大学3年の時、厳しいと評判の飲食店で興味本位で働き始めました。来る日も来る日も大量の皿洗いとゴミ捨て。普通なら音を上げるところですが、彼はなぜか辛さを感じず、むしろ楽しんでいました。
4年生になり、卒論のために辞めようとすると、コックから驚きの言葉をかけられます。「お前には食べ物屋の素質がある。独立してみろ、俺たちもここ辞めてついていくから」。その言葉におだてられ、「そこまで言うならやってみようか」と決意します。
父親に「レストランをやらせたい友人がいる」と嘘をついて相談し、千葉県市川市の八百屋の2階にあったフルーツパーラーを居抜きで購入してもらいました。しかし、現実は甘くありませんでした。
店は商店街の外れ。閑古鳥が鳴き、自ら駅前でチラシを配っても効果なし。苦肉の策で深夜営業やボトルキープを始めると、客層はどんどん悪化し、店は荒れていきました。
そして7ヶ月後、酔っ払いの喧嘩が原因で火事が発生。店はあっけなく全焼してしまいました。燃え盛る自分の店を見つめながら、彼の心に浮かんだのは絶望ではなく、安堵でした。「これでやっと、この仕事を辞められる…」。
母親に電話し、「もう辞めてサラリーマンになって借金を返すよ」と告げました。優しい慰めの言葉を期待していた彼に、母親は予想外の言葉を放ちました。
「せっかく火事が起きたのに! 辞めるなんてもったいない! 苦労は自分の成長のためだ、正面から受け止めてもう一回やってみなさい!」
その強烈な激励と、「給料はいらないからここで働きたい」と言ってくれる従業員たちに背中を押され、彼はもう一度だけ挑戦することにしました。
休業期間中にヨーロッパへ渡り、各国の飲食店を研究。そこで辿り着いた答えがイタリアンでした。競合が少なく、味付けがシンプルで飽きが来ず、日本人の好みに合う。確信を持ってイタリアンレストランとして再出発しました。
しかし、それでも客は来ません。1日の客数はたったの20人。「自分は安くて美味しい料理を出している。客層が悪い、立地が悪いんだ」と言い訳を重ねても、赤字の日々は続きます。
ある日、彼はふと考え方を変えてみました。「逆に考えたらどうだ? ここは最高の立地で客層も素晴らしい。ただ単純に、自分が高くてマズい料理を出しているから客が来ないだけなんじゃないか?」
料理の腕はすぐには上がりません。ならば価格を下げるしかない。翌日から全品3割引きに。それでも客は来ない。次は半額に。まだ来ない。「もう最後の最後だ!」と、ヤケクソで全品7割引きにしました。
すると、世界が変わりました。これまでが嘘のように客がどっと押し寄せ、1日の来店客数は600人を突破。朝から晩まで行列が絶えない超人気店が爆誕したのです。
あまりの盛況ぶりに対応しきれず、同じ市内に2号店、1年後には3号店をオープン。「低価格で美味しいイタリアンが楽しめる」という噂は瞬く間に広がり、18年後には100店舗を達成。現在は国内に1,000店舗以上を展開する巨大チェーンへと成長しました。
子供からお年寄りまで、誰もが気軽に楽しめる国民的レストラン。その原点は、火事で燃え尽きた店と、そこからの驚異的な7割引きの決断にありました。
計画通りに行かなければ、変えればいいだけの話。最悪の時こそ最高なんです。そう語るのは、株式会社サイゼリヤ・創業者、正垣泰彦会長です。




