報恩講 | 東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

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世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

先日初めて報恩講という会に参加しました。自分は信心深い方でもなく、無宗教だと思っていましたが、父の死を境にお寺さんとのお付き合いが始まりました。そして、我が家は先祖代々浄土真宗だったのだと知りました。

 

さて、お寺さんのお誘いで報恩講に参加したのですが、そもそも報恩講とは何かを知らないで参加しました。報恩講とは浄土真宗の門徒が1年間で最も大切にする仏事で、浄土真宗の宗祖(開祖)とされる親鸞聖人の祥月命日の前後に、救主阿弥陀如来並びに宗祖親鸞聖人に対する報恩謝徳のために営まれる法要のことだそうです。

 

今回4年ぶりの報恩講だったらしく、久しぶりに対面で開催されたとのことでした。例年通り別のお寺さんから住職さんがやって来てお話をしてくれました。その中でとても心に残ったのが、“人の死に直面すると生に対して意識が生まれる”ようなことをおっしゃっていました。人はあたりまえのように毎日を生きていますが、身近な人が死ぬとその人の人生を振り返ったり、自分の人生や今生きていることを考えたりするのだそう。確かにそうでした。なぜ自分は生きているのだろう。何のために生きているのだろう。普段はあまり考える機会が無いですし、そう頻繁に近しい人が無くなるわけではないので、年に一度の報恩講は良いなと思いました。

 

その昔、まだ学校と言うものが存在しないころ、人々はお寺でいろいろなことを学びました。その学びは今で言う学問と言うよりは、生活で困ったことなどお寺さんで教えを乞うことだったのでしょう。つまり生きることの学びだったのだと思います。現代社会の今でこそ情報があふれていて世界中の情報がいつでも入ってきますが、その昔は自分の住んでいる村が世界のほとんどで、外の世界は全く未知だったと思います。だから仏教など宗教の教えが生活に深く根付いたのだと思います。

 

しかし、そのような状況は現代社会では全く変わってしまいました。生活が豊かになり、色々なものが便利になるのはとても良いことですが、一方で大切な何かも忘れ去られていたり、無くなって行ったりしているとも思います。ここはバランスだと思います。世の中は変化しているのです。自分も変化するのは当たり前です。

 

今回報恩講に参加して、変わって行くこと、真理や原理原則のように変わらない、変わってはいけないことを改めて考えさせられました。たくさん書きたいこともありましたが、またの機会にお話しできればと思います。