マラジョー島の長~い第1日目
さてさて、何だかバタバタしていて、思うようにブログもアップできない!
コメントのお返事もようやく書けた。
コメントを下さった方々すいません。
そうそう、カータさんのご質問、アサイをどうやって取るか!等などについて、そろそろおしまいのベレン日記を書かせていただきま~す。
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12月1日(金)ベレン日記
ベレンに11日間いた訳なんだけれど、前回、ベレンへ行った時、取材ばかりで全然観光が出来なかったので、私個人の目的としては、心の奥底では「観光!」が大部分を占めていた!
でも、表向きは「写真展」だったから、一応、写真展開催期間中はおとなしくベレンにいたのだけれども、公式開催日が終わってからの3日間の間に「どっか、行こう!」と思って、汎アマゾニア日伯協会内にあるATS(アマゾン・トラベル・サービス)で急きょ、観光ツアーをお願いすることにした。
ATSの北島さんとはなぜかベレンのカラオケ屋で、約束もしないのに必ず会う間柄。
「あんた達みたいな人はツアーじゃなくていいでしょう」という優しいんだか、優しくないんだかよく分からないひと言。
宿だけを予約して頂き、あとは自分たちで船のチケットを買って、「マラジョー島」へ行くことになった!
マラジョー島・・・。
2年前にベレンへ来た時から、その名前は聞いていた。
「この河の向こうにある島で・・・」
と、説明してくれるが「この河」は「海」にしか見えないし、「島」は「九州」と同じくらいの大きさなのだ!
今回の旅行中に知ったのだが、ヨーロッパでは「この島」の大きさを例えるのに「スイス」より大きな「島」だそうだ。
11月26日の日記でご紹介した1番、2番、3番までのお洒落なEstação das Docas(ドック・ステーション) とは、なぜか大違いの10番埠頭。
同じ並びにあるのになぁ~と思いつつ、大荷物を抱えた人々と共に乗船。
ちなみに船代1人14レアルぐらい。
当日の出航1時間前からしか、チケットは買えません。
早朝4時半に起きて、5時にペルアーノと呼ばれる汎アマゾニア日伯協会お抱えのペルー人運転手さんに迎えに来てもらいました。
彼は写真集も買ってくれた日本人気質の真面目なペルー人なのだ!
そう!河を3時間、船で行った先にマラジョー島はあります。
アマゾン河での3時間なんてすご~く近い。
だって、マナウスからベレンまで1週間の船旅だって、それ以上の船旅だってあるんだもん。
ちなみに「河」だよ!
そして、島に着いてから、タクシーを拾うと言われたんだけれども、タクシーなんて見当たらず、トイレへ行っている間にいっぱい止まっていたバスもみんな出発しちゃって、途方にくれていたら、すぐまた、別の船が来て、数台のバスが到着。
「カルモ農場へ行きたい」って叫んでいたら、「船着場の近くを通るから・・・」と言って、バスに乗せてくれた。
そのバスでは後ろの方に乗ったおばちゃんや若者の乗客がずっと嬉しそうに大声で歌を歌っていた。
故郷に帰った嬉しさだろうか?
カーニバルのようだった。
バスの中から外を見ていると、土壁の家が何軒かあった。
そのうち数軒は、土壁の家の隣に板の家やレンガの家を建て始めている。
あと、何年かしたら、もうこうした家は見ることが出来ないかも知れない。
土壁から虫が入り込み、シャーガス病にかかると聞いたことがある。
シャーガス病予防の為には土壁がなくなるのはいい事だろう。
だが、ブラジルに来て「『サッペ小屋』に住んでねぇ~」なんて話を聞いても、『サッペ小屋』がピンと来なかったヘラヘラ甘ちゃんの私としては、こうした家を「住む」のではなく、「史料」的にでも残しておいて欲しいと願うのであった。
さて、こんな家々を見ながら30分ほどバスに揺られると小さな船着場に到着した。
運転手と車掌らしき人にバス代を払おうとしても「いいよ」と言って、受け取ってくれない。
よく分からないが、トイレで乗り遅れたおかげのラッキーだった。
そして、小さな船着場から我らが目指す農場までは・・・
この船で行ったのだ。
私の前にはビールとすいかちゃん、パイナップルちゃんも積まれている。
これが私たちの食事になるのかなぁ?と思ったんだけれども、そうでもなかった。
ビールはちゃんと頼んだけれどね!
その他フランス人夫妻とそのガイド、船をこぐ人2人ぐらいと1時間ほど河を進んだ。
船付き場を降りたらそこが「FAZENDA DO CARMO(カルモ農場)」。
入り口の看板など、結構、おしゃれである。
裏には果てしない農場が続く。
上の写真、よ~く見ると真ん中に水牛がいる。
実は昔、沖縄の石垣島へ行った時にも水牛さんには乗ったりした覚えがあるんだけれど、たしかあの時は、水牛に引かせた車に乗ったような気がするんだけれども、ここではじか乗りです!
