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東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

前回は動画戦略で女性社員を紹介しましたが、実はベテラン男性社員も頑張っています。事の始まりはコロナウイルス蔓延による営業活動の制限からでした。

 

弊社は会社のプロモーションとして毎年何らかの展示会に参加していましたが、コロナの時期は展示会自体が無くなりました。そこで営業部員たちがこの時期に何ができるかを考えた末に、既存顧客の掘り起こしで、顧客訪問ができない代わりにメールを出そうと言うことになりました。しかし、何も用事が無くて片っ端からメールを入れても迷惑だろうと考えた末、恐らく皆さんが興味を持ってくれるだろう、知らなかったり忘れてしまっていたりするだろう、「ろう付の基礎」を過去に名刺交換したことのあるお客様にメルマガで発信しようと言うことになりました。そして実際にメルマガを配信し始めました。

 

そうすると、普段お付き合いのあるお客様はもちろん、あまり連絡がなかったお客様まで「メルマガ見たよ」と連絡を頂けるようになりました。あまり目に見えませんがメルマガの効果は絶大です。そして今現在もメルマガを続けています。

 

さらに良かったのが、メルマガの内容を分かりやすく作ったので社内での社員教育にも使えることができます。他社さんでは実際に社員教育に使用して頂いていると聞きました。そしてこれは動画にもしてもっと伝えやすくしようと、動画にも作り直して発信し始めました。現在ではおかげさまで視聴回数が着実に伸びています。

 

一方で技術的な動画も作っています。それはコロナの時期に展示会が開催されなかったので、その宣伝広告費で動画を作ろうとなったのでした。我々の「ろう付」はあまり知られていないので説明するのが少し面倒です。しかも展示会などでは同じことを何度も説明しなくてはなりません。そこでろう付やわが社と製品の紹介動画をプロに頼んで作ったのでした。これも非常に出来が良く、会社案内や事業内容説明時に活躍しています。英語版も作ったので、海外のお客様への説明が大変楽になりました。

 

さて、このメルマガやメルマガの動画バージョンを作ってくれているのがベテラン男性社員です。そして動画プロジェクトのリーダーで若手女性社員3名におじさん一人で頑張っています。女性社員に“あーだこーだ”つっこまれながらも弊社のPR活動に日々勤しんでくれています。本当に良いチームで良いアウトプットができていて嬉しいですね。これからもどんな動画やメルマガが発信されるのか楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近わが社では“動画”に力を入れています。それはなぜか。それは動画の圧倒的な伝える力を知ったからです。この動画をPRに活用しようと活動を始めたのでした。

 

ある人に聞いたのですが、同じ1分間で文字と動画では伝わる情報量がどれくらい違うのか。それは何と5000倍も違うのだそう。少し前から日本人は文字を読まなくなったと言われていますが、動画での情報はたくさんあふれてきていると思います。つまり、本や雑誌、新聞でなくても必要な情報は結構入ってきているのです。

 

わが社は中小企業の製造業で、人材獲得、特に新卒採用ではずーっと苦戦しています。手前味噌ですがわが社はとても良い会社だと思います。入ってきてくれた新卒社員はみな頑張って働いていてくれて、離職率も低いです。会社の将来性を見出してくれてどんどん成長してくれている若手もたくさんいます。その子たちに「なんでうちに来てくれたの?」って聞くと、会社の雰囲気が良さそうだったからとか、面接した社員の対応が良かったからなどが主な理由でした。誰もわが社の業種や仕事の内容(ろう付)で選んでいたわけではなかったのです。

 

そうか、確かに「ろう付の会社」って言っても全然ピンと来ないよな。自社の雰囲気や社員達が魅力なんだなと気付きました。しかしその魅力を知ってもらう方法がなかなか見つかっていません。そこで考えたのがSNSによる発信でした。

 

早速社内で動画を作ってSNSで発信するプロジェクトを立ち上げ、社員を募りました。そうしたら若手の女性が3人手を挙げてくれました。彼女たちは普段からインスタやTikTokで発信していてアカウントも2~3持っているそうです。驚きましたが今ではそれは普通の事のようです。

 

さて、彼女達のセンスは素晴らしいです。おじさんとは違います。試しに作ってくれたインスタ動画や紹介動画を見てワクワク楽しくなりました。これだったらどんどん作ってUPして!と伝えましたが、専門家の指導を頂いたところ、選択するSNSや著作権、個人情報の管理など会社としての動画UPには色々と気を付けなければならないと知りました。また、彼女たちは普段の仕事の合間に動画を作ってくれています。なかなか時間が取れない中で頑張ってくれているのが現状です。

 

そんな中着々と会社の雰囲気や社員の紹介動画が出来上がってきています。自慢したい動画になっていますので、弊社のYouTubeチャンネルを是非ご覧下さい。

 

 

 

 

 

今、出張でタイに来ています。タイには1996年からこれまで十数回来ていますが、今回気付いた変わらないことと変化していることがあります。

 

まずタイは相変わらず居心地がいいです。他の東南アジアの国々も雰囲気は似ていますが、自分にとってはタイが一番合っていると思います。なぜだか考えましたが良くわかりません。それとタイ料理が美味しいですね。普段あまり食べないのでそう思うだけかも知れません。なぜなら、こちらで日本人と会食すると必ず日本食に行きます。現地で駐在している人達はやはり日本食が一番食べたいのでしょう。

 

しかし、物価が上がっています。最近特に上がってきていると聞きました。これは世界中で同じ傾向ですね。日本の物価の上昇はまだ緩い方です。それに加えて今の為替の影響でさらに高く感じます。1バーツが4.13円もします。90年代は2.8円、2000年代で3バーツくらい、最後に来たのがコロナ前でそれでも3.2バーツくらいだったと思います。

