手作り豆腐
南マットグロッソ州の旅の続きです。
泊めて頂いた日本人家族で、翌朝、お豆腐作りが始まりました。
ブラジルの豆腐はちょっと固めで、昔懐かしい「大豆」の味がしっかり付いているのが特長です。
正直言うと、日本にいた時は「絹ごし」が好きだったんですが、ブラジルに来てから、しっかり固めのブラジル豆腐が大好きになりました。
リベルダーデにいると、豆腐は日本食スーパーでたくさん色々な地場産メーカーから販売されているので、ついつい買ってしまう。
私にとっての豆腐はまだ、作っていない、いつかは挑戦してみたい日本食材の1つ。
今回おじゃました共栄植民地の皆さんは大規模大豆農家の方々です。
当然、自家製大豆で豆腐を作られます。
当たり前のように・・・。
ちょっと寝坊して、遅ればせながらの見学でしたが、ここでチラリとご紹介。
この水分を絞る木の入れ物もご主人の手作り。
家からかき氷の機械、魚のするめを作る機械など何でも作っちゃう方です。
ブラジルへ来て、本当に思うんだけど、何でも「買わなくても作れる」もんなんですよね。
でも、不器用な私にはどうも器用な人ばかりがブラジルに移民としてきているような気がしちゃうんだけれども、やっぱり、必要が工夫と技を生み出すものなんでしょうか。
その工夫の大傑作品。
とっても柔らかくて美味しかったです。
到着日和
1週間ほど、ブログを書かなかったんだけれども、どうしてか書かなかったのかと言うと、南マットグロッソ州のドラードスという街とその近くの共栄植民地へ行っていたの。
サンパウロからバスで15時間。
夜9時に出発して、翌日のお昼に到着しました。
同じブラジルなのに時差が1時間あります。
9日に到着。
運が良いことに、その日の夜、共栄植民地の日本語学校の校長先生の70歳、古稀の誕生日祝いをするということで、植民地のお母様方がご馳走を作って、日本人会に集まっておりました。
当然、私もちゃっかりご馳走を食べちゃいました。
何を食べたかというと・・・。
お世話になったお宅で、その日のためにパクーという大きな川魚をご用意しておりました。
これがそのパクーというお魚です。これが2匹。
それを熱に強い特別なドラム缶を使って作らせた、燻製もできちゃうバーベキューの特製シュラスケイロ(炭焼きバーベキュー用具)でじっくりと焼き上げました。
出来上がったお魚は・・・
トロのような鯉のような油の乗ったお味です。
たくさんのご馳走に囲まれて、大満足!
その時まで自分の古希祝いをしてもらうとは知らずに、会場へ連れて来られた校長先生も感激!
誕生日プレゼントの時計と寄せ書きの他、舞台では、地元婦人会の大正琴や男性陣のハーモニカ演奏、子供たちの日本語の歌が奏でられました。
最後は、その共栄植民地の日本語学校で学んだ生徒全員が舞台に上がって記念撮影。
35歳から日本語学校の先生を初めて、今年でちょうど教師生活35年。
地元の人たちとの温かい繋がりがどっと伝わってきました。
バタバタ
今日のリベルダーデは
。20℃。寒いです。
本日、お知り合いの方が過日に亡くなられていたということを知りました。
インターネット・ラジオ「ブラジル日和」でも録音させて頂いた方だったんですが、ご本人の希望で、幻の放送となった方です。生放送で1回放送した永久欠番の方。
ブラジルで絵を描かれたり、小説を書かれて、さらにその小説をご自身で製本しちゃう、すごい方でした。
最近、中川トミさんという最初の移民船「笠戸丸」に乗ってこられた人も100歳で亡くなられたし、母の練功の先生も67歳で亡くなったし、「ワシは死ぬ気がしない」と言っていた長老も105歳の誕生日目前で召されました。
いやはや、ブラジルへ日本人が移民してあと2年で、100周年なんだけれども、ブラジルにいる日本人高齢者があまりにバタバタと亡くなられるので、「人間いつかは死ぬ」と分かっているけど、何となく、焦ってしまう今日この頃です。
私が意味もなく焦って、バタバタしても何の解決にもならないんだけどねぇ。
3000歳
本日、母が1人で旅に出ましたー!
