長女の家族と一緒に沖縄に行った。初めての沖縄だったが、こんなに美しくて平和な島が戦争の舞台となり、多くの方が亡くなったのかと思うと、いたたまれない気持ちになった。



戦争中の写真をニュースや報道番組で見ると白黒写真が多いからか、ずいぶん昔のように感じてしまうが、私が生まれる僅か10年前の出来事だ。その当時、沖縄にいた人たちもこの美しい青空とコバルトブルーの海を眺めておられたはずだから、平和でないことを本当に無念に思われたことだろう。


召集された伯父は上海で戦死した。父は学徒出陣し、危ういところで終戦を迎えた。戦争が一年々々遠ざかっていくが、美しい自然、安全な環境、平和な社会を子供や孫たちに残さなければと思った。

ソプラノ歌手、田村麻子さんのお母さまからコンサートのご案内を頂いた。

 

 
ご案内には「ドイツの後期ロマン派を代表する詩人シャミッソーの『女の愛と生涯』・・この連作詩を歌曲として作曲したシューマンとレーヴェの2人・・この1つの詩から生まれた2つの歌曲集を田村麻子が歌い、それらをモチーフとした作品を田野聖子が演じる」とあった。何のことやら良く分からないまま会場へと向かったが、会場を出るときには感動で胸がいっぱいになっていた。
 
シューマン作曲の歌曲は先ず田村麻子さんがピアノ青木ゆりさんの伴奏で物語の8曲をドイツ語で歌い上げ、次に入れ替りでステージに出てこられた田野聖子さんが主人公の女性を一人芝居で演じられた。物語は一人の女性が身分の異なる男性に恋をして結ばれ、娘に恵まれて幸せな生活を送るものの相手の男性が急逝し・・という生涯を描いたものだったが、歌と演技では表現方法こそ異なるものの、こちら側の想像の範囲や仕方も異なって来るから、大変興味深いコンサートになった。
 
レーヴェ作曲の歌曲では田村麻子さんと田野聖子さんが一緒にステージに上がられ、田野聖子さんが現代を生きる女性を演じ、田村麻子さんが日本語でそれぞれの曲を歌い上げられた。田村麻子さんの歌声には感情の深みと力があるし、田野聖子さんの演じる女性には現実味があって親近感を覚えたから、私にとってはシューマンの作品より素直に受け容れることができて、その分、感動が大きかったように思う。
 
ステージの最後は、主人公の女性が結婚する孫娘を送り出す場面であったが、私の妻が結婚する孫娘を送り出すところを想像してしまい(注:孫娘は二人ともまだ7歳です・笑)、その分、グッと胸に迫る場面になった。アンコールの拍手に応えて3人がステージに戻られ、最後に青木ゆりさんが「トロイメライ」を演奏されたが、これが心にしみ入るような音色で、うっとりしてしまった。素晴らしいコンサートだった。

同志社混声合唱団でご一緒している I さんが出演されると聞き、チケットを分けて頂いた。I さんのお話では、藪田翔一さんという新進気鋭の作曲家が合唱団「歌の花環」のために作曲された「祈りの刻(いのりのとき)」が出版されることになり、それを記念する演奏会とのことだった。

 

 

第1部は中原中也や竹久夢二の詩に薮田翔一さんが曲を付けられた作品4曲が歌われたが、「夏の日の歌」(詩:中原中也)は透明な直射日光が感じられる夏の歌だったし、「雪が降ってゐる」(詩:中原中也)ではしんしんと降り積もる雪が感じられる冬の歌だった。文字の羅列である詩からどうしてこのようなメロディーが浮かんでくるのか、本当に不思議に思った。

 

第2部はソプラノの真野綾子さん、テノールの下村雅人さん、ソプラノの菅原直子さんが薮田翔一さんの作品を2曲ずつ披露された。詩はいずれも中原中也のものだったが、パンフレットに記載されている歌詞を読むことができたので、あぁ、なるほど、そういう歌だと感じ入る作品ばかりだった。

 

圧巻は第3部の「祈りの刻」で、平成の30年間を振り返り、バブルエコノミーの時代、その崩壊と混乱、そして再生が7つの時代に区切られて表現された作品とのことだった。以下、私は各々の時代をこのようにメモしている。(1)不気味な不協和音、(2)理性の感じられない大きなエネルギー、(3)重い目覚めと後悔、(4)クールダウンと迷い、(5)孤独、(6)再生への決意、(7)前進。歌詞から意味をくみ取ることもできるが、メロディーから受ける印象はストレートで大きい。それを実感できるコンサートだったように思う。I さん、素晴らしいコンサートでした。ありがとうございました。