素敵なゴミ箱
今日のリベルダーデは
。16℃。
このお尻のゴミ箱は2年前にリオ州のお気に入りの海岸街へ行った時に発見したの。
この通りの右側は小さな店が長屋のように並んでいて、自分が描いた絵とか手作りの木製品とか売られていて、ちょっとアートっぽい一角だったの。
でも私はこのゴミ箱にウケちゃって。
好きだな~、このジョークというか、中途半端な感じが。
わざわざ作ったかのようにも思えるし、マネキンをぶった切っただけのようにも思える。
何とも言えないこのイヤらしいんだかイヤらしくないんだか、分からない所もブラジル人、やるじゃん!って思っちゃう。
さらにこの隣のめちゃくちゃ安っぽいオレンジ色のホウキなんて先が広がっちゃっている所がまた、イイ!
去年もこの海岸に行って、このゴミ箱に会えるのをすっごく楽しみにしていたの。
ところが・・・、残念ながら無くなっていました。
悔しい。ーーーーーーー 悲しい。
今や貴重な1枚となってしまいました。
お洒落より安全
今日のリベルダーデは
。16℃。
ブラジルへ来て身に付けなくなった物。
手袋。
アクセサリー。
ハイヒール。
もうこれらの物とは、久しく縁がない。
ここ数日、すっごく寒いんだ。寒がりの私としてはマフラーぐらいはするのだが、さすがに手袋はここ数年使ったことがない。
アクセサリーも、ぜ~んぜん使わない。まぁ、身につけている人はいるんだけど、わたしゃ、必要もないのにわざわざ身につけて、「泥棒に狙われるのもイヤだから」ということを理由に、一切、使わなくなった。
ピアス社会のブラジルで、私は耳に穴開けていないから、イヤリングを探すのも大変だ。
正直言って、人の耳に穴あけるのは手伝った事があるけど、逆に怖くなった。やっぱ耳にはツボとかいっぱいあるしね!
だいたい、イヤリングとか指輪とか、すぐにどっかへ無くしちゃう人間だ。
まぁ、身の安全を理由に、「使わないで済む」というのも、とても楽ちんだ。
ブラジルへ来てたった一度だけ、仕方なくアクセサリーを身につけたが、それは結構、豪勢な結婚式に招かれた時だけ。
日本にいたら、こうはいかないだろうな。あ~、よかったブラジルで・・・。そういえば、化粧もしてないや。ハハッ。日本じゃもう働けないな。
そして、ハイヒール。
これはもう一生履かないんではないかと思ってしまう。
去年、日本へ帰った時、持っていたヒールはすべて捨ててしまった。
だって、そうでなくてもよく転ぶのに、ブラジルの道は悪いの何のって。
それなのに、ブラジル女性は結構ハイヒール履いて歩いている。
母と二人で「よく転ばないよね」と、一種、尊敬のまなざしだ。
いや、実はよくつまづいている姿を目撃する。それでもあの凸凹道をさっそうとヒールで歩くブラジル女性はエライ!
わたしゃ、当然、もっぱらスニーカー。
そういえば、ブラジルではなぜかスニーカーのことを「テニス」と呼ぶ。テニスシューズからきたのかな?とは思うんだけどすごく不思議。でもまぁ、その「テニス」とやらを私も履いている。
やっぱさぁ、格好より、身の安全の方が大事だもんね。
でも治安のよい、女性の身だしなみを問われる日本の皆様へ遠慮なくお洒落して下さいませ。
刑務所
今日のリベルダーデは
。22度。
いやはや、すっかり風邪でぶっ倒れて1週間も寝込んでしまいました。よく眠れたもんです。でも、さすがに寝るのにも飽きました。だから、まだちょっと鼻声だけど、起きちゃっいました。
で、久々にブログとメール。パソコンさん、こんにちわ。
サンパウロの暴動でお騒がせしましたが、もうすっかり平常です。
でも、その時のコメント でフィジーのタカハシさんが「恐ろしいね」っておっしゃって、サンパウロのカランジルー刑務所の事を書いてくれてたんですよね。
で、まさにその数日前にパソコン内の写真を整理していて、カランジルー刑務所の写真が出てきたので、「これ、ブログにアップしようかな」って思ってたところだったんです。
だから、見せちゃいます。
サンパウロのほぼ中心部カランジルー駅前にあったカランジルー刑務所。
たしか2003年秋だったと思うんですが(タカハシさん、覚えていらっしゃいますか?)