って言っても、老人会のツアー旅行に参加しただけなんだけども、今まで日帰り旅行程度は、1人で行っていたけれど、宿泊旅行には「1人じゃ、無理でしょう」ということで、いつも一緒にちゃっかりと行っていたのに、すっかり自立してしまって、嬉しいような、損したような・・・。
だって~、私が旅行へ行けないじゃないかー!!
シルバー移住から1年半。
まぁ、良かったと言うべきなんでしょうが・・・。
それにしても、高齢者ばかりを乗せたバス。
すごかったです。
あのバスの総年齢数は・・・
ザッと概算しただけで、3000歳は超えていたと思います。
人生、重いなぁ。
日本は寒い?
今日ね、日本から帰って来たというおじいちゃんと会ったの。
前にインターネット・ラジオにも出て下さった方です。
何で日本へ行ったかと言うと、彼はゲートボールをしていて、韓国で世界大会があったの。
その大会へ出るため、10月中旬から韓国の大会出場がてらに日本も旅行してきたんだよね。
そうしたらね、あんまりにも寒くて、本当はもうちょっと日本に滞在する予定だったらしいんだけれども「逃げ帰って」来たんだって。
その方、長野県の山岳地帯のご出身で、11月になったら、めっきり寒くなったって。
たしかに彼はブラジルでも北の暖かい方に長年お住まいの方で、余計に辛かったかも。
だってね、私もそうなんだけれども、あったかい所に長くいると毛穴が開いちゃって、寒さに弱くなるのよね。
だから、わずかブラジル数年の滞在の私ですら、日本の真冬を越す自信が無くなりつつあります。
でもね、その方、すごい笑顔で、「兄弟とも会えたし、お墓参りもしたから、良かったよぉ」って、親指を立てるブラジルでの良かったサインをしながら話してくれたんだ。
何となく、その一言でこっちもうれしく、あったかくなりました。
ようやく完観
いやぁ、これを書くのは辞めようかと思ったんだけれど、実はこの日、私とは母ずっーと、ビデオを観ていました。
えっ、何のビデオかって?
それがねぇ、言い辛いんだよね。
今さらビデオだけど・・・人様から借りた韓国ドラマを見ちゃいましたよ。
美しき日々。
みつこは見たかな?
最後は今イチだったけど、とりあえずは制覇。
母が友だちから借りたもの。
2ヶ月もかけて、ようやく見終わりました。
ふ~う。
ラジオを休むと・・・
この日のリベルダーデの天気はたしか
でした。
本当はいつも土曜日はご存知、インターネット・ラジオ「ブラジル日和」の日なんだけれども、今月はラジオはお休みがち。
どうしてか!って言うと・・・スタッフがサンパウロを離れがちなのです。
したがって、今日はリオへ行ってしまったスタッフを横目に朝寝坊していたのですが・・・。
な~んと、この日は次から次へと来客の来る日で、まずは我が家の大工さん、S田さんがお近くに来られたということで、お立ち寄りになりました。
そして、その数分後にやはりリベルダーデへ髪を切りに来たお友だちのよかよかさんが、本を貸したり、返されたりしに来て下さいました。
夕方にはまたまたマンガ「モーニング」を返却に友人のK治君が来てくれました。
さらにカポエイラで研修に来られた2人も来てくれて、昼間から、ずっとビールやお酒を飲み通し。
でも、お客さんが誰も来ない家というのは、淋しいと言いますから、嬉しいことです!
わ~い、わ~い。
問題は私がすっかり酔っ払って、ヘベレケになってしまったこと。
またまた、二日酔いでした。
どっひゃ~ん!
