同志社学生混声合唱団ご出身の男性12名から成る男声合唱団で、同じく同合唱団ご出身の女性、W邊さんが指揮者として束ねておられる。代表者の「家族や友人しか聞きに来てくれないようでは、ミュージシャンではなく、ミウチシャン(身内)だ」というご挨拶に観客席から笑いが起こったが、なかなかどうして、素晴らしい演奏がいくつもあった。


(団を相撲部屋に例えた面白いチラシ)

第1ステージは「日本語のうた」と題し、隠れキリシタンがテーマの「おらしょ」、男声合唱のための「夜もすがら」と「抒情詩」、酒を讃え親しむ「酒頌」、そして「最上川舟歌」の5曲が演奏された。曲の紹介に立たれた方の説明通り、「夜もすがら」では下鴨神社の禰宜になれなかった鴨長明の未練たらたらの哀愁が感じ取れたように思うし、世の中、思い通りには行かないけれども、そんなときは酒を飲んで翌日は再び元気に働かねばならないという男の心意気が「最上川舟歌」からは感じられ、大変良かったように思う。



第2ステージでは「英語のうた」5曲が歌われ、アメリカ民謡の「Vive L' Amour」、アメリカTVドラマ主題歌の「Sing Along」に続き、3曲のスピリチュアル(奴隷が歌いつないだ霊歌)が歌われたが、「Ride the Chariot」が特に良かった。奴隷という辛くて厳しい人生も、必ずや神さまに救ってもらえる。そして、馬車に乗る準備(神さまに会う準備)はできているという決意や希望がひしひしと伝わって来る力強い歌声だった。


(トップテノールM藤さんの熱唱)

 

第3ステージには、女性指揮者のW邊さんが「私も歌いたい」とおっしゃったことから編成されたという混声合唱団「アンサンブル・プチ・プチ」が賛助出演で登場され、ブラームスの作品74から第1曲を歌われたが、女声が入ると男声にはない柔らかさ、清らかさが加わる。耳に優しい演奏だった。


(アンサンブル・プチプチのステージ)

第4ステージは「ラテン語のうた」4曲が歌われたが、秀逸は「Ave Maria Angelus Domini」だったと私は思う。曲の後半にアーメンコーラスが出て来たが、これが本当に美しいハーモニーで、心が癒されるのを感じた。タイトルからして宗教曲だと思うが、同志社という学校で4年間過ごすと、自然に神さまの存在を近くに感じることもある。そういう同志社の卒業生ならではのハーモニーを感じさせてもらったように思う。

 

打上げのパーティにも参加させてもらい、最後に全員でカレッジソングを混声四部で唱和したが、あまりに美しく、しかし、力強いハーモニーに危うく泣きそうになった。ラグビー部で歌ってきたカレッジソングとはひと味ふた味違っていたかな(笑)

大学の先輩から紹介された朗読劇「青空」を観に行った。



主人公の大和(やまと)は、昭和12年の支那事変、14年のノモンハン事件、15年の日独伊三国同盟、16年の真珠湾攻撃から始まる太平洋戦争という激動の時代を生き抜いた少年だ。

元々は軍国少年だったが、日本の劣勢が感じ取れる生活になり、武器を作るための「金属類回収命令」に続き、極寒の地で戦う兵士の毛皮や食料を確保するための「犬や猫の供出令」が出されるに至り、大いに悩むこととなる。彼には家族のように思い、慈しんでいる柴犬の「麦」と野良猫の「小太郎」がいたからだ。その後の展開にはハラハラしたが、大和も麦も小太郎もたくましく激動の時代を生き抜き、勇気を与えてくれる。

朗読劇は初めての鑑賞だったが、ステージに置かれた4脚の椅子に、ナレーターを務めながら大和少年の父親や警官など登場人物を演じる安田 顕さん、大和少年を演じる瀬戸利樹さん、柴犬の麦を演じる小池栄子さん、野良猫小太郎を演じる梶原 善さんがお座りになり、時には軽妙に、時には重々しく物語を読んでいかれた。

言葉だけでその場面を想像させる朗読の才能や技術には感服したが、終幕の頃には「平和な時代に生まれて良かった。子供や孫にも平和な時代を生きて欲しい」と心の底から願うようになっていた。戦争は何の罪もない犬や猫まで犠牲にするのだと知り、改めて平和のありがたさ、平和を守る人間の責任に気付かされたのだろう。素晴らしい朗読劇だった。

バイオリン発表会に出た。

10回目になるので、おっかなびっくり参加した1回目の発表会から9年経過したのかと思うと、改めて時の経つ早さに驚かされるが、当時はバイオリンをこんなに長く続けることになろうとは思っていなかった。

 

 

長く続けられた理由は三つかなと思う。一つ、先生との相性が良かった。優しい先生で、私の上達のペースを守ってくださった。もし、下手に励まされたり叱られたりしていたら、こちらもいい大人だから、続けるのが辛くなったかも知れない。一つ、褒めてくれる家族や友人がいた。プロのように上手い訳がないが、家族や友人が良いところを無理やり探して褒めてくれた。それが励みになった。そして、残る一つは、年に一度の発表会があったからだろう。

 

今回の発表会では、ピエトロ・マスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲と、サミュエル・バーバー作曲「弦楽のためのアダージョ」を弾かせてもらった。間奏曲は娘のピアノ伴奏で、アダージョは熊さん(先生の旦那さん)の編曲で、何とバイオリン、ビオラ、チェロを弾く熟練6名の方々を後ろに控えての贅沢な演奏だったが、どちらも好きな曲だから、当然練習にも力が入った。

 

それでも、発表会が近付くにつれて気は重くなるし、舞台に出る直前には心臓がバクバクするし、弾き始めたら今度は必ず練習通りに行かないところが出てきて悔しくなるものだ。しかし、演奏が終わったときの達成感や解放感は普段の生活では味わえない素晴らしいものだし、更には、練習通りに行かなかった無念さが「来年こそは・・」みたいな再挑戦への思いにつながっているように思う。発表会がなければ、こんなに練習することも、感動することもないだろう。

 

ここ数年は以前ほど上達を実感できないから、「今回の発表会を最後にする」と言い続けているのだが、多分、来年も発表会の案内には「出ます」と申込み、練習を繰り返し、気が重くなり、「今回の発表会を最後にする」と宣言するんだろうな(笑)