下手な説明は不要かと思う。ジム・ロジャースさんがおっしゃっていた言葉で、特に気になったものをいくつかご紹介する。



「次の覇権国は中国になる」


「米ドルが世界の基軸通貨だが、アメリカは過去最高の借金を背負っており、安全通貨ではなくなっている」


「ロシアや中国と西側諸国の間に『経済の壁』ができてしまったら、中国の製造業、ロシアのエネルギーや食糧などが西側先進国の豊かな生活を支えていたことに気付くだろう」


「中国で毎年輩出されるエンジニアの数はアメリカの10倍以上。テンセント、アリババ、バイドウがGAFAより多くのイノベーションを起こす日が来る」

 

ジム・ロジャースさんは日本がお好きらしいが、容赦なく次のようにコメントされている。

 

「これから日本は確実に貧しくなっていく。財政赤字が膨らんでいく一方で、日銀が金融緩和でお金を刷り続けている以上、将来、円の価値は確実に下がる」

 

「私が10才の日本人だったら、海外に脱出するか、自動小銃を携帯する(これは2019年の発言で、大きな反響を呼んだ)」

 

2040年の出生数は70万人の予想。一方、2040年に70才を迎える人は200万人いるらしい。支える側が少なくなれば、社会保障制度は維持できなくなるだろうし、国の活力も低下しそうだ。さて、どうしたものか。

一気に読んだ。

副題は「大学ラグビー部員たちの生と死」、帯には「戦争に翻弄されたラガーマンたちの青春の秘史」とあり、読み進むにつれ、戦争で命を落とされたラガーマンや、ラグビーを途中で諦めざるを得なかったラガーマンに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



救いは三つあった。一つは、私の現役時代、指導に来てくださっていた京大ラグビー部OBの星名 泰先生のエピソードだ。話には聞いていたが、星名先生はテキサス生れだったことから「テキさん」と呼ばれていたこと、京大卒業後は満鉄に就職され「特急アジア号」の設計に携われたこと、敗戦後は日本に引き揚げる人たちのために尽力されたこと等が紹介されていた。星名先生は温厚な学者肌の紳士にしか見えなかったが、厳しい時代を戦い抜かれたラガーマンだっのだ。

 

二つ目は、敵性語の「ラグビー」が「闘球」と呼ばれるようになり、更には学徒出陣の断行や公式リーグ戦の中止から試合ができなくなった京大、東大のラグビー部が、「戦死する前に最後の定期戦をやろう」と国にも学校にも伏せて「秘密の定期戦」を実現されたエピソードだ。「試合後、両チームの選手たちは互いに肩を組み合って慟哭し、そして笑い、最後には声を合わせて唄った」というくだりで目頭が熱くなったが、ラガーマンの不屈の精神や潔さを物語るエピソードだ。

 

三つめは、広島で被爆された京大OB白水聖親さんのエピソードだ。昭和19年、陸軍に入隊された白水さんは広島の陸軍被服支廠に赴任される。原爆投下の日は市内に居られなかったので命拾いされるが、被災者救援のため市内に入って被爆される。それでも周りには被爆者であることを言わず、生来の明るく愉快な性格から周りの方々をいつも笑わせ、九州の迷惑ラグビー倶楽部では応援団長を長らく務めて若者を励まされ、多くの方から敬愛されていたそうだ。その白水さんが病床で息を引き取られる寸前、息子さんの「おい、中洲、行くぞ」という呼びかけに「うん」と頷かれ、その場にいた看護師さんまで思わず笑われたのだとか。最後の時まで周りを明るくされるとは、なんとも素敵なラガーマンではないか。

 

早稲田でラグビーをしていた父も学徒出陣しているので、あぁ、父はどんな気持ちでいたんだろうと、父の気持ちも想像しながら読んだ。平和な時代に生まれたことに感謝。

この本は、2021年の1月から4月に行われた同志社大学での講義をもとに構成されたものだとか。佐藤優さんのお話は校友会のイベントで何度かお聞きしているが、その博識ぶりや独特の視点、分析力には毎回感心させられる。今回も大変勉強になった。



 「産業社会に対応するためには、識字能力と計算能力が必要だ。そういった教育を広く行うことができるのは、国家しかない。国家による教育によって、国民の言語や認識が共通化される。そのようにして国家は文化的に同質な組織になる。そこからナショナリズムの意識は生まれてくるわけだ。つまり、ナショナリズムは教育が発端となっているわけで、その根源が人間の本性にあるわけではない。」

 

確かにそうだ。尖閣諸島周辺の領海に侵入する中国海警局の船や、竹島を実効支配している韓国は許せないと思うが、ほとんどの人は尖閣諸島や竹島には行ったことがないだろうし、この許せないという感情は私たちが自然に自分の家、町、故郷に抱く愛情とは違うように思う。

 

「教育現場でタブレット端末が導入されているが、その危険性に皆さんは気付いているかな? タブレット端末で検索すれば直ぐに答えが出てくる。しかし、検索はできるが自分の頭で考えられなくなる。そうすると子供たちは『ビッグデータやAIの方が自分たちより頭脳が上なんだ』と潜在的に刷り込まれる。将来、新しい形のプロレタリアートを増産するための教育だよね。」

 

恐い話だが一理ある。だから、イギリスやアメリカのエリート層はプラットフォームやアプリケーションを構築する側に回ろうとするし、ビッグデータやAIには敵わないという一般大衆は、だから低賃金で当たり前、という使われる方に回ってしまうという訳だ。う~ん、考えさせられる話だ。

 

救いはフランス革命のスローガン、自由、平等、博愛(佐藤さんはこれを「友愛」に訳すべきとおっしゃっている)に関して述べておられるところだ。「個人的な自由は大切だ。しかし、他人を蹴落としてまで、というのはいけない。ではみんな平等に、となると今度は個人の自由が制限される。自由を目指せば平等がなくなり、平等を目指せば自由がなくなる。その矛盾を乗り越えるものが『友愛』だ。同胞同士で助け合う。この精神が大切だ。国家とか宗教組織など体制的なものが助けると全体主義的になってしまう。そうではなく、民族や人種、階級、それぞれの立場を超えて互いに理解し、助け合うことで近代社会の矛盾を乗り越えていける。」


賢い個人、したたかな個人、そして優しい個人を目指そうと思う。