「移民Ⅰ」写真集
今日のリベルダーデは
のち
時々
。22℃。
とある写真集ができあがった。
ページをめくると、そこにはおじいちゃん、おばあちゃんばかりが載っている。
ブラジルからの写真集なら、「裸のおねえちゃんなり、ブラジルへ来た有名人なりを載せればいい」という意見もあるだろう。
まるで、高齢者が好きなマニアの本のようだ。
だが…、その名も無きおじいちゃん、おばあちゃんの顔、顔、かおをじっくりと見ていると、何か心にジーンと沁みてくるものがある。
彼たちは「移民」である。
著者のカメラマンはあとがきでこう書いている。
「握手した時に感じるザラザラした掌、切断された指に『この人はどんな人生を送ってきたんやろうか?』と何度も感じさせられた。時間が足りず、次の機会に話を聞こうとして、すでにその人が亡くなっていたという経験も2度や3度ではない」と。
日本人が「移民」としてブラジルへ渡ってまもなく100年を迎える。
著者は1992年に初めてブラジルを訪れ、邦字紙の新聞記者となって今年で12年目。
その間に撮りためた「移民」の写真をこの度、写真集として発刊したのである。
ページを繰っても繰っても出てくるのは、これでもかというほどの名も無きじっちゃん、ばっちゃんたちである。
しかし、その目が語るものは言葉では表せない。
優しく、鋭く、厳しい、それでいて、やっぱり何ともいえない包み込むような眼差し。
あんな目と表情を出せるようになる人生って、どんなものだったのだろうか?
「移民Ⅰ」。
お盆
今日のリベルダーデは
時々
というか
もあった。気温は忘れた!
母曰く、日本では「雷3日」というらしい。
どういう意味か?分からないので聞いたら、日本では雷は3日続くということで、そういえば、昨日遅くにも
雷があったから、一応、2日は続いたリベルダーデであった。
さて、本日11月2日はブラジルではお盆の祝日。
母に「今日はお盆で、休みだよ」と言ったら信じない。
お盆は日本にだけあるもののような気がしているらしく、しかもお盆は彼女の中では8月と固定観念されちゃっているのだ!
まぁ、気持ちは分かるけどね。
でも、よく考えると、アメリカのハロウィンとかも死者が蘇ってくる日で、端的に言えば「お盆」なわけで、最近はブラジルでも小学校ではカボチャの仮装などをして、ハロウィンを行っている。
10月31日がハロウィンで、ブラジルは11月2日が「お盆」なんだから、世界的には8月より10月末11月初旬にご先祖さまがお帰りになることの方が多いのかも・・・。
我が家のご先祖さまは、8月に帰ってくるのか?
それともやっぱ、ブラジルに引っ越してきたから11月に帰ってくるのかしら?
きっと、私の先祖くらいだから、気の向いた時にやって来そう。
そういえばさぁ、ブラジルへ来て、驚いたことは、こちらにいる日本人や日系人がこの11月2日にちゃんと「鐘楼(しょうろう)流し」をするんだよね。
日本人集団移住地で川のあるレジストロとかで・・・。
私しゃ、日本でも「灯籠流し」をしたこともないし、生でみたこともない。
せいぜい知っているのはグレープ(さだまさし)が歌っていた「精霊流し」の歌ぐらい。
それでもって、川を汚してしまうような気もするんだけど、いつか、幻想的に川の中をながれていく灯籠ってやつをこの目で1度は見てみたいと思っている。
今年はレジストロの灯籠流しに行けなかったけど、来年はぜひ、行こう!
花火も打ち上げられるんだって!
ご先祖さんも遊びに来ていいよ、ねっ。
工芸展
今日のリベルダーデは
。スコールって感じから始まってずっと
で21℃。
本日、リベルダーデにある日本ブラジル文化協会(通称・文協)という所で、「第10回日伯工芸美術展」のオープニングパーティーがありました。
もう最近のオープニングパーティーは、ポルトガル語ばかりで、挨拶ばかりで面白くないので、ほとんど行かないんだけれども、今夜はたまたま友人がこの工芸展に出品するということで、出かけていきました。
陶芸品が多いんだけれども木彫りや織物などいろいろな芸術作品があって、なかなか私は好きです。
入場は無料で11月10日まで開催されているそうです。
文協大サロン&貴賓室
Rua Sao Joaquim, 381
Liberdade