さすがブラジル!
一応、鞍とか乗せた上に乗るんだけれども、すごいハエです。
う~ん、刺激的。
しかも、私が乗馬ならぬ乗水牛したとたんに、先に乗った人の水牛ちゃんが私の目の前で燃料にもなるという「糞」をたれてくれました。
でも、水牛ちゃんとのお散歩はのんびりゆったり、水牛同士に足を挟まれつつ、無事、終了。
その後、ピラニア釣りに・・・。
見える?? ピラニアの歯。
肉食だというピラニアちゃんの歯は怖いです。
フランス人夫婦と我々4人で10匹は釣って、「お刺身にしてくれ~」と頼んで持って帰ったのだが、結局、食卓には上がらなかった。
さらにこの池のようなピラニア釣りポイントで・・・すごいです!
カルモ農場に勤めるインディオではないけれど、私から見るとインディオのようなこの島生まれのクラウジオ(50歳)が、す・ご・いんです。
パパッと・・・
ワニを捕まえてくれました。
さらに・・・
釣り場の足元から何やら引っ張っているなぁ?と思ったら・・・
アナコンダという蛇を取り出して下さいました。
これらが、ごく普通に素手でお捕りくださるわけです。
当たり前のように「持ってみるか?」と言われたけれど、ビビリの私は辞めておきました。
さらにクラウジオさんは、まるでお猿さんのようにアサイの木にもスイスイと登っていくデモンストレーションを見せてくれました。
カータのご質問 「どうやってアサイを取るか?」
の答えは↑です。
この地の方々は、アサイの高い木の上でも、まるで地上にいるかのような身の軽さでアサイはもちろん、何でも収穫してくれちゃいそうです。
実際、次の日には・・・とあるものも収穫して下さいました。
しかも、登るのも簡単。
アサイ椰子の葉っぱをクルクルと上手に円にして、それに両足を入れ、まるでスパイダーマンかスーパーマン、あるいは猿飛び佐助、さるとびエッちゃんのように木を登っていくの。
丸めたアサイ椰子の葉っぱとは、どんなものかと言いますと・・・
フランス人夫人の持っている緑の草です。(モデルは一緒に旅をしたフランス人御夫妻です!)
これさえあれば、クラウジオならどこまででも登れちゃうみたい。
ちなみに今、我が家にも飾ってあります。
ちゃんとサンパウロまで持ち帰りました。
大事な記念品です。
な~んかさぁ、クラウジオさんとかを見ていると、私は人間として衰えた機能が多いなぁとしみじみ思っちゃいました。
ナイトツアーへ行って、ワニの目(夜間は光る)などを見たんだけれども、クラウジオさんが照らす電球の光の通りに一生懸命目を動かして見て、私の中で眠っている野生を呼び戻そうとしたんだけれども、どうもダメです。
電気がないけれども、携帯が繋がるマラジョー島。
字は読み書きできないけれども、ものすごい薬草や鳥、動物の知識を持っているクラウジオ。
な~んかさぁ。
な~んかなんだよね、うまく言えないけれども。
いやはや、アマゾン呆けの元凶の1つはマラジョー島の果てしない自然にあったかも知れません。
電気を切られたぐらいで、ガタガタ騒いでいる自分の小ささに反省し、マラジョー島にしばらく住んでみたい気になった、ぶらこのマラジョー島第1日目でした!
長い日記を最後までお読み戴き、ありがとうございましたー!