 

気のせいなのか慣れてきたせいか、今回の訪タイで東南アジア独特のエネルギーみたいなものが少し薄まっているように感じました。もちろん日本とは違うのでまだまだエネルギッシュですが、以前よりも落ち着いた感じがします。

 

現地の人と話していて初めて知ったのですが、タイは東南アジアで最も高齢化が進んでいる国なのだそう。日本ほどではないけれど、タイもこれから自分たちと同じような道を進んで行くのでしょうか。東南アジアの国は人口ボーナスがあってこれからまだまだ経済成長すると言うのはそれぞれの国によるのでしょう。タイは日系企業が進出して一緒に成長したので、今は成熟期に入っている感じがしました。

 

しかし、こちらから日本や東南アジア、はたまた欧米を見ると、日本はかなり危機的な状況にあると感じてしまいます。日本はこれまでのアドバンテージがあるので、それを世界で生かさなければ先が無いと感じています。我々は製造業ですが、ものづくりは世界のどこかで必ず行われます。その場所が日本でなくても我々が活躍して世の中の役に立てるにはどうしたらいいのか、残りの旅でじっくり考えたいと思います。

 

 

自分がろう付の業界に身を置いたのは、父がこの仕事を始め会社を創業し、それを承継したからです。しかし今ではこの仕事が自分の天命であると信じるようになりました。

 

父は宮城県の工業高校を優秀な成績で卒業し、当時気象庁に勤めたいと考えていたと生前聞きました。ところが、詳細は不明ですが高校生の時にケンカで骨折して留年してしまったのだそうです。その為、卒業時の成績はトップクラスだったにも関わらず留年したことが理由で気象庁の入社試験すら受けることができなかったようです。大学への進学も金銭的な問題で叶いませんでした。

 

そこで父は上京してある溶材商社に勤めました。そこで仕事と技術を覚え「ろう付」の世界に足を踏み入れました。その後、元上司が独立して会社を始めた際に一緒にやろうと誘われ、ろう付材料を販売する元上司の会社に勤めたのです。そして最後に自分で会社をやりたいと思い、自分でろう付の会社を始めたのでした。

 

一方祖父は、東北大学の金属研究所に勤めていたことは聞いていました。そして自分が大学で金属材料を専攻することになった時、元職場に連れて行ってくれたことを覚えています。祖父なりに喜んでいてくれたのでしょう。しかし、今思うともったいないことですが、金属研究所で有名な先生にお会いしたり貴重なお話を聞かせて頂いたのですが、その内容はほぼ覚えていません。当時はまだ若く大学で金属を学ぶ前だったので、正直あまり興味がなかったのです。

 

昨年実家へ引っ越す際に自宅と実家の整理をしていたところ、祖父の遺品が出てきました。思い出したのですが、仙台の叔父が祖父の遺品整理をした際に、金属の道へ進んだ自分が持っておけと自分にくれたものでした。それは祖父が日本金属学会で研究技術功労賞の第一号を頂いた賞状と盾でした。

 

ある日この話を日本溶接協会で話をしていたところ、ある方が東北大学出身で恩師が祖父の事を知っているのではないかとわざわざ調べてくれました。そうしたら祖父は技官のトップの工場長を務め、その人柄や功績など自分の知らない祖父のことを知らせてくれたのです。何かの縁を感じずにはいられませんでした。

 

気付けば図らずも自分は金属屋の3代目になっています。そしてこの業界で育ててもらい世のために重要な仕事をさせてもらっています。正直自分が見つけて喜んで進んだ道ではありませんが、今ではこの業界と仕事に誇りを持って、この大切な技術を次の世代へ引き継いで行きたいと強く思っています。そこで最近ふと「ろう付」の仕事は自分の天命なのだと気付いたのでした。

 

私がこのブログを始めたのは、実は自社の社員に向けて社長が普段何を考えているかを知ってもらいたいのがきっかけでした。以前は会社の朝礼でつまらない話を長々としていたのですが、これはまずいと思い朝礼は社員に譲り、自分はブログで発信することにしたのです。

 

私のブログは週一度だけ木曜日に書いていますが、知り合いの社長さんや政治家さんなどは毎日何らかのSNSで発信しています。これは本当にすごいことですね。自分はとてもそこまでできません。いや、できるけど“できない”と自分で限界を作っているのでしょうか。

 

先日経済産業省のある方から5年間ほぼ毎日発信していると聞きました。そして過去の発信内容まで共有して頂きました。その方は元朝日新聞社主筆から頂戴したアドバイスで「文章を上手く書けるようになりたいと思うのなら、とにかく書き続けること。毎日書く。それを最低4年間続けなさい。1年の平日は約250日。4年書き続ければ、1000日書いたことになる。1000日書けば、何か見えてくるでしょう。」との言葉を受け書き続けているそうです。そしてすでに5年目に入っているそうです。

 

以前父が何でも100回やると言って、ワインを覚えようと100本飲んだり、ゴルフを上達するために年間100回コースに出たり、釣りが好きになって年間100回行ったりしていました。さすがに100回やると何か見えていたようです。

 

継続は力なりとは本当にそうですね。自分もブログを始めてから、毎日何かの気づきがないか、自分は本当は何を思って信じているのかを考えるようになりました。そして実際に文字に起こす癖をつけ始め、現在ではブログを150回以上書きましたが、まだまだ見えてくることは少ない感じです。

 

それでもありがたいことに、知人や仕事の関係の方々からも「ブログ見てるよ」と言ってもらえることがあります。また、自分の考えに同調してくれる方もいらっしゃってとてもうれしいです。反面社員からの反応はほとんどありません(汗)。それでもめげずにこのブログを続けて行こうと思います。