを72トン調達しました。そのうち60トンがネパール産だそうです。一方で国産の調達量は6トンにとどまっています。つまりは日本のお札の約8割がネパール産なのです。ミツマタは繊維が強く、独特の手触りがあることから、日本では紙幣の原料として使われてきました。ところが国内の生産地が過疎化し、調達が難しくなったため、印刷局は2010年から外国産の仕入れに踏み切ったのです。

 

日本では人口減少によるGDPや食料自給率の低下が起きていますが、まさかお札までもが外国産に頼らなければならないとは驚きでした。しかしそのネパールからも未来永劫ミツマタを安定的に輸入できるかどうかわかりません。もしかすると将来的に日本のお札も紙ではなくプラスチック製になってしまうのかも知れませんね。

 

 

フォーリンラブのバービーさんは実はインドネシアで歌手デビューしているそうです。彼女が久しぶりにインドネシアに行って思った話がとても興味深かったので紹介したいと思います。

 

コロナで6年ぶりのジャカルタはかなり変わっていた。何もかもがグレードアップしていた。ビルはほとんど完成していて、ホームレスさんもかなり減った印象だ。でも南国特有の適当さは残っていて、目を細めるとミッキーマウスやキティちゃんに見えなくもないチョコが一つの容器に入って売られていたりはするが、デパートに入る際には、セキュリティチェックもされるようになっていた。

 

到着したのは夜。イベントかお祭りでもあったのかな?という感じで、人々が街の至る所に腰かけている。歩道の植え込みや、ビルの外構には腰かけるスペースがたくさんあって、カップルやグループが年齢を問わずお喋りしていた。

 

日本では、路上飲みが問題になったり、トー横にたむろする若者などが問題視されているためか、「路上に居座ること」はタブー感がある。品がないとか不良というイメージもある。日本ではあまり見かけない光景なので、不思議に思い、一緒にいたインドネシア人に聞いてみた。

 

「こんな時間にみんな何やってるの?」

「え? 何が? 遊んでるだけだよ」

 

友達と会って、お金も使わず、路上でおしゃべり。これを「遊ぶ」と表現していることに、カタルシスを感じてしまった。スケボーするでもゲームをするでもなく、ただただおしゃべりして笑ってる。これが今のジャカルタの日常らしい。「みんな普段仕事してるの?」「明日早くない?」と心配してしまうくらいバケーション感がある。

 

これはインドネシアに限った話ではないが、国際便の機内は発着ギリギリまで、みんな誰かと通話している。ひとりで歩いてる人も明らかに仕事ではないような電話をしている。「そんなにコミュニケーションを取らずにはいられない?」「それ本当に今話さないとダメなやつ?」って日本人の私はつい思ってしまう。だが、逆に言えば、日本人がコミュニケーションを取らなさすぎるのではとも思えてきた。用事のない電話など、かれこれ10年はしていない気がする。

 

ヨーロッパにはたむろのための広場が重要な役割を果たしてきたし、ベトナムのベトナムコーヒーだってみんな路上で飲むからいい。台湾じゃ公園で太極拳。しかし、日本、特に都市部には集うことを想定された場所がほとんどない。外の空気を浴びて、食べたり会話するのは気持ちいい。風に吹かれながらだと普段言えないことも言えそうな気がする。

 

マジョリティでないことは恥ずかしいことで、迷惑をかけるのではないかという意識を、誰しも多かれ少なかれ持っていないだろうか?そうして培ってしまった自己肯定感の低さは、ねじ曲がった自己愛になり、さらに他人を寄せつけない。すべての人は、誰かになにかしらの迷惑をかけずに存在するなんて不可能なのに。恥を欠かずに人と深く関わることだって。

 

「寂しいから、側にいてほしい」「困っているから話を聞いて欲しい」となかなか言えないのは、わかる。でも、多言語で外国人には言える気がしてこないだろうか?そんな気がしてくる人は、これまでに日本で培った先入観が邪魔しているのかもしれない。「迷惑をかけてはいけない」。この言葉に、私たちは縛りつけられすぎなのではないか。

 

「~したら嫌われるかも」

「って思われたら恥ずかしい」

「人目を気にして思うように行動できない」

 

親や学校生活などで、そう思うように刷り込まれてきた言葉は、なかなかどっかにいってくれないものだ。私自身、自己責任の罠にハマっていたのだとインドネシアの人々を見て気づいた。「路上で何やってるの?」「ただ知人と遊んでるだけだよ」。堂々とそんな風に言えるのは、とってもハートフルで豊かなことでもあるのだ。