「移民Ⅰ」写真展と写真集販売
この日は暑かった!そうです。でもクーラーの効いた部屋にずっといたので、あまり暑さを感じなかった。
ただ、写真展に来て下さった方が「39℃でこんなにサンパウロが暑いのは珍しい」とおっしゃっておりました。
さて、この日でバタバタと忙しかった写真展は無事、終了しました。
写真展があんなに疲れるものだとは、夢にも思いませんでした。
何を隠そう、ベレンではテコテコさんのお陰で受付にずっと座らずに済んだのですから、楽勝、らくしょうで「ぶらこ」らしくフラフラぶらぶらしておりました。
あ~、幸せだったなぁ。
でも、サンパウロでは、わざわざ足を運びじっくりと見てくださる方が多く、押すな!触るな!というほどではないにしろ、(写真展で満員電車のようになるはずはない!・・・けれど)、ひっきりなしに見に来てくださる方がいて、気の抜けない3日間でした。
あ~、疲れたぁ。
でも、いろいろな方の貴重なご意見、身に余るお言葉を戴き、とっても喜んでいたみたいです。
さて、ここで重要なお知らせが・・・
その写真展の写真集を日本へもお送りするらしいのです。
詳しくはHP「マツモトコージ写真館」
http://www.100nen.com.br/ja/matsumoto/
に載っております。
以前、このブログに稚拙 「移民Ⅰ」写真集 と題して書いた時に、何人かの方に「日本でも買えますか?」と質問されたのですが、その後、郵送費などをチェックして、金額を割り出したそうです。
この写真集には116枚の写真、地域ごとの風景の写真などがあります。
写真展では移民100周年のプレとして、じっちゃん、ばっちゃんの顔写真を100枚だけ展示しました。
裏表紙は当時、移民が船で到着したサントスの港からサンパウロへ汽車で向かうその線路の現在の写真が小さく載っています。
この写真集には色々なご意見が届きました。
HPで公開されているものとして・・・
友人でもある岡村淳さんからの友人であるからこそのご意見
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000129/20061212002456.cfm
また、岡村さんの中でも紹介されておりますが、美代賢志さんも自身の
の中で書評をして下さっております。
いろんな意見があって、いいなぁとつくづく思います。
実は・・・私の意見はあんまり反映されなかったんですが・・・。
その1・ポルトガル語翻訳も日本語と同じようにそのページ内に入れるべし(→最後の方にまとめて掲載)。
その2・写真の載った方のご年齢を取った年で記載すべき(→ご丁寧に今現在の2006年の年に計算して記載)。
まぁ、色々と反省点もありますが、最初の1歩を踏み出したようで、何より何より。
そうそう!HP「マツモトコージ写真館」にも数点は載っておりますが、今回の「移民の肖像」と題して、別のHP上でも写真展 をして下さっております。
万が一、写真集をご希望の方は・・・
「このほど発刊しました初めての写真集「移民Ⅰ」を販売しております。
大きさは16×23センチで、144ページ。白黒。
ブラジル国内では一冊30レアル(約1500円)ですが、日本向けは郵送料込みで2000円となっております。
ご希望の方は専用メールアドレス imin1foto@hotmail.com
までご連絡いただけますと、入金先など詳細内容を送らせていただきます。
なお、申し訳ございませんが、ブラジルの郵便事情のため、入金確認から本品到着までは2、3週間かかると思われますので、どうかご了承願います。」
だ、そうです。
写真展
リベルダーデはたしか
。
実はこの日は朝から、とある写真展・・・と言っても、もうバレちゃっていますね。
そう、松本浩治の「移民Ⅰ」のサンパウロでの写真展が始まり、朝からそのお手伝い。
夜の7時からはカクテル・パーティーだったんだけれども、友人の日系三世の鈴木ジュリアーナさんが日本の古い歌などを竹の横笛で吹いてくださるというもの。
移民のじっちゃん、ばっちゃんの写真にバッチリ合っていました。
そして、お偉いさんの挨拶は一切なし。
とてもコロニア(=日系社会)では珍しいオープニングでした。
お客
今日のリベルダーデは晴れ一時雨。夜でも24℃。
我が家ながら本当にお客さんの多い家です。
本日も3人の方が来て下さいました。
おひとりはラジオにも出て下さった大工のS田さん。
1か月も壊れたままの電球を見事!直して下さいました。
しかも無料で!
ありがとうございます。
そして、祝い酒を持ってきて下さったK野さん。
すばらしいオカマダンスのDVDを見せにやってきて下さったY場さん。
本当に皆さん、お世話になっております。
ラーメン
今日のリベルダーデは
。27℃。
本日もお昼にN尾さんが久々に我が家へいらして下さいました。
と言っても、わたしゃバタバタしていて、私が帰ったら、いらっしゃっていて、な~んと!お昼にインスタントラーメンをご馳走したというお粗末さでした。
どーも、すいません。
母もな~んと!ブラジルに来て「忘年会」なぞ、覚えてしまって、ふ~らふらと遊び歩いております。
さらにさらに、夜はお世話になった方のバースデー。
今月2度目のケーキ作りです。
結果は・・・・・・相変わらず、酔っぱらいました。
サクサク
