昨年12月25日、同志社大学ラグビー部が帝京大学と対戦し、0対50で完敗した。東京校友会で広報を務める同級生が取材に来ていたが、どう書けば良いのか困っている様子だったので、自分自身の気持ちを整理する上でも「俺が書く」と原稿を引き受けた。(写真は校友会 新田博伸氏の撮影)

 

FW平均体重は帝京の109㎏に対し同志社は97㎏、体重差100㎏のスクラムが心配されたが、同志社は固いパックで帝京の圧力を凌ぎ、逆に力任せに組もうとする帝京の反則を何度か誘うことに成功した。一方、BKは果敢にオープンに展開したり、ハイパントやキックパスで前進を試みたりと、多彩な攻撃で帝京ゴールに度々迫り、前半20分頃までは互角の戦いだったように思う。しかし、惜しいところでミスや反則が出て得点にまで至らず、その後はフィットネスに勝る帝京が同志社の攻撃を確実に止め、逆に、同志社の果敢なタックルを受けながらも複数いるフォロワーにボールをつないで次々にトライを重ね、終わってみれば0対50の完敗となった。完封負けは悔しいが、あれだけの得点差がありながらも、帝京が最後まで全力で同志社のトライを阻止したのは立派。帝京がどのような練習を繰り返してきたか、監督コーチからどのような指導を受けてきたか、又、関東対抗戦グループで勝ち残るのがどれくらい厳しく難しいことなのかが窺える帝京の戦いぶりだった。

 

 

さて、実力差が明らかとなったが、同志社にも収穫はあった。昨シーズンの大学チャンピオンで、今シーズンも明治、早稲田、慶應義塾、筑波を降している帝京のパワーとスピードを同志社のルーキー3選手が体感できたことだ。ラグビーには「縦のライン」と呼ばれる重要なポジションがある。背番号2番のフッカー、8番のナンバーエイト、9番のスクラムハーフ、10番のスタンドオフ、そして15番のフルバックは専門職とも言われるが、ゲームを左右する判断力や技能、センスが求められる重要なポジションだ。帝京との試合には、2番フッカーに長島幸汰君、8番ナンバーエイトに林 慶音君、10番スタンドオフに大島泰真君のルーキー3選手が起用されている。いずれも優秀で真面目なプレーヤーだが、FWの長島君や林君には帝京との対戦を通し、「ここを強化しないとFW戦で勝てない」と感じた局面があったように思うし、10番スタンドオフの大島君はボールを受けた瞬間に、どれほど早く帝京がディフェンスの間合いを詰めていたかに驚いたかも知れない。そういう発見や驚きを田辺グランドに持ち帰り、他の部員に伝え共有することで新たな意識が芽生え、具体的な目標が定まるように思う。

 

 

同志社ラグビーは時に自由奔放と言われるが、実は、選手の特性を限りなく生かそうとする柔軟な発想と、それらを上手く組み合せて新しいプレーを試みるという合理性を持ち合わせている。結果として、過去の実績に拘らず、積極的に変化することを厭わない文化と伝統を受け継いできたように思う。来シーズンの同志社がどのように変化しているかを楽しみにしたい。

今年も干支に扮し、干支にまつわる諺と共に登場させてもらった。



世の中の変化が激しくて早いが、それを恐れたり無視したりしていたら、どんどん世間が狭くなり、頑固な老人になってしまいそうだ。そうはなりたくないので、今年もいろんなことに興味を持ち、足を伸ばして確かめ、そこから何かを学び取る、好奇心旺盛な高齢者を目指す。

朴 令鈴さんからご案内いただいた「七つの国の歌・博覧会」コンサートに行ってきた。

 

 

盛田麻央さん(ソプラノ)がフランスの歌、松島理沙さん(ソプラノ)がオーストリアの歌、ジョン・ハオさん(バス)が中国の歌、関 定子さん(ソプラノ)が日本の歌、彌勒忠史さん(カウンターテノール)がイタリアの歌、井上雅人さん(バリトン)がフィンランドの歌、そして塩田美奈子さん(ソプラノ)がスペインの歌を、鳥井俊之さん、朴 令鈴さんのピアノ伴奏で歌われた。

 

ジョン・ハオさんは中国のご出身だし、他の皆さまは各々その国で学んだり、その国の音楽を研究されたりしているから、全く違和感なく、皆さんの歌声や表現を楽しむことができた。ここからは私の好みだが、もう一度、聞きたいなと思うのは、ジョン・ハオさんの「黄河頌歌」、広大な中国の大地を滔々と流れる黄河が目に浮かぶようだった。関 定子さんがアンコールで歌われた「津軽のふるさと」は美空ひばりさんが歌っておられたそうだが、りんごが実る故郷を思う気持ちがじんわりと伝わってきた。

 

プログラムに書き込んだ私のメモを読み返すと、盛田麻央さんが歌われた「お前が欲しい」には「うっとり」と書いているし、松島理沙さんの「ウィーン、わが夢の街」には「華やか!」、塩田美奈子さんの「スペインの歌」には「カスタネットに心躍る」、井上雅人さんの「フィンランディア賛歌」には「熱い独立への思い」と書いている。皆さん、本当に素晴らしい歌声だった。

 

しかし、最も圧倒されたのは彌勒忠史さんの歌声だ。私はカウンターテナーという言葉しか知らなかったから、彌勒さんのステージには衝撃を受けた。あの高音がどこから出てくるのだろう、女声の場合とどう違うのだろう、と興味津々で聴き入ったが、彌勒さんの歌声には芯があって力強く、しかし伸びやかで美しかった。それ以上のことは私の表現力では書けないが、特に「簒奪者にして暴君」(ジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェス作曲)でそれを感じた。



最後に「きよしこのよる」を各国の言葉で歌いつながれ、客席には暖かな空気が流れた。大変興味深く、後味の良いコンサートだった。