この刑務所の大部分を移転。
受刑者を他へ移した後、一般公開したのです。
たくさんの人が訪れて、公開期間をずいぶんと延長したっけ。
この刑務所では、暴動が起きた時に警察官(軍刑だったかしら?)が不要なほどの襲撃を加え、多数の命が落とされ、それが警察の指導者を訴えた裁判となりました。
もう10年以上昔の事件だけど、つい最近、大多数の予想を裏切る警察官無罪判決となりました。
最初の写真は中庭になった所に戸がいっぱい立っているものです。
色々な絵が描かれていて不思議な感じでした。
運動するためにあったものなのか、戸を見せる為にあったものなのか、私には分かりませんでしたけど、ここまでは「ふ~ん」って感じで、何ということなく、見ていました。
どこも一緒ですよね。女性のヌードのポスターとか、ベタベタ貼ってありました。
下手だけど、ピカチューの絵が描いてあったりして、中には日本語で子供の名前が書かれていて、「日系人も入っていたことがあったんだ」と、ドキッとしたりしました。
で、さらに突き進んでいくと、
こ~んなめちゃくちゃな部屋もあったり。
きれいな部屋と汚い部屋。
日の当たる部屋と真っ暗な部屋。
広い部屋と狭い部屋。
部屋内にある共同トイレも便座がある比較的まともなものと、便座も便器もないきったな~いトイレとも言えないような穴だけの所とありました。
その差が激しいのです。
ここで、多くの暴動や殺人が行われたのとかと思うと、だんだんと背筋が寒くなってきて、気分が悪くなり、部屋を回る度にだんだんと口数が減ってきたのを思い出します。
また、廊下に不吉な雰囲気が漂っているんですよ。
もしも霊能者がいたら、絶対に除霊を行っていたと思います。
でもその一方で、ミサも結婚式(男同士もOKらしい)もあげられる小さなキリストを飾った部屋もあれば、売店や調理場の跡もあって、「割ときちんと生活していたんだな」と、当たり前の生活臭を感じさせる部分もありました。
ブラジルでは受刑者でも大卒者には個室が与えられ、全然違う環境の元、刑務所生活が送れるそうです。
刑にもブラジル流の上下があり、婦女暴行や親殺し、子殺しなど人間的にちょっと?と思われる刑は下の下で、そうした受刑者は受刑者同士がリンチをして殺してしまう場合があるそうです。
本来ブラジルは死刑のない非常に人権的には優れた法律を持つ国なんですが、死刑よりも怖い受刑者リンチがあるので、非人道的な事件は間違えても起こさない方がよさそうです。
パティオのように中庭を囲んだような四角い構造になっているので、方角によっては、日のまったく入らない部屋と日の照る部屋に分かれてしまいそうです。
これも運なのか?
受刑者の強弱で決まるのか・・・?
ただ、あの狭い部屋、つまり本来なら例えば5人の定員の所に10人も20人も容れられるから、暴動も起きてしまうようです。
ホモの方同士の部屋とかあるらしいのですが、定かではありません。
ブラジルの刑務所は携帯も使えちゃうので、それが困りモノとか。
今回の暴動も刑務所内にいる大ボスからの命令で起きたようです。
大ボスがさらに厳重な刑務所に移されるというのが事の発端とか。すごいな~。
で、最後にこの刑務所をぐるりと囲む壁兼展望台があって、そこを1周しました。
途中で急に雨が降ってきて、ずぶぬれになったのを覚えております。
あの時、いっしょに見学に行ったご夫妻は、今は札幌に・・・。元気かな?(関係ないけど)
フィジーのタカハシさんは一般公開になって、すぐに見学に行かれた、つまり、受刑者がつい最近までお住まいになられていて、間もなく行かれたから「すご~くしょんべん臭かった」っておっしゃってました。
私が行った時は、公開から1、2ヶ月経っていたので、もうずいぶんと臭いは消えておりましたけれど、なんか、すごく不思議な、怖いような、興味深いような、複雑な体験でした。
あの時の「どーん」と重くなるような『見学』というのは、いまだかつて、経験しておりません。
個人的な感想としては、やっぱり、行かないで済むものなら、刑務所は行かない方がいいと思いました。
そして、自分が今、日本とは違うシステムの中で生きているんだ、ということを切々と感じた体験でもありました。
それで、万が一のために、どんな大学でもいいから、ブラジルの大学を出た方がいいかも知れないと真剣に思ったことを思い出します。だって、焼印とかされちゃうんですよ、仲間同士に・・・。
あ~、怖い~。いやだ~。
そして、さらに、受刑者が暴動を起こす気持ちも、ちょっぴり分かっちゃいました。
だって、狭いし、汚いし、やることないし、モラルないし、暴れちゃいますよね。
あ~皆さん、ブラジルへ来ても、くれぐれも罪を起こしたり、刑務所に入ったりしないで済むようにして下さい。
私も気をつけます。
あぶな~い!
今日のリベルダーデは
。19℃。
昨日、いやしんぼして人様のうちでご馳走になってきた所までは良かったのですが・・・、すっかり、風邪です。
朝から、喉が痛くて、バタンQ。
そうしたら、知らなかったんだけど、ブラジル、今、大変な事になっているんだって。
いやはや、NHKしか見ないから、ブラジルにいてもブラジルに疎い。そんなNHKですら、今、サンパウロで暴動が起きているとニュースで言ってくれました。
我がリベルダーデの街でも休日でもないのに午後からバタバタとシャッターを下ろして店を閉めました。
日本からの進出企業は領事館から連絡があったとかで、早めに閉めて午後3時か4時には帰宅だそうです。
なぜか、我が家には連絡がありません。在留届け出しているのによ~!!
おい、領事館、お前らが守るのは、進出企業の日本人だけなのかよ?えっ?
移民と旅行者は切り捨てか?
だろうな~。
かつて、第二次世界大戦開戦の時も領事館の人々は自分達だけが日本に引き上げて、移民は置き去りにしたんだもんな。
邦人保護とは名ばかり。
いいよ、それでも。
でも、だったら、パスポートに書いてあることはウソなんだから、パスポート代金返せ~!
で、つまり今、サンパウロは大変な訳よ。
何か知らんけど、店は閉まり、警察の近くは通っちゃいけない。
流れ弾に当たるからさ。
でも、わたしゃ、まったく別の理由、つまり風邪で1歩も外に出られなかったの。あ~、ホントは見たかった野次馬根性。
3時には優しい3世の日系人のお友だちから「今、国際交流基金の図書館にいたら、危ないから図書館閉めるって追い出されたの。だいじょうぶ?家から出ちゃダメよ」と連絡をくれた。
あ~、頼れるのは、領事館じゃない、地元の優しい友人だねぇ~。
まぁ、よくあるブラジルの暴動ですが、正直言って、サンパウロでここまで大きいのは私がブラジルに来て8年ぐらいになるけれど、初めてのことです。
今の所、まだ、生きています。
流れ弾より風邪にやられておりますが・・・。
"Pupuuuuu"
今日のリベルダーデは
。だけど寒い。16℃。
土曜日がんばって寝ていたおかげで、しっかりと人様のお宅の「母の日」にお邪魔して、おいしくご馳走を頂いてきました。
我が家の母にとっては、ブラジルで迎える初めての「母の日」。
ブラジルはまだ、家族や親戚が集まって、わいわいと騒ぐ、家族を大事にする土壌があるのです。いいねぇ~。
ということで、本日は5月10日の私のブログにfoodeiさんが書いて下さったコメントを読んでいて、ふと思い出した話。
ブラジルにいる知り合いの日本人男性がブラジル女性と結婚したの。
で、彼女、日本語を自分で勉強して、ほら日本語で
A「おはよう」だったら
B「おはよう」
A「こんにちは」だったら
B「こんにちは」
でしょ。
だから、ご主人が仕事から帰って
夫「ただいま~」って言ったら
妻「ただいま~」って言ったんだって。
それでこのお宅、
夫「ただいま~」
妻「ただいま~」
夫「お帰りなさ~い」
妻「お帰りなさ~い」って、2回繰り返す事がしきたりなんだって。
私、すっごくかわいいなぁって、心から思っちゃいました。
寝る
今日のリベルダーデは
。19℃。
なんか昨日からやばい感じって思っていたら、やっぱりヤラレタ。
そう、喉が痛いのだ。
今年2度目の風邪じゃんかー!
「あぁ、美人薄命とはよく言ったものだわ」と、言ったら、周りからドツかれた。
どーしてだ~!
でも、花よりダンゴの母に母の日プレゼントでお食事に行く。
私1人が美味いものを食えないという状況だけは、脱したい。
そのため、朝から大事を取って、寝る。ひたすら寝る。美味いものを食うために寝る。
これで私が痩せるわけがない。くっ~!
母の日に菊?
今日のリベルダーデは
霧雨のち
。16℃。
お買い物に行った。
何の買い物かと言えば、14日の母の日に向けて、人様のお宅での「母の日パーティー」にお呼ばれしているから、そのお宅へのお土産である。
ブラジルでは割ときっちり「母の日」を祝う。
日本じゃ、正直言って、母の日なんて、小学校でもらったカーネーションの飾りをプレゼントした以外、やったことが無かった。
でも、ちょうど母もブラジルからシルバー移住してきたし、人様のパーティーに便乗して、一緒に祝ってもらっちゃおう。
ありがたいねぇ~。ブラジルのご友人!
で、驚きなのが「花」である。
よく、人様の家へ行く時に、お花なぞ持って行くのだが、この時期なんとブラジルでは「菊」が真っ盛り。
母の日を狙ったお花屋さんもあっちこっちで商売繁盛なのだが、その店頭に並ぶ花が植木鉢に入った「菊」で半数を占めるのだ。
いろいろ探したけど、やっぱり菊が一番きれいで手頃。
「何となくな~。私の中では菊は仏さまにあげるもの」とは、思いつつも「それは切花。植木鉢だからいいのよ。ブラジルでの菊は生死に関係ないの」と、自分をなだめつつ、生きている母たちに長生きの祈りを込めて、「菊」を贈ることにした。
一緒に買いに行った母も「菊が一番きれいねぇ」と納得済み。
ちなみに我が家の母にも「贈ろうか?」と聞いたら「私は花よりダンゴね」だ、そうだ。
我が家のダイエットの道は遠い。
1日に3本
今日のリベルダーデは
のち一時
。気温は温度計見る暇なし。でも昼暖かく、夜寒かったー。
めちゃ、バタバタしていた、ような気がする。
金原さんという面白い人がゲストで、ラジオ・ジャックされちゃいました。
お昼は混ぜご飯とアジのフライを食べた後、前の大家さんの紺野さんの録音。
さらに夜にはイタマラチ学園のドナ・ホーザ(紀子さん)の収録。
どれもこれもすっごく面白い良い話ばかり。
紺野さんは平野移住地という日本人が最初に土地を購入して作った植民地でお生まれになった方。もうすでに70歳を超えています。ビッショと呼ばれる小さな虫が身体に入り込んで、それを取る方法など、私達のいまの生活からは考えられないような体験を懐かしそうに、楽しそうに語ってくれました。
紀子さんは旧姓茅場さんでお父さんはブラザーミシンの創設者の1人だったそうです。戦争で早くに亡くなられ、ブラザーミシン創設の相方の方が紀子さんたち女姉妹には高校卒業まで、男の子には大学卒業まで資金援助をしてくださったそうです。
ご主人は日系二世で、結婚当初は日本の上智や早稲田や外大で教員をしていて、ホーザさんはブラジルへ来る予定はなかったの。
でも、ご主人がブラジル東北部の調査プロジェクトで数ヶ月間ブラジルへ行ったら、その間にサンパウロ大学の助教授の席に空きがあり、「どうしてお前は戻ってこないんだ」の一声で、ブラジルに来ることになっちゃったんです。この話もとても面白かったです。
いずれも今後、放送予定。
ぜひともお楽しみに!
それにしても、疲れた~。さむ~い。喉いた~い。
はんこ
今日のリベルダーデは
。22℃。
ブラジルは当然だが、サイン社会である。
つまり、銀行の口座を開設するのも、アパートを借りるにしても、何の契約をするにも印鑑ではなく、サインである。
だ・か・ら、ブラジルで
この看板を見つけた時は、「おっ、はんこ(印鑑)だって~」と、喜び勇んで、モノをチェックしに行きました。
でも、これ便利なんだよね。住所とか名前とか、本当にちゃんと日本語で作ってくれるので、名刺サイズのカードに押せば、名刺も作れるし。
こういう日本語の印鑑があるのは、我が街・リベルダーデ(日本?東洋?人街)ならでは、と喜んでいる。
でもさ、でもさ、実は私さ~、ブラジルでだよ。ブラジルで、ちゃんと自分の名前を何かよく分からないけど難しい漢字で彫ってもらって刻印とか言うらしいんだけど、作ってもらっちゃってんの~。
なんか、日本にいる時はさぁ、あまりにも印鑑が身近すぎて、何となく年寄りっぽい気もするし、興味ないもんじゃん。
でもさぁ、無いモノねだりとは、うまく言ったもので、無いと欲しくなるんだよね。
ブラジルには結構、書道の先生がいて、横文字を書道で書いて、結構入選とか、しちゃっているのです。
私も一時期、パソコンばかりしていないで、何十年かぶりに「書道を習おう」と思ってちょっとやり始めたんだけど、その曜日に学校がぶつかっちゃって、あえなく3日坊主ならぬ数ヶ月坊主となってしまいました。
でも、その時の先生が刻印を得意とする人だったんで、上の印鑑作ってもらったの。
実は私は、ちぎり絵を作成するのですよ。わっはっは。(もう、ずっ~とやっていないんだけど・・・)
ほら。こん時にさ、サインよりやっぱ、四角い角印が欲しいじゃん。かっこよく見えるからさぁ。テヘヘ。
そういえば、印鑑といえば、18歳の時にさぁ、運転免許取得のため、自動車学校へ通っていたわけよ。
それで、帰りに時間が余ったから、デパート寄ったら、印鑑メーカーから派遣された占い師がいて、私の名前を見て「事故多しです」っていう訳。
たしかにわたしゃ4回も交通事故に遭っているから、当たっているのよ。
「今、教習所の帰りなんです」って言ったら、
「今すぐ辞めなさい」とまで言ってくれちゃって。
その占い師いわく、「苗字と名前はそれぞれいいんですが、一緒になると、女性が持つには、とても強過ぎて、事故も多い」んですって。
「でも、女性ですから、さっさと結婚すれば、苗字が変わるから大丈夫ですよ」と取って付けたように凹んでいる私を励ましてくれました。
最後にその人、画数だけじゃなく手相も見れるようで、「あっ、手相も見てあげるわね」って。
さっと差し出した私の手相を見て、「あらまぁ、晩婚だわ」。
おーい!さっさと結婚しろと言ったのは、おばはん、あんたでしょ~!と心の中で叫びつつ、結構、当たっておりました。
その占い師いわく、画数の悪い人は登録する印鑑の1画とかをデザイン的に増やしたり減らしたりするだけで、ずいぶんと変わるそうで・・・。
まぁ、世の中、いろいろあるもんですが、自分でもまさか、サイン社会のブラジルに来て、印鑑を作るとは思いもしませんでした。
日本の皆さんは質のいい印鑑が作れていいですね。