この日も知り合いからの紹介でブラジルに永住したい日本人が来られたり、明日はお世話になっている方のお誕生日なので、ケーキを作る買い物へ行ったりしたけれど、日記を書いていると、なかなかベレンの話に進まないから、日々日記はサクサクっと終わり。
ご案内
本日午前中は、日本から来られた学校の先輩をちょっとだけご案内致しました。
車のないビンボーなぶらこはメトロと徒歩での近場案内です。
学閥とか嫌いだし、マイナーな地元、マイナーな学校、いわゆる地味な裏街道を来ておりますので、学校の先輩だとか後輩だとか、部活だとか、超苦手です。
でも、ご縁は大切に・・・。
先輩と言っても現在61歳の方で、どう案内できるか、ドキドキ。
でも、その後、旅先のレシーフェからわざわざお電話を下さり、飛行機に乗り遅れた事件までご報告下さいました。
61歳、女一人旅。
かっこいいじゃないですか。
飛行機に乗り遅れたのは、きっと一番の思い出でしょう。
宇江木さん
リベルダーデからメトロと電車を乗り継いで約1時間半、マウア市へ行ってきた。
11月5日に亡くなった宇江木リカルドさん (79歳)の奥様とお約束したからだ。
宇江木さんは作家であり、画家でもあり、かつては航空写真家でもあった。
作家活動はオンデマンド方式。
御自分で執筆され、それを製本して、欲しい方に無料で配られるという活動を精力的になさってきた。
最後の作品は「蜆川」というもので、ご自身の御母堂をモデルに描いたもの。
3部作にする予定だったらしいが、2部完成後、亡くなられた。
お母さんがハーフで79歳の宇江木さんがクオーターというだけで、その数奇な人生が伺え知れる。
多くは語らなかったが、航空写真も大阪万博開場のものがあったり、その価値は貴重だ。
実は宇江木さんには「ブラジル日和 」に出演してもらったことがある。
放送終了後、ご本人からのご要望でHPアップを中止した唯一の幻の放送Vol.014だ。
今回、奥様からのご依頼で、宇江木さんの作品をすべてHP上にアップしてもいいというお許しを頂いた。
だが、何か宇江木さんの部屋から宇江木さんの物を持ち出すのが気が引けて、「蜆川」の2部だけをフロッピーディスクに入れて持ち帰り、宇江木さんのHP管理者に送るつもりだったが、なぜかそれが開けない。
これは宇江木さんが「待て」をかけているのか?
もう一度、年が明けたら宇江木家を訪ねて、奥さんとゆっくり話して善処したい。
惜しい方を亡くしてしまった。
心より合掌。
3ブッキング
この日はご存知インターネットラジオ「ブラジル日和」の日。
しかし、久々でした!
ずっとサボっていたので、あまり聞いてくれる人、いらっしゃらないかなぁと思ったけれども、たくさんの人がチャットに入ってきてくれて嬉しい限り。
MIKIさん、だめやんさん、NYのFoodeiさん、エクアドルのH野さん、みつこ!どうもありがとうございました。
そして、実はラジオが始まってからブラジルからはチャットに入れなかったので、久々に日本にいる、ラジオ言いだしっぺのS田さんへ電話をかけました。
あまりにも変わらない声で、つい日本とブラジルの距離感を忘れて、挨拶抜きで数秒の会話。
いやぁ、通信事情は良くなったもんですな。
しかもこの日は超バタバタ。
ラジオ終了後、学校の卒業式におじゃまし、その後、何ヶ月も前から約束していた日本から先輩とお食事、そして最後にかなり身内の者の記念パーティーへとトリプルブッキングをこなしたら、さすがに疲れてしまいました。
ソーラー
この日はソーラーシステムについてお勉強しに行ってきました。
このソーラーシステムはいわゆる日本にある高いソーラーパネルを使ったものではなく、ブラジルならどこにでもある屋根のパネルに使われるような板に水を通して、お湯にするというとてもシンプルなものです。
でも、それはブラジルの貧しい人にもぜひ使ってもらいたいという開発者の熱意から生まれたもので、わずかなお金で作れちゃいます。
基本的には「自分で作ろう!」という普及活動ですが、ここではさらに普及の一環として、学校などへ模型を寄付したりして、全然、お金儲けではないから「NGO」となっているそうです。
理論はシンプルだけれども、材料を試行錯誤し、実用に至るまで、10年の年月をかけたというAugustin(アウグスチン)さん。
彼はドイツ系とロシア系の血をひく技術者だそうです。
彼の所には、貧しいけれども太陽ガンガンのアフリカなどからも見学に来られるそうで、事実、私たちが訪れている間にも、アフリカからだというお客さんがお待ちでした。
↑ Augustinさんと「安上がり太陽熱湯沸し器」。
わたしゃ、電気を止められた事件以来、いや、冷静に考えると、ずいぶんと以前からソーラーなどで、電気を自分で賄いたいという思いがあった。
だが、このシステムを我が家で導入するには、少々家の改装が必要。
そんな訳で、実用までにはまだまだ時間がかかりそうだけれども、「いつか絶対、電力会社に100%頼らなくても生きていけるようにがんばるぞ!」と心に誓ったのであ~る。
そうそう、ポルトガル語だけれどもAugustinさんのHPをご紹介。
普及が目的なので、情報は詳しく100%公開されております。
http://www.sociedadedosol.org.br/