 

日本は静かで過ごしやすく規律や協調を重んじるとても良い文化がある反面、「人に迷惑をかけてはいけない」という暗黙のルールがたくさん存在します。しかし、それがある意味日本を窮屈な国にしてしまってはいないのかなと思ったのでした。

 

 

三振する姿ですら観客は大盛り上がり。国民的ヒーローであった“長嶋茂雄”。なぜ彼が多くの人から愛されたのでしょうか。エピソードを聞くと彼を知らなくともその理由が垣間見えます。

 

ある試合でホームランを打った際、記者から「打ったボールはシュートでしたか?」と聞かれ、「ええ、シュートでした」と返答。しばらくして違う記者から「打ったのはスライダーでしたか?」と聞かれ、「ええ、すごいスライダーでした」と返答。実際はストレートでした。

 

「俺は一度もバースデーアーチを打ったことがないんだ、なぜだろう」と少し落ち込んでいましたが、誕生日が2月であったため試合は一度もしたことがありません。

 

アメリカに行った際、「こっちの子は英語が上手いな」と感心。寿司屋では「ヘイ、シェフ!」と呼ぶそうです。

 

蕎麦屋に行き、店主と蕎麦について熱く語り、蕎麦打ちの姿を見せてもらい感心した後、注文したのは「かつ丼!」。

 

息子一茂を野球場に連れて行きますが、試合後息子を球場に忘れて帰ってきてしまう。後に一茂は「1回や2回じゃない、何回もあった」と話しています。

 

職業欄には“長嶋茂雄”

住所欄には“大田区 長嶋茂雄”

好きな四字熟語には“長嶋茂雄”

と書いていました。

 

選手、国民から愛された男、ミスター伝説はこれでもまだほんの一部です。最後に一流の野球人としての言葉。

 

バッターの心構えは3つ。「まずは集中力、そして小さいことにも気を配ることです。」

 

3つ目はなんじゃい!

 

自分に素直に生きる人って魅力的ですね。自分もそうなりたいです。でも、ミスターレベルにはなれそうにないなぁ。

 

 

先日初めて報恩講という会に参加しました。自分は信心深い方でもなく、無宗教だと思っていましたが、父の死を境にお寺さんとのお付き合いが始まりました。そして、我が家は先祖代々浄土真宗だったのだと知りました。

 

さて、お寺さんのお誘いで報恩講に参加したのですが、そもそも報恩講とは何かを知らないで参加しました。報恩講とは浄土真宗の門徒が1年間で最も大切にする仏事で、浄土真宗の宗祖(開祖)とされる親鸞聖人の祥月命日の前後に、救主阿弥陀如来並びに宗祖親鸞聖人に対する報恩謝徳のために営まれる法要のことだそうです。

 

今回4年ぶりの報恩講だったらしく、久しぶりに対面で開催されたとのことでした。例年通り別のお寺さんから住職さんがやって来てお話をしてくれました。その中でとても心に残ったのが、“人の死に直面すると生に対して意識が生まれる”ようなことをおっしゃっていました。人はあたりまえのように毎日を生きていますが、身近な人が死ぬとその人の人生を振り返ったり、自分の人生や今生きていることを考えたりするのだそう。確かにそうでした。なぜ自分は生きているのだろう。何のために生きているのだろう。普段はあまり考える機会が無いですし、そう頻繁に近しい人が無くなるわけではないので、年に一度の報恩講は良いなと思いました。

 

その昔、まだ学校と言うものが存在しないころ、人々はお寺でいろいろなことを学びました。その学びは今で言う学問と言うよりは、生活で困ったことなどお寺さんで教えを乞うことだったのでしょう。つまり生きることの学びだったのだと思います。現代社会の今でこそ情報があふれていて世界中の情報がいつでも入ってきますが、その昔は自分の住んでいる村が世界のほとんどで、外の世界は全く未知だったと思います。だから仏教など宗教の教えが生活に深く根付いたのだと思います。

 

しかし、そのような状況は現代社会では全く変わってしまいました。生活が豊かになり、色々なものが便利になるのはとても良いことですが、一方で大切な何かも忘れ去られていたり、無くなって行ったりしているとも思います。ここはバランスだと思います。世の中は変化しているのです。自分も変化するのは当たり前です。

 

今回報恩講に参加して、変わって行くこと、真理や原理原則のように変わらない、変わってはいけないことを改めて考えさせられました。たくさん書きたいこともありましたが、またの機会にお話しできればと思